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#33 蘇生の謎 [フィオ]

posted by GEM at 2006年02月12日 23:46

「……思い入れの深い出来事でしたので、話にも熱が入ってしまいましたね」
 リーゼッタ枢機卿は結局二時間近く話し続けたのに、僕もティルダも、そして父上ルクセンも聞き疲れたりしなかった。というよりも驚きの連続で目が回りそうだ!

「そうか……酒の肴を先に食っちまったのぉ」
「申し訳ありません、ルクセン団長。せっかくの楽しみを奪ってしまいましたようで……」
「いやぁ、責めとるわけじゃあありゃせんよ。立場上少しずつ聞かされてもおったしの。そういう縁だったんじゃろうて。……で、フィオ?」
 ……すごい話だった。死神と三年越しの因縁を持つなんて、僕なら生きた心地がしないだろうな……
「おい、フィオ? 団長がお呼びだぞ?」
 机に肘を置いて物思いにふけっていると、ちょっと強めにティルダに突かれた。
「え!? あ、はい、なんでしょうか、父上」
「ほっほっほっ、まだお前には話の規模が大きすぎたかな?」
 いつもどおりの子ども扱いとは言え、リーゼッタ様とティルダの前でそう言われてちょっとだけムッとした。だけど、正直に答えた。
「悔しいですが……胸中を素直に申し上げれば、大きすぎたかと言われれば『はい』とお答えいたします。実際、三年前に既にあの死神と対峙しておられたなどとは、夢にも思うはずもございませんし、なによりあの死神がもう一度目の前に現れたらと思うと恐怖に身が震え上がる思いです。それを……追い払っていたなんて!!」
 そう、全く信じられない人たちだって、心の底から思うね。

「まぁ、追い払ったというのも微妙な話ですけど、ね」
 リーゼッタ様はなにか納得いってなさそうにぼそっと呟いた。僕は生きて帰っただけでも心から良かったと思ってるのに。僕は続けて思ったままの感想を述べた。
「今の私に死神追跡などといった命令が下りましたら即座に任を解いていただきますように懇願することと思います。あえて我侭のようなことを言えば、もうアイツには遭いたくありません」
 リーゼッタ枢機卿は僕の言葉に深く頷きながら聞いてくれた。そして言った。
「フィオ、その気持ちはよく分かりますよ。私だって、もう一度あの死神の前に立てと言われても、今の立場さえなければ拒否したいですからね。あの時私があの場に最後まで居合わせることが出来たのは……単に死神のことを知らなかったからだと思います」

「ふむ……」
 父上はあごひげを撫でながらいつもの老人特有の穏やかな目つきではなく騎士団長のそれで聞いていた。少し考えたようだが、それについては何も語らず、今度は正面を向いた。
「ティルダ副団長、お主はどうだ?」
「今の時点では具体的に何かを問われていないと思いますので感想として言わせていただきます。私は死神と言うものを見たわけではありません。ですが、意地っ張りのフィオでさえこう言うなら、もしも死神が目の前に現れたら私が心のうちに余裕を持っていられるとはとても思えません」
 人の意地っ張りを尺度にされるのもムカつくけど、言ってる事は良く分かる。
「なるほどのぉ」
 僕はそういう父上はどうなのかと気になった。
「……父上でしたらどうですか?」
「わしか? わしは是非一度手合わせ願いたいものじゃと思っておる。と言っても、体術ではジンメイらが圧倒したと言うのじゃから大した事はないのかもしれんな。厄介なのは死神の本当の力と言う奴じゃろう。ただ死ねと思われるだけでこちらは魂を消されてしまうのでは、思われた瞬間に終わり。ということは、死神に魔法陣とやらの制限がない場合、『やられる前にやる』という基本中の基本が根底から覆されるわけじゃからな」
 その通りだ。もしも今この瞬間に死神が現れたら、当然本当の力を防ぐことなんて出来ない。今のところ、魔法陣を用意してそこに呼び出す、というか閉じ込めない限り、勝ち目なんてないってことになる。
 しかし、我が父上ながら、なんて人だろう……。一度手合わせって、闘技場で強い相手を求めるのとは訳が違うと思うんだけど、この人には同じなんだろうか。

「ところで、フィオ。セリスとミーナが倒れたときの状態について確認します。それぞれ体の損傷が激しかったという事ですが間違いないのですよね?」
 唐突にリーゼッタ様が聞いてきた。ちょっとなんていうか、仲間なんでこんなこと言っちゃ悪いんだけど……
「はい、セリスは臓腑が足元に垂れ下がっていましたし、ミーナは体を縦に三つに切り分けられていましたから」
「ふむ……。『墓標の幻影』は出現しましたか?」
「……墓標? あ、墓標、ですね? そういえば、出現していないと思います」
 ちょっと曖昧に答えると、ティルダが僕の目を覗き込むようにこちらを見た。
「フィオ、『そういえば出現していない』って……冒険者にとってすごく大事なポイントだって分かってる?」
「いや、ごめん。僕は冒険者を経験していない『純騎士』だから、冒険者のセオリーには疎くて。墓標って言われてもピンと来なくてさ」
「へぇー。噂には聞いたことあるけど、純騎士ってのは本当にそんなもんなんだな……」
 僕はティルダに無言で「悪かったな」って視線を送った。

 冒険者の騎士の場合は戦士としての十分な力量を認められるまで騎士を名乗れない。でも、僕のように直接騎士団に仕官するという形をとる場合、条件をクリアすればいきなり騎士になれる。
 ただ、直接騎士団へ仕官する場合にも試験があって、実技・筆記・面接のどれをとってもスオミ魔術学院に進むより遥かに厳しいと言われてる。僕も(父上の名前があってもなお)三回落とされた。この難関を突破した騎士は、さっき言った「純騎士」って呼ばれたりする。
 ティルダのように冒険者の戦士を経て騎士になってから騎士団に仕官する場合には実技と筆記が免除される。
 両方とも騎士なんだけど、平均的な実力は冒険者上がりの騎士の方が高い。じゃあ何故苦労してまで純騎士になるかというと、聖騎士や近衛騎士等になるためには純騎士であることが条件なんだ。
 それに、あまり利用する人はいないけど、戦士を経験しなくてもいきなり騎士として冒険者登録できる唯一の方法だったりもする。
 と、ちょっと余計なことを考えてしまった。

