#09 特務室からの報告1 [ガーリン・3年前]
posted by GEM at 2005年08月16日 23:28
ゼシン神殿とは正確には主にセオ神を祀る神殿を指すが、同じ敷地内にはセオ神を信仰する信徒達の総本山とも言うべき大聖堂が建てられている。
本来神殿と聖堂はその役目が異なるが通常はこの敷地一帯全てを含めて神殿と呼ばれる。
以前は一般にも公開されていたのだが数年前から大規模な改修を行っており、また新たに建造中の建物も多くあり、一般や冒険者の入場は制限されている。神殿はともかく大聖堂の機能は町に出張所を設けており礼拝などもそちらで行われている。そのため、人も少なく大変静かなところであり、町の延長であるため当然魔物が出現することもない。
リーゼッタ枢機卿、ミュゼリア女史、そして私の三人はもうかれこれ一週間ほど、大聖堂の最上階にあるこの部屋からほとんど出ることなく部屋の中央に置かれた大きな丸テーブルを囲んでいる。セオ神像はおろか、タペストリーの一枚とてない、おおよそ大聖堂には似つかわしくない部屋なので、ここが大聖堂だということすらも忘れさせる特異な部屋でもある。窓が一つしかなく調度品も丸テーブルとそれを囲むいくつかの椅子、部屋のすみには予備の椅子とライティングビューロとその上に花を差していない花瓶。今は誰も使用していないが先々代の教皇が好んで過ごした当時のままであり、かなり潔い殺風景な部屋だ。
「失礼します。日が落ちますので明かりを灯しに参りました」
修道僧が明かりをもって部屋に入ってきた。私がそれに頷くと修道僧は部屋の燭台に明かりを灯していった。少し薄暗くなっていた部屋が燭台の明かりに照らされる。修道僧は一通り明かりを灯すと私達を気遣ってか無言で軽く会釈をして出口へ歩き出した。ミュゼリア女史が小さくご苦労様と声を掛けると再度振り向いて礼をし、そして部屋を出て行った。
今日もまた一日が終わりに近づいている。時は止まらぬのだ……。
三人はそれぞれに二言三言会話を交わすこともあるが、それ以外は精霊話術*1
や魔術転送*2
などを活用してそれぞれが自身のあらゆるバックボーン等を用いた調査を行っている。
もちろん、調査対象はスオミの水詠み、そしてここミルレスでの御神託に関してだ。
『セオ神の力の及ばぬ場所に凶兆あり。
最も強きギルドをミルレス内部の前線に当たらせよ。
騎士団、魔術師団はミルレスの凶事が町の外に出ることのないようにせよ』
『水鏡に写りしは我が言霊。
これをもって帰らざるならば備えるのだ。
禁忌の血と秘術ゆえに身を落としたる背徳の徒のみが大いなる摂理をも退け、
御座に落とされし彼の者に手を差し伸べるであろう。
されど彼の者に続き出でるものあり。
遥かなるメンタルロニアの大いなる御神にして死と恐怖を統べる神。
これを必ずや退けよ。
さもなくば、暗き光の見据えたる先に母なる大地は焦土を化し汝等は屍へと転生するであろう』
問題になっているのはつまりこういうことだ。
一つ、セオ神の力の及ばぬ場所とは何処なのか。そこで何が起こっているのか。
一つ、水鏡、つまり水詠みの結果がセオ神の言霊ということはどういうことか。これをもって帰らざるとはどういうことか。
一つ、メンタルロニアの死神とはどのような神なのか。不吉なものであることは分かるが、どのような力をもつのか。
逆に、ある程度分かっていることは……
一つ、最も強きギルドをミルレス内部の前線に当たらせると言うことはミルレスで何かが起こる、またはなにかをミルレスで行うのだ。
一つ、禁忌の血と秘術ゆえに身を落としたる背徳の徒とは、おそらく霊媒師マレリアだ。ミルレスでは霊媒の血は禁忌とされていることと、ここ数百年にわたってミルレスでは彼女以外に霊媒の血を持つものは生まれていないこと、そしてその他の事情も勘案すればほぼ間違いなかろう。
一つ、おそらくマレリアの類稀なる霊媒の力を借りてミュレカン神にお戻りいただくことになる。そして、そのときに『死神』も現れる。
ミュゼリア女史がおもむろに口を開いた。精霊話術によって情報がもたらされたのであろう。
「バードユニオンでの最終の調査結果です。私達バードユニオンにおいては古い伝承、出来事などを数え切れないほど詩や歌として伝えていますが、残念ながらセオ神の力の及ばない場所、領域などについて有力な情報は得られませんでした。死神についても一般に知られるような死神の容姿や死にまつわる神であるということ以外特に情報はありません」
