#07 密書1 [ルクセン・3年前]
posted by GEM at 2005年08月09日 16:25
~~ これ以降しばらくの間、物語は三年前にさかのぼります~~
「ルクセン様、ルアス王*1
がお呼びでございます」
背後から恭しく頭を下げ、王室従者がわしに告げた。
そのときわしは、騎士団の調練の成果にまずまず満足しておったところだった。
「王が……? わかった。すぐに参りますとお伝えしてくれないか」
わしは王室従者にそう告げると、副団長にこの後についていくつかの指示を与え、ひとまず自室へ向うことにした。
最近、王宮魔術師達が忙しそうであるところをみればなにやら起こっておるのであろうとは思うが……普段特に公務のないあやつらが動いておるときは、たいていろくな事になっておらん。
なにより、最近リーゼッタ枢機卿のお姿をお見かけせん。
ここで守備の要たる騎士団の団長であるわしを王がお召しだ。おそらく……茶飲みの相手を探しているわけではなかろう。
自室の扉を開け、真っ直ぐに妻の遺影に向かい、その傍らに立てかけてあったランスに手を掛けた。
「ソフィア……どうやらなにかありそうだ。どうか……見守っておくれ」
歳を取るとこんなことも思わず口に出してしまうもんだが、もはやあまり気恥ずかしいこともない。背後に息子がいてもな。
「父上? そのランスをお持ちになるのですか? 王のお召しであれば儀典用の剣をお持ちになったほうが?」
フィオが部屋でわしの書物を読んでおることは知っておったゆえ特に驚くこともない。恐らく王室従者が先にこの部屋にわしを呼びに来てフィオにお召しの事を語ったのであろう。
「フィオ。王がわしに儀典用の剣を持ってきて欲しいときは書状で正式に召喚なさる。特に予定がないときにわしを呼ぶならば、わしは本来の仕事が出来るようにしなければな」
「そのようなものですか」
「そんなものだ。それに、王とは……まぁ付き合いも長いしな。ほっほっほっ……」
「……父上……お気をつけて」
わしは息子の目を見て黙ってうなずき、手に馴染んだ赤い槍、オクタランス*2
を装備した。防具も冒険者のそれと同じものに変えた。
長年集めてきたそれなりの品ばかりだったので王国支給のものより具合もよい。これで……街に出てしまえばわしをルアス王国第一騎士団団長ルクセンと見抜けるものはそうそうおるまい。
机に積んであったいくつかの書類で急ぎそうなものにサインを済ませ、それを処理済としてよいかどうかはフィオの判断に任せることにし、わしは玉間に向かった。
玉間の前の控えの間に着き、エスタマイティア*3
を左脇に抱え、近衛兵にオクタランスを差し出して告げた。
「第一騎士団団長ルクセン、ルアス王のお召しにより参上仕った」
近衛兵はわしが完全武装であるのを見て少しだけいぶかしげな表情を見せた。高々騎士団長が儀典用の剣ではなくオクタランスを持って玉間に参じるなど、通常は有り得ないこと。
しかし結局近衛兵は動じることなくわしのランスを丁寧に受け取り応えた。
「……ルクセン団長、王がお待ちです」
玉間の扉が開く。正直な感想を言えば、この部屋は広すぎるが、まぁこれが玉間というものだ。それに調度品から床から窓から何から何まで……わしのような武人には理解できん。
いつも通りの玉間であり特に見るものもなく、数歩玉座に向かって進んだ後、その場で片膝を付いて頭を垂れた。
「第一騎士団団長ルクセン、お召しにより参上いたしました」
王はわしの姿を確認するとすぐに王室従者に指図したようだ。一人を除いて全従者が速やかに退室し、その一人もわしにレモネードを差し出し、わしが右手に受け取ると一礼して玉間を出て行った。そしてそれを見届けた王の側付の近衛兵も王に一礼して玉間を出て行った。従者も近衛兵も分かっておるのか、慣れたものだ。
暫くの静寂。
遠くからかすかに聞こえてくる城下町の喧騒に混じって時折騎士団の練兵の声が小さく聞こえる程度で、それ以外は静かなものだ。
わしはお召しにより参上した身、王がお声をかけてくださるまでは待っているしかない。
……そして、なにやら根負けでもしたように王が口を開いた。口元には笑みを浮かべているが。
「ルクセン。お見通しか」
「恐れ多い事を。王のお考えに私のような武人が……」
「わしはルクセンに用があるのだ。第一騎士団団長ではない。おぬしも人が悪くなったな。わかっておるからそのような格好で来たのであろう?」
「……ほっほっほっ……まぁ、なんぞ厄介ごとじゃろうとは思っておったよ。ジークリッド」
わしはおもむろに立ち上がった。ジークリッドとはつまり、王のことだ。その王がわしの前に歩み寄ってきて、そして王の顔ではない、旧知の戦友の懐かしい顔で言った。
「細かいことは言えんが確かに事態は厄介なことになっておる。といったところで、おぬしの騎士の力を貸してくれというより、おぬしに頼むが一番うまくいくと思ってな。ルクセン。悪いがこの密書をな、サラセンに届けてほしい」
そう言って、一見それがルアス王国の王の密書とは思えない質素な包みを手渡された。
「なんと。これだけか? 一応念には念を入れて完全装備で来たが、その必要もなかったか。で、これをサラセンのどなたにお届けするのかの?」
ジークリッドは少しだけ間を置いたが、躊躇いではなくいたずらっぽい間というべきじゃの。その時点でこちらも相手は誰か想像はつく。
「ジンメイだ」
やはり……か。完全装備も全くの間違いということにはならんようだ。
「そうか。ジンメイにのぅ……。そりゃもちろんかまわんが、この前お忍びの闘技場で負けて以来、やたらとこき下ろしておったじゃろうに。まさかおぬし……まだやる気なのか?」
「まぁ……そこはなんだ。あんにゃろぉに頭下げて頼むなんざ気が済まんが……」
わしはレモネードを一口飲み、そして簡単な答えにいきついた。
「おぉ、つまりあれか……シャオリンの力を借りるということか? 確かに今のマイソシアでやつらに敵う集団はおらんじゃろうからなぁ」
「……」
「おまえは相変わらず分かりやすいよ。ジークリッド。一応確認しておくが、この程度のおつかい、わしじゃなくても誰でも出来る。ゲートもあるしの。……なにか起こっておるのじゃな?」
「当初から混乱を避けるために可能な限り秘密裏に事を進めておったが、現時点の局面においてはさらに慎重に願いたい、とリーゼッタが言っておったよ」
「大仰にルアスの使者が向かうわけにはいかんということか」
「うむ。すまん、ルクセン。出来れば王宮魔術師に行かせたいのだが、あやつらもこの一件の調査やらなにやらで手一杯なのだ」
「水臭いこというな、ジークリッド。わしも調べ物よりはこの方が気楽でいい。それにジンメイが相手なら、わしも気負うこともない。ところであと二つ確認するが……」
「なんだ?」
「まず、この密書を渡した後の返事を聞いてくる必要はあるのか?」
「ない」
「わかった。もう一つだが……闘技場の約束はしてこなくていいのか?」
「……そうだな。……都合だけ聞いておいてくれ」
わしはふっと鼻で笑い、そしてすぐさま姿勢を正した。
