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#23 ミュレカンとデス [---・3年前]

posted by GEM at 2005年10月23日 18:49

 何もない空間に、ミュレカンはただひたすらそこにいる。光が全くないこの空間は、自分の目の前に持ってきた手すら全く見ることも出来ない暗闇である。どちらが北なのか? どちらが上なのか? 踏みしめるべき地面もなければ基点となる標もなにもない。落ちている感覚もなければ浮いている感覚も飛んでいる感覚もない。ただひたすら、暗闇の中にいる、としか言いようがない。
 だが、ここはどこかと言うことは分かっていた。ここは、セイリュウの持つ水鏡の中であり、セイリュウの存在する真・神界の空間を切り出して作られた閉じた空間の中だ。そういった場所があると言うことは何度か聞いたことがあったが、無縁のものだとも思っていた。というより、そもそも考えが及ぶことすらなかった。それほど無縁の空間にミュレカンはいたのだ。
 特にうろたえることもなく、ただ時が過ぎるに任せていた。もちろん、頭に浮かぶ不安や疑問がたくさんあったのも事実だ。デスが何故自分をここに閉じ込めたのか? ほぼ確実な仮説はあるのだが、確かめたわけではない。また、何故このようなことになるのか? マイソシアは無事なのだろうか? ヘックスタはまだ思いとどまってくれているであろうか? 自らの影響力を落とすことで善悪のバランスを保っているセオは無事だろうか? マイソシアは無事だろうか……。
 いろいろな考えが浮かんでは消えていったが、何を考えようとも結論は一つにしかならない。なぜならば今のミュレカンに出来ることは何一つないのだ。であれば、「なるようにしかならない」そんな結論以外に得られるものなどあるわけがないのだ。同時に、無駄に足掻くよりも心を落ち着けることにしていた。きっとデムピアスがうまくやってくれる。そう信じて、その時を待っていた。

「ミュレカン……」
 ミュレカンを呼ぶ声がした。その声に聞き覚えがある。ミュレカンが契約を交わしている真・神界の死神、デスである。
「デス様……。どちらにいらっしゃいますか? 何も見ることも感じることも出来ません」
「汝の目の前にいる。姿が映るようにしてやろう」
 デスがそう言うと、どこまでも続く暗闇に、突然二人の姿が浮かび上がった。デスとミュレカンの体自体が淡い光を発しているのだ。その淡い光はお互いを照らす以外には他の何物も照らし出すことはなかった。ミュレカンは突然自分とデスの姿が浮かび上がっても別段驚く様子もない。
 デスはミュレカンの数歩前ぐらいの位置にいた。黒いぼろぼろのローブを纏い、その中には青白い骸骨が見える。右手にはデスの象徴である大鎌が握られている。真・神界にはいろいろな姿の死神がいるが、誰の目にも一目で死神と分かる存在はこのデスだけだろう。
「デス様、お教えください。なぜ私を水鏡に封じられたのですか?」
 デスを真っ直ぐに見据えミュレカンが尋ねる。怒りや戸惑い、疑念、そういったものは一切なく、ただ普通に疑問を投げかけるだけのような穏やかな口調。まるで封印されたのはミュレカンではない第三者なのではないかと思えるほどの冷静さだ。
「知ってどうするのだ?」
「分かりません。デス様の真意は私如きに計り知れるようなものでは御座いますまい。ですから、お尋ねしております」
「……刻が来たのだ」
「刻とは?」
「マイソシアを消す刻だ」
 マイソシアを消す……。その言葉にさえミュレカンは特に動じた様子はなかった。あくまでも冷静に尋ねる。努めて冷静を装っているわけではない。動揺したところで何も変わらぬのだ。
「消す……? 穏やかな話ではありませんが、なぜ消すのです?」
「最高神のご意思である。その全てを語る必要もなければ時間もない」
「我らの父最高神様が、直接デス様にマイソシアを消す刻が来たと告げられたのですか?」
「最高神がいちいちこのような雑事を我々にお告げになるわけがなかろう。私は刻が至ればマイソシアを消すよう、既に定められていた。私は定めに従って動く。それだけのことだ」
「ではそうだとして、なぜ私を封印する必要があるのですか?」
「知れたことを。汝もよく知っていよう。我々は直接マイソシアの次元に行くことなど出来ない。マイソシアの次元に行くには、マイソシアの次元のほうから道を作らせるしか方法がない。私の存在はマイソシアに明確に認識されていない故、私が直接呼び出されることはありえないだろうし、そもそも私を呼び出そうとする酔狂な者などいないだろう。だが、汝がいなくなれば必ずや汝を探し出し連れ戻そうとする。人が汝を呼び出すべく道を作りさえすれば、わたしはマイソシアに行くことが出来る。あの術は人にしか使えぬからな」
「私を利用された、と?」
「不服か? そもそも汝らのようにもともとはただの人でしかなかった者に神格が与えられただけでも、真・神界の我らから見れば到底許す事など出来ぬ侮辱。汝らは事あるごとに我等の手を煩わせるだけしか能がない。たまには我らの役に立て」
「私達の未熟さ故に真・神界の神々にご面倒をおかけ致しますことは何卒ご容赦いただきたいところ。ですが、それも契約ではなかったのですか?」
「だから、契約に応じて手助けもしてやっておったろう」
「……デス様。マイソシアの民は私たちの大事な子供たち。今しばらくお待ちいただけ」
「黙れ。私たちの大事な子供たちだと? 何様のつもりだミュレカン。おまえも元々はあの者達と同じ、ただの非力な人であろうが。我々の庇護があってさえあの程度の極限られた世界すらまともに導くことも出来んような能無しが、一人前の神にでもなったつもりか?」
「……それでも……わたしは彼らの神であり、彼らは私たちを信じ……」
「お前達を信じているだと? 笑止。ならばあの世界の堕落ぶりは何事だ? 人の堕落は止まるところを知らず、魔界の者が好き放題に現れておるであろうが。それどころか、同族同士であってさえ、ついこの間も殺し合いに興じておっただろう? 数え切れぬほどの魂がわしの前を通り過ぎおったぞ? とてつもない怨念を抱いてな。あれは何だ? お前達がそのように導いたのか? 全次元においては、汝らやらマイソシアの人とかいう輩は迷惑極まりない穀潰しでしかない。それどころか魔界に落ちる魂が多すぎる。だいたい、お前等は『あの時』に消すはずだったのだが最高神の気まぐれで生きながらえておったにすぎぬ。いつまでも一つの空間と次元をマイソシアの者どものような輩の為に捨て置くことなど出来ぬ。だから、消すのだ。心配せずとも汝やらセオやらは紛いなりにも神格を与えられておるから消しはせん。分かったらここで大人しくしておれ」

