#05 降臨 [フィオ]
posted by GEM at 2005年07月28日 11:42
ルアス、バハラ王宮前。
普通、僕のような一介の冒険者が王宮に立ち入るためには、身分を明かした上で、国に登録義務があるギルド*1
関連での入場や、精鋭育成のための攻城戦*2
関係での入場というように、その目的を告げてから入場する。
目的がなくても一応入れるが、間違いなく警戒される。
「やぁ、ピルゲン」
「……この書類かね? 中に入って三つ目の扉に入りたまえ……ん? おぉ! フィオじゃないか」
ピルゲンは僕に気づき、それまで対応していた冒険者を見送ると仕立てのいい上着の襟を両手で正し、アイルーペを胸ポケットに収めながら僕のほうに向き直った。
「調子はどうだい? いい魔術師は見つかったかい?」
「いやぁまだだよ。それより忙しいところ悪いね。父上に伝言を頼みたいんだけどいいかな?」
「いいとも。なにを伝える? 晩飯のメニューかい?」
僕は声を落とした。
「ベイオウルフが来た……と」
ベイオウルフとは、僕がマスター*3
を勤める戦闘ギルドなんだけど、ピルゲンにわざわざこのギルド名を告げるときは別の意味を持つ。
「……すぐに取り次ぎましょう。枢機卿にもご連絡いたしましょうか?」
「そうだね……頼む」
最高級の赤い絨毯、金銀の調度品、大理石の床、壁、天井、そして格調高いシャンデリア……。
どれをとってもいちいちお金が掛かってる。ここはあまり好きじゃないが、仕方ない。僕達は部屋の真ん中の丸いテーブルを四人で囲んでいる。僕の正面、部屋の奥にはルアスの大臣にしてミルレス大教会の枢機卿リーゼッタ様。僕の左は王国第一騎士団団長ルクセン、僕の父だ。そして右に副団長ティルダ。ティルダとは子供の頃から仲がいいんだ――ちなみに、僕は父の騎士団には所属してないよ――。
僕は三人を前に、氷の城での出来事を語った。
「……セリスの体が魔物に引き裂かれ、矢に射抜かれたその時、そこから黒い影が飛び出しました。影はまず素早く辺りを見回しました。そして今日入ったばかりのミーナに気づいたようです。まだ神官様の保護を抜けたばかりのミーナには悪いことをしてしまったと反省しています。死神はミーナに近づき、何か語ったようですが、蘇生後のミーナが落ち着いていなかったのでミーナが何を言われたのか聞きだしていません。次の瞬間、ミーナはバラバラに引き裂かれました。ジン、クリガンには死神が見えないようでしたが、私とセシリアには死神がはっきりと見えました。死神がアンデッドかどうかなどその時点で分かりようもないことですが、とにかくセシリアはわれわれの回復もかねて死神にホーリービジュアを放ちました。全く効かなかったようです。セシリアが死神の大鎌に切り裂かれそうになったので、私はとにかくその死神を呼びました。名前など知りませんから『死神!』とね。通じたようです。振り向いてくれました。奴はいつの間にかどこからともなく黒い巨大な馬のような生き物を召還し、同じくいつの間にかそれにまたがっていました。もしかしたら騎乗した状態に変身したのかもしれませんね。とにかく私の前……そう、ちょうどこの机の向かい側ぐらいのところに音もなく来てこう言いました。『若造、貴様ルアス中枢に縁あるようだな。今日は余は気分がいい。ここで退いてやろうぞ』そしてさらに……えー……失礼ながら……『ルアスの能無し王に伝えるがよい。ルアス王、貴様の負けだ。余は降臨を果たした。マイソシアだかなんだか知らぬがこのような小さき辺境など丸ごと地獄に落としてやろうぞ、とな』そして、その死神は物のついでと言わんばかりに近くにあったウェンディゴハイブを割り、そのまま消えました。通常なら十体程度の[ゴーストフリックル]がハイブから出てきますが……三十体近く出てきて、もうだめかと思いましたよ。セリスの蘇生が間に合わなければ間違いなく全滅でした」
途中、思い出してしまって吐き気がした。
「……フィオ。お前も……見たのだな。『死神』を」
情けない話だが……出来ることなら思い出したくないね。おぞましい、この世の禍々しいあらゆる事象を具現化したようなオーラとでも言えばいいのだろうか。眼のある位置には光るものなどなく、ひたすらに闇だ。セシリアのホーリービジュアに照らされても暗い闇の眼はどこまでも闇だった。
クリガンより大きかったから身の丈は二メートル以上。といっても、死神の身長なんて意味があるのか分からないけどね。ただ、その身長をも越す巨大で長い、漆黒の鎌。あれだけでもかなりの迫力、そして不吉さだ。黒いぼろぼろのローブを纏い……そして足はなかった気がする。もちろん、大鎌を持つ手も骨だったのは言うまでもないよね。
「はい、見ました」
「彼の者を見て生きて帰ったか……強くなったのだな。フィオ」
「私などまだまだ未熟です。それに父上。私だけが見たわけではありません」
「そうだったな。セシリアという聖職者に……ミーナか」
ミーナを知っているのか? 僕の怪訝そうな顔に気づいたのか、父は言った。
「あぁ、セシリアという聖職者は知らぬのだが、サラセンのミーナならよく知っておるよ。ジンメイ殿の娘だ」
ミーナが……あのジンメイ殿の娘だって!?
リーゼッタ様が続けた。
「……もう三年になりますか。ミーナも十八になるはず。因果なものですね」
父上がそれに感慨深げに頷く。僕とティルダは目を合わせた。つまり「三年って何?」ってことだ。父上は察してくれたのか、話してくれた。
「三年前と言えば、お前達二人はまだ見習いだったな……リーゼッタ枢機卿の仰るとおり、三年前のことだ。ジンメイ殿と言えば二人ともお名前ぐらいは存じ上げておろう? 当時もっとも戦闘能力が高い私設戦闘集団はジンメイ殿の『シャオリン』だった。当時のあらゆる騎士団より強いとも言われたからな。国王はジンメイ殿とシャオリンを見込んで、ある密命を託された。……詳しい内容は密命ゆえわしも知らぬが、聞いたところによると……『死神降臨の阻止』とか……」
父はそう言ってリーゼッタ様を見た。
「その通りです。ルクセン団長」
リーゼッタ様は一呼吸おくと、父の話を引き継いで続けてくれた。
「『死神』が降臨した今となっては密命を隠しておく意味もありません。ただ、まだ口外はしないでください」
リーゼッタ様は三人に目配りして、それぞれと暗黙の約束を交わす。
「続けましょう。……そう、三年前です」
*1: 一般に特権的同業者組合だが、ここでは同じ目的の仲間や気の合う仲間等の集まり。戦闘ギルドと親睦ギルドがある。
*2: 城内の特別な場所で行われる模擬戦。戦闘ギルド単位で守備側・攻撃側に分かれて行われる。
*3: 各ギルドには代表となるマスターがいる。また、任意でマスターを補佐するオフィサーが任命されている。