「フィオ、貴方は純騎士としては稀に見る成長を見せてくれました。さすがはルクセン団長のご子息というところでしょう。ですが若干、冒険者としての知識が少なすぎるようです。もちろん、まだ冒険者登録をして半月ということも知っていますが、そろそろ基本的な事は知っていて欲しいところですよ?」
 う~ぬ。基本的な魔物との戦いの知識が少ないから、冒険者登録をして仲間を見つけて魔物退治に行きなさいと言われたのに、今ここで知識が少ないことを言われてもなぁ、とは言えないので。
「はい、申し訳ありません」
 こんなときには父上は一切助けてくれないし庇ってもくれないんだよなぁ……。「そうだぞぉ?」と言わんばかりに僕を見ながらリーゼッタ様の言葉に頷いてる。
「この点を押さえないとセリスに話をすると言っても要領を得なくなってしまうかもしれませんからね。知っていることもあるかもしれませんが少し説明しましょう」
 なんていうか、しまった、と思った。リーゼッタ様は面倒見のいい人ってことで有名なんだけど、実際には若年寄っていうか面倒見が良すぎるんだよね……。もうそろそろ約束の時間だけど、上官相手にそんなこと言うわけにもいかない。

「冒険者、或いは国の管轄下にある軍またはそれに類する機関に属する者は全員、神官様の加護を授けられている。この点はご存知ですよね?」
「はい。ご加護を頂くことで、魔物と渡り合える力を与えられ、また骨折、四肢切断、脳や内臓の損傷等の致命的な負傷を免れることが出来ます。さらに、魔物との戦いにおいての死の危険から遠ざけられます……あ!」
「気づいたようですね」リーゼッタさまがニコリと笑みを見せた。「でも、せっかくなので続けましょうか。今の答えはまだ満点の答えとは言えませんが、聖職者ではないのでとりあえずそれでよいでしょう。では、今言った『死の危険から遠ざけられる』ということを具体的に言ってみてください」
「はい。ご加護を頂くことで、魔物との戦いの際に命に関わるような状態に陥りそうになると魔物からは姿が完全に隠されます」
「……それから?」

 まだあるのか。えっと……なんだっけなぁ……。うぅ、ティルダめ、僕が困ってる様子を見てニヤニヤしてるよ……。
「すいません、どうなるのでしょうか?」
「魔物から姿を隠されると同時に、他の冒険者などに助けを求めるために、加護を受けている者だけに見える『墓標の幻影』が現れるのですよ。もう少し付け加えるならば、冒険者に限った場合、いわゆる初心者というレベルの間に戦闘不能状態となると、瞬時に職業に応じた町へ蘇生された状態で強制転送されます。ここまではよろしいですか?」
 しまった、そういえばそうだった、と思っても後の祭りか。
「はい」
「その後はどうしますか?」
「えっと、聖職者の力を借りるか、もしくは蘇生魔法の力を封じた『コマリク』という聖水を与えることで蘇生を行います」
「少し違いますね。動けなくなっている者にコマリクを与えることなど出来ませんよ。体にかけてあげればいいのです。それに、出来れば先にこう言って欲しかったですね。「状況によっては、可能であれば真っ先にその場の制圧を行うか、無理であれば応援を呼ぶ」と。行動不能、または死亡状態になっていると言うことは、その者をその状態に至らしめた何者かが近くにいる可能性がありますからね。それに、行動不可能状態でも意思表示が可能な場合があります。コマリクの使用は……」
 あぁ、スイッチが入った。長い話が始まったよ……。いくらなんでもそのへんのことは知ってますよ、リーゼッタ様……。ちょっと長すぎるので適当に聞き流していたら、リーゼッタ様は何かを感じ取ったのか少し言葉に力を入れた。

「そして、ここからが大事な点です!」
「はい!」
 聞き流してるのがばれてたのかな……。僕はしっかりとリーゼッタ様の眼を見つめ、話を聞く姿勢であることをアピールした。
「……いいですか? 聖職者の蘇生魔法は対象の負傷が致命的な状態になっていないことが前提です。つまり、例えば何らかの事故によって腕を切り落とされてしまったとすると、この腕を蘇生魔法や治癒魔法で繋げることは出来ません。それを行うのは医術または魔術です。知識に重点を置いて術を磨いて来た者が正式の蘇生魔法を施せば、或いは切断された部分をつなぐことが出来る場合もありますが、よほど綺麗に切断されている場合だけです。ほとんどの場合綺麗に切断されていることなどありませんから、ほぼ無理です」
「では、何故セシリアはセリスとミーナを蘇生できたんでしょうか?」
「ですからそこが問題なのですよ。その二人の状態は、聞いた限りでは冒険者の略式の蘇生魔法で蘇生出来るとはとても考えられないのです。死神の件と同等と言えるほどの事件と言っても過言ではないでしょう。確認しますが、この半月間の間でセシリアの蘇生魔法は今回が初めてですか?」
 少し、記憶を辿ってみたら、それほど考え込むこともなく思い出した。
「いえ……、そう、一週間前にも一度蘇生を行っています。そのときも蘇生されたのはセリスでした。ちょっとした油断というところでしょうが、彼女がティラノの一撃を受けて行動不能に陥りました……。背中を巨大な爪で切り裂かれて辺り一面血の海という酷い状態でしたが、この時も墓標は出現していなかったと思います。というよりですね、あの、お恥ずかしい話ですが、私は墓標のオブジェクトを見たことがなくて……。ですので、私は『墓標』と言うのは何かの例えだと思っていたのです」
「うわぁ、マジで? フィオ、お前そこまで温室育ちだったん……あ、すいません、失礼しました」
 僕の言葉はティルダにとってはよほど衝撃的だったようだ。わざわざ「お恥ずかしい」って言ってるのに追撃してくるあたり、幼馴染みということもあってか全く遠慮がない。さすがに黙って聞いていた父上もチラリとティルダを見るほどだ。ところが父上がその後に続けたのはまたしてもと言うか何と言うか、ティルダへの援護射撃だったりする。
「ほっほっほっ、本当のことじゃ、気にすることもない副団長。フィオが昔から純騎士を目指して頑張っておったのは父親たるわしもよく知っておるがな、王宮の中だけで強くなってしまったフィオには冒険者の世界の刺激をもっともっと与えてやらねばならん。如何に普通の冒険者との隔たりがあるのかを知る良い機会じゃて。そうじゃろ? フィオ」
「はい」
 よく出来た貴族の息子ならさらに続けて「おっしゃるとおりです父上。私はまだまだ未熟者、皆様のご指導を云々」なんてセリフを言うものだろうけど、めんどくさいのでやめておいた。

 大体、僕が冒険者のことをほとんど知らないのはある意味父上のせいでもあるんじゃないのか? と思うよ。僕の実技の腕前は正に父上の指導の賜物、一対一ならティルダは僕の足元にも及ばない。僕は騎士団に仕官してすぐ、当時戦闘力が最も劣っていた第四騎士団の技術指導官になった。いや、なってしまったんだ。当然父上の名前も影響しているだろうけどね。
 余談だけど、僕は技術指導官として一生懸命がんばった。僕の努力は報われて、第四騎士団は「武芸第一」とのお言葉を国王陛下から賜ることが出来たんだ。もちろん、騎士団のみんなの努力の賜物でもあるんだけどね。
 そんなわけで、僕は別に怠けてたわけじゃない。頑張っていたからこそ結果的に下っ端のうちに学ぶはずのことを全く教わっていないだけなんだ。少しぐらい大目に見てもらいたいもんだ。