「出来ません」
「……まぁ、そう言うだろうとは思ったが、私に歯向かうのか?」
「当然でしょう。デス様からみれば私は紛いものの神かもしれませんが、それでも私はマイソシアの神。『お前の導く世界を消す』と言われて、『はい、そうですか』と応じるような神などいないでしょう」
「言うではないか。だが、お主はここがどこか分かっておるのか?」
「分かっております。死神様方の処刑場です」
「そうだ。ここでは、別にこの鎌でお前の首を切り落としたりする必要などない。私たち死神が、ただ「死ね」と念じるだけで何者であろうともそれで終わりなのだ」
「ですが、私を殺してしまえば、もはやマイソシアの人が私を召還することも出来なくなります。そうなればデス様も人の世界へは行けないでしょう」
「だったら今度はセオとザスでもここに閉じ込めてやればよい」
「では、私を殺しますか?」
「……ふん。私自身はそうしてやってもいいんだがな。残念だが、いくら私達が死神であっても、ここで神格を持つものを処分する時は真・神界の神々がそれを認めねばらなん。そんな面倒をかけてまで汝如きを消すほど私は暇ではない」
「……常々疑問を感じておりました。なぜ神格を持っていれば全ての神々が認めるまで処分できず、人や魔物、天使、精霊、妖精達などの処分は、デス様を含め真・神界の神々の思うが侭なのですか……」
「それが分からぬ限り、汝はいつまでもそのままだ。神になりきれず、人にも戻れぬ」
「分かってしまえば……人の命を消すことなどただの雑事なのですか?」
「人の命に限ったことではない。私の存在と汝の存在、人の存在、天使の存在……大した差などない」
「では、デス様は最高神様の御意思でさえあれば、ご自身が消されるようなことがあってもやむを得ぬ事とお考えになるのですか?」
「考えるとか考えないではない。我々は最高神の御心のままにある。私がどう考えるかなど、取るに足らぬことだ」
「私には……分かりません……」
「下らん。分かろうとすること自体、話にならぬ。未だに人の癖が抜けんようだな。だからいつまで経っても真・神界に立ち入ることすら出来ぬのだ。さっさと死んだらどうだ? その先には汝の求める答えのいくつかはゴロゴロと転がっておる。さして楽しめるようなものでもないがな。……ん?」
「? ……どうされました?」
「これを感じぬのか? だから紛いものの神だと言うのだ……。ほぉー? マイソシアの人ごときにしてはなかなかの使い手がおるようだ。この閉ざされた次元にまでその力の鳴動が響いてきておる。どれ……少し……。ほぉほぉ……。多少は骨のありそうなのが三匹ぐらいおるようだな。後はカスだ。あの程度の者が私を出迎えるとは、ハッ! 見くびられたものだ! ミュレカンよ、そろそろお主を降ろすつもりらしいぞ?」


 この時のミルレスの神殿では、まさにデスの言うとおり、マレリアの降霊が始まっていた。陣の中央でしばらく精神統一をしていたマレリアは、カレワラの魔女に伝わる魔術言語を唱えた。おおよそマイソシアで普通に暮らす限り決して聞く機会などない変わった言葉である。
『天を統べし御神の使徒よ。我が北にあれ。
地を統べし炎極の使徒よ。我が南にあれ。
光を纏いし英霊の使徒よ。我が東にあれ。
闇を纏いし悪鬼の使徒よ。我が西にあれ』
 マレリアが唱えると、社のすぐ北に金の光、南に赤い光、東に白い光、西には光を吸い込むような闇が現れた。それぞれ握りこぶしぐらいの大きさであり、それはまるで人魂のようなものだった。マレリアはさらに続ける。
『陣の主は四方の御霊に命ずる。天は天に、地は地に、光は光に、闇は闇に。天の落つるところを越え、地の深きところを越え、光の届かぬ闇を越え、闇の絶えし光を越え、あらゆる理の彼岸をも越えて、陣の社の道をミュレカンのありし場に繋ぎ、ミュレカンを陣の主の内に導け。陣の主はここにあり』
 すると、マレリアの四方にあった人魂のようなものはふっと掻き消えた。そして、その後マレリアは目を閉じ、胸の前で普通はしないような形に両手を組み、小さくつぶやくように同じことを繰り返し唱え始めた。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 リーゼッタはたまたま近くにいるジンメイに聞こえる程度にこっそりと話しかけた。
「まるで異教のマントラを聞いているようですね……」
「邪教は許せぬ……ってか?」
「いえいえ、邪教だとは言いません。ですが、自分達の文化にない言葉ですからね。神秘的というべきなのかな」
「そうか? 俺には……こういっちゃマレリアに悪いが、少し不気味さを感じちまうな」
 ふと、ミュゼリアが鬼のような形相で口の前で人差し指を立てている。
「……うるさいらしいぜ」
「怒られてしまいましたね」

『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 マレリアの詠唱は続く。繰り返し同じ言葉だけが響くこの場は、時間がなくなってしまったかのような独特の雰囲気となりつつあり、ここにいる誰もが奇妙な感覚に捉われていた。しかし、今は待つしかない。マレリアの術がミュレカンを捉えるまで。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 こんどは中央付近にいたデムピアスが、社に小さな異変を見た。最初は、社は魔法陣から発せられている淡い光に照らされているのかと思ったが、だんだんと社自体が光に包まれだしたのだ。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 デムピアスは少しずつ、マレリアの声が大きくなってきている気がした。そして社の光も少しずつ色を変えながら光を発しているのがはっきり分かるようになってきた。それだけではない。社から聞いたこともないような声、悲鳴、呻き、他にもなんとも表現の仕様のない音がかすかながら聞こえてきた。