「王より賜りし勅命、我が命に代えましても必ずや果たしてまいりましょう」
「命に代える程のもんじゃないから生きて帰って来い。それに何が起こっておるかは言えんが、お前はルアス守備の要。あまり空けることのないようにな」
「……まかせておけぃ。ほっほっほっ……では、行くかの」
事は急いだ方がよさそうでもあったし、そもそも時間がかかるとも思えん。ゲートがあるので数時間で済むだろう。わしは踵を返し玉座に背を向け歩き出した。
「ルクセンよ……偉大なるセオ神のご加護が汝をお守りくださいますよう。ジンメイにも「次は負けんからな」と伝えてくれ」
「ジークリッド……まかせておけ。ジンメイにもちゃんと伝えておくよ。ほっほっほっ」
わしは振り向くことなく応え、そして玉間を出た。
控えの間で先の近衛兵からオクタランスを受け取り、レモネードを壁際のテーブルに置いてサラセンゲートを取り出した。
「お出かけですか。お気をつけて」
この近衛兵、特に重く作られたわけでもない扉の中の会話も全て聞いておろうに素知らぬ顔をしおって。小気味いい奴じゃ。
「行って来るよ」
わしはそう応えるとゲートを開いた。そしてゲートに入るとその浮遊感に身を預けた。
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#08 密書2 [ジンメイ・3年前]
posted by GEM at 2005年08月12日 13:10
数人の男達がそれぞれに鍛え上げた上半身を日に焼かせ「ティヤーッ」だの「ハーッ」だのと気合を入れて案山子を相手に突きや蹴りを繰り返す。暑いねぇ……。
別の者は二人とか三人で組んで組み手に励んでいる。まだまだ荒いがそろそろ実戦部隊の方に入れてやっても良さそうな奴もいるな。ふと、その様子を偉そうに見ていた男が素早い動きで一人の男の引き手を取った。
「遅い! 引き手を筋力だけに頼るなと言ったであろう! 筋力で体を固めてしまっては次の動きも鈍る! もう一度基本からやり直せ!!」
「はい! 師匠!」
と、言われたほうの若い男、あれでもレベルで言えば八十六だが*1
、うちのギルドの入門資格はレベル八十五から。他所に行けば主力クラスの修道士もここじゃまだまだひよっこだ。
俺はグリハラ(師匠と呼ばれた男だ)の方へ背後から忍び寄ってみた。遊び半分だが……。
「……マスター。またなにか悪戯でも?」
グリハラは振り返ることもなく言いやがった。
「……ちぇ。バレてら」
俺はグリハラの左の案山子にもたれかかるように胡坐をかいて座り込んだ。
「そりゃそうですよ。太陽の光を背負って背後から近づかれてもね……。影、見えてますよ……」
「……そうか。まぁいいや。俺は別に盗賊でも間者でもねぇ」
「マスター。いつ帰られたのです?」
「あぁ。今朝だ」
「早かったですね。昨晩出かけたんでしょ?」
「……まぁ、なんだ。無理だやっぱり。他のギルドに客人師範で行っても俺等のレベルの指導に誰もついてこれねぇし……。なにより、俺は客人とか師範ってガラじゃねえよ。後ろの男ならそういうのに慣れてんだろうけどな」
「え!?」
グリハラが驚いて背後を振り返る。
そこには完全武装の騎士が立っていた。グリハラは本気で身構る。
「そ……そんな馬鹿な。いつの間に私たちの背後に……貴様何者か?」
そりゃ驚くだろうなぁ。背後に立つってこたぁさっきの俺みたいに影が見える。実際今も騎士の影は普通に見えてる。だが、この騎士ぐらいのレベルになるとそんなこたぁお構いなしで完璧に背後を取りやがる。
「グリハラ。大丈夫だ、俺の知り合いだ。それからな。見るな、感じろ。もっと精進せぇ」
「ほっほっほっ……わしもまだまだ捨てたもんじゃなかろう? ジンメイよ。それとな、そこの御仁よ。驚かせてすまなかったな。ジンメイはこう言いよったが、お主の秘めておる力もかなりのものじゃよ」
おれはまだ振り返らず胡坐で座ったまま続けた。
「あー……。名前を呼んでいいのか?」
「あぁ、かまわんよ。リョカと呼んでくれ」
リョカね……。また古風な。っていうか、思いっきり偽名じゃねぇか。
リョカと名乗った男(もちろん、こいつはルクセンだ)は赤いランスを地面に突き立てて俺の左に立った。グリハラはやはりこの騎士が気になるらしい。
「マスター。よろしければそちらの方をご紹介くださいませんか?」
「あぁ、リョカ君だ。見たまんま、騎士だよ。リョカ。こいつはうちの武術師範のグリハラだ。ってことでリョカ、後は適当に続けてくれ」
「おいおい、そんな紹介があるかジンメイ。……まったく変わらんな、こやつは。グリハラ殿。拙者は騎士修行中の身ゆえ士官はしておらぬがルアスのリョカと申す」
修行中? 仕官してないだぁ?? オクタランスぶら下げてか?? よくもまぁいけしゃぁしゃぁと……ったく。
絶対グリハラも怪しいって思ってるなこりゃ。
「……グリハラです。よろしく」
おぉ、いっちょまえに握手か。くぅ~堅い、堅い握手だねぇ。
「リョカ殿。本日は我等シャオリンにご用事ですか? それともマスタージンメイに?」
「おぉ、そうであった。ジンメイにな。手合わせを願おうかとの」
「……俺に勝てると思ってんのか? ボスみたいに返り討ちだぞ?」
「それはやってみなければわかるまい」
グリハラは何か見てはいけないものでも見たって面だ。俺とリョカの闘気に圧倒されてやがる。まぁ、俺も言い放ってみたものの、このリョカ、いや騎士ルクセン、ジークリッドのようにはいかねぇだろうとは思うよ。負けねぇがな。
俺はゆっくり立ち上がり、リョカに向き合った。俺の方が強ぇが、こいつの闘気を真正面から受けるとそれだけでかなりの圧力なのは確かだ。
「衰えてねぇな。さすがルク……リョカだ。闘技場に行くかい? それともここでやるか?」
「ほっほっほっ。ジンメイ、お主もなかなか。これではジーク……あやつでは役不足なのも仕方あるまいか?」
「あいつは武器を捨てて別のもんに立ち向かっちまったからな。現役の俺が一対一で後れを取るはずがねぇ」
「そうかそうか。わしは現役でよかった。……ん? ちょっと待てジンメイ。シャオリンは女人禁制ではなかったのか?」
「なに!?」
あわてて振り向く。リョカが手で指し示すほうへ目をやると……その隅っこの方に……見慣れた子供がいる。
「……なにしてるんだあいつは……こらぁ! ミーナ!! ここの道場はシャオリン専用だと言っただろう!」
あれは俺の娘。やっと十五になったが、シャオリンの連中とよくつるんでるせいかちっとも女らしくならねぇ。っていうかまだまだガキだ。呼ばれたほうのミーナは俺をみてキョトンとしている。そしてこちらに駆け出しながら大きな子供の声で返してきた。
「あれー? お父様?? 一週間は帰れないのではなかったの??」
「ほぉ~、あれが噂のジンメイの愛娘、ミーナかぁ! ……可愛いのぉー」
「おいこらじじぃ。なに見てやがんだ。ばらすぞ?」
「……ほぉ。さすがのジンメイも娘が絡むと隙まるけじゃ!」
「いいだろうル(モゴモゴ)」
この野郎、余裕の笑顔でこの俺の口を塞ぎやがった……。実はランスより素手の方が速いんじゃねぇのか?
