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#19 備えよ [---・3年前]

posted by GEM at 2005年09月24日 11:02

 デムピアスの衝撃の情報から三日目の正午前。

 ミュゼリアはミルレスの町の広場の十倍以上はあろうかという、神殿の大広場の中央に立っていた。スオミからたくさんの応援を呼び寄せ、マイソシア史上二番目となる巨大な魔法陣を設置しているところだ*1 *2 。いま、この広場にはスオミの主だった魔術師、魔導師*3 、老師*4 が顔を揃えている。魔術師を志す者がここにいたらそれだけで緊張のあまり動けなくなるであろう錚々たるメンバーだ。そして、それをまとめるミュゼリアの采配も相当なものである。スオミ中央議会大代表補佐職ぐらいになると、これらの一癖も二癖もある連中を余力を持ってまとめられなければ勤まらない。

 設置される魔法陣は半径二十五メートルの円形という規模であり、天使がその上空に差し掛かったならば目を奪われずにはいられないであろう完璧な真円である。そして、円を埋め尽くすような様々な文字や模様が幾何学的な配置であったり非対称であったり鏡に映したような部分もあり、まさに大地に描かれた巨大な芸術と言えた。地面に描くため通常のチョークでは描ききれないこともあり、スオミから取り寄せた局地魔術戦での使用を想定したインクを使用した。どこにでも書けて、半永久的に残すことも出来て、なおかつ不要になったときにはすぐに消せるという魔法文化が発達したスオミならではのものだ。

 現在設置を進めている魔法陣は複数の機能や役割を果たす必要がある。
 一つ目は、中央に位置してミュレカン神を降ろすマレリアに対して、マレリアが必要とする力の供給を補助しマレリアが不要とする力を速やかに排出する、そして力が淀むことなくスムーズに流れる機能が必要になる。ただし、マレリアが霊媒術や呪術、除霊などについて修得したのはカレワラ式であるため、全てスオミ式とするのではなく、精霊話術でカレワラの魔女にも助言を請いながら作業が進められた。
 二つ目は、マレリアに微塵の影響も及ぼすことがないように邪念や悪霊はもちろん、魔法陣の外にいる人の気配なども全て通してはならない。しかし、マレリアを補助する意図でマレリアに送られる純粋な力は魔法陣の内外を問わず、魔法陣の中心まで通過させなければならない。
 三つ目は、ミュレカン神が降りるこの場所は主にセオ神を祀っているので場の影響力も魔法陣に流れないようにしなければならない。善神を祀る場所に悪神が降りれば力を打ち消しあってしまうからだ*5
 四つ目は、死神が魔法陣の外に出られないようにすること。これはどうすれば効果があるのか、実際のところは分からなかったのだが、素直に死と恐怖のそれぞれに対して相対するセオ神とセトア神の封印を外周に施すこととなった*6 。死神の封じ方など、所詮分かりようがなかったのだ。もちろん、セオ神から何か知恵を借りられないかとオルレウス最高神官が御神託を乞ったのだが、何も得られなかった。デムピアスの話を聞く限り死神はセオ神の上位に位置する存在なので、セオ神としても答えようがないのではないか、と考えられた。
「ミュゼリアよ、ここに負の力を働かせるのはなぜじゃ?」
「いやですわ老師。そろそろ引退なされたほうがよろしいんではありませんこと? ここは相克としなければ経脈側の力が止まってしまいますわよ?」
「そうかそうか、なるほどのぉ。じゃが、なんでもかんでもバランスが取れればいいというものじゃないぞ? 少し規模が大きくなってしまうが、こういう配置はどうなんじゃ?」
「……え! うっそ……すごい! ……経脈側の力を加速させつつ全体のバランスを崩さないなんて……まだまだ未熟でした。失礼しました老師」
「よいよい、お主は飲み込みも早いからきっとこれの応用も思いついておろう。お主のように飲み込みの早い若いもんにはいろいろと口を出してやりたくなるのが年寄りじゃて」
「術師全員意識を共鳴させて! 老師のご意見を取り入れて少し変えるわよ! 要点だけイメージを送るから後は各自間違えないように! 自信がなかったらすぐに問い返して!」

 そんな会話が繰り広げられたりするような、常人には理解できない状態であり、ミュゼリアやスオミの魔導師、老師達がいなければこれほどの規模の魔法陣をわずか二日足らずで完成させることは出来なかっただろう。

(ミュゼリア女史、そちらの状況はいかがですか?)
 リーゼッタがミュゼリアに精霊話術で語りかけた。
(本日中に設置完了の予定です。明日の明け方頃が月と大地の力が最も大きくなりミュレカン神に降りていただくのに相応しいと考えておりますので、なんとしても間に合わせます。それに、明け方のタイミングであれば数刻で日が昇ることとなり、これも我々の勝機につながる可能性があると考えておりますので尚更です。枢機卿の方はいかがですか?)
 リーゼッタは昨日の朝到着したジンメイとシャオリンのメンバーやルアスから派遣された第一、第二騎士団団長、魔術師団長と共に、状況や布陣の再確認をしていたところだ。
(おおよその確認は終わりました。ミュレカン神の神官にお願いしていたタリスマンを受け取ったら、ジンメイ殿とそちらに向かいます)
(分かりました)