 この音はなんだ? 何か、来るのか?
 ふと社の北側にいるエリオに視線をやると、エリオもなにか聞こえて首をかしげるような仕種をしていた。どうやら幻聴ではないらしい。音は決して激しくはならないがいよいよ魔法陣の外周にいるシャオリンのメンバーの耳にも聞こえだしたようだ。互いに顔を見合わせたり周りをきょろきょろと伺ってみたりしている。
 今度は魔法陣の外にいるガーリンとミュゼリアが魔法陣の外から見ていてあることに気がついた。社から、その上数メートルぐらいのところに向かって、なにかうっすらとした筋のようなものがゆらゆらと揺れているのだ。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 マレリアの声はさらに大きくなってきた。社からもれる音は大きくはならないが激しくはなってきた。爆発するような、引き裂くような、押し込むような、衝突するような、落ちるような、様々な何とも言えない音が漏れてくる。そして、社の上空を揺れていた筋のさらに上の方にも異変が現れだした。なにか、空間が歪む様に見えたかと思うとゆっくりと渦を巻き、社に延びる筋に飲み込まれていくのだ。風らしい風も吹いていないのだが、社の上に発生した不気味な空間の渦はやがて小さな竜巻のようになり、徐々に勢いを増していく。
「ミュゼリア殿……あれは一体なんだろうか? 天空が社のうえの竜巻に飲み込まれていくようだ」
「教皇、お静かに……今非常に大事な場面です」
 ミュゼリアはマレリア以外の全員に精霊話術で全員に語りかけた。
(皆様、今度は大丈夫なはずですが、一応マレリア様以外の全員に手短に伝えます。魔術の世界で用いる考え方の一つに、大きな天界、それぞれの地獄、特有の神というのがあります。特有の神は光と闇です。この四つの領域それぞれに対して同時に捜索を掛け、同時に無尽蔵の魔力をこちらから供給することで、どのような英霊、天使、神であっても呼び出せる、それどころか地獄の公爵や魔神までをも呼び出すことが出来るとされています。
 降霊させたい相手が小物の時や相手の居場所がはっきりしている時は、相手がいると思われる場所に関連する御霊を召還してその領域だけを捜索しますが、今回のように相手が神などのかなりの存在であるときやどんな経路を辿っていけば相手に辿り着くのか分からないときは、全てが対象になるわけです。
 そして今、社の上に天から降りる魔力の渦が発生しています。これは、おそらく対象であるミュレカン神の位置は特定されたということです。あと少しでミュレカン神がマレリア様に降りることになるでしょう。降りた瞬間からは何が起きるか分かりません。ですので十分警戒してください)
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 いよいよそのときが近づいてきている。各々の表情はそれぞれの心境を如実に映し出している。うれしそうにしているのはデムピアスとジンメイの二人だけだが。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
 社の上の竜巻がだんだんと激しさを増してきた。相変わらず風がないため、竜巻を見上げる全ての目には余計に不思議な感覚として映っていた。そして、ついに竜巻の下の端が社に到達し、社が微妙にカタカタと揺れ始めた。
 マレリアは社の状態を確認すると先ほどまで繰り返した呪文を止め、最後の仕上げに入った。
『四方の御霊よ、陣の主が求めしミュレカンは天を統べし御神のもとにあり。ミュレカンの辿り来る経路を光の導で現せ』
 すると、竜巻に一筋の光が紛れ込み、そのまま社に流れ込んだ。マレリアは今度は他の者にも慣れ親しんだ言葉で続けた。
「魔法陣よ。道は示された。この道の端を決して離してはならぬ」
 マレリアは軽く呼吸を整えると、ゆっくり振り返り、そして魔法陣の周りにいる一人一人の目を見た。全員が覚悟を決めた目をしてマレリアを見返す。
「……。さて皆様、思ったより早くミュレカン様をお呼び出来そうです。準備はよろしいでしょうか?」


 セイリュウの水鏡に閉ざされた空間に一筋の光が下りてきていた。光は通常なら考えられない、まるで意思があるかのような動きでミュレカンの前まで伸びてくる。それは光るロープのようだった。ミュレカンはまだ光のロープに手を伸ばさず、真っ直ぐにデスを見据えている。
「……どうしても、マイソシアに来られるのですか?」
「この期に及んで死神が心変わりするとでも思うのか?」
「……デス様は私を消せるだけの十分な力を持ちながら、決まりにより今すぐに私を消すことは出来ない。私は当然、我が神たるデス様に今この場で歯向かうことなど考えられない。今、私がマイソシアから伸びてきたこの道標を手にした途端、この道標ははっきりとした道となり、私だけでなくデス様もマイソシアに降臨することが出来るようになる」
「そういうことだ」
「わたしは力不足ゆえマイソシアの次元に実体を持つことが出来ませんが、デス様程の神格をお持ちの神であれば完全とはいかなくともかなり実体に近い状態で降臨できるのでしょうね」
「そういうことだ」
「わたしはマイソシアを通って自分の居場所である神界に帰らなければならない。だが、帰るためにこの道標を手にとってしまえばデス様をマイソシアに降臨させることになる」
「汝はさっきから何を言っているのだ? 全て分かりきったことではないか」
「生まれて初めて……かすかに残る人だった頃の記憶から考えても、今ほど恐怖を覚えるときはありませんでした。ですが、今ほど喜びを感じたこともないのかもしれません。デス様。長きに渡り様々なご指導を頂き感謝しております。私はマイソシアの神界の中で初めて、『本物の神』に戦いを挑む決意をした者となるのでしょう」
「決心したか。では、せいぜい奮闘するがよい」
「願わくば、私と一騎打ちをお願いすることは出来ませんか?」
「出来ぬ。汝にとっては私だけをマイソシアから追い払えば事が済むのだろうが、私にはマイソシアの全ての命を消してこなければならない定めがある。第一私には汝との一騎打ちなど何の価値もないではないか」
「そうですか……。では、デス様の定めであろうとも阻止しなければなりません」
「好きにするがいい」
 ミュレカンは光の道標に手をかけた。その途端、ふわふわと揺れていた道標は動きを止め、一人が通れるほどの幅となった。
「デス様……最後に一つだけ教えてください。神のお慈悲は……存在しないのですか?」
「慈悲とは、汝が期待するようなものとは全く違うものだ。その程度、賢者であってもよく知ってろうぞ。まったく……お前という奴は最後まで出来の悪い奴だったな。この処刑場の外であればいくらでも汝を消すことが出来る。お前の顔は、そろそろうんざりだ」
「まさか、真後ろからついてくるおつもりですか?」
「ひとつ教えてやろう。お前はこの道を辿らねばマイソシアに行けぬであろうが、わたしは繋がりさえあれば瞬時に向こう側に移動できる。分かるか? その気になれば今すぐにマイソシアに降りてこの道を届けた者を殺すことも出来る。そうすれば道は消え、お前はここに取り残されたままだ」
「なぜそうなさらないのですか?」
「余興だよ。カスどもとはいえ理由もないのに下手に苦しめて殺すようなことは禁じられておる。私のような死神は、あくまで速やかな死という形をもって魂を消すことこそが真の役目だ。だが、抵抗するのであれば話は別。この空間の外でありさえすれば、私の邪魔をするものは誰であろうともこの鎌で切り捨ててやれる。久しく我が愛鎌「デスサイス」に血を吸わせておらんからな」
「……お別れです。デス様。契約の解除を」
「解除を受けた。さて、ではそろそろ、私は定めに従いマイソシアの全ての命を消しに行く。お前もモタモタしてると、お前がマイソシアに着く前に全員死んでおるぞ?」
 その瞬間にデスは消えた。
「……人よ! 早く私を降霊させるんだ! 早く!!」
 ミュレカンは光の道に立ち、その道の先にいる霊媒師が自分を降霊させるのを待つしかなかった。