「フィオ。他にも何か気づいたことがないかおっしゃってください。どんな些細なことでもかまいません。冒険者の目が養われていないということはむしろ素直な目で見ることが出来ると言うものですから、もしかすると逆に好都合かもしれません」
 リーゼッタ様はいつもこうして相手の立場を守りながら話してくれる方で、昔から人望も厚い。僕もリーゼッタ様を尊敬する一人だしね。僕は父上とティルダのことは一旦視界から消してリーゼッタ様に覚えている限りのことを話したいと思った。ただ、残念ながら今までに話した以上の情報となると、せいぜい……
「そうですねぇ……。何か意味がある情報かどうかは分かりませんが、セリスとミーナが蘇生されるとき、なぜか引き裂かれた衣服まで直ってましたね。不思議なものだと」
「なんじゃと?」
 リーゼッタ様に話していたはずなんだけど反応したのは父上だった。
「衣服が引き裂かれた? いや、しかし、体が切り裂かれたわけだから道理と言えば道理ではあるが……な。そう簡単に引き裂いたり切り裂いたり出来んはずなんじゃがなぁ。それに、蘇生魔法はあくまでも人体が対象じゃ。衣服を同時に修復するなどという話、聞いたこともない……」
「仰るとおりですルクセン団長。これも興味深い話です。神官様のご加護により身体への致命的な損傷が免れると同じように、冒険者の装備する衣服や鎧等も、特別な祝福や魔力等によって装備している者を守ります。いくら魔物であっても冒険者の衣服をいきなり引き裂くことなどまずありえないのです。もちろん、実際に装備して用いるものですからいつかは修繕が必要になりますし、それ以外にも経年劣化やほころび等によって壊れる寸前という事もありますけどね。でも、そんなことはないのでしょう?」
「えぇ、ミーナはレベル二十一を認められてから*1 すぐに新しい装備に買い換えて挑みましたし、セリスも装備品の管理はしっかりと行っている様子でした」
「なるほど。……二人への神官様のご加護の状態だけではなく、装備していた衣服の状態も確認する必要がありますね」

 少し四人が沈黙した。他の三人の心の中までは分からないけど、少なくとも僕はこう思った。もしも神官様の加護に何らかの問題があり、尚且つ装備していた衣服にも問題があったとしたら、果たして氷の城の十階まで辿り付く事なんて出来るんだろうか? 冒険者についてはほとんど理解していない僕から見ても、それは無理があるような気がする。直接攻撃されなければあるいは可能かもしれないけど、氷の城ではエミスの投げつけてくる氷塊や[アナカム]の氷の矢はなかなか全て避けきれるものじゃない。特に[アナカム]の矢は何らかの魔力でも働いているのかかなりの命中率だし、僕だって何発か食らっているんだ。

「あのぉ、リーゼッタ様」ティルダが遠慮がちに手を上げた。「神官様のご加護や冒険者の装備品についてですが、こんなことを聞いたことがあります。まず、神官様のご加護があってもごく稀に致命的なダメージを負うこともあり、衣服についても滅多にないことですが新品が壊れてしまったり破れてしまったりするそうです。それに、あまりにも信仰心のない冒険者の場合神官様のご加護も完全ではないと言う話も聞いたことがあります。こういったことが偶然重なっただけとは考えられませんか?」
 リーゼッタ様はティルダの考えをしっかりと理解するように深くうなづきながら耳を傾け、そしてそれに答えた。
「なるほど、確かにそういった事故の可能性も考慮する必要はありますね。ただ、冒険者の信仰心に応じて神官様のご加護に差が出るというのはよく聞きますが、実は迷信なのです。神官様のご加護は神官様の信仰に基づいているのであり、加護を受ける側の冒険者の信仰心は神官様のご加護の強さには関係しません。毎週神官様の所に赴いて祈りをささげる冒険者なんて、あまり見たことないでしょう?」
「そうですね、それは確かに」
「それに事故が発生したのだとしても、二人同時に神官様のご加護が効かなかったというのはいささか無理がありますし、同時に衣服も運悪く切り裂かれる偶然が重なるというのはさらに考えにくいでしょう。断言するわけではないですが、ここは素直に死神の影響によると考えたほうが自然ではないかと思うのです。ドーソンが死亡状態になっても墓標の幻影が現れなかったのと同じように……」
 少し、胸が締め付けられる思いがした。そうだ、なんというか謎解きごっこみたいになってたけど、今日現れた死神はおそらく三年前の死神だと言うのは間違いない。リーゼッタ様にとって、戦いはまだ終わっていなかったということなんだ。冷静に話をしてくれているけど、きっと複雑な気持ちなんだろうな。僕は三年前に亡くなったドーソンや他の方達を思ってセオ神に小さく祈りをささげた。ふと気づいたけど、ティルダも同じようにしていた。
 リーゼッタ様は僕達を見て少し微笑んだようだったけど、すぐに表情を改めて話を続けた。

「いずれにしても、何よりも最優先で調査すべきなのはやはり、死神の行方とセシリアの蘇生魔法についてでしょう。冒険者の略式の蘇生魔法をもって、腹を引き裂かれたり三つに切り分けられた者を蘇生することなど絶対に不可能ですし、装備していた衣服を同時に直すことなど、例え我々の正式発動の蘇生魔法でもありえません」
「う~ん……。僕は、蘇生魔法といえばセシリアの蘇生魔法を見たのが初めてだったから、そんなものだと思っていましたけど、違ったのですね……。第四騎士団いる間には蘇生魔法と言うものを見たことがありませんでしたので、セシリアの蘇生魔法が普通なのだと思い込んでしまいました」
「それもそうじゃろうなぁ。魔物討伐にでも出かければ極稀に蘇生魔法を見ることもあるが、そういったことは第二第三騎士団の役割じゃ。第四騎士団に籍を置いている限り、戦争かクーデターにでもならねば蘇生魔法は見られんじゃろうて」
 父上の言うとおり。第四騎士団の通常の任務は城外警護と警察機構に協力する形での治安維持だから、第四騎士団で死人が出る事態というのは余程のことがなければ有り得ないんだ。だから蘇生魔法なんて見たことがないんだ。わかったかティルダ! って言ってやりたいところをぐっと堪えて(多分、言っても墓穴を掘るだけだし)、父上に「はい」とだけ答えた。