「まぁそう言うでない。別にとって喰いやせん。ミーナちゃんじゃったか?」
「こんにちわ。お父様のお友達ですか?」
「あぁ、わしはリョカだ。お嬢ちゃんのお父上とは古い付き合いでな、久しぶりに寄らせてもらったんだよ」
「ぐ……ごぼ……ふ……ふぁ……離せじじぃ! ハァ、ハァ、息が出来ねぇじゃねぇか!」
「おぉ、すまんすまん、つい勢いで力の加減がきかなんだよ」
「リョカおじさんすごーい! お父様より力があるの??」
「お! 見る目があるお嬢ちゃんじゃの! ほっほっほっ!」
ミーナが目を丸くしてる……くそ、ルクセンめ。……それにしても……。
妻のオレイアが死んでから、ミーナはあまりこんな表情を見せなくなったな。たまには客人をもてなすのもいい刺激になるか。
「ちっ。白けた。なぁリョカ、用事があるんだろ? 家に来いよ。ミーナ、お前も一緒に来い」
「ほっほっ。では、お邪魔させてもらうかの。ミーナちゃん、少し寄らせてもらうよ?」
「はい! じゃ、私先に帰ってお茶を入れておくね。またあとで、リョカおじさん!」
ミーナはそう言うと家に駆け出して行った。
「リョカ……何もかも相変わらずだな。子供にもよく好かれる」
「ほっほっほっ。人徳じゃよ」
「よく言うぜ。恐怖の黒騎士様がよ」
「え?!」
しまった。つい口をすべらしちまった。今度はグリハラが目を丸くしてやがる。
「恐怖の黒騎士様って……もしやリョカ殿……?」
「いやいや、そんなわけはなかろう。ジンメイのたわごとじゃよ。なぁ?」
「あぁ。なんでもねぇよグリハラ。ちょっくら家に行ってくる。引き続き頼むぜ」
「え、えぇ、わかりましたマスター」
グリハラ、全然釈然としてねぇみたいだな。さっさとトンズラするか。
「行こうぜ、リョカ」
「あぁ、行こう。グリハラ殿、失礼致します。いつかお手合わせ願いたいですな」
「リョカ殿。こちらこそ、機会がありましたら是非ご指導賜りたいものです」
「うむ。良い眼じゃな。ではこれにて」
シャオリンの道場から家まではそんなに離れてはいない。ものの数分で家に着く。それでも多分十分な時間だ。そして、思ったとおり。リョカ、いやもういいだろう。ルクセンが声を低くして言った。
「ジンメイ。ジークリッドから密書を預かった」
俺は密書を包んでいるらしい質素な包みを受け取りながら言った。
「密書ねぇ。ご大層なこった。ジークリッドは元気か?」
「ついこのあいだも闘技場で会っただろうに。あぁ、忘れておった。今度はいつ時間を取れるか聞いてくれと言われておったよ」
「なにぃ? まだ懲りてねぇのか! ったく。……まぁ、来月中旬ぐらいかな?」
それから、またルクセンをリョカに戻して、家に入った。
リョカはほんとに子供の心を開くのがうまい。珍しく、来てくれてありがたいなんて思っちまったよ。ミーナも俺も、久しぶりによく笑い、よく話した。気がつくともう日が落ちてたがミーナもまだまだ話し足りないのか、リョカや俺と他愛のない話で盛り上がっていた。
夜も更けてきたんで酒も持ち出し、ミーナが話し疲れて寝てからも二人で明け方まで語り明かした。
昔話はもちろん、最近のモンスターの情勢やら各国の戦力バランス、果てにはこれからのマイソシアについてまで余計なおせっかいを語り続けた。セオ神が聞いてたらヘソで茶を沸かすだろうな。
おれも珍しく上機嫌というか、懐かしい気持ちになっていた。それでもひとしきり話し、そして酒も底をついた。普段飲まねぇから予備もそんなになかったしな。俺はそろそろ潮時かと感じていた。
「しかし、久しぶりだなルクセン、こんなに話したのは。ジークリッドとエリオがいたらこんなもんじゃないだろうけどな」
「あぁ、全くだ。あの二人も一緒に飲み出したら、今宵のうちにサラセンの酒蔵から酒がなくなるだろう!」
「ちげぇねえ……」
「……さて、わしはそろそろ帰るとするよ」
「行くのか? 泊まっていったらどうだ。ミーナも喜ぶから俺も是非そうしてもらいたい」
「ありがたい話じゃがの……」
そういいながら、ルクセンは鎧を取り、ミーナを気遣ってか静かに装備を始めた。
「わしも騎士団があるゆえあまり長居できん。許せ友よ」
「そうだったな……。ところで、だ」
「うむ。返事を聞いてくる必要はないということだ。それに密書であるゆえ、わしも内容は知らん」
「そうか。教えてやろうか?」
「今ここで聞かずとも、その内容をわしが知る必要があればその時が来るであろう。楽しみにしておるよ」
「わかった。ルクセン、また来いよ。ミーナを頼みたい」
「ほっほっほっ。子供を頼むじゃと? 不吉なことを言うでない。まぁ、わしの息子の嫁になら光栄じゃがな」
「フィオか。いくつになった?」
「十九になったよ。つい先日騎士になった。蛙の子は蛙なのかのぉ。だが、ソフィアの面影がよく出てきておる。ミーナちゃんとおなじだよ」
「確かにな。ミーナも俺じゃなくてオレイア似だ。だがその理屈だと……ミーナもやはり修道士になるんだろうか?」
「反対なのか?」
「わからん。ミーナの人生なんだから好きにしてくれりゃいいんだが、親としては娘に冒険者なんてのは、な」
「ほっほっほっ、ジンメイ。お主とこんな話をするときが来るとは思わなんだ。道理で今宵の酒は一味違ったわけじゃよ」
「ハッ、俺だって恐怖の黒騎士と子供のことを語るとは思わなかったよ」
そうこうするうちに、ルクセンは装備を整えた。そして最後に握手を交わし、ルクセンは家を出た。俺も戸口まで見送りに出た。そして、ゲートの淡い光の中にルクセンが消えかけた瞬間、
「あぁ、ジンメイ、ジークリッドからもう一つ伝言だ。『次は負けん』そうじゃよ」
「……そうかい」
そして、ルクセンは光の中へ消えた。
俺は部屋に戻った。ミーナが部屋の隅の方で寝ちまってる。いつもなら叩き起こしてベッドに行かせるが、今日ぐらいはそのままにしておいてやるか……。
柄にもなく娘の寝顔をよく見てみたくなった。そ~っと近づき……ミーナの傍に腰掛けて、月明かりに照らされる我が娘の寝顔は。