「もう全員、十分に準備できているだろう。マレリア殿、始めてくれたまえ」
 ガーリンがマレリアに告げた。マレリアはそれに頷くと、再度社に向き直り、一際大きな声で告げた。
「光の道を通りて、来たれ!! ミュレカン神!!」


 その刹那、ミュレカンは光の道の先にグイグイと引っ張られ始めた。自分の足でいくら光の道を蹴っても道を進む速さは変わらないのだが、自分を引っ張る速さはどんどん加速していった。ミュレカンは神でありながら、ひたすら祈るような気持ちでいた。「間に合ってくれ」と……。
 
 
 

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#24 死神1 [---・3年前]

posted by GEM at 2005年10月29日 14:50

 突然、神殿全体に異質の気配が満ちた。人であれば無条件に平伏してしまいそうなほどの神々しい威厳。正に神の降臨であると、そこにいる全ての人間の魂が無条件で感じた。
「……これは? ミュレカン神様!?」
 ミュゼリアが思わず声を出した。ミュレカン、その神の名の響きを口にした途端、他の者は一様に感嘆の声を漏らした。だが、デムピアスだけは違った。
「いや、ミュゼリア。マレリアはまだ術の途中に見えるんだが……。全員、油断するな!」
 デムピアスはすでにパンテラ改を伸ばして臨戦態勢になっている。

 刹那。

 魔法陣の中心から見て北の方向。黒い影のようなものが瞬間だけ現れ、そして消えた。影だけは辛うじて誰の目にも確認できたがそれがどこから表れてどこへ消えたのか、そしてそれが何であるのかは誰にも分からなかった。
 運悪くそこにいたというべきなのだろうか。影の見えた所にはシャオリンの師範ファセウがいた。彼はおおよその事態に対応できるよう十分に警戒していたし、シャオリンの師範を務めるだけのことはあって、普通の冒険者がその時の彼に指一本触れることは出来なかっただろう。
 だが、ファセウの首は、黒い影以外には何の前触れもなく背後に転がり落ち、エリオの方へ転がっていった。首からは鮮血が噴出し、頭を失った体はその場で少しふらついたかと思うと、まさに肉の塊をどさっっと投げ捨てるような音を立てて前のめりに勢いよく倒れた。
「……ヒッ……な……、な……」
 いきなり切り落とされた男の首が、エリオの目の前に白目を剥いて転がってきた。かなりの数の修羅場をくぐってきたエリオでもさすがに驚きを隠せない状態だったが、すぐに気持ちを切り替え、頭部を丁寧に持ち上げて泣き別れになった胴体の脇に屈みこんだ。
「リーゼッタ枢機卿! 一応蘇生を行ってみますので補助はお願いします!」
 エリオが一応と言っているのは、いくら蘇生魔法とはいえ、首を切り落とされてしまったような死体の蘇生などは、少なくとも冒険者レベルの略式では不可能であると分かっているからだ。正式の蘇生魔法でも望みは薄いと考えられるが、エリオは正式を試そうとしている。*1
 言われた方のリーゼッタも、あまりに突然のファセウの死にしばし呆然としていたが、エリオの声にはっと気づき、そして頷いた。首が落ちるような肉体のひどい損傷は想定していなかったが、この戦いにおいて蘇生を一度も行うことなく済むとも思っていなかったので、必要以上に動揺することはなかった。
 だが、シャオリンのメンバーは違う。指先一つ動かすことなく首が転がり落ち肉の塊と化したのは、『シャオリンの師範・ファセウ』なのだ。メンバーは皆、シャオリンの師範という者が持つ無尽蔵の強さを知っているのだ。その師範の首を、まるで雑草でも刈り取るが如くあっさりと落としてしまうような何者かが、

 ここにいる。

「何が起こったんだ!?」
「ひ……ファセウ師匠……そんな……」
「そんな馬鹿な。いつの間に……」
「うわ……うわぁぁあああああ!!」
 一瞬にしてシャオリンのメンバーに動揺が広がり始めた。うろたえるメンバーにジンメイの喝が飛ぶ。
「うろたえるな! それでもシャオリンのメンバーか! 冷静になれ!」
 シャオリンのメンバーは、戦闘時には絶対服従すべきマスターの言葉によって少しずつ平常心を取り戻しつつも、動揺は完全には収まらない。師範が手も足も出ない相手である。自分達に何が出来ると言うのか……。そう思うのが当然だった。
 デムピアスは術に集中していて騒ぎに気づくことも出来ないマレリアの背後に移動して彼女を守っている。
(ジンメイ、君は今、何か見えたかい?)
 デムピアスがあたりに気を配りながら、動揺を広げないよう精霊話術でジンメイに尋ねる。
(全然。一瞬だけ黒い影がチラッと見えただけだ。まぁ多分あれが死神だろう。でも、想像していた感じとは全く違う気配だな。もっとこう、おどろおどろしいモンを想像してたんだが……。この気配は、むしろ昔一度だけ行った事がある神殿の地下みてぇだ)
(確かに……。僕も同じように思ってたよ。と言っても神殿の地下には行ったことないけどね。しかし、君までもが影しか見えなかったのか)
(あんたは見えたのか?)
(見えたものは君とほとんど変わらない。影だけさ。だが、攻撃してくる瞬間の殺気は何とか読み取れた)
 その瞬間、またドサリと音が二つ。外周を守っていたシャオリンの二人が、ファセウと同じように首を刎ねられている。デムピアスの背後だったためもちろんデムピアスにも見えなかったのだが、今度はデムピアスでさえ微塵の殺気すら感じられなかった。
「チッ、今のは全く分からなかった……。いくら背後とはいえ、さらに殺気を消せるんだって自慢されてるみたいだね……。ここまで気配を殺されるんじゃ、鞭は不利だ……」
 攻撃範囲が広く威力も高いのだが、初撃から威力を発揮する為には必ず予備動作が必要な鞭では分が悪い。デムピアスはパンテラ改を右手の義手にしまった。そしてスワロウテイルを抜き、普段なら絶対に装備しないディスシールドをバックパックから取り出して左手に構えた。まだ降霊を続けているマレリアを守るためにはそこから動かずに攻撃を防がねばならない。