「で、フィオ。この件の陛下へのご報告はわしかリーゼッタ様で済ませておくが、お前はこれからどうするんじゃ? 何か出来ることがあるなら協力するぞ?」
「そうですね……。父上、リーゼッタ様。今聞かせていただいた三年前の話と言うのは、セリスたちに話してもいいのでしょうか?」
 父上は即答した。
「わしは無駄に言いふらさねば構わんと思うが?」
 リーゼッタ様は少し考えたようだが、僕の眼の奥を覗き込むように見た後、数回頷いてから言った。
「いいでしょう、私もルクセン団長と私も同じ意見です。貴方が必要と感じるなら話しても構いません。ただし、賢者の事と、デムピアス閣下が実は世襲している事、そして真・神界の存在は可能な限り伏せてください。本当は死神の事も伏せたいぐらいですが、それは無理な話でしょう。何と言っても貴方達は今回の当事者ですから」
「分かりました。これからセリス達に会うことになっていますので、早速話をしてみようと思います。要点としては、セリスとミーナの神官様のご加護の状態と装備していた衣服の状態、そしてセシリアの蘇生魔法について、という事になると思います」
 リーゼッタ様はまた僕の考えに一つ一つ丁寧に頷いて、そして微笑んだ。
「大丈夫そうですね。ではそちらはお任せします。私は、神官様と冒険者管理局にセリス達のことを照会してみましょう。それから、三年前のメンバーにも注意を促しておきます」
 僕とリーゼッタ様のやり取りに満足そうに父上が僕の肩を叩いた。
「よし、フィオ、しっかり頼むぞ。お前がもたらした情報はわしが陛下にご報告しておくとしよう。それとな」今度はティルダに向かって言った。「お主はチェイピン殿とグリハラ殿の行方を確認してもらおう」
「はい、分かりました。リーゼッタ様、確認させていただきたいのですが、チェイピン様達の行方について何か分かっていることはあるのでしょうか?」
「彼らはマグダル様のご遺体をレビアにお送りした後、消息不明となっています。精霊話術も通じません。ですので、調べるとすればレビアに到着後の足取りを確認する方法と、ミーナとその周辺を確認する方法があると思われます。誰かに手伝わせましょうか?」
「いえ、大丈夫です。まずは私と部下で調べてみますよ」

「それでは、心して挑みましょう。皆さん、十分に注意してください。私にとっては三年越しの死神再来ですが、さっきも言ったとおり出来ればもう関わりたくないと思うほどの相手です……。もっとも、ケリをつけてやりたいとも思っていますけどね」
 僕は正面に座るリーゼッタ様の目の光が少し変わったのを見逃さなかった。
「ケリ、とな?」
「えぇ、結局死神を追い払ったのは私たちではなくミュレカン神とキュリアスロッドなのですからね。しかもハデス神等のご協力もあったとか……。見かけ上はデムピアス閣下の手柄なのですが、実際にはデムピアス閣下もミュレカン神様に憑依されて意識はなかったわけですからね」
「……なるほど。確かに、エリオとデムピアス閣下の性格から考えればけりをつけるという言葉も分からんでもないのぉ。『結局何の役に立ちませんでした』というのを嫌う奴らじゃからなぁ。じゃが、リーゼッタ枢機卿までもがそのようにお感じになっていたとは、いささか驚いた。結果に重きを置くお方じゃと思うておったのでな」
「デムピアス閣下と行動を共にしていた時期がありますので、考え方が少し毒されたのかもしれませんね。それに、ミュゼリア女史はもっと強烈に「負けず嫌い」ということもありますが、責任感も強いお方です。マレリア様が植物状態になってしまったことやシャオリンのほとんどが命を落としたことについて、まるで自身に責があるかのように落ち込み、また悔しがっておいででしたから」
 ついさっきまで名前は知っていても天上人だと思ってたような人たちなのに、なんか人間くさいというか、あまり僕らと変わらないんだな……。

「よし」
 父上は立ち上がって三人を見た。続けてリーゼッタ様も立ち上がり、僕とフィオも立ち上がった。
「早速、各自行動に移ろうではないか。三年前、リーゼッタ様やわしの無二の戦友が戦った相手、老体の血が騒ぐと言うものじゃ! フィオ、ティルダ。お主らは冒険者やら一兵卒やらに比べれば鬼神の如き強さであるが、決して油断するでないぞ。三年前とは異なり、死神は既にこちらに現れておるのじゃ。危険を察知したときは何としても必ずわしやリーゼッタ様に連絡を入れるようにせよ。それなくして死神にやられようものなら骨は拾ってやらぬからな」

 そして僕たちは、それぞれの果たすべき役割に従って行動を開始した。
 
 
 
(あれ?)
 部屋を後にして皆と別れた後、ふと『あること』に気がついた。
(死神に殺されたら、灰になって消えるんじゃなかったっけ? もしもセリスとミーナが死神に殺されたのなら……なぜあの二人は灰にならなかったんだ?)
 
 
 
 


補足
*1: 冒険者は各自のレベルを勝手に名乗って良いわけではない。冒険者登録を行うと、どの程度の経験を得ているかといった情報が冒険者管理局に自動的に通知されるようになっており、経験とクラスに応じてレベルが定められている。なお、レベルが上がると本人に通知される。同じようなものとして、名声レベルと言うものもある。

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#34 大地からの伝言 [セリス]

posted by GEM at 2006年02月19日 17:57

 クリガン!
 クリガン!!
 あの筋肉バカ、どうしてくれようかしら! スオミで目をつけてた帽子*1 、売り切れだったじゃない!
 ああ……スオミの超売れっ子デザイナーの最新の帽子で、黒を基調にした左右アシンメトリーのデザインで、片側には大きくないけど全体のバランスを引き締めるピンクのふさふさコサージュ、取り外してもとてもシックで素敵だった……。
 だめだわ、力が抜ける。狩りの疲れがどっと出てくる。
 あほクリガンめ、今度奴が死に掛けてたら回復どころか私が止めを刺してやる!!

「あら、お嬢様、お帰りなさいませ。どうしたんですか?」
 眼と鼻の先まで来た私の家の門から声を掛けられた。落ち着いてて響きもいいんだけど、ものすごく色っぽい女性の声――今は聞きなれてるけど、初めて聞いたときは『負けた』って思ったっけ――。
「え? あぁベティ、ただいま。どうして?」
「物凄い顔してましたよ? 子供が見たら十中十二、一目散に逃げだすでしょうし、哀れ、その後の人生のトラウマになっちゃうでしょうね。町の警備の方に不審者扱いされませんでしたか?」
「笑顔で酷い事を言うのね……」
 ベティは三年前から我が家に住み込みで来てくれてる家政婦兼看護婦さんで今は三十歳になる。
 少しふっくらした女性でね、細かいことまでほんとによく気を使ってくれる完璧な家政婦さんなんだけど、歯に衣着せない性格で何でもはっきりと言う人。(セクシーボイスが歯に衣着せないって点はどうかと思うけど)こういうのって長所でもあり短所でもあると思う。私は長所だと思ってるわ。
 たまに今みたいに酷いことを言うけど……。
 彼女は買い物にでも出かけようとしてたみたいで、からっぽの買い物かごを持ってる。