まるで妻オレイアが蘇ったかのように、童顔で、でこっぱちで、小さな鼻、ぷっくりした唇。俺の髪の色とオレイアの髪の色がちょうど混ざったような濃い茶色の髪。オレイアみたいに男が尻尾振りそうな巨乳じゃぁないが、シャオリンのマスターなんてのが親父じゃなきゃ、きっと町の男どもだって放っとかねえだろう。
「ミーナ……。お前はいつの間にこんなに綺麗になったんだ?」
小さな寝息を立てるミーナ、そろそろ男友達の一人でも連れてきて俺を安心させて欲しいものだ。もちろん、俺より強くなきゃ許さんがな!
「……う……うんー……無理……」
……寝言か。ベタな寝言を言うようになったんだな。オレイアにそっくりすぎるぞお前。
「あ、そういやぁジークリッドめ、何の用だ?」
ふと手近においてあった密書が目に入った。手繰り寄せて包みを開けると、中にはルアス国王印ではなくアスク帝王印で封書されている手紙が一通。
『ジンメイ
すまんが力を貸せ。とりあえずスオミでの水詠みで貴様等をご指名らしい。
~~セオ神の力の及ばぬ場所に凶兆あり。
最も強きギルドをミルレス内部の前線に当たらせよ。
騎士団、魔術師団はミルレスの凶事が町の外に出ることのないようにせよ。~~
今、最も強いギルドはお前のシャオリンなのは疑いの余地はない。
……それを貴様等、前々回の攻城戦で手ぇ抜きやがって。
ルクセンも「騎士団でもシャオリン相手に引き分けに持ち込めるかどうか」と言っておったぞ。
シャオリンに動いてくれって頼むんだから極秘に行動してくれって言っても絶対目立つだろうが、
それでも一応内容は極秘だ。あまり言いふらすなよ。
あと、わしもまだ詳しく知らんが相手は『死神』らしい……
これは別に何かを表現してるわけじゃない。ほんとに『死神』なんだそうだ。
受けてくれると信じているが、今の段階ではわしも内容を理解できていない。
ひとまずミルレスに行って、うちのリーゼッタ大臣の話を聞いてやってくれ。
この密書でミルレスの神殿に入れるように手配してあるから、鼻かむなよ。
ジークリッド』
あぶね。鼻かみかけた。つか、ジークリッドめ。密書ならもうちょっと真面目に書きやがれってんだ。
ちょっと前に密書だとか抜かして俺等を使ったときはルアス城地下に手に負えない化け物が現れてどうのこうのだったが、あれははっきり言って楽勝でつまらん仕事だった……シャオリンの運営資金が潤ったのはよかったがな。
そういや今回は報酬について書いてねぇな。まぁいい。リーゼッタ大臣さんとやらの話を聞いてやろうじゃないか。
「んー……ん? あれ? ……お父様、どうしたの?」
「あぁ、起こしちまったか。すまんな」
「ううん、いいんだけど……お父様、なんかうれしそうな顔してるよ?」
俺は昔から顔に出るとよく言われてたが、娘ってのはほんとに母親に似るんだなぁ……
「あぁ。今度は死神だ」
「え?」
「……いや、なんでもねぇよ。極秘なお仕事なんだとさ。ミーナ、すまんがまた明日からちょっとばかり、出かける事になりそうだ」
すこしだけ、会話が止まった。ミーナは俺に背を向けるように寝返りを打った。だがまぁ背中で語るにゃまだ早いな。
「リョカおじさんは?」
「あぁ、帰ったよ」
「……お父様は……今度はすぐに帰ってくる?」
「さぁ? わからん」
「……」
そしてまた少しだけ会話が止まった。 悪いなミーナ。いつもお前を一人にして出かけちまってよ……。
「ねぇ、お父様?」
「なんだ?」
「くっついて寝てもいーい?」
「……好きにしろ」
「お父様、照れてるぅ? 娘に欲情しちゃダメよ?」
「そう言う台詞は乳をでかくしてから言え」
「失礼なオヤジだわ……」
「なんだと?」
「おやすみなさーい」
「……」
……
たまにはこんな日があってもいい。日が昇ればまた俺はシャオリンのマスターだ。たまには……娘を愛でる父親ってのもいいもんだ……。
俺も少し寝ることにした。
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#09 特務室からの報告1 [ガーリン・3年前]
posted by GEM at 2005年08月16日 23:28
ゼシン神殿とは正確には主にセオ神を祀る神殿を指すが、同じ敷地内にはセオ神を信仰する信徒達の総本山とも言うべき大聖堂が建てられている。
本来神殿と聖堂はその役目が異なるが通常はこの敷地一帯全てを含めて神殿と呼ばれる。
以前は一般にも公開されていたのだが数年前から大規模な改修を行っており、また新たに建造中の建物も多くあり、一般や冒険者の入場は制限されている。神殿はともかく大聖堂の機能は町に出張所を設けており礼拝などもそちらで行われている。そのため、人も少なく大変静かなところであり、町の延長であるため当然魔物が出現することもない。
リーゼッタ枢機卿、ミュゼリア女史、そして私の三人はもうかれこれ一週間ほど、大聖堂の最上階にあるこの部屋からほとんど出ることなく部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルを囲んでいる。セオ神像はおろか、タペストリーの一枚とてない、おおよそ大聖堂には似つかわしくない部屋なので、ここが大聖堂だということすらも忘れさせる特異な部屋でもある。窓が一つしかなく調度品も丸テーブルとそれを囲むいくつかの椅子、部屋のすみには予備の椅子とライティングビューロとその上に花を差していない花瓶。今は誰も使用していないが先々代の教皇が好んで過ごした当時のままであり、かなり潔い殺風景な部屋だ。
「失礼します。日が落ちますので明かりを灯しに参りました」
修道僧が明かりをもって部屋に入ってきた。私がそれに頷くと修道僧は部屋の燭台に明かりを灯していった。少し薄暗くなっていた部屋が燭台の明かりに照らされる。修道僧は一通り明かりを灯すと私達を気遣ってか無言で軽く会釈をして出口へ歩き出した。ミュゼリア女史が小さくご苦労様と声を掛けると再度振り向いて礼をし、そして部屋を出て行った。