「まじかよ……ガーリン、その二人を蘇生できるか?」
 ジンメイが言うのだが、エリオはそれを止めた。
「ジンメイ、ガーリン教皇……。無理だわ。魂が全く反応しないみたい。神官様の加護も完全に消えてしまっている。それに……、見て……」
 エリオはファセウの傍に屈んで蘇生を行っていたが、そのファセウの体と切り離された首は見る見るうちに灰になってしまった。そして、外周で倒れた二人も同様に灰になってなくなっていく。そしてその灰は大した風も吹いていないのにさらさらと舞い散ってしまった。
「これが、死神の力なの? 殺すだけじゃなく、灰にしてしまうなんて……。これじゃぁ、蘇生魔法なんて無意味だわ」
「ファセウ……チャカラ、ロファル……。なんてこったクソ! シャオリン! 見えないものを見ようとするな! 神経を研ぎ澄ませ! 感じ取るんだ!」
 ジンメイもその言葉に無理があることは分かっている。見えないものを見ようとしない、その程度のことはシャオリンのメンバーなら言われるまでもなく分かっているのだ。実際、殺された三人も見えないものを見ようなどとしていなかっただろう。問題なのは、デムピアスも舌を巻くほど相手に全く殺気がないことと、おそらく相手が速すぎる等の何らかの理由で相手の最初の一撃を受けられないことなのだ。いや、受けられないどころか反応すら出来ない。斬撃音すらないのだ。その一撃だけで首を切り落とされ、さらに蘇生不可能な確実な死につながる。

 ほとんどの冒険者や騎士団等の魔物と戦うものは皆、信じられないような無茶をする者でさえ心のどこかでは思っているのだ。たとえ死んでも蘇生してもらえばよいと。と言うより、蘇生というものがなければ冒険者になろうとするものなどほとんどいないだろう。冒険者とは言え、本気で死を覚悟して命のやり取りが出来る者などほとんどいないのだ。そしてそれは、シャオリンのメンバーにも同じことが言える。
 本物の死が迫っている!!
 速やかで無慈悲な死が、三人の仲間に事実訪れたのだ。
 シャオリンのメンバーはもはや完全なパニックに陥っていた。我先にと自分の持ち場を離れ、広場からどこかへ逃げようとしている。まさにクモの子を散らすように……。
「ヘイル、リギオン! 持ち場を離れるな!」グリハラの怒号が飛び、
「マーベル、トムタム、アーマンタ! 今逃げるんなら俺が止めを刺すぞオラァ!?」残った三人の師範で最も血の気が多いマグダルが叫ぶ。
 だがジンメイはクリガンとマグダルを制した
「無理だ。行かせろ。一度逃げちまった奴はこの戦いは無理だろう。それにな、今ンところどうしようもなく分が悪いんだ、これ以上無駄死にさせるわけには」いかねぇ

 最後まで言葉が出なかった。

 方々に散って逃げ出した五人それぞれが、いきなりその場で事切れた。ファセウやチャカラなどとは違い、首を切り落とされたと言うような状態ではなく、いきなりその場に倒れたのだ。いや、崩れ落ちたというべきだろうか。苦しむ様子もなく、最後の雄叫びを上げることもなく、かといって眠る様でもなく……その様子は、人の形をした肉の塊をそこに無造作に捨てたようだ、という表現が最も正しい。
 師範の一人チェイピンの言葉が虚しく響く。
「ヘイル! リギオン! ……どうしたんだ! 返事をしろ!! マーベル! トムタム!」
 だが、五人の誰一人としてそれに答えるものはいなかった。アーマンタにいたっては倒れ込む勢いで首が背中の方へ折れてしまっている。生きている人間であれば倒れるときには無意識に体を庇うものだが、そんな動作は全くなかった。他の四人もありえない倒れ方をしている。あまり考えるまでもなく、五人はもはや死んでしまったようだ。
「……どうなってるんだ……、死神にやられたのか? だが、彼らは魔法陣の外だ……。死神は魔法陣の外には出られないのじゃないのか……?」
 グリハラがそう言っている間に、五人の体は見る見るうちに灰となり、先に首を切り落とされたファセウ達のように骨も残さず消えた。
 デムピアスが叫ぶ。
「ガーリン! ミュゼリア! そこの小さい魔法陣じゃ危険かもしれない! こちらの魔法陣の中に入るんだ! そしてマレリアを守ってくれ! まだミュレカン神の降臨は終わってないらしい! ゼッタ、それからエリオ枢機卿もマレリアの方へ!!」
 デムピアスの言うとおり、マレリアはまだ目を閉じて両手で複雑な印を組んだまま動いていない。
「ミュゼリア、行こう!」
「はい!」
 二人はデムピアスの元へ駆け出した。どうせ見えない敵ならば周りを注意しても仕方ない。とにかく一目散に走ってデムピアスとマレリアのいる魔法陣の中央へ駆け出し、そして二人は幸いにも無事に魔法陣の中央にたどり着いた。ガーリンもミュゼリアもせいぜい数十メートル程度を走っただけなのに、数キロを走り抜けてきたかのような苦しそうな顔をしている。

 今、魔法陣の中央ではマレリアが依然として社に向かっている。そして、そのマレリアを囲む五人。北にエリオ、東にデムピアス、南にガーリンとミュゼリア、西にリーゼッタ。エリオの左右にはグリハラとマグダル、リーゼッタの左右にはチェイピン、ジンメイがいる。一応、マレリアを中心として全方位に備えている。
 マグダルは辺りに細心の注意を払いながらも思わず呟いた。
「んな馬鹿な、信じられるかよ……。俺達ぁシャオリンだぜ? いくら門下生と師範になりたてのファセウっつったってよ、手も足も出ねぇだと?」
 チェイピンがそれに答える。
「だが、それが事実だ。何がどうなっているのかわからんが、ヘイル達のように突然死させられるかもしれないし、受けて立とうにも初撃を受けられる見通しは立っていない……、このままじゃ全滅だ……。ミュゼリア様、マレリア様はまだ掛かりそうなんでしょうか? ミュレカン神はまだ降りないのですか?」
「もうそろそろのはずです。社の上から降りている光がどんどん強くなってきているから……。でも、神を降ろすところなんて初めて見るから、実際のところは分からないの」
「一気に八人……。くそ! こんなこたぁ武門シャオリン始まって以来だろう。しかも、甦生出来ないどころか灰になっちまうなんて聞いた事もない……。いいか、気ぃ引き締めろ。シャオリンはぜってぇに負けねぇ。確かに見えないし気配も殺気も感じられない。ファセウを殺られたのも痛い。だがな、それでも俺らは負けん」
 その時、ジンメイの背後から声が響いた。