「セシリアは帰って来てる?」
 門の前まで来てベティに聞いた。
「いいえ、お帰りになってませんわ。何か御用事でも?」
「ううん、いいの。……母さんは?」
「特にお変わりございません」
「そう……。買い物?」
「はい、お夕食の食材を調達してまいります。何かご希望がございますか?」
 ルアスの酒場の食べ物よりベティの作ってくれる食事の方が数倍おいしいんだけど、今日はあきらめるか。
「ごめん、今夜は私もセシリアも出かけるからいいわ」
「あら、そうなんですか? そういう事でしたら、買い物に出る前にお話出来てよかったですわ、食材が無駄になるところでしたもの! 今日は季節のお料理にしようと思ってたんですけど、材料が日持ちしませんからね。明日には召し上がっていただけるかしら? ほら、町長さんの奥さんに秘伝のレシピを教えていただいちゃって、もうこれが凄くおいしいんですよ!」ニコニコしながら話すベティ。そういえば、私から見た彼女の欠点はずばり、このセクシーボイスでの長話だったわ。この声を延々聞かされると頭の中が勘違いしてピンクモードになってくる。
「ごめんベティ、おいしそうな話なんだけど、ちょっと休みたくて……。あ、明日は家にいる予定だから、料理期待してるわ!」
「あらまぁ! お嬢様、体調が優れませんの?」しまった。さらに話題を与えちゃったわ。「それは大変ですわ! すぐにお薬のご用意を」
「大丈夫! 大丈夫よー、私は大丈夫だからねー? これでも医師免許持ってるんだからねー? 薬は薬箱を自分で見るからね、ね?」
 なんだか興奮した小動物をなだめてる気分だわ。
「そうですか? でも、そうですね、お嬢様なら大丈夫ですね。ではすぐに戻りますので。あ、あと神殿から遣いの方がいらっしゃいましたわ。明日、ガーリン様が奥様のお見舞いにお伺いしたいという事でした」
「うん、わかったわ。じゃ、買い物よろしくね。気をつけて」
 ベティは笑顔で一礼して出かけていった。
 なんとなく疲労感を感じながら(というか疲労感が増えたわね)彼女を見送って、赤と黄色の花を咲かせた蔦が絡まる門をくぐった。門から玄関までまだ三十メートル位の庭が続く。ベティがいつも綺麗に手入れをしてくれていて、まるでお城の庭みたいな綺麗な庭を歩いていくと、ミルレスではあまり見られない規模の二階建てのお屋敷がある。ここが今の私達の家。
 当たり前のように玄関の扉をあける。ちゃんと鍵が掛かっているんだけど、私達『家の者』にとっては掛かっていない。
 この扉にはミルレスでは滅多にない強力な魔法が施してあって、この家に住んでいる者以外は開けることが出来なくなってる。魔法の事は知らないけど、何でもこの魔法にとっては物理的な鍵が邪魔になるらしいわ。
 鍵を持ち歩かなくていいから便利だし、泥棒の心配もほとんどなくて安心なんだけど、平和なミルレスではここまで防犯に気を使っている家なんて一軒もない。でも、逆に言えば、この家には盗賊ぐらいじゃ絶対に破れない扉を用意してまで守らないといけない理由がある……。
 それは、母さん。
 この家は特殊な封印が施されているらしく、母さんの何だかよく分からない力が外に漏れないようになっているらしい。
 母さんは、自力では決して自分を守る事が出来ないから……。
 
 

 三年前……。
 この家は、母さんがミルレスとマイソシアに対する大功労者と認められて、母さんとその家族である私たちに与えられた。大きい家なんだけど部屋の数はそんなに沢山はない。
 一階にはキッチンとかは別にして母さんの部屋とベティの部屋、そして居間と客間。二階に私の部屋、妹の部屋、そして空き部屋四つ。家具や調度品、絵画までも全部揃えてくれた。
 ベティの給料もミルレスから支払ってくれている。
 さらに母さんには莫大な功労金も支払われていて、正直なところ私達家族は一生働く必要はないぐらい。冒険者として必要な装備も申請さえすればミルレスで面倒を見てくれる。
 今着ているフリストマジックフロック*2 だって、ミルレスに申請したら翌日には家に届いたわ。よく手に入ったものだと思ったけどね。
 母一人、娘二人、そして住込み家政婦一人が生活するには広すぎる家。セシリアが冒険者になってからは二人とも留守にすることが多いこの家は、ほとんどの場合ベティと母さんの二人だけで生活している。もちろん、この家があって、家にはベティがいてくれるから私達は安心して出かけられるんだけどね。
 おかしいのは、大功労者と認めたくせに功労者としての発表は一切されていない。偽名を使っていると言う事もあるだろうけど、貧しい一角に住んでいた私達が突然庭付きの豪邸に住めばいろんな噂も立つ。今では私達は、没落した貴族が遠い親類の縁談によって復興したって事になってて、正直浮いた存在になっちゃってる。
 噂の事は気にしてないんだけど、結局のところ私もセシリアもこの待遇をこう理解している。この大きすぎて豪華すぎる家や敷地、調度品の数々に信じられないほどの功労金や待遇、そして(本人には絶対に言わないけど)ベティの存在、これらは全部『口止め料』なんだって……。

 ミルレスに引っ越してきたばかりの時に住んでいたボロボロの家なら、玄関を開ければ狭くて短い存在価値のよく分からない廊下だったけど、今は大きくて二階まで吹き抜けになっている立派なエントランスがある。私には価値がさっぱり分からない彫刻まで飾られてるわ。豪華なのは嫌いじゃないけど、それでも無駄に広い。
 約三年住んでも「家に帰ってきたぁ」っていう安心感がない家って、どうなんだろうね?
 玄関の真正面に扉がある。私はその扉の前に立って、あまり意味がないって分かってるけど、扉をノックした。
「母さん、ただいま」
 分かってることだけど、返事はない。以前はこの事実だけで、私もセシリアも涙に暮れてたっけ。
 私は扉をゆっくりと開けて部屋に入った。優しくていい香りの風が頬を撫でる。ベティが毎日世話をしてくれている花の香り。窓は開いていないのだけど、何故か母さんの部屋はいつも気持ちのいい空気に包まれている。
 窓に引かれたレースのカーテン越しに、西日が林の間からきらきらと差し込んでいる。部屋の真ん中にはどこかの王族にだって負けないような豪華な天蓋付のベッドが置かれていて、光が当たるとまるで宝石箱からきらきらと宝石の光が反射しているみたい。
 こんな少女の夢に出てきそうなベッドで、まるで眠れるお姫さまの様に横になっているその人こそ、植物状態となってしまった私の母さん……。
 私は、部屋の奥側、母さんの右手側にある丸椅子にゆっくりと腰掛けて、光を背に受けながら眠り姫の髪にそっと手を触れた。
「母さん、ただいま。今日はちょっと大変だったけど、ちゃんと帰ってきたわよ。今日はこの後もちょっと用事があって出かけちゃうけど、ベティがいてくれるから大丈夫よね……。母さん……」
 