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 同じ頃、マレリアはミルレスの町外れにいた。大きめのローブを纏い、深々と顔を覆っている。まるで人目を避けるような姿だった。木々の枝葉に覆われて日の光が差し込みにくい場所だが、風がほとんど絶えることなくやさしく吹いて、見た目の印象とは裏腹に非常にさわやかな場所である。マレリアはここで、神の木イメトリ*7 の精霊と話をしていた。といっても、全て心の内側で会話をしているので傍目から見るとただそこに突っ立っているようにしか見えないが。
(お久しぶりね、イメトリ。今日はどうしたの? 以前の小人の姿じゃなくてすごく凛々しい好青年の格好)
(……マレリア……私は君に会うのはやめようかと思っていたんだ)
(まぁ、そんな寂しいことを言わないでちょうだい。あ、でも、三十八歳になっちゃったおばさんじゃ魅力ないわよね)
(そんなことは関係ない。それに君はまるで昔の若さを取り戻したようだ)
(昨日ねぇ、娘にも同じようなことを言われたわ。なんか突然若返ったね、だって! やっぱり女ってそういうことを言われるとねーうれしいのよー)
(……マレリア。本当にすまない。二十三年前、君が悪霊に憑依されてしまったのは私の責任だ。よく見張っていたつもりであったが、あのような悪霊を町に侵入させてしまった……。私は、君が会いに来てくれるまで謝罪すら出来なかった臆病者だ……)
(気にしなくていいのよ。それに、気にしてたら会いに来ないと思わない? わたしは本当に大丈夫なんだから気にしちゃダメよ?)
(だが、君は今でもそうやってフードを深く被って町の人の人目を避けなければならない……)
(違うわよぉ。これは、まだ私のことを怖がる人がたくさんいるから気を使ってあげてるだけよ。それよりね、二十三年ぶりに会ったっていうのに突然のお願いで悪いんだけど、一つ頼まれてくれないかしら?)
(もちろん、私に出来ることならなんでも言うといい)
(貴方にしか出来ないわよ。って言うのはね、貴方を降ろしてみたいの。私に、今でも貴方をこの体に降ろせるほどの器があるのかどうか……。私が今でもそれだけの力を持っているのかどうか……)
(自分の力量を試したいんだね? それなら私ではなくガイアを降ろしてみなさい。君にはそれだけの力も器も十分にあると思う)
(ガイア? それは誰のこと?)
(マイソシアの精霊だ。かなりの力をもつ精霊で、マイソシアにはガイア以上の精霊はいないよ。降霊は失敗したところで何も悪影響はないしガイアが気を悪くするわけでもない)
(いきなりすごいところを紹介してくれるのね……。でも、お会いしたことがないけど大丈夫かしら?)
(最初は誰でも初対面じゃないかい?)
(……それもそうね。ガイアさんのシンボルは?)
(シンボル……? あぁ、君なら人の複雑な術など使わなくても念じるだけで十分だと思うんだけどね。でも、そうだな。人の術の力で降ろしたいのであれば。Ol Sethim Ra Gaia、だ)
(じゃあ、いくわよ……)
 マレリアは両手で複雑な印を切り、そして両手を組んで集中した。木の葉や落ち葉が、風の吹く方向とはまったく関係なくざわざわと揺れ始めた。そこに人がいたらどんなに鈍感な人でも振り返るであろう、不思議な気を放つマレリア。
(マレリア。気配の放出が大きすぎる。人が来てしまうぞ)
(人が来たら、こんにちはって言えばいいのよ)

 イメトリはマレリアの言葉を聞いてはっとした。
 二十三年前のあの時以来、マレリアは声も掛けられないほど心を閉ざしてしまっていた。別れの挨拶も交わせぬままミルレスから離れてしまっていたマレリアが一年前に帰ってきていたことももちろん分かっていたが、そのときのマレリアもやはり心を閉ざし、一番仲の良かったレミトポ以外の精霊とは言葉を交わそうとはしていなかった。
 だが、今、目の前にいるマレリアはもう何も心配なんていらないぐらい強くなっている。先日までマレリアの心を閉ざしていた何かがきれいに取り払われ、昔のままのマレリアが帰ってきた。
 イメトリは思った。二十三年前から心を閉ざしてしまったのは自分も同じだったのではないか? と。
(フッ……そうだな。私は本当に臆病になってしまっていたんだな)
(気にしない、気にしない)
 マレリアはイメトリにウインクをした。術の途中でもかなりの余裕があるようだった。
 そして、マレリアの集中が最高潮に達した時、マレリアは唱えた。
「来たれ。Ol Sethim Ra Gaia」

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 ルアスの玉間では、ジークリッドとルクセンがまたしても二人だけでそこにいた。ただ、今日はルクセンは完全武装ではなく通常の室内着だが。二人はわざわざ玉間の真ん中に重くて豪華なテーブルを引っ張ってきて、最近ルアスで流行っている将棋のような遊びに興じていた。
「なあ、ルクセン……死神っていると思うか?」
「……は? 何を突然言い出したんじゃ?」
「昨日、夢を見てな。死神だとかいう奴が現れおって、抜かしやがったよ。『人間の出来損ないどもよ。猶予は過ぎた。お前達にはもう何も期待出来ない。私が直々に出向いて全て消し去ってやろう。だが、抗うというのならそれも一興。せいぜい楽しませてくれるがいい』だとさ」
「ほう。で? なんと答えてやったんだ?」
「『何訳のわかんねぇこと言ってんだ? すっこんでろ骨め。手前の方がよっぽど出来損ないじゃねぇか。肉なら肉屋に売ってるぞ?』ってな」
「お前は……夢の中までその有様か……。で? 何が言いたい? わしらは昨晩の夢を語り合うような趣味はないはずじゃが」
「……わしの勝ち」
 ジークリッドは最後の駒を置くとゆっくりと立ち上がり、ルクセンに背を向けると窓からルアスの町を見下ろした。
「……むむむ……むぅ~~~……これがいかんかったか~~。お主が女々しい夢の話なんぞで気を逸らすから」
 というルクセンの抗議を遮り、ジークリッドは振り返ることなく言った。
「ルクセン。ミルレスのマレリアを覚えているか?」
「なんじゃ? さっきからどうしたというのじゃ? 話題をころころと変えおって。もちろん覚えておるとも。もう……二十三年前になるかのぉ……ギルベルトが命をかけて救った少女じゃったな。その後はいろいろと苦労しながらも霊媒術とかいうものを習得し、両親がなくなった後はルケシオンに移ったと聞いておるが……。お前、今日はいったいどうしたんじゃ? わしを「武装しないで来い」とわざわざ釘を刺してから呼び出してみたり、暇つぶしにしかならんようなゲームを始めてみたり……」
「ミュレカン神の噂は知っているだろう」
「……ん? まぁ聞いてはいるが、以前、それについてお前に聞いたら『所詮噂だ、放っておくさ』と言いおったよな」
「明日の朝の夜明け前、ミルレスにおいて、マレリアがどこか違う次元の違う空間に封印されてしまったミュレカン神を直接呼び戻すらしい。だが、その時に死神が降臨するんだそうだ……。リーゼッタが曰く、全て死神が仕組みやがったらしい」
 二人はしばし言葉を交わすことなく押し黙っていた。