「負けぬ、だと? 私がこれだけ近くにいても気付かぬのにか? 汝は多少は出来るかと感じたのだが、これでは余興にもならん」

 皆の頭に死神と思われる者の声がはっきりと響いた。だが姿は見えていない。皆が注意深く辺りを見回すが、ジンメイはじっとしていた。死神の大鎌が目にも止まらぬ速さでジンメイの首に振り下ろされようとしているのを、デムピアスが気づいた。
「ジンメイ!!」
 デムピアスは叫んだ。
 その大鎌の切先を見ることが出来たのはデムピアスだけであり、ジンメイも見えてはいない。だが、ジンメイは待っていたと言わんばかりに右腕だけでその大鎌を受け止めていた。なぜその初撃を受けられたのかは本人であるジンメイすら分かっていない。本能のなせる業だったのか、それとも、これこそがシャオリンの総師範たるジンメイの実力なのか。
 右腕に装備していたヴィヴィルユング*2 が粉々に砕け散ったが、右腕はセイリュウの鱗で出来たスケールアーマーで完璧に守られている。そのまま大鎌の刃の部分を強引に毟り取った!
「なんと……我がデスサイスを受けただけでなく、破壊するだと?」
 死神の表情は変わったりしないのだが、その言葉には微妙に驚きの感情を感じ取ることが出来る。
 ジンメイは大鎌の刃を魔法陣の外に投げ捨てながら叫んだ。
「デムピアス!」
 その言葉よりも早くデムピアスは動いていた。
「スパイダーウェブ*3 ! ついでにぃ~! ポイズン*4 !! そしてマスターシャドウ*5 !」
 デムピアスのスパイダーウェブによって死神はその場に足止めされ、さらにポイズンの効果によってデスの体中から効果を発揮し始めた深い緑の毒素が立ち上り始める。デムピアスはマスターシャドウによってそのまま姿を消した。
 間髪いれずにリーゼッタがジンメイを触媒として死神に攻撃を仕掛ける。
「リベレーション! リベレーション! リベレーション!!*6
 リーゼッタはそのまま数発のリベレーションを放った。略式発動の術は威力が正式に劣るが、連発できる利点もある。瞬間にジンメイの体が光に包まれ、ジンメイのすぐ背後にいた死神に向かって強烈な衝撃波が次々と放たれる。
「ぎゃ! ぐお! ぐはぁ! やめろぉ!!」
 多少は効いたのか、死神が声を漏らす。リーゼッタとエリオはもしかしたら聖職者の攻撃は死神には通用しないのではないかと懸念していたが、効果はしっかりあるようだ。二人は目を合わせると精霊話術で確認した。
(私がプレイアをかましてみるわ! それも効くようならパージフレアを重ねるわよ!)
(分かりました!)
 ジンメイはリーゼッタのリベレーションが終わると、不敵な笑みを浮かべながら振り返るとそのまま目にも止まらぬ速さで死神の背後に回り込み、死神の脊椎に渾身の連打を叩き込む*7 。脅威の威力で打ち込まれる連打によって死神の骨が軋む音がはっきりと聞こえた。死神の体が仰け反った。
「師範! 畳み掛けるぞ!」
 ジンメイの言葉に呼応して、三人の師範達は同時に「覚醒*8 」を行い攻撃態勢に入った。三人の闘気は一気に膨れ上がり、闘争本能が剥きだしになっていく。
 そこにエリオが続ける。正式発動のプレイアである。
「偉大なる我が守護神、イアよ! 我が信仰とイアのお導きを汚す仇敵に絶対の神罰下し給え! プレイア!!」
 正式発動のプレイアは詠唱自体は短い。しかし信仰の深さそのものが影響するため冒険者程度では発動できない。そして、正式のプレイアは略式とは違い、対象の正面で発動する必要はない。上からともなく下からともなく、死神の全身に強烈な衝撃が叩きつけられる。
「ぎゃああ!!」
 死神は遂に肩膝をついた。そこに左右からグリハラとマグダルの技が同時に炸裂した
「爆烈剛衝破ァ!!*9
 死神の頭を目掛けて、左右から完璧に呼吸の合った二人の技が叩き込まれる。右中段正拳突き、そして左足刀蹴り、そのまま蹴りを死神の頭に押し付けるように力を溜める。左右からの蹴りで頭を挟まれ身動きが取れない死神に、極限まで気を溜め込んだ打ち降ろすような右正拳突きが二同時に叩き込まれる。
「ぐは! や、やめ……待って……くれ……」
 死神の言葉も虚しく正面からチェイピンが続ける。
「爆閃連衝撃!!*10
 死神は腕もだらりと下がってしまい、まるで案山子のように防御することすら出来ない。チェイピンは正面からの右中段正拳突きを叩き込み、すばやい引き手で力を溜め込み始める。左手を力強く開いて目標に向ける、そして右足の踵で距離を測るように軽く死神の頭を蹴るとその足をダンッ! と地面につき、力を溜め込んだ右拳を目にも止まらぬ速さで数発叩き込んだ。死神は全てをまともに受けてしまった。
「……ぐああああ!」
 死神の漏らす声を聞く限りではかなり有効だったようだ。だが、まだまだ攻撃は続く。相手が相手だけに、攻める方も手を抜こうとはしない。
 エリオとリーゼッタは申し合わせたとおりに同時にパージフレアの正式発動の詠唱に入った。
「幽界に閉ざされし邪なる気に穢れたる者よ。神聖なる祭壇を汚す闇の者よ。我が仕えし神の名を聞け、……」
 二人の詠唱は続く。詠唱が終わるまでは無防備状態だが、案ずる事はない。ガーリンが修道士とはまた違う僧兵独特の力強い構えから技を繰り出す。
「金剛連撃*11 !」
 地面を一蹴りしただけで一気に死神との間合いを詰め、そのままの勢いで右掌底、右肘、左掌底、左肘、右膝、右足刀、左後ろ回し蹴り、右回し蹴り。息をもつかせぬ連続攻撃によって、死神は右に大きく蹴り飛ばされる。
「あ……あぁ……が……」
 よろよろと起き上がろうとする死神にミュゼリアの声が響く。
「死神さん? そこで大人しくしててね! デイズハーモニィ*12 !」
 ミュゼリアはスクルドハープで不気味な旋律を奏で、そのエネルギーを死神に放った。すると死神は短くうめき声を上げ、その場で四つん這いになり動かなくなった。いや、デイズハーモニィの効果で動けなくなった。
「いくぜぇぇぇぇ!」
 ジンメイが気合を入れた。そして一気に死神に詰め寄ると、奥義を放った。
「エクスターミネーション*13 !!」
 ジンメイの奥義の一撃に完璧にタイミングを合わせて、死神の背後からデムピアスのマスターシャドウ状態からの一撃も同時に叩き込まれた。
 その瞬間、まるでそこで小さな爆発でも起きたかのように、死神の体はジンメイとデムピアスの奥義によって地面に叩きつけられ、その反動で体が跳ね上がった。
 そこに、詠唱を完了したエリオが叫ぶ。
「いくわよ枢機卿!!」
 宙に跳ね上がっている死神に対して、リーゼッタとエリオがずっと唱えていた正式発動のパージフレアが同時に放たれた。二つのパージフレアは相乗効果を生み出し、誰の目にもはっきりと分かるほど死神の周りに信じられないほどのエネルギーが凝縮していく。凝縮が極限まで達したとき、四つの光の玉のようなものが死神の周りに現れ、それは即座に死神の体に吸い込まれていった。
「ぎゃあああああ!!」
 死神は断末魔の叫びを上げた。正式のパージフレアは略式のように邪悪なものを浄化するというよりも、魔術師の攻撃魔法とほとんど変わらない。対象に無慈悲で絶対的な破壊のエネルギーを叩き込む。散々ダメージを負わされた後にパージフレアを二つ同時に打ち込まれたのでは、これまでの立場は完全に逆転したと言えた。
 死神はまるでぼろ雑巾でも落としたかのように地面に落ちた。
「死神? いや、デスだったか? 余興にもならんだと? 誰に向かって口聞いてんだ、この骨が」
 ジンメイが吐き捨てた言葉に死神は全く反応しない。
「まさか、もう終わりなのか?? まだ俺達の怒りは収まらないんだが……」
 グリハラの言葉にチェイピンが更に続ける。
「……ファセウの無念、ヘイル、リギオン……奴らの無念……この程度じゃぁ済まされん」
 全員がピクリとも動かない死神に視線を向けていた。ジンメイが拳を死神の頭部に打ち下ろそうと構える。
「てめぇは地獄の闘将を怒らせちまった……。空っぽのドタマかち割ったらぁ。死ねや、骨野郎」