 

 あの日……。
 神殿で意識を失ったらしい私は、あのボロボロの家で丸二日間眠り続け、セシリアとエリオ師匠の看護を受けていた。外傷は特になく、私がなぜ目を覚まさないのか原因は全く分からなかったらしい。ようやく目を覚ましたとき、妹が憔悴しきった顔を涙に濡らしながら私に抱きつき、そして母さんのことを私に告げた。とても辛そうに……。
 母さんのことを知ったあの時の血の気が引いて視界が暗くなる感覚は、今でも忘れることが出来ない。ショックでもう一度意識を失いそうだったのをよく覚えているし、これほどまでに悲しい思いをするぐらいなら一生目覚めなければよかったって思った。
 妹も食事が喉を通らなくなってしまい、母と同じ病院に入院してしまった事もあった。
 時間と共に私達姉妹は何とか立ち直ったけど、介助の日々は辛かったし、ベティがいてくれなかったらとても耐えられなかったと思う。医師免許を取ったはずの自分が、実際にはベティの指図がなければ食事の世話も満足に出来なかった。
 身内の私よりも他人のベティの方が手際よく母さんの面倒を看るのが悔しくて仕方なかった。不甲斐ない自分を呪い、医師免許なんて捨ててしまおうかとも思った。
 六ヶ月ぐらい経った時にここに引っ越してきた。ベティは引き続き母の面倒を看てくれることになった。この頃には、ベティには尊敬の念を抱いていた。私が無事夢を掴んで開業することが出来たら、ベティを一番目の看護婦として雇いたいって何度も話したっけ。
 母さんは、極稀に弱弱しい意味不明な声を発してみたり、何かを見ているように目を動かしたりするけど、基本的に意思の疎通は全く出来ない。
 介護は私の想像を遥かに超える大変なものだった。毎日関節を動かしてあげないとすぐに硬くなってしまうし、一時間か二時間おきぐらいに姿勢を変えてあげないと床ずれが出来てしまう。当然下の世話もしてあげなければならない。他にも気が遠くなるようなたくさんの世話をしてあげないといけないけど、どれが欠けても下手をすれば命に関わる。
 三年前には、全て完璧に世話が出来たとしても一年生きられるか分からないって言われてたから、今でも生きていてくれるのは奇跡ともいえたし、ベティの介護のお陰とも言えた。もちろん、私達も出来る限りの介護をした。
 今では私もセシリアもベティの次ぐらいには介助のプロになったような気がするわ。

 ずいぶんとしわが増えて骨が浮き出てきた母さんの右手にそっと手を置いた。
「母さん、今日は気分はどう?」
「……」
「私はね、今日は散々だったわ。クリガンにね、ほとんど無理矢理で狩りに連れて行かれてね、お陰で今日買おうと思ってた帽子が買えなかったのよ? ひどいと思わない? しかもちょっと危険な目に遭っちゃって……。あ、大丈夫よ、母さん、心配するほど危険なことじゃないから」
「……」
「でもね、私も反省しなくちゃいけないわ。私ったら、どうやらぼーっとしてたらしい」
「うー……」
「! ……母さん、どうしたの?」
「……」
 これが私達親子の『会話』。何か言うような気がしても、「あー」とか「うー」って言っておしまい。介助を要するサインの時もあるから一通り確認したけどどうやらなんでもないみたいだわ。
 母さんのうっすらと開いた瞼の下の目は、ずっと天蓋を見たまま、たまに力なくゆっくりと瞬きをする程度。それでも、私にとっては大事な母さん……。母さんの右手をほんの少しだけ握ってみた。でも、全く握り返してくれない。腕は細くなってしまい、豊かで形が良くて私の目標だった胸も重力の為すがまま、見る影もなくなってしまった。頬もこけ落ちて、綺麗だった金髪も……。…………。
「母さん……ごめんね、私が泣いちゃだめだよね……」
 三年経ったからって、この頭が割れそうなほどの悲しみは消えたりしなかった……。たとえミルレスの一等地に家政婦付でこの家を貰ったって、何も癒されることなんてなかった。全ての待遇がどうしても恩着せがましく感じられて断りたかったけど、母さんの世話をするためには受け入れるしかなかった。

 あの時、母さんが『何をしたのか』、母さんに『何が起こったのか』は誰も何も教えてくれなかった。ただひたすら「マイソシアを救ってくれた」ということだけを教えてくれた。
 ガーリン教皇は三年前から月に一度は母さんを見舞いに来るけど、あの人もその場に居合わせたという事以外はどれだけ問い詰めても、何も、教えてはくれない。
「マイソシア全体において最重要機密の一つとなっている。どうしても話して聞かせることは出来ない。許して欲しい」
 あの人から、何度この台詞を聞いただろう。私が激昂して杖で殴りつけても、彼は額から血を流しながら頭を下げて同じことを繰り返していたっけ。
「いつかきっと、マレリアが自分を取り戻すと信じている」と、私たち以上とさえ言えそうな確信を持って力強く言い放たれると、それ以上何も言えなくなってしまった。
 それに、誰も何も言わないけど皆分かっていた。ガーリン教皇は母さんを女として愛していることを。こんな風になってしまった母さんを今でも全く変わることなく愛してくれていることを。むしろ、ガーリン教皇の思いは日に日に増していったようにさえ思えた。
 身内の私が見ても現実を見てしまうのに、あの人は必ず笑顔で言うの。「君は美しいよ、マレリア」って。もっとも二人きりにして扉の外で聞き耳を立てないと絶対に聞けないけどね。

「母さん、明日ね、ガーリン教皇がいらしてくださるって。うれしい?」
 なんとか涙声を抑えて母と『会話』を続けた。何も反応はしないけど、それでも声を掛け続けることも看病の一つ。そういう意味では、毎月最低一回は母を訪ねてくれるガーリン教皇はやっぱり有難い存在だった。
 教皇よりは頻度は少ないけど、三年前のあの時に関わっていたらしいエリオ師匠やリーゼッタ枢機卿もたまに母を訪ねてきてくれる。ミュゼリア様とおっしゃる方も、直接おいでにはならないけど季節が変わるたびに贈り物を贈ってくれていた。
 ルケシオンにいたときは随分とお世話になったデムピアス様も三年前のあの時に関わっていたらしい。たまに、手紙と、母の好きだったイカルスの花を贈ってくれる。不思議なことに、イカルスとは気候が全く違うはずのミルレスでは贈ってもらった花はすぐに枯れてしまうはずなのに、何故かこの家では、たとえ冬でも季節が移り変わるぐらいまで瑞々しい葉も色鮮やかな花びらも決して枯れなかった。
 それだけじゃない。母さんの部屋は暑い夏の日に涼しい風が吹き寒い冬の日も随分と暖かい。それはきっと、母が良く話してくれた精霊が守ってくれているのだと確信していた。精霊なんて見たこともないから根拠は何もないけど、不思議と違和感なくそう信じられた。