「……ジークリッド。まさか、先日わしがジンメイに届けた密書っていうのは……」
「そうだ。一応ミルレスにいるエリオにも連絡をしてジンメイ達を助けるように頼んである。彼女は純粋なミルレスの枢機卿*8 だから、ジンメイが不慣れなミルレスで困ることもなかろうし、リーゼッタもいれば、あのガーリン教皇殿もいる。他にも、何故か隠しておるが心強い助けが来てくれるそうだ。多分大海賊王デムピアス辺りだろう。あの男はいつも、なぜかこういう大事にはちゃっかり絡んでくるからな」
「ジークリッド。貴様、まさかわしをここに軟禁するつもりか? ……わしも行かせろ」
「軟禁というほどのことをするつもりはないが、ダメだ。ミルレスの儀式が行われる場所はジンメイのシャオリンが守る。マイソシアで最も強いと言われる集団だ。まかり間違ってもそれを突破されるとは考えていないが、逆に言えば突破されたら誰がルアスを、マイソシアを守るんだ。恐怖の黒騎士まで現地に送ることは出来ん。ミルレスの包囲と万一のミルレスの民の避難誘導は第二、第三騎士団と魔術師団に任せてある」
「奴らめ……野外調練だとか抜かして、ルアスの守りを他の騎士団に預けて出掛けおったが……そんな裏があったのか」
 不意に、強烈な闘気が玉間を包んだ。多少出来る程度の者では一瞬で飲まれてしまうだろう。

「ジークリッド、もう一度言う。『わしを行かせろ』」
 だが、今度はあらゆるものをそこにひれ伏させる王の覇気が部屋に充満した。
「ダメだ。ルクセン。わしの方こそすぐにでも行きたいのだ。だが、わしはルアス王にしてアスク帝王、動くことは出来ん。そして、お前はルアス王国第一騎士団団長にしてアスク帝国右府将軍だ。わしにもしものことがあった時、次期帝王が決まるまではお前と左府将軍リーゼッタ、そして宰相と元老院最高議長が共同で帝王代理となる。すでにリーゼッタを現地に送ってしまった今、さらにお前まで行かせる訳にはいかん。……今日のことは黙っていようと思った。だが、さっきも言ったとおり、明日の朝未明にミュレカン神を降ろす儀式を執り行うと聞いた。お前のことだ。すぐに異変を感じ取ってミルレスに飛んでしまうだろう。だから、軟禁はやめて釘を刺すことにした」
 しばらく、無言の中で闘気と覇気がぶつかり合っていた。それだけで二人はこの世のものとは思えないような激闘を繰り広げているような険しい表情を浮かべていた。だが、二人とも基本的に分かっているのだ。旧知の友を助けに行きたい。だが、万が一の場合に動けるよう備えなければならない。理性では分かっているのだ。

 二人の鬩ぎ合いは果てしなく続くかと思われた。
「わかった。ジンメイとエリオを信じよう……。ジークリッドよ。王となったのだな」
「知らなかったのか?」
「今の今まで冗談じゃと思うておったよ」
「ふっ……」
 ジークリッドが振り向いた。何かを決意した王の顔であった。
「もう一回やるか?」
「そうじゃな。今度は負けんぞジークリッド」
「もう三回も負けてるじゃねぇか」
「……うるさいわい! さっさと座れ!」

 二人は木枠と二色の大理石で出来た市松模様の盤上に、これまた大理石彫刻の手駒を初期状態に並べなおした。そして、次のゲームを始めた。二人は極めて落ち着いているように見える。だが、同じ部屋にいて耐えられる者などこの世に数人もいないだろう。強烈な闘気と覇気は消えたわけではないのだ。
 コト。コトン。コト。互いに盤上の駒を進めていく……この場面だけ切り出せば、なぜそんな強烈な気迫でゲームをするのか不思議な場面に見えるだろう。
 コト。駒を進めながらルクセンが言う。
「ときにジークリッドよ。エリオがあのマレリアと場を共有することになるのじゃろう? もう二十三年も前のこととは言え、エリオはギルベルトへの想いを完全に整理できたんじゃろうか? ギルベルトはあの時、いくらもう長くは持たない状態だったとはいえ、マレリアを救うためにその命を犠牲として捧げおった。マレリアと同じ場所にいては、エリオも心中穏やかではあるまい」
 コト。
「わしもその点を心配してエリオに大丈夫かと念を押したが……昔のことだ。忘れた。と言っておったな」
 コト。
「……信じてないじゃろ?」
 コト。
「当たり前だ。だがそんなことは現地に任せるしかあるまい」
 コトン。
「……心配じゃのう……」
 コト。
「自分の心配をした方がいいんじゃないかルクセン。また負けるぞ?」
「ぬおあ!」

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 大聖堂の先々代の教皇の居室には、ガーリンとデムピアスがいた。
 デムピアスは今部屋に入ってきたばかりのようだ。そのまま奥まで進み、数日前自分が侵入した窓に背を向け、ガーリンに対面してゆったりと腰掛ける。
「さっきゼッタのところに、例の鱗のスケールアーマーが届いたそうだよ。ミュレカン神のタリスマンも出来上がってほとんど配布済みらしい。君の分は僕が持ってきたよ」
 そしてポケットから白い布の包みにくるまれたミュレカン神のタリスマンをガーリンに差し出す。
「これはこれは、わざわざ閣下にお持ちいただいて恐縮だね」
「どういたしまして! 鱗についてはね、全部加工すればかなりの数を作れるんだけど、あまり作りすぎると、万が一、世に散ってしまったときが厄介だからね。二十着だけ加工させたよ。かなり薄く作ってあるからあのスケールアーマーの上から各人のいつもの装備が可能なはずだ。驚くべきことにあの鱗は薄く伸ばすと柔らかくなるんだよ! それでいて性能が変わらない。やっぱりとんでもない代物だよ」
「ありがとう、デムピアス。今回は君のお陰でここまで非常にスムーズに話が進んだ。あとは、明日の明け方だ。この危機さえ乗り越えれば……。うまく行くといいんだが」
「ガーリン、うまくやればいいのさ。それに今ミルレスの神殿にいる連中はマイソシアで考えられる、ほぼベストメンバーなんじゃないかい?」
「それはそうなんだがね」
「さっきチラッとだけジンメイと言う修道士を見かけたよ。あの男、本当に人間かい? 僕とガーリンが二人掛かりでも勝てる気がしなかったよ」
「うむ。二十三年前にも会っているんだが、あの時とは比較にならんほど強くなっていたな」
「あの男が勝てないならマイソシアは終わりかも知れないね」
「そんなときはうまくやるんだろう?」
「あぁ、もちろんさ。それに、もしジンメイや僕達が死神を追い返すことが出来なかったとしても、マイソシアが死神に蹂躙されるような事態になったら、必ずあの男が出てくる」
「黒騎士殿……か?」
「うん。あいつも僕が一対一で全く歯が立たない化け物だよ。それにあの爆炎女だって黙ってないはずだ」
「……彼女は下手に出てくると冷酷さでは死神以上かもしれんからな。それにいちいち騒ぎが大きくなる。今のような微妙な局面で出てくると全てぶち壊しかねない。本当にどうしようもない事態にならない限り今のまま山に篭っていてほしいよ」
「確かにね。各国共に手に余って放出して、今じゃ紳士協定よろしく寝た子は起こすなっていう状態だからね。死神とも仲良くなれるかもしれない唯一の女さ」
 二人とも、来るべきその時に備えているのか、それとも楽観的に考えているのか、リラックスして穏やかな状態だ。