「人よ、そこまでだ! その者はもう虫の息だぞ! 殺す気なのか?!」
 突然、そこにいた誰のものでもない声が響いた。
 
 
 


補足
*1: 冒険者や騎士団等、魔物との戦いを行うものには全て神官の加護が施されており、余程のことでもない限り魔物の攻撃によって五体が損なわれたり内蔵が損傷を被ることはありえない。逆に言えば、この加護によって肉体の致命的な損傷を抑えられるからこそ蘇生魔法も可能なのであり、蘇生魔法は少なくとも肉体が最低限無事なことが基本的な前提条件である。また、蘇生魔法や回復魔法であっても冒険者の略式の魔法には切り落とされた腕などを戻すような力はない。正式ではそれが可能な場合があるが、どちらかと言えばそれは医術や魔術等の領域である。
*2: 上級の修道士が装備できるもので、ゲーム中では腕輪となっているが、実際には籠手である。
*3: 上級盗賊の敵を足止めする魔法。
*4: 対象に毒を与える。
*5: 長く姿を消し、不意打ちで次の攻撃の威力を増大させる。
*6: 仲間、或いは自身を媒体とし女神を降臨させ、その周囲の敵を攻撃する。
*7: 上級修道士の技、ラウンドアタック。暗殺拳。敵の背後に回り込み、致命的な一撃を与える。
*8: 闘争本能を開放し無呼吸状態で打撃を繰り出す
*9: 修道士のコンビネーション技。爆:異国より伝わる拳法の型の基本。「烈」「閃」へ派生させることができる。烈:敵の動きを止める鋭い蹴り。「剛衝破」「獄衝打」へ派生させることができる。剛衝破:力を溜めた後に強力な一撃を放つ。
*10: 修道士のコンビネーション技。閃:目標を見定めるための補足動作。「連衝撃」へ派生させることができる。連衝撃:連続攻撃能力を重視したコンビネーション。覚醒時に最大の能力を発揮する。
*11: 物語オリジナルの技。僧兵に伝わる連続技。
*12: 音波で全ての感覚を遮断し、しばらく麻痺状態にする
*13: 最上級修道士の奥義。多大なスタミナ(SP)消費と引き換えに致命的なダメージを与える究極の一撃を放つ。

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#25 死神2 [---・3年前]

posted by GEM at 2005年11月06日 19:57

 全員が声がしたほうへ振り返った。そこにはマレリアが険しい表情で全体を睨みつけている。誰の目にも先ほどのマレリアの表情とは全く違うということが分かった。その目、表情は何かに対しての怒りを必死で抑えているような険しさがある。
「……まさか、ミュレカン神様?」
 全員、薄々気づいているのだが、マグダルが一応確認してみる。
「そうだ」
「げ! やっぱり!」

 ミュレカンの声は全員の精神に直接語りかけているため言葉を話しても口は全く動いていない。もちろん、その声もマレリアのものではない。
 一斉に全員がミュレカン神に祈りを捧げるときの印を切り、両手を組むとその場に跪いた。
「立つんだ。今はそのようなことをしている場合ではない」
「それもそうですね」
 ミュレカンと目が合ったデムピアスは軽く会釈をする。
「ミュレカン神様、先日はどうも。無事こちらに降りられたようで、何より……」
「そういった話は後だ。時間がない。そこで倒れている者を蘇生するんだ。間に合わないかもしれんが……」