今日もまた一日が終わりに近づいている。時は止まらぬのだ……。
三人はそれぞれに二言三言会話を交わすこともあるが、それ以外は精霊話術*1
や魔術転送*2
などを活用してそれぞれが自身のあらゆるバックボーン等を用いた調査を行っている。
もちろん、調査対象はスオミの水詠み、そしてここミルレスでの御神託に関してだ。
『セオ神の力の及ばぬ場所に凶兆あり。
最も強きギルドをミルレス内部の前線に当たらせよ。
騎士団、魔術師団はミルレスの凶事が町の外に出ることのないようにせよ』
『水鏡に写りしは我が言霊。
これをもって帰らざるならば備えるのだ。
禁忌の血と秘術ゆえに身を落としたる背徳の徒のみが大いなる摂理をも退け、
御座に落とされし彼の者に手を差し伸べるであろう。
されど彼の者に続き出でるものあり。
遥かなるメンタルロニアの大いなる御神にして死と恐怖を統べる神。
これを必ずや退けよ。
さもなくば、暗き光の見据えたる先に母なる大地は焦土を化し汝等は屍へと転生するであろう』
問題になっているのはつまりこういうことだ。
一つ、セオ神の力の及ばぬ場所とは何処なのか。そこで何が起こっているのか。
一つ、水鏡、つまり水詠みの結果がセオ神の言霊ということはどういうことか。これをもって帰らざるとはどういうことか。
一つ、メンタルロニアの死神とはどのような神なのか。不吉なものであることは分かるが、どのような力をもつのか。
逆に、ある程度分かっていることは……
一つ、最も強きギルドをミルレス内部の前線に当たらせると言うことはミルレスで何かが起こる、またはなにかをミルレスで行うのだ。
一つ、禁忌の血と秘術ゆえに身を落としたる背徳の徒とは、おそらく霊媒師マレリアだ。ミルレスでは霊媒の血は禁忌とされていることと、ここ数百年にわたってミルレスでは彼女以外に霊媒の血を持つものは生まれていないこと、そしてその他の事情も勘案すればほぼ間違いなかろう。
一つ、おそらくマレリアの類稀なる霊媒の力を借りてミュレカン神にお戻りいただくことになる。そして、そのときに『死神』も現れる。
ミュゼリア女史がおもむろに口を開いた。精霊話術によって情報がもたらされたのであろう。
「バードユニオンでの最終の調査結果です。私達バードユニオンにおいては古い伝承、出来事などを数え切れないほど詩や歌として伝えていますが、残念ながらセオ神の力の及ばない場所、領域などについて有力な情報は得られませんでした。死神についても一般に知られるような死神の容姿や死にまつわる神であるということ以外特に情報はありません」
ミュゼリア女史は冒険者としての吟遊詩人でもあるが、同時に純粋に伝承を受け継ぐ吟遊詩人だ。歴史とはすなわち吟遊詩人の詩のことだと言われるほど、吟遊詩人の伝承は重要なものでもある。彼女はその属するバードユニオンにおいての実力者でもあり、一部の信頼の置ける者たちと共に調査を行ったのだが……
「わかった。ご苦労。しかしなかなか、手強いな……」
私のつい出してしまった落胆の表情を見て取ってか、ミュゼリア女史が続けた。
「全くです。バードユニオンに限らず我々スオミのあらゆる機関でも可能な限りの調査を行っていますが、セオ神の力の及ばぬところというのは何処、あるいは何を指すのか……死神とは何者なのか」
リーゼッタ枢機卿は私達二人の会話に耳を傾けて頷き、ミュゼリア女史の後に続ける。
「何度となく議論を重ね可能な限りの文献を確認してきましたが、もう一週間になります。セオ神のお力の及ばぬところとは、やはりスオミの大魔術師ダムリグ殿のおっしゃったとおり、そもそもマイソシアに生きる我々の感知できない場所ということになるのでしょうか」
そう語るリーゼッタ枢機卿は表情に若干の疲労の色を浮かべていた。
「枢機卿、まだその結論は待つのだ。その考え方は悪くはないが根拠を求めようがない。無論、全てに根拠が求められるわけでもないだろうが、水詠みにしても御神託にしても我々人類に全く理解不能、対処不能なことを告げるのであれば両者の結びは違ったものになったはずだ」
だが、そうは言ってもリーゼッタ枢機卿の言うとおり、この一週間マイソシア全土のあらゆる叡智を結集し、それこそ子供の童話から口伝の伝承、神話、考古学などの学術文献、魔道秘伝書、さらにはミルレスに伝わる門外不出の秘伝の教書まで調査に持ち出したが有力な情報を得られていない。各地の高名な呪術師や魔導師、古くから伝わる名家、武門、または貴族の諸侯まで調査情報の漏洩に気を使いながらも少しでも何かを知っていそうな方面には片っ端から調査に協力をいただいているにも拘わらず……
「……少し、空気を入れ替えよう。ミュゼリア女史、窓を開けようと思うのだが、どうだろうか?」
私はミュゼリア女史に窓を開ける許可を得ようとしているのではない。
「はい、大丈夫ですわ。何もいません」
「わかった、ありがとう」
ミュゼリア女史は生まれつき人に見えないものを見通す力がある。魔力によるものであろうと盗賊の技であろうとそこに何か隠れていればたちまち見抜いてしまうのだ。彼女がそこに何もいないと言えばそこには何もいない。今のところ調査情報は極秘としているため、ちょっとしたことでも慎重に進めねばならない。
しかし、困った。こうしている間にヘックスタ神がミュレカン神の座を奪い、戦士に悪影響を及ぼし始めるかもしれないのだ。それは現在進行形で進んでいるのか、それともいまだヘックスタ神は様子を伺っているのか……
ヘックスタ神に仕える神官が言うには、今はヘックスタ神からは何の御神託も得られないと言う。ヘックスタ神はただ答えないだけなのだろうか? それとも……ヘックスタ神も座にいないということだろうか? そして今まさにミュレカン神の座の前に立ち戦乱の世の火蓋を切ろうとしているのだろうか?