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 サラセンのシャオリン道場では、ミーナが一人で案山子を相手に修練に励んでいた。冒険者登録をしているわけでもなく、誰かに型を教わっているわけでもない。全てシャオリンのメンバーの修練を見て覚えた。シャオリンは入門レベルが八十五と他のギルドに比べて格段に高いため、人数はあまりいない。最盛期でも三十人ほど。今はジンメイを除いて総勢十二人になっている。それでも最強ギルドの名をほしいままにするのは、一人一人が一騎当千の驚異的な実力を持つゆえだ。むしろ数が多かったときよりも各個人の動きが、より洗練されてきていた。そんな環境の中、ミーナはひたすら見取り稽古のみ、あとは見様見真似で形や打ち込みの修練を重ねてきた。
 本人は全く自覚がないが、シャオリンの血と技は確実にこのミーナに受け継がれていたのだ。
「はっっ! はっっ! はっっ!」
 平民レベルでは考えられない動きと力強さ。実戦経験が全くないためいきなり魔物相手は無理だろうが、実戦を全く行っていないがゆえに逆に純粋に磨き上げられていく。戦闘ギルドシャオリンの結晶が育ちつつあった。
「はぁぁぁあああっテイヤー!」
 一心不乱に案山子相手に型を繰り返す。ただひたすら、父に認めてもらうために……

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 ミルレスの冒険者向け聖職者学校。現在、教師はエリオただ一人であり、生徒も一人だけである。最近は聖職者を目指すものは学校に入らずに冒険者と共にすぐに狩りに出かけていってしまうことが多い。どの冒険者も聖職者を確保したいために、冒険者登録を行ったばかりの聖職者に目をつけて自分達でどんどん育ててしまう。それに、冒険者登録を行ったばかりの初心者が一人で経験を積むことも珍しいことではない。冒険に必要な一通りのことは『スクール』*9 で習得できてしまうし、学校に通ったからといって習得できる術や技に差があるわけではないので、わざわざ学校で学ぼうとするものがどんどんいなくなってしまっていた。つまり、学校の存在自体が無用の長物となりかけていたのだ。

 そんな中、一年前にやってきたただ一人の生徒はいろんな意味で珍しいタイプだった。一年前にミルレスに移り住んできて聖職者として冒険者登録をしたとき、数多の冒険者の誘いを断って真っ直ぐにこの学校にやってきた。そして一言、「弟子にしてください」と。普通は「入学したいのですが」である。エリオの噂は、マイソシアのどこに言っても聞く事が出来る。適当な町で今マイソシアで最高の聖職者は? と聞けば子供でも「エリオ!」と答えるほどだ。その噂を常々聞いてきたこの生徒は、「最高の師匠の元で学びたい!」そう言ってやってきたのである。

 さらに変わっていたのは、通常の聖職者なら知恵の習得に力を注ぐのだが、この生徒、いや弟子は、知識の習得ばかりを優先していた。知恵の習得は来年聖職者になる妹に任せ、二人でマイソシア一の聖職者姉妹になると言う、かなり子供っぽいことをさらりと言ってのけたのだ。だが、それなりに理由もあって、この弟子は驚くべきことに医師免許*10 を取得していた。これは聖職者にとって、傷の治癒に必要な具体像を思い描くことについて非常に有利となり、この方面の知識の習得にかけては師匠も舌を巻くほどだった。

「さて……今日はこれで終わりにするわ。あとは、あなたがペアを組んでいる戦士さんと狩りにでも出て実戦の中で学びなさい。今日教えたことをきちんと理解してやるのよ。特に、貴方が今日習得したプレイア*11 は実践あるのみ。間合いをよく見極めてね。じゃ、次は一週間後ぐらいにしましょう。それでいいかしら?」
「はい、師匠。ありがとうございました。でも、今日は早く終わるんですね。何かあるんですか?」
「えぇ、ちょっとね」
「デートですか?」
「四十になるおばさんにそんなこと言われてもねぇ……」
「デートですね?」
「そんなに私にデートさせたいわけ?」
「いいえ」
「……」
 かなり調子が狂う弟子のようだ。

「エリオ師匠、教えてください。今日、何があるんですか?」
 弟子は自分の荷物を片付けながら言った。師匠の用事を無理矢理デートにするのは飽きたらしい。
「何がって言うと?」
「町の外、ルアスの騎士団たちが駐屯してます。今は特に戦争状態じゃないはずです。町長は今夜から明日の朝に掛けて決して家を出ないようにって言っていました。神殿で儀式があるとかどうとか……。その儀式を狙われないように騎士団が町を守りに来てくれたって……。でも、ほんとうにそうなら騎士団は神殿だけ守ればいいはずです」
「それもそうだわね……。もちろん、何があるのか知ってるわよ。これでも一応枢機卿だしね。でも、言えないわ。町長さんの言うことを聞いて、今夜から明日の朝までは決して家を出ちゃダメよ?」
「そうですか……わかりました」
 予想に反してあまりにもあっさりと引いてしまったので、この子は本当にわかってるんだろうか? と言う不安を感じたが、そう言われてしまえば理解したんだろうと思うしかない。