「じゃ、出かけるまで自分の部屋に行ってるわ。母さん。また後でね……」
「……」
 いつもどおり返事がない事と、一通りの世話がされていて小一時間程度休んでも良さそうな事を確認して、私はこみ上げてくる涙を堪えながら部屋を出た。
 いつになったら……涙を我慢しないでこの部屋を出られるようになるんだろう……。
 

 少し気持ちを落ち着かせてから、階段を上がり二階の自室に入った。ついうっかりというか、バックパックを背負ったままだった。道理で肩が凝ってると思ったわ。バックパックをベッドの脇にドサッって置いて、そのままベッドの上に仰向けに身を投げた。
「はぁ……三時間後って言ってたから……。つまり五時に酒場ね。ということは、あと三十分か……」

(セシリア、今どこにいるの?)
 精霊話術でセシリアに声をかけたらすぐに返事が返ってきた。
(うん? 今はミーナちゃんの家だよー)
(あ、そう。何してるの?)
(いろんなお話ー)
 どこの子供と話してるんだろうって思えてくるけど、天然だから仕方ないか。
(……あ、そ。酒場行くんでしょ? ミーナとジンも来るの?)
(ジンは嫌って言っても連れてくよー。ミーナちゃんはどうするんだろうね? 本人がどうしたいかってのもあるけど、フィオ君が連れて来てって言ったらどうしたいか聞いてみるし、来なくていいって言ったら今日はそっとしておいてあげたほうがいいと思うのー)
 あら。ボーっとしてるようでそれなりに考えてるのね。
(そう……。まぁ、そういう事ならフィオに聞いてみるのね。あと三十分だけど、行く前に家に寄ってよ)
(なんでー?)
(寝てるから起こして)
(うん、分かったー。じゃあ、後でねー)
(うん)
 これでよし、と。ちょこっと寝て気持ちを休めないとね。涙目はあまり見られたくないし……。
 どうせすぐに出かけるから着替えるなんて面倒な事はしない。
 ボフッ
 枕に頭を静めて……リラックスして……力を抜いて……。
 ……クースカ……。仮眠程度でもいいのよ。気持ちを落ち着けて……。寝たつもりになってればそのうち……クー……寝つきが悪いのよね、私って……。
 クー……うっふーん、なんてちょっぴりセクシーに寝返りを打ってみたり

「人にして偉大なる霊媒の血を受け継ぎし奇跡の女よ」
「!?」びっくりしすぎて固まった! 誰かいる? っていうか……。
 ちょっとぉ! 馬鹿みたいな寝返りを見られちゃった!? 恥ずかしすぎる!! どこの馬の骨だか知らないけど許さん!!
 いくら三年前より広い家って言っても、所詮個人宅の一室、野外で戦うのに比べれば部屋の広さなんて知れてる。部屋の隅々まで意識を張り巡らせるように集中して辺りをうかがった。
「誰?」
 と聞いてみても、案の定と言うか答えがない。
 既に先手を取られているらしい状況で飛び起きるべきかゆっくり起き上がるべきか少し悩んだけど、ここは慎重にゆっくりを体を起こす。上半身を起こし、慎重に周りを見渡す。
 でも、やっぱり部屋に人影はない。偉そうな男の声で敵意は感じなかったけど……声の主は一体……?
「誰? 出て来なさいよ……」
「我が姿既に汝の前にあれど封じを施されし汝の目には我が姿映らず。されど案ずるなかれ、我は汝を害する者にあらず」
 答えた? でも、何だか気味が悪いわね、相変わらず声だけしか聞こえない……。インビジ*3 で隠れているのかしら? 誰かがいるような気配は全くないんだけど……。
「何様だか知らないけど、なに雰囲気出して喋ってんのよ……。うっとおしいからやめてくれない?」
 怖いと言うより不気味で仕方ないけど、とりあえず強がってみた。
「うん、それもそうだね」
 ……え? 突然子供の声になった?? 二人いるって事?
「僕の姿が見えない人間に自分の存在を告げるのって二百五十年ぶりでさ! ちょっと緊張しちゃったよ! イメトリにね、人に自分の存在を示すときは出来るだけ偉そうにいかないと舐められるぞって言われてたんだ。さっき言った『人にして偉大なる霊媒の血を受け継ぎし奇跡の女よ』って言い方さ、あれでも一時間ぐらい必死で考えたんだよ? あ、そうそう、さっきも言ったんだけどね、僕は別に姿を隠してるわけじゃなくってね、本当は君は生まれつき僕の姿を見る力があるんだ。でも、マレリアが望んだからその力は封じられてるんだよ」

 状況さえ違えば、思わず「かわいいわね僕ー!」って言っちゃいそうなほど完璧な子供の声なんだけど、言ってる事はさっぱりだわ。二百五十年ぶりって、頭いっちゃってる奴? 奇跡の女だとか姿を見る力だとか、訳分かんないわ。でもこいつ、母さんの名前を知ってるわね。
「あのさ、私、幽霊に知り合いはいないはずなんだけど、なんでそんなに馴れ馴れしいの? あんた誰よ? なんで母さんの名前を知ってるわけ?」
 私はまだ十分に警戒したまま言った。ベッドの上で注意深く座った姿勢になっている。武器が何もないけど、見えないうちは考えても仕方がないし、いざとなればホーリービジュアで位置確認して*4 すぐさまパージフレアをぶち込んでやる……。相手がインビジで隠れてる『人間』か『魔物』なら、だけど。
「僕はレミトポって言うんだ。幽霊じゃなくて土の精霊さ! マレリアがまだ赤ちゃんだった頃からの友達なんだよ!」
「……はぁ?」
 なんだろう? この間抜けな展開は……。
「いや、そんな、『はぁ?』って……。マレリアはもっと素直だったのに、君は本当にマレリアの子なの? 全然信じてないでしょ?」
 なんていうのか、緊張感が全身の毛穴から漏れていくようだわ。でも、油断しちゃ駄目ね。
「精霊は信じてるわよ? でも何だか知らないけど、乙女の寝室に忍び込むような奴の言う事を信じてもらえると思ってるわけ? 仮にあんたが母さんの友達だとしたって、もう少し気を使えないかしらね? あんた、さっき私のセクシー寝返り見たでしょ?」
「せくしー……何って? そんな言葉知らないよ。それに、乙女って……。セリス、君さあ、処女じゃないじゃん」