窓からやさしく吹き込む風は守るべきものが何かを私に伝えるかのように私の頬をなでていく。私は椅子に腰掛け、気持ちを落ち着かせた。そして改めて自分を鼓舞した。
まだだ。諦めてはいけない。私達が弱気になっていては信徒はもとよりマイソシアの全ての民にも申し訳が立つまい……
ふと部屋に若い神官がやってきた。
「失礼します、ただいま魔術転送にてリーゼッタ枢機卿に当てた書簡が届きました。こちらです」
そう言うと神官はリーゼッタ枢機卿に書簡を手渡した。
「ご苦労様です」
リーゼッタ枢機卿が受け取ると、神官は一礼して部屋を出て行った。
早速開封して内容を確認したリーゼッタ枢機卿が告げた。
「……教皇、たった今届いた我々考古学学会の新しい報告です。メンタルロニアに関しては依然不明なことが多いのですが、現在までに調査が完了している範囲においては死神に関係すると思われるものはありませんでした。後もう一つ、ルアスからの調査報告が同封されています。……王宮魔術師団特務室の調査です。まだまとめたばかりらしく私も内容を知らないのですが、先ほどの精霊話術ではとても興奮してすぐにでも聞いてもらいたいと言っていましたよ。もしかしたら少しぐらい前進するのかもしれませんね」
「まぁ……」
「ほお?」
私もミュゼリア女史もあまり期待していないのが見え見えの反応である。
「まぁまぁ、教皇、ミュゼリア女史。彼らもがんばってくれているのですから」
リーゼッタ枢機卿は苦笑交じりに言った。つまり、私達の反応が理解できないわけではないのだ。
ルアスの王宮魔術師団特務室といえば確かに社会的な地位で見れば他の錚々たる組織や人物と肩を並べてもいる。だが……
「彼らは『魔術を使わない魔術師と剣を振らない戦士の寄せ集め、ルアスの穀潰し』などと言われていますがね。私はルアスの大臣でもありますから彼らとも仕事をします。印象としては社会と意識がずれていると言うかなんというか……。ですが彼らのそれぞれが、自分の得意とする分野での知識や情報はある意味目を見張るものがあります。そしてどこまでも掘り下げて生きます。例えばあまり意味のないことですがルアスの石畳に使われている全ての石の数などは普通は知らないものですが、彼らは『そんなことも知らないのか』とでも言うように石の種類別に即答します」
「はぁ……」
それがどうしたのか? とでも言いたげなミュゼリア女史の反応だ。
「……話が逸れてしまいましたね。まぁ私だって多くは……というところです。最近ずっと根を詰めてますし気分転換にもなるかもしれませんよ?」
「そうだな。確かに最近焦りもあるのだろうが、三人だけじゃなく各関係者にも疲れが見えてきている。それに見方を変えることにもなるかもしれん。枢機卿、続けてくれ」
「はい。では読み上げます。ん~、これは分量のある報告ですねぇ……挨拶は飛ばしましょう。
『まず、四つの要点を記します。
一つ、セオ神の力の及ばぬ場所とはセオ神の力の及ばぬ「空間」といえるかもしれません。
一つ、セオ神の上位の神々の存在が浮かび上がっています。
一つ、マイソシアには賢者と呼ばれる未知の力を行使する者が五人いるようです。
一つ、賢者はセオ神の上位の神と何らかの契約を結んでいるようです』
……な……これは……?」
三人はそれぞれ顔を見合わせた。驚きの表情を互いに確認するかのように。
そして私とミュゼリア女史はリーゼッタ枢機卿を見つめ、とりあえず素直な感想を述べた。
「枢機卿……それは、事実なのだろうか? 俄かには信じられない話だが」
「私もはじめて聞きましたわ。別の空間とか、上位の神々、五人の賢者……」
リーゼッタ枢機卿もまた、信じられないと言う様な表情で首を振った。
「いえ、このようなことは私も初耳です……とにかく、続きがありますので読み上げます。
『セオ神の力の及ばない場所とはマイソシアのどこにも存在しません。ここでは多くを書きませんが一箇所でもそのような場所があれば既に冒険者から報告されているはずです。おそらく、そちらにもたらされるあらゆる報告が同じ結果を導いていると思われます。
ですが、過去において起こった「ある事件」があり、これが上記要点の発端です。
国民の間では今となってはオカルト程度に語られていることですが、数年前ルアスで神隠しがあったらしいと言う話をご存知でしょうか?