「じゃ、私は行きます。クリガンが広場で待ってるそうなので」
「……」
 エリオはなんとなく弟子の顔を眺めていた。
「……師匠?」
「……ん? あ、あぁえっと、なんだっけ?」
「クリガンが待ってるのでもう行きます、って言っただけです。今日の師匠はなにか変ですよ? たまにぼーっとしちゃって。上の空っていうやつですね。やっぱりデートですか?」
 まだ諦めていなかったらしい。
「ちがうってば!」
「失礼しま~す」
「……はい、お疲れ様。気をつけてね、セリス」
 駆け出していく弟子を見送りながら、エリオは彼女とその母親のことを思っていた。

 明日の朝夜明け前、類稀なる力を持った霊媒師が神殿でミュレカン神を降ろす。その霊媒師は、二十三年前、命よりも大切な婚約者だったギルベルトが命を掛けて助けた女、マレリア。つい先日、ガーリンからマレリアの居場所が判明したと連絡があった。ガーリンが曰く、マレリアはルーシアという偽名を使って一年前からミルレスにいる。
 ルーシア? どこかで聞いた……?
 そう思い、そしてすぐに思い出した。エリオの現在のただ一人の弟子であるセリスは、母親の名をルーシアだと話していた。言われてみれば確かに、セリスがエリオの前に現れたのも一年前のこと。

 エリオはふと空を見上げた。
「ギルベルト……あの娘は、あなたが救ったマレリアの娘だったんだって……。もう随分前だからマレリアの顔もはっきりとは覚えてなかったけど、言われて見れば……確かにあんな顔だったわよね……。私とマレリアって、何か不思議な縁でもあるのかしら……?」

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 そして、マレリアは数回目のガイアの降霊を失敗していた。
(何回試しても私の力じゃ無理みたいだわね。呼びかけに全く応じてくれない)
(そうか……。おかしいな。君の力なら十分だと思うんだけどね)
 イメトリはもしもガイアが降霊したら久しぶりに会うことになるので少し楽しみに待っていた。しかし失敗したようなので、最初はマレリアの言うとおり、さすがにガイアまで降霊させるのは無理があるのかと考えていた。だがその直後、イメトリとマレリアはガイアから直接話しかけられた。
(マレリア様、はじめまして。イメトリ、おひさしぶりですね。何度もお声を掛けていただいたのに伺えなくてごめんなさいね。マレリア様の降霊は失敗してるわけではございませんのよ。ただ単に私が別の人に降りているのでそちらに伺えなかっただけですわ。今は少し忙しいからあまり長くは話せませんけど、マレリア様、貴方の力にかかれば私などニミュの湖に浮かぶ木の葉のように簡単に掬い上げられてしまうことでしょう。そしてマレリア様の手に掬っていただくのを楽しみにしておりました。今はタイミングが悪かっただけです。ですからまた是非呼んで下さいませ。それでは……)
 イメトリもマレリアもキョトンとしていた。マイソシアにはガイア以上の精霊は存在しない。そのガイアをして降霊で呼び出されるのを楽しみにしていると言わせるマレリアの実力とは一体……?
 そして、もう一つの疑問に気づいた。
(ねぇ、イメトリ。今ガイアって別の人に降りてるって言ったけど……上には上がいるのかしら?)
(どうなんだろうか? 私も少々驚いているんだ。ガイアを降ろせそうな霊媒師なんて、私は君だけしか知らないんだけどね……)

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 マレリアが薄々自分と同等かそれ以上の霊媒師の存在に気づいたとき、ガイアはルアスやレビアの遥か東の山奥でオウカという名の霊媒師に降りていた。
(ガイア、悪いわね、せっかくマレリアに会うのを楽しみにしてたみたいだけど)
(仕方ありませんわ、今はオウカの件が先決です……)
(あ~あ……私ね、本当は使命なんてどうでもいいんだ。もしも明日の朝彼らが死神を追い返せなかったら……私が死神をやっつけちゃおうかしら? そっちの方が楽しそうだわ! あ、でも、そうね。マイソシアの人口が二分の一ぐらいになるまでは放っておくかな。私が最初から出て行けばその程度じゃ済まないんだし)
(出来ればそんなことにならないで無事死神を追い返してもらいたいものですわ。マイソシアの人も長い歴史の中で随分と成長しました。あなたのお役目も分かるからこうしてお手伝いしていますけど、私は最後にはマイソシアのすべての命の味方です……。あら、いけませんわ。こんな話をしていては時間が過ぎてしまいます。とにかく、急ぎましょう。明日の明け方には私はマレリアの降霊を助けてあげなければなりませんし、おそらく最後までオウカをお手伝いできません。……時間がありませんわよ)
(うん。でも、やっぱり……使わずに済むといいわね。これは)
(全くです……もしもあなたがそれを使うなら、最悪の場合、私はあなたと戦わなければなりませんからね)

 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

 マイソシアの運命を掛けたミュレカン神降霊まで、あと十時間ほどになっていた。
 
 
 


補足
*1: マイソシア最大の魔法陣はスオミの町そのもの。円を用いたものではない超々高難度の魔法陣であり、自然の造形物であるニミュ湖までも魔法陣の一部を構成している。スオミ建国当時の魔導師達が既に亡くなっている現在、これだけの規模の魔法陣を作れる者は存在しないと言われている。
*2: [作者注:現実では「魔法陣」というのは魔方陣の書き間違いであり、よくある円にペンタグラムなどの模様は[魔法円]というのが正しいとされています。このお話では魔法円=魔法陣です。]
*3: オリジナル設定:基本的にはスオミにしかいない職業で、魔術師の上位職。スオミ魔導協会のメンバーとなり実力が認められると魔導師を名乗ることを赦され、協会独自の魔術の習得や研究を許される。
*4: オリジナル設定:極めて特殊な場合を除いてスオミにしかいない職業で、スオミ魔導協会の幹部職以上の者。生きる兵器と呼ばれるほどなので、通常は他国の領地には立ち入らない。それだけで侵略行為と受け取られかねないためである。
*5: セオは善の属性を持つ神であり、ミュレカンは悪の属性を持つ神である。
*6: #06 預言 においてカレワラの魔女が各神のことを語っているので参考にしてほしい。
*7: ミルレスの町は神の木と呼ばれる巨木「イメトリ」の上に位置する町である。メント文明の時代からミルレスの町を支えてきている。
*8: このお話では女性だからといって聖職に就けないことはなく、聖職に就くからといって異性との交わりを禁じられるということもない。
*9: 冒険者登録を行ったら必ず行かなければならない。講義自体は非常に短いのだが、それでも真面目に話を聞かない者が多い。
*10: この世界では医師免許自体は何歳でも取得可能。医師業務や医院開業は二十歳にならなければ出来ない。
*11: 祈りの力で敵を退治する聖職者の業の一つ。一部の聖職者はこれだけでティラノという恐竜のようなモンスターをも屠る。