 ムッカ! ナニヨコイツ!!
 ガキのくせにふざけた事ぬかしゃあがってぇ! 一気に怒りがこみ上げてきた!
「んですってぇ!? 失礼ね!? なんであんたに分かるってのよ! このエロガキ! あんたなんかに呼び捨てにされる覚えなんかないの!! 気持ち悪いったらありゃしないわ! っていうか、なんで私の名前知ってんのよ!」
「なんでそんなに怒るのかなあ。処女とそうじゃない女の人では波動が違うだけで、別にどっちがどうなんて言ってないじゃん。それに、名前はマレリアが教えてくれたんだよ。呼び捨てにされると気持ち悪いだなんて、心の狭い人間だなぁ。そんな人生じゃ辛くないかい?」
「んな、な、あんたに人生相談した覚えなんてないわ! 何なのよ一体!? もう、サイっテーだわ……。姿も見えない薄気味悪い奴に、乙女じゃないだとか、人生辛くない? とか、そんなこと言われる筋合いなんてないっての! っていうか、あんた何しに来たのよ! 私に何か用?!」
「あ、しまった! そうだよ、大事な伝言があるんだ! セリス、大事な事だからよく聞いて。ガイア様がどうしても君に来て欲しいんだって!」
 また何かよく分からないのが出てきたわ。
「ガイア様って誰よ?」
「とっても偉い人さ!」
 こいつ、セシリア並みの天然なのかしら? 人の神経逆撫でしたかと思えば力が抜けちゃうような間抜けな事を言ってみたり……。
「あんたねえ、それじゃ何も分からないでしょ? ガイア様ですって? そんな名前の『とっても偉い人』なんて知らないわ。だいたいさ、人に何か頼みたいなら姿を現して挨拶ぐらいしたら? 見ることも出来ない奴に伝言がどうとか言われたって聞く耳持たないわよ?」
「……君が僕を見ることが出来ないって言うだけで、僕は姿を隠してるわけじゃないんだけどなあ。どうしたらいいんだろう……」
 声が弱弱しくなったわ。困ってるんだろうってことは分かるけど、こっちだって目一杯困惑してるし、乙女の寝室に姿を隠して忍び込むようなガキに同情の余地はない。
「あんたがさっさと消えればいいのよ。レミトポとか言ったわね? そろそろ付き合いきれなくなってきたわ。痛い目に遭いたくなかったら」
 レミトポが慌てて口を挟んできた。
「待ってよ! ガイア様は言ってたよ。これは君自身にも深く関わる重大なお話なんだって。でも、どうしても手を離せないからセリスのほうから来てもらいたいんだって……」
 仮に言ってる事が本当だとしても、姿が見えないままじゃこっちが落ち着かない。問答無用で位置確認する。
「ホーリービジュア!」
 あれ? 私の足元以外反応しない!? そんな馬鹿な、人間でも魔物でもないってこと!? 本当にどこにいるのか分からない……まさか本当に精霊?
「セリス、物理的な存在しか見ようとしない目と心じゃあ、僕にはあらゆる影響は及ぼせない。でも、びっくりさせちゃって悪かったよ。僕に消えて欲しいって事なら消えるから。だから、もう一度だけ言わせて。ガイア様がどうしてもセリスに来てもらいたいって言ってる。場所は君達の言う大神殿の奥の方、大魔方陣だよ」
「……そんなところ、関係者以外立ち入り禁止で行けないじゃない」
「大丈夫さ、後で君のバックパックを確認してみて。特別な『種』を入れておいたから。それを持って念じてくれれば直接魔方陣へ来られるよ」
「種? 何の種?」
「ユグ……じゃなくて! せ、世界樹の種さ! 特別だから植えたって生えないからね!」
 なんて分かりやすいんだろう。声の通り子供って事かしらね? 世界樹の種じゃあ『ない』って言ってるようなもんだわ。
「ユグって何よ? 人のバックパックに薄気味悪い物入れないで」
「世界樹の種だってば!」
「あんたが」ユグって言ったんじゃない、って言おうとしたけど、遮られた。
「まずい、時間がなくなってきちゃった。もう一つ大事な事を言うからよく聞いて。ガーリンっていうおじさん知ってるよね? もしもマレリアに何かあったらあのおじさんを頼りなさいって」
 私の鼓動がドクンって大きな音を立てた。何かあったら……ですって? 
「どういう意味よ。母さんに何かあったらってどういうこと? 何が起こるって言うのよ?」
「全てを僕の口から言う事は出来ないんだけど……君の母さんを今みたいな目にあわせた張本人が再び現れている。君から生まれたんだ」
 何も確定的なことは言われていないけど、この話の流れで母さんに何か良からぬ事が起ころうとしているのは馬鹿でも分かる。それだけじゃない。私が、生んだ、ですって?
「何を言っているの? 張本人? 私が生む?」
「君から生まれたって言ったけど、今言った張本人も気づいていないんだ……。その事も魔法陣に来てくれればきっとガイア様とオウカが話してくれる。もう時間がないんだ。ベティとセシリアが帰ってきちゃった。いい? ちゃんと伝えたからね? 忘れちゃダメだよ?」
「ちょっと待ちなさいよ、それじゃ何のことか分からないわよ! はっきり言いなさい! 大体、教皇様を頼れって言うなら何で教皇様に直接伝えないのよ!?」
「普通の人には僕の姿はもちろん、声だって殆ど聞くことが出来ないのさ。君は、君の力を封じている魔力が弱くなってるから僕の声を自然に聞くことが出来るけどね。あぁ、もうダメだ、セシリアが部屋に来ちゃう! しまったなぁ、こんな古典的な方法を使うんじゃなかったよ。とにかく一旦お別れだよ、セリス! 必ずまた会えるから!」
「待ちなさいってば! ねえ、待って! 母さんに何が起こるの!? 張本人って何者なのよ! 言いなさい!!」
「姉さん? 時間だよ?」
「え!?」
 この声って……セシリアの声だわ! でも、どこから聞こえるのか分からない。
「姉さん、起きて。姉さんってば、起きてよぉ。もうそろそろ行かないとー」
 
 
「セシリア? どこにいるの!」
「こーんなにも近くにいるわよー?」
「うわあ!!」
 突然、目と鼻の先に妹の顔が現れて、私は情けない声を上げて驚いた。
「うわぁああ!」セシリアは私が声を上げたのに驚いたのか、仰け反って私と似たような声を上げた。「びっくりしたー! 姉さん、どうしたの? なんか悪い夢でも見たの? 唸ってたよ?」
 ……あれ? 私、なんで横になってるの? まさか私、寝てたのかしら……。ということは全部夢? セシリアが私を不思議そうに見ている。私も多分、同じようにセシリアを見ているんだと思うわ。
 夢だったんだとしたら、とてもリアルな夢……。部屋の全てが、今私が目にしているのと全く同じように再現されて、色も同じで、レミトポとかいう自称精霊の子供の声はとても夢とは思えないほど鮮明だった。
 でも、私は確かに今、セシリアに起こされ