忽然と行方不明になった三人の子供達が、これまた一ヵ月後、いつの間にかどこからともなくルアスの広場に現れました。
当然の流れとして、この子供達に事の一部始終を確認することになりました。
ところがその子供達の証言があまりに現実離れしていることと翌日には事件に関する記憶を全て失ってしまったため、調査続行が不可能になりそのままになった事件です。
子供達の証言に以下の内容があります。
これはどこに行っていたのか、どうやってそこに行ったのかとの問いに子供達が答えたものです。
「三人で町外れで遊んでいたら突然違うところにいたの。だからどうやって行ったのかなんて分からないよ。誰もいなくて、おじさんが一人だけでいたの。最初は怖くて三人でセオ様助けてください! ってお祈りしたの。でもおじさんが優しくしてくれたから怖くなくなったんだ。おじさんは最初「ごめんよ~ごめんよ~」って言ってた。おじさんにここはどこ? って聞いたら、君達の隣の世界だよって言ってた。
おじさんが「悪いことしちゃったからお詫びに楽しいことをして遊ぼう」って言ってね、おじさんが行こうって言うと、歩かなくてもすぐにそこに着いちゃうの。そこも違う世界だって言ってた。「ちょっとお友達を呼ぶから待っててね」って言ってお友達の神様って言う人を連れてきたんだ。ビャッコさんっていう変な名前だったよ。
ビャッコさんに「神様ならセオ様と同じなの?」って聞いたら「セオ様とは違う世界だからお友達じゃないよ」って言ってた。「セオ様はここに来たことはあるの?」って聞いたら、「セオ様はここのことは知らないよ」って言ってた。なんか難しい言葉も言ってたよ。けんぞくとかじげんとか、あとね、けいやくとか。けんぞくってなあに?」
子供達はこの後も続々と理解不能な証言を続けました。あまりに不可解なことばかり証言するため、一旦確認を打ち切り翌日に持ち越すことになったのですが、翌日には子供達は前日の証言のことはおろか、行方不明であった一ヶ月の記憶が全くない状態でした。
また、証言にある「おじさん」についてはあらかじめ子供達の証言から似顔絵を作ってありましたが、翌日の子供達はそんな人は見たこともないと答え、同時に一年ほど似顔絵だけで手配をしてみましたが何の情報も得られませんでした。
結局この一件は子供達が一ヶ月間どこにいたのかは分かりませんが、証言はおそらく何らかの小規模な集団幻覚のようなものじゃないかと結論付けられ、子供も無事だったことや「おじさん」の情報も全くないため、事件発生時の大騒ぎが嘘のようにそのままお蔵入りとなりました。(これはこれで変な話なのですが、特に外部からの圧力なども掛かっていません)
もしも、子供達の証言が事実であれば……
そこはセオ神のお力の及ばぬところと言えるかもしれません。
ですが、これだけでは確認のしようがないため情報としては価値が低いと考えられます。
ところが私達の一人がこの事件に強い興味を持ち、独自に調査を進めていたのです。
調査を進めた彼は独自に『賢者』というキーワードに辿り着きました。
この賢者というのは、それが真実なら驚くべきことですが、セオ神などとは異なる、というよりセオ神より上位の神とつながりがあると言うのです』
……これは……本当か?」
*1: 通常の音声の会話ではなく精霊の力を借りた会話で遠くはなれたものと一対一で会話したりグループのみで会話したり出来る。この会話は第三者には聞こえない。
*2: ゲームにはない設定。物の転送を行う。
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#10 特務室からの報告2 [ガーリン・3年前]
posted by GEM at 2005年08月21日 13:24
ここにいたり、王宮魔術師特務室のもたらした情報は我々の予想に反してとてつもない重要な情報となるのであろうか?
『セオ神以上の存在とつながる賢者』。そのような存在は誰も聞いたことがない……。
メント時代を研究する者がここにいたら、どのような騒ぎになるであろうか。リーゼッタ枢機卿も純粋に考古学者としてこの情報は聞き捨てならないであろう。
「あ、すいません、つい考え込んでしまいました……続けます。
『(ここからは私もよく分からないのでうまく伝わるか不安です)
彼の話では、この賢者達は空間を越えることが出来るそうです。その先の空間は我々と同じ次元でありながらまったく別の空間だというのです。そしてこれらの力は、セオ神やその眷属よりも上位の存在である古代メンタルロニアの神々との直接的な契約に基づいて行われているというのです。
我々マイソシアの人類はまだまだメンタルロニアに関して無知と言っても過言ではありません。
その少ない知識によると、メンタルロニアの神とはすなわち「光と闇」を指すもの、というのが現在の見方です。
ですが、この『賢者』と呼ばれる者はマイソシアには遠い過去から常に五人いて、それぞれが違う神と契約を交わしそれを伝承していると言うのです。つまり、これが事実であれば、メンタルロニアの神とは少なくとも五人という可能性があります』
……う~ん、これはしかし突飛な報告ですな……」
三人ともに信じられないという表情だ。ミュゼリア女史は興味で身を乗り出しハンカチを握り締めている。
「あの、リーゼッタ枢機卿、考古学者としての活動もされていらっしゃいますが、今のような話、つまりセオ神の上位の存在については何かご存知でしたか?」
「学会としては、メンタルロニアという理想郷があったらしいことはある程度の物証の発見によって間違いないと考えています。そして、今現在の森羅万象に見られる体系の根本『善と悪』というものの前の形は『光と闇』であったということも不完全ながら認識しています。当時のことをメント文明と呼んでいるのですが、この時代においては光と闇をそれほど神格化していたとは考えられていません。むしろ身近なものであったようです。それをさらに扱いやすくしたのが『善と悪』だと考えられています。魔物が出現するようになったのもこの頃だと考えられています。ですが、『光と闇』以外の何らかの神または超常の存在というのは確認されていません」
「……枢機卿、報告は以上かね?」
「あ、失礼しました、もう少しあります。
『この賢者というものにどのように辿り着いたのかという点については後ほど詳細な報告をさせますが、つい先日まではこれらの内容は根拠が乏しいものばかりでした。
ところが数日前、先に述べた行方不明になった子供の一人が記憶を取り戻し、一定の評価が可能な証言を得たのです。
要約すると、「自分達が行方不明になったときにいたおじさんは、自分のことを五賢者の一人であると話した。そして、ビャッコと言う名の神と契約を結んでいると語っていた。あの空間はマイソシアとは全く繋がっていない独立した空間であり、マイソシアの神といえどもメンタルロニアの神々との契約なしに立ち入ることは出来ない。各賢者は横のつながりはないが自分以外に四人の賢者がいることは知っている」
そして、その子に対して魔術を用いて発言内容の真偽を確認したところ、嘘はついていないと言うのです。この確認はほとんど禁呪に近い魔術を用いて行っていますが得られる結果は確実だと言われています。つまり、セオ神の力の及ばぬ空間というものが事実存在している可能性が非常に高いのです。
賢者に関するその他の情報としては、それらしい人物が浮かび上がっていたということです。