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#20 娘へ [---・3年前]

posted by GEM at 2005年10月01日 22:33

 深夜二時ごろ、マレリアは数時間前に休んだ娘達の寝室にいた。部屋の壁際にある姉のセリスの椅子に腰掛け、ただ二人の寝顔を見ている。セリスはこのとき十七歳、妹のセシリアは十四歳だった。マレリアは、どこの母親でもそうであるように我が子を聖母のような優しい目で見つめながら、二人が生まれてからのことを回想していた。

 セリスは、マレリアがルケシオンに移ってすぐの頃に生活の為に生業としていた娼婦をしていた時、悪く言えば油断して出来てしまった子供だ。父親の可能性のある者を幾人か想像できなくもないが、誰かはわからない。
 どうしても知りたいのであれば、スオミでそういったことを突き止められるらしいのだが、どうでもよかったので気にしていなかった。父親が誰か分かったところで、何か状況がよくなるわけでもない。
 セリスを身篭ってすぐ、先代デムピアスが現れて海賊要塞に妾として連れて行かれた。実際には、噂に聞くマレリアの力を恐れたルケシオンの表の代表が、先代デムピアスに『何とかしてくれ』と泣きつき、先代デムピアスとしても万が一を考えて海賊要塞の奥に匿ったのだ。
 海賊達は身内に引き入れた者にはことのほか親身に接してくれる。マレリアが海賊達に『私は呪われた血を持つからあまり近づくな』と言っても『それがどうした』と言わんばかりにごく普通に接してくれる。親切で人懐っこく、しかも名目上は先代デムピアスの妾でもあり、マレリアは何不自由なく暮らすことが出来た。
 半年ほど経ってセリスが生まれると、マレリアは先代デムピアスにセリスの霊媒の血を封印できないかと相談した。先代デムピアスも同じことを懸念していたため、すぐにスオミの霊媒師を招いてセリスの力を調べたさせた。結果、すぐにでも封印してしまうか、さもなくば霊媒の力が見られ始めたらすぐにスオミに預けて、しっかりと霊媒師の教育を受けさせたほうがいいと言われた。
 マレリアは、セリスが霊媒の血によって自分の二の舞になることを恐れ、セリスの霊媒師としての力を封印してもらうことにした。ただ、子供の頃に施された封印は大人になってから受ける封印と違って、成長と共に強くなる力が封印を破ってしまう可能性がある。このため、常にマレリアが封印の状態に気をつけるようにして、綻びが見えたら術を補強したほうがいいと助言を受けていた。マレリアがミルレスに来た最大の理由は、ミルレスでマイソシア一の聖職者の下で修行したいと言い出したセリスの封印を見張るためなのだ。
 幼少時のセリスは海賊そのものになったほうがいいのではないかと言うぐらいおてんばすぎる子供だった。実際、海賊の船長クラスの者達が『自分のところに預けないか?』と散々スカウトに来たものだ。曰く、海賊として非常に筋がいいらしい。しかし、海賊要塞で仲がよかった幼馴染の死をきっかけに、セリスは医者になることを決意する。そして、涙ぐましいまでの努力を続け、十五歳で医師の免許も取得した*1 。だが、医者として開業するためには多額の準備金、医師教会への入会、強力な後見人の確保などたくさんの課題があったし、何と言っても独立開業は二十歳にならなければ認められない。そういったことがあって、セリスは開業資金の準備も兼ねて聖職者となることを決めたのである。

 セシリアの父親はマレリア本人にも本当にさっぱり分からない。
 ある日の夜明け前、突然眠りから覚め激しい陣痛に襲われた。前日まで全く妊娠はしていなかったし、そもそもこのタイミングで子供が生まれるような性交渉を行っていない。眠る前はまったくお腹も普通だったはずなのに、その時のお腹には確実に命が宿っていた。不思議なことに、マレリアは無条件にこの子を産まなければならないという使命感に駆られ、そのまま出産した。そして夜が明けるとすぐに先代デムピアスにありのままを話した。
 にわかには信じられない話なので、先代デムピアスは、マレリアがどこかから子供をさらってきたのではないかとさえ思ったのだが、駆けつけた医者が言うには、赤子は様々な角度から考えても確かにマレリアから生まれており、今朝マレリアがこの子を産んだと見て間違いないと証言した。
 この時は、海賊要塞中がちょっとした騒ぎになった。もしかして悪魔の子なのではないか? もしかして神の子なのではないか? 不吉だ。いや、吉兆だ。だが、生まれたときの体重が平均的な赤子の三分の二ほどだったことを除いてごく普通に育っていくセシリアを見て、そういった噂はだんだんと聞かれなくなっていった。
 セシリアにもスオミの霊媒師を招いて霊媒の力が備わっていないか確認されたが、セシリアにはそういった力は全く皆無でむしろ珍しいと言われた。ただ、聖職者となればかなりの実力者になるのではないかとも言われた。とはいえ、聖職者についてはほとんどおまけ程度の占いの結果だが。
 幼少時のセシリアはおとなしい夢見がちな女の子で、海賊要塞ではいつも、姉が筆頭のいじめっ子達にいじめられるという可愛そうな子でもあった。しかし、姉が医者になることを決意してからはいじめられたりすることもなく、姉の猛勉強する姿を見て育ってきた。そして、ごく自然に自分も人を助ける仕事をしたいと感じ始め、いつの頃からか聖職者を目指す決意を固めていた。