「はぁ?」
 ジンメイがあからさまに不満を表す。いや、不満と言うよりは怒りと言うべきだろう。
「何が悲しくてこいつに蘇生魔法掛けてやる必要があるんだ? コイツは……俺達シャオリンの仲間を虫けらみたいに殺しやがったんだぜ?」
 今にも死神の頭を渾身の力で踏み潰しそうなジンメイにミュレカンはさらに強い調子で続ける。
「いいから急げ! かなりひどい状態だ。間に合わなくなるぞ!? 汝等は幻術を掛けられておるゆえ分からぬであろうが、そこで倒れておるのは汝等の仲間だ!」
 仲間……?
 皆が耳を疑った。たった今完璧ともいえる連携攻撃によって叩きのめしたのは確かに死神だ。骸骨が黒いローブを纏い、ジンメイに大鎌を振り下ろしてきた、それはまさに皆が思い描く死神の姿であり、今ジンメイとデムピアスの足元で倒れている者もやはり死神でしかありえない。
「仲間? いや、ちょっと待ってくださいミュレカン神様、これが死神じゃないのですか?」
 ミュレカン以外にはデムピアスが言うことがもっともなことだった

「……分かった。時が惜しいのだが、汝等が疑うのも無理はない。先に私の祝福を授けよう。それによって汝らに掛けられている幻術は解けるし、以降幻術にかかることもない。空間の狭間を移動するデス様を見ることもできるようになる。いいか……何が見えても、心を落ちつけて冷静さを保て。怒りに我を忘れてはデス様の思う壺だ」
 ミュレカンが何を懸念して冷静になれと言っているのかは、誰にもさっぱり分からなかったのだが、ミュレカンはそのような反応などお構いなしに両手を広げて天を仰ぎ、古代メンタルロニア語で聖句の様なものを唱えた。
「(我が名とヘックスタの名の元に汝らに祝福を与える。我は汝らの全てを赦し汝らの全てを祝福する。我は汝らに死と恐怖に抗う力与えん)」

 詠唱と共にミュレカンの両手の真ん中に光を吸い込む黒い点が現れはじめ、風船のように膨らんだ。それがかぼちゃぐらいの大きさになったとき、音もなく弾けて十の黒い点に分かれ、瞬時にそれぞれの胸に吸い込まれていった。あまりにもスムーズに胸に消えていったため自分の中に黒い何かが入り込んでくるような感覚もなかったが、その瞬間からそれまでの自分たちにはない力が漲るのははっきりと感じた。
「うわ! ……びっくりした……。ただでさえ魔法陣の力で体中に力が漲ってるのに、さらに内側から何かが湧き出てくるみたいだわ」
「なんてことだ……信じられない……」
「私もそう思うわデムピアス。なんかこう、驚きの連続で感覚が麻痺してくる……。あれ? みんなどうしたの?」

 全員、ミュレカンの祝福を受けたことによって、全く気づかないうちに受けたらしい死神の幻術が解かれた。ミュゼリアの目も皆と同じく、皆が釘付けになっているものの正体を捉えた。それはデムピアスとジンメイの足元でピクリとも動くことなく横たわっている。
「そんな、そんな……ことって……」

「ちくしょう、ふざけやがって……」
「あぁ、全くだね。僕も久しぶりに本気で怒りが込み上げてきているよ、ジンメイ……」
 他の者を圧倒的に凌駕する怒気を全く隠すことなく立ち尽くす二人、ジンメイは両拳を握り締め肩を震わせ、デムピアスはそれまでの余裕を持った彼からは想像もできない鬼神の様な表情をうかべている。
 二人が見下ろす者、それはついさっきまでは確かに死神だった。しかしミュレカンの祝福によって死神の幻術が解けた今、全員の目にははっきりと違うものが見えている。

 そこには。

 人がズタズタに叩きのめされてうつ伏せになっているのだ。ビーストスキン*1 を着たその男の顔は血にまみれ変形してしまったが、それでもその顔には全員が見覚えがある。チェイピンが倒れている者のそばに駆け寄り、ゆっくりと、恐る恐る抱き上げる。マグダルとグリハラもチェイピンの後に続いた。

「おい、しっかりしろ……、ドーソン……。おい。ドーソン! ドーソン!!」
 チェイピンはドーソンの直接の師匠だった。必死で問いかけるチェイピンの問いかけにドーソンは全く答えない。それもそのはずである。全員の連続攻撃を受け、もはや死んでしまっているのだ。
「嘘だろ……なぁ……。俺達がお前をこんなにしてしまったのか? 何故、お前がここにいるんだ、なぁ。ドーソン……」
 見られていることなど意に介することもなく、チェイピンの頬を涙が流れる。弟子を完膚なきまでに打ちのめしてしまった後悔に苛まれ、怒りよりも悲しみがチェイピンを支配した。
「なんてこった……ドーソン……神殿を出たんじゃないのか?」
 マグダルの疑問に答えられる者はいなかった。誰もが同じ認識でいたのだから無理もない。グリハラがマグダルに首を振った。
「分からない。だが、死神とやらの仕業なのは間違いないのだろう。しかし、一体いつの間に入れ替わったのか……我々はいつの間に、幻術をかけられたのか……」
 その問いに答えられる者も、やはりいなかった。

「汝と汝は聖職者なのであろう、急げ。望みは薄いが助かるかも知れぬ」
 エリオとリーゼッタはしばし我を忘れてしまっていたが、ミュレカンに促されるとはっと我に返り、即座にドーソンの元に駆け出した。エリオが声を掛ける。
「チェイピンさん、蘇生を行います。そのまま抱いていてあげてください」
 チェイピンはとめどなく流れる涙もそのままに、祈るようにエリオとリーゼッタを仰ぎ見て、胸の奥から搾り出すような悲痛な声で懇願した。
「わ、わかった……頼む……!!」
「きっと大丈夫です、チェイピン様。他の方たちのように死神に直接手を下されたわけではなく……」
 リーゼッタの言葉が、言った本人であるリーゼッタも含めて全員の心に突き刺さった。まさにリーゼッタの言うとおり、死神に直接やられたのではない。自分達にやられたのだ! 気の強いエリオですら思わずびくっとする程、リーゼッタの言葉の続きは全員がはっきりと分かっていたし、その言葉が辛かった。

「魔法陣に死神が現れたのであろう瞬間、息が詰まるほどの圧倒的な神々しさを感じた……。だが、この卑劣さはなんだ……。死神、なぜこのような卑劣な真似をする必要があるのだ……。これが神たる者の所業なのか……。許せぬ……!!」
 ガーリンまでもが怒りをあらわにしていた。その様子は、ただでさえ筋肉質のガーリンの身体がふたまわりほど大きくなったように見え、拳を握り締めてもいないのにその腕は青銅の彫刻の様な質感を見せ、血管が浮き出てきていた。

 チェイピンの声にならない声が止むことなくドーソンに呼びかけている。呼びかけずにはいられないのだろう