結果的には賢者との接触には成功していませんが、少し前、この件を当初から調査している彼が別件でタコルを訪れたときに酒場で噂話を耳にしたということです。最近アベルに風変わりな魔術師が滞在していて、魔法でもゲートでもない力で瞬時に移動したりもう助からないと言うような子供の病を完治させたりしたということで賢者コリステア様と呼ばれているらしい、という話だったそうです。
彼はもちろんすぐにアベルに向かいました。ですが、残念ながらそこにコリステアはいませんでした。
コリステアが数日前までそこにいたことは住人への聞き取り調査で確実なようですが、まるで行方不明になった子供達のようにコリステアの顔を思い出せるものはいませんでした。人の記憶などに作用するような魔法はスオミにある大掛かりなものしか知られていませんので、賢者にはさらに特殊な未知の力がある可能性もあります。コリステアも偽名の可能性があります。
また何か分かりましたら随時ご報告します。なお、魔術師団本隊においてもこの件を特級機密事項として認識していますので可能な限り精霊話術での情報のやり取りはお控えください。この件のご連絡等がありましたら魔術転送を用いて書面にてお願いいたします。
今のところこの件に関して知っているのは魔術師団本隊の一部上級幹部、及び我々とそちらにいらっしゃる方々だけです』
以上ですが……思わぬ情報が舞い込んだものです。特務室とは思えない、と言っては彼らに失礼だが……」
しばらく、私達は言葉も出なかった。今迫っている危機のことすら忘れてしまったかのように。この情報は我々の想像の範疇を超えているのだ。
ミュゼリア女史がおもむろに言った。
「今の話はまだここで留めておいたほうがいいのでしょうか? もしよろしければこの情報を今動いてもらっている関係機関等に伝えたいのですが」
リーゼッタ枢機卿が答えた。
「少しだけ待ってください。後ほど魔術師団に情報の取り扱いの詳細を確認いたします」
「しかし、枢機卿。この報告から今我々が直面してる問題を見るとき、どのように考えることが出来るだろうか? 今の報告については正直興味が尽きないが、まずは目の前の問題を直視しなくては」
「おっしゃるとおりです。一つずつゆっくり考えてみましょう。スオミの水詠みの結果であるセオ神の力の及ばぬところ、これを報告にあった別の空間と捉えてみます。つまり、このマイソシアではない「別の空間」でなにかが起こっているのです。しかしまず素直に起こる疑問として、我々は『セオ神のお力の及ばぬ場所』という所も調査により必ず手がかりが得られると考えていましたが、今の報告内容はおそらく今の今まで全く知られていなかったと言っても過言ではないでしょう。要するに脈絡がない。水詠みはなぜ全く知られていないようなセオ神のお力すら及ばぬ場所のことを告げたりそこで凶兆があることを告げることが出来たのか。ミュゼリア女史、いかがでしょう?」
「はい、スオミの水詠みの性質は端的に言ってしまえばニミュ湖の精霊であるオミ達の力を借りた『占い』です。占いはしばしば我々の全く知りえないものについても告げることがあります。これについて我々は『原因や前提を飛び越して予知または予想される結果や事態を導いてしまうのがスオミの水詠みの特徴である』と解釈しています。そして、ある意味摂理を超越したような結果が導かれたことも過去に何度もありますが、時間の経過と共にそれが判明することがほとんどです。事実、今でも何を語っているのかまったく分からない水詠みがたくさんありますが、それらも時が来たら判明するものとして厳重に保管されています」
「なるほど。つまり、水詠みが全く知られていないセオ神のお力すら及ばぬところについて言及すること自体は、不思議ではあっても過去の水詠みの例から考えれば有り得なくはない、ということですね」
確かにそれならば水詠みが我々に未知の内容を告げることも分からなくはない。しかしまだ足りない。私は言った。
「だが、結局のところ水詠みと御神託がスムーズに繋がってこないということは変わらない。違うかね?」
「そうですね……残念ながら特務室のもたらした情報は衝撃的ではあるが問題解決にはあまり貢献できなかったということになりますか」
「いえ、そうとも言い切れませんわ枢機卿。セオ神の力の及ばぬところをひとまず仮定して考えることが可能になりました。今までは漠然としか仮定できませんでしたが、今は、まだ不確定で詳細が分からないとはいえ仮定の根拠があります」
「確かに……」
しばし三人はそれぞれの考えをまとめているようだったが、ミュゼリア女史が沈黙を破った。
「私はこう考えます。憶測も多いのですが、セオ神の力の及ばない空間にて何かが起こりそのためにミュレカン神がお隠れになりました。そして、ミュレカン神にお帰りいただくためにおそらく霊媒師マレリアの力を借りることになる。ただし、それによって同時に『死神』を引き寄せてしまう可能性がある。これに『最強のギルド』をもって当たり、さらにミルレスの外の守りを騎士団に担っていただく」
ミュゼリア女史の考えは確かに流れは通る。だが……。どうやらリーゼッタ枢機卿も同じ点を懸念しているようでちらりと私を見た。そして言った。
「ミュゼリア女史、私も教皇も大筋で同じ考えです。ただ一点、『水鏡』つまり『水詠み』と、『これをもって帰らざるならば』が繋がらないということが気がかりですが」
「私もだ。この一点さえ鮮明になれば、対処をどのように行うべきかはある程度明確にもなっている。『死神』についての情報は依然なにもないままだが、これについては情報があろうがなかろうが……もしも『死神』が現れるならば戦うしかないのだ」
また部屋に沈黙が訪れた。おおよその答えはおそらくミュゼリア女史の言うとおりだ。実際、三人とも当初からこの考えには至っていたはずだ。だが、水詠みと御神託の繋がりの謎を解くことなく霊媒師マレリアにミュレカン神を呼び戻させてもよいものかどうか、その確信がもてない。判断を誤れば運命の歯車は間違いなく破滅をもたらすだろう……。
「失礼します」
また先ほどの若い神官が一礼して部屋に入ってきた。
「ガーリン教皇、調査諜報部より書状を預かりました。こちらです」
そして、見た目には分からない封印が施された封筒を私に手渡した。
「うむ。ご苦労」
私はその神官が部屋を出るのを見届けると、その封印を解く短い呪文を唱えた。ぱっと小さな光を発し、封印が解かれた。
「……霊媒師マレリアの捜索についてだ。ルケシオンにいるはずだったんだが接触できなかったそうだ」
霊媒師マレリア。三歳にしてすでに身の回りにいる妖精と語りだしたといい、このとき既に気味悪がられていたが、十歳のときには突然霊媒師として強力な力を発揮するようになる。その降霊術で神の木イメトリの精霊まで降ろしたことがある。後にも先にもイメトリの精霊を降ろしたのは彼女だけだ。だが、霊媒師としての教育を受けているわけでもない彼女は十五歳の時に低級な悪霊に取り憑かれてしまい、ミルレスの町を混乱に陥れたのだ。数人の死者も出ている。悪霊自体はカレワラから呼び寄せた魔女によって祓われたが、その後の彼女は町に居場所などなかった。もちろん、町でも彼女をつねに見張った。彼女にはあの時以来自由はなく信じられるものもなかったのだろう。そして両親の死と共に町を出て行ったのは彼女が二十一歳の時、十七年前だ。ルケシオンに向かった彼女は一つ前の代の