(二人とも、本当に大きくなったわ……)
(よかったね、マレリア。なんかね、今のマレリアって凄く幸せそうだよ?)
(もちろんだわ! これ以上の幸せなんてあるわけない! 娘がこんなに立派に育ってくれたのよ? もう、何もいらないわ。あとは、いい人を見つけて、幸せな家庭を築いて、孫が生まれて私のところに連れてきてくれたら……きっともう死んでもいいわ)
(今のマレリアなら死んでもいいって言っても表現として納得できるからいいけどさ、ここに帰ってきたばかりのときなんてそれはもう酷い状態だったからね!)
(レミトポってば。私そんなに酷い状態だったかしら?)
(うん。なんか凄くビクビクしてたよね。もちろん、気持ちは分かるんだけど。やっぱりミルレスにいると怖い! 死にたい! って僕に言った時は、それはもう慌ててイメトリのところに飛んでいったよ。でも、イメトリはね、娘がいる母親がそう簡単に死んだりするものか、マレリアを信じて近くにいてやれって。イメトリの言うとおりだったわけさ! マレリアってさ~イメトリと仲良しだよね~。今日も二人だけで会ってたでしょう?)
(レミトポ……そうよ。私はイメトリを愛してるわ。人と精霊の愛なんて、叶うことのない夢だけどね……)
(そんな! 冗談で言ったのに!!)
(あら? 私だって冗談よ?)
(な……マレリア~! やってくれるね~!)
(ふふふっ、昔の私みたいに色恋沙汰は何でも照れるとでも思った? もうおばさんなんだから、からかわないの。それに、こっちに戻ってからは今日初めてイメトリに会ったのよ? そう言う間柄なら真っ先に会いに行くわ。さて、と。そろそろガーリンが迎えに来るから、準備しないとね)
 マレリアは立ち上がってセリスの方へ近づいていくと、首に下げたタリスマンのペンダントを外す。
「ギルベルトさん、今まで本当にありがとう……。もう私は大丈夫。だから、今度は私の娘を守ってください」
 とつぶやき、それをセリスの手にそっと握らせた。その瞬間、それまで気配すらなかったはずの数体の悪霊がマレリアに憑依しようと寄ってきたが、
(下がれ)
 と念じるだけで悪霊は消えてしまった。マレリアは『あの時』とは違い、強力な霊媒師となっている。せいぜい町をうろつく程度の悪霊を相手にするだけなら、他の下級の霊媒師のように悪霊が来るたびに印を切る必要など全くない。
 そして小さな声でささやいた。
「セリス。あなたがずっと欲しがってた真っ赤な宝石のペンダントよ。たった今からあなたのもの。大事にしてね」
 眠っているセリスが、少しだけタリスマンを握ったように感じた。まだ幼い頃のセリスはこのタリスマンを欲しがって欲しがって仕方がなかった。だが、あげたくてもあげられなかったのだ。
 ルケシオンへ移り住む前に霊媒術などはマスターしていた。当時の師匠から「マイソシアで君と肩を並べられる霊媒師は恐らくいない。私などとっくに君の格下だ」と言われていて、タリスマンがなくても最早気にする程のことでもないと聞いていたのだが、実際には怖くて外せなかった。でも、今は何も恐れることなく首から外し、自分でも内心驚くほど素直に娘に手渡している。
「これからはこのタリスマンが貴方を守るわ。だから、そろそろ私は子離れしようと思うの。あなたを悪霊から守らなきゃいけないって言い訳をしながら、実際には、私は独りになるのを怖がっていただけのような気がするの。今まで夜になると泣いてばかりのお母さんだったけど許してね。これからはもっと強くなるからね」
 そう言いながらセリスの髪をなでた。

 今度はセシリアの方へ近づき、右手の薬指からヘイリング*2 という指輪を一つ外した。この指輪は先代デムピアスが「名目だけでも妾なのだから」と言って指にはめてくれたもの*3 で、聖職者にとってはことのほか大事な知恵の力を上げてくれる。これは本物なので相当の経験をつまないと力を引き出せないが、装飾品としても人気のある指輪であり、同じ形のフェイク*4 も出回っている。
 セシリアを起こさないようにそっと右手の中指に指輪をはめて、優しく囁いた。
「セシリア、あなたは本当に優しくて、それによく泣く子だったわね。でも、辛いことがあっても気持ちの切り替えが早くて、すぐに立ち直る子。いつも前向きで素直で明るくて、要塞でも一番人気のアイドルだったわね。私はあなたからいろんなことを教えてもらったと思うの。セシリア……私から生まれてくれてありがとうね。これからもセリスと仲良くね」

(マレリア、いいのかい? あのタリスマンは……)
(いいのよ。私は自分の力を使うことをもう躊躇わない。私が本気になったんですもの、もうタリスマンがなくても悪霊なんて一睨みよ。それにね、降霊を行う時はどうせ外さないといけないの。これから降霊術をしに行くんだから同じことよ)
(なんだか、マレリア、かっこいいね!)
(でしょ!?)
(……でも……ちょっと心配になっちゃった。今のマレリア、まるでセリスとセシリアにお別れをしたみたいだったよ?)
(あらやだ、そんなつもりじゃないわ。それに、私は孫の顔を見たいのよ! 死んでたまるもんですか!)
(そうだよね! よかった。安心したよ!)
(安心してくれて私もほっとしたわ。じゃ、ちょっと行って来る。娘達をお願いね)
(うん。わかったよ)
 マレリアは部屋の戸口でもう一度娘達に振り返りそして囁いた。
「行ってくるわね。いい夢を見るのよ」

 そして、客間に向かった。客間には既にガーリンが待っていた。マレリアはガーリンをみて小声で言った。
「お待たせ、ガーリン」
 ガーリンも小声で答える。
「私も今来たところだよ。それじゃ、早速行こうか」
「そうね」
 マレリアはそう言うと術に必要な道具を詰め込んだ手提げバッグを持った。
「いいわ。行ってちょうだい」
「……その前に……一つだけいいか?」
「え? ええ、どうしたの?」
 ガーリンは何故か目線を外した。そして何か耳まで赤くして言った。自分でもなぜそんなことを言ってしまうのか分からないとでも言うような少し困惑した表情。
「今日の私はどうしてしまったのだろうな……。マレリア、私がこんなことを言っても白けるかも知れんが、……先日とは比べ物にならんほどに、綺麗だ」
 少し、白けたわけではないが間があいた。
(マレリア、モテモテじゃん!)
(もう、レミトポったら。さっきも言ったでしょ? 三十八のおばさんなのよ?)
(全然そんな風に見えないよ! そのおじさんが言ったとおり、マレリアはすっごく素敵さ!)
(……あなたも上手になったわねぇ)
 だがしかし、マレリアは期間は短かったとはいえ元娼婦だ。昔ならいざ知らず、今は乙女のように恥らったりはしない。にっこりと微笑み、
「ありがとう、教皇様っ」
 というと少し背伸びしてガーリンの右頬にキスをした。ガーリンは思わず上ずった声を出す。
「うぬおわ!! こ、こらぁマレリア! 私はこれでも」
「しー!! 娘達が起きるわよ! ……今日、無事に終わったら、大聖堂でデートしましょ? ね?」
 僧兵一筋三十三年、教皇一筋二十年のガーリンには刺激が強すぎたようだ。
「あ。。。あ、いや、私は、教皇……」
「いやなの?」
「い、いやぁ、いやだなんて、でも、デートなどそんなマレリア、あ、あ……いやそのなんだ、そう、そうだな、大聖堂を、あ、案内するよ」
「うふふ! 楽しみにしてるわ! じゃ、行きましょうか!」
「あぁ……行こう……」
(がんばれおじさ~ん!)
(機会があったら伝えておくわ、じゃあね、レミトポ)
 ガーリンは記憶の書と記憶の石を取り出した。行き先は神殿の大広場、死神との決戦の場……。
 
 
 


補足
*1: 医師免許自体は年齢に関係なく取得できる。
*2: ゲーム中においては防御力と知恵をいくらか増加させる。
*3: 指輪などのアイテムはエンチャントを行うことでより力を増すが、エンチャントを行う時はアイテムが力に耐え切れず破壊されることがある。エンチャントの回数をエンチャントレベルと言い、このレベルが上がるほど破壊される可能性が上がるため、レベル十以上のアイテムは破格の金額で取引される。マレリアがセシリアに渡した指輪のエンチャントレベルは不明だが、かなりのものらしい。
*4: ゲーム中でも同名の指輪が登場するが、そちらは知恵を上げる効果はあるがエンチャントは出来ない。

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#21 魔法陣1 [---・3年前]

posted by GEM at 2005年10月08日 23:05

 深夜三時すぎ。
 神殿の大広場に描かれた魔法陣の真ん中には、まだミュゼリアがいた。結局昼間からずっと真ん中にいて力の流れを何度も何度も確認しているのだ。魔法陣の外からその様子伺うのは、ジンメイと十二人のシャオリンのメンバー達、ミュゼリアがスオミから招いた魔導師や老師達、デムピアスとリーゼッタ、オルレウス最高神官、そしてゼシン神殿の神官たち。
 魔法陣の中心から魔法陣の外までは二十五メートルもあるので、ミュゼリアは大きな声でリーゼッタに呼びかけた。
「リーゼッタ枢機卿~。最後の確認です~。私にパージフレア*1 を打ってみてくださいー」
「そんなことして大丈夫ですかー?」
「今ー、私に攻撃的なエネルギーは全て無効化されるですー。だから大丈夫ですー。これぐらいやって確認しないとー、マレリア様にお使いいただけませんー」
「わかりましたー。ところで冒険者と同じ~略式にしますかー? それとも~正式なパージフレアがいいですかー?」
「……正式って強いんですかー?」
「ティラノ*2 も三撃以上は耐えられませんー」
 ミュゼリアの声が一段と上がる。
「あんたばか!? そんなことして死んだらどうしてくれるの!! あ……」

 ジンメイがポツリとつぶやいた。
「今のがあの姉ちゃんの素か?」
 それにリーゼッタが答える。
「いやまぁ……さすがにびっくりしただけでしょう」
 魔法陣の外で見ている大多数がクスクスと笑っている。さらにデムピアスは旧知の仲ということもあってか思いっきり大声で笑っている。ミュゼリアが赤くなりつつデムピアスを睨んだが、デムピアスはその視線に気づいても(いや、気づいてなお一層)平気で笑っているので無視してリーゼッタに言った。
「リーゼッタ枢機卿~まずは略式で試しましょう~」
「わかりました~いきますよ~」
 リーゼッタは応じると、ホーリーセプトを装備してミュゼリアに魔法を放った。

「パージフレア!!」
 言い放ちながら杖をミュゼリアに向けた。通常であれば、パージフレアをかけられた対象の周りには光の魔方陣が浮かぶのだが、そういった見た目の変化が何一つ起こらない。リーゼッタは確かに魔力を消費しているのだが、すべての魔力は速やかにミュゼリアのいる中心を囲む一回り外周の魔法陣に排出され、それを受けた魔法陣はリーゼッタの放ったパージフレアのエネルギーを何事もなかったかのように霧散させてしまった。もちろん、ミュゼリアには全く影響がない。
「おおおおお……」
 今度は周りからどよめきが沸いた。
「すごいすごい! ミュゼリア完璧だね!!」
 デムピアスは笑い声と同じように一際大きな声で喝采を上げ大きく拍手した。ミュゼリアは年相応の娘の照れ笑いで答える。ころころとよく表情が変わり、そこだけを見ればまだ二十二歳の若さをうかがえる。

 スオミのイリアンジャ老師も感嘆を隠さない。
「これは、すばらしい出来栄えじゃのぉ。一切の淀みなく水が流れ、土に染み込み空に帰るように完全に受け流しおったわ。ミュゼリア、やるようになったのぉ……。どれ、枢機卿様、わしがメテオを打ち込んでやると伝えてくれんか。わしらの自慢の娘、ミュゼリアの仕事ぶりを証明して見せようぞ」

 リーゼッタはさすがに驚いた。メテオとは魔法使いが唱える強力な範囲魔法で、普通に考えればここにいる全員が危ない。
「え? 大丈夫ですか?」
「ミュゼリアが作った魔法陣じゃ、信じなされ。それに、実験台がミュゼリア一人というのもいささかかわいそうじゃろう? 広域魔法を打ってみて、みんなで魔法陣の効果を堪能しようじゃないか。じゃが、万が一があってはいかん。神官様たちは屋内に入っていてもらおうかの」
 神官たちは、そう言うことなら、と神殿の方へ向かおうとしたが、オルレウス最高神官が間髪いれずに答えた。
「老師様、我々もいくらか協力させて頂いておりますゆえ、ここに至って仲間はずれは寂しいものですよ。どうぞ我々にもミュゼリア様の魔法陣の出来栄えを堪能させてくださらんか」
 この最高神官の笑顔の返答に他の神官は「まぢっすか!?」という表情がありありと見えるが、最高神官が避難しないのに神官が避難するわけにも行かず、引きつった笑顔と共にやむなくそこに留まる。

 リーゼッタがミュゼリアに大声で告げる。
「ミュゼリア様~イリアンジャ老師様が~メテオを打たれるそうです~」
「なんですってぇ!? コラァ