ミュゼリア女史は冒険者としての吟遊詩人でもあるが、同時に純粋に伝承を受け継ぐ吟遊詩人だ。歴史とはすなわち吟遊詩人の詩のことだと言われるほど、吟遊詩人の伝承は重要なものでもある。彼女はその属するバードユニオンにおいての実力者でもあり、一部の信頼の置ける者たちと共に調査を行ったのだが……
「わかった。ご苦労。しかしなかなか、手強いな……」
私のつい出してしまった落胆の表情を見て取ってか、ミュゼリア女史が続けた。
「全くです。バードユニオンに限らず我々スオミのあらゆる機関でも可能な限りの調査を行っていますが、セオ神の力の及ばぬところというのは何処、あるいは何を指すのか……死神とは何者なのか」
リーゼッタ枢機卿は私達二人の会話に耳を傾けて頷き、ミュゼリア女史の後に続ける。
「何度となく議論を重ね可能な限りの文献を確認してきましたが、もう一週間になります。セオ神のお力の及ばぬところとは、やはりスオミの大魔術師ダムリグ殿のおっしゃったとおり、そもそもマイソシアに生きる我々の感知できない場所ということになるのでしょうか」
そう語るリーゼッタ枢機卿は表情に若干の疲労の色を浮かべていた。
「枢機卿、まだその結論は待つのだ。その考え方は悪くはないが根拠を求めようがない。無論、全てに根拠が求められるわけでもないだろうが、水詠みにしても御神託にしても我々人類に全く理解不能、対処不能なことを告げるのであれば両者の結びは違ったものになったはずだ」
だが、そうは言ってもリーゼッタ枢機卿の言うとおり、この一週間マイソシア全土のあらゆる叡智を結集し、それこそ子供の童話から口伝の伝承、神話、考古学などの学術文献、魔道秘伝書、さらにはミルレスに伝わる門外不出の秘伝の教書まで調査に持ち出したが有力な情報を得られていない。各地の高名な呪術師や魔導師、古くから伝わる名家、武門、または貴族の諸侯まで調査情報の漏洩に気を使いながらも少しでも何かを知っていそうな方面には片っ端から調査に協力をいただいているにも拘わらず……
「……少し、空気を入れ替えよう。ミュゼリア女史、窓を開けようと思うのだが、どうだろうか?」
私はミュゼリア女史に窓を開ける許可を得ようとしているのではない。
「はい、大丈夫ですわ。何もいません」
「わかった、ありがとう」
ミュゼリア女史は生まれつき人に見えないものを見通す力がある。魔力によるものであろうと盗賊の技であろうとそこに何か隠れていればたちまち見抜いてしまうのだ。彼女がそこに何もいないと言えばそこには何もいない。今のところ調査情報は極秘としているため、ちょっとしたことでも慎重に進めねばならない。
しかし、困った。こうしている間にヘックスタ神がミュレカン神の座を奪い、戦士に悪影響を及ぼし始めるかもしれないのだ。それは現在進行形で進んでいるのか、それともいまだヘックスタ神は様子を伺っているのか……
ヘックスタ神に仕える神官が言うには、今はヘックスタ神からは何の御神託も得られないと言う。ヘックスタ神はただ答えないだけなのだろうか? それとも……ヘックスタ神も座にいないということだろうか? そして今まさにミュレカン神の座の前に立ち戦乱の世の火蓋を切ろうとしているのだろうか?
窓からやさしく吹き込む風は守るべきものが何かを私に伝えるかのように私の頬をなでていく。私は椅子に腰掛け、気持ちを落ち着かせた。そして改めて自分を鼓舞した。
まだだ。諦めてはいけない。私達が弱気になっていては信徒はもとよりマイソシアの全ての民にも申し訳が立つまい……
ふと部屋に若い神官がやってきた。
「失礼します、ただいま魔術転送にてリーゼッタ枢機卿に当てた書簡が届きました。こちらです」
そう言うと神官はリーゼッタ枢機卿に書簡を手渡した。
「ご苦労様です」
リーゼッタ枢機卿が受け取ると、神官は一礼して部屋を出て行った。
早速開封して内容を確認したリーゼッタ枢機卿が告げた。
「……教皇、たった今届いた我々考古学学会の新しい報告です。メンタルロニアに関しては依然不明なことが多いのですが、現在までに調査が完了している範囲においては死神に関係すると思われるものはありませんでした。後もう一つ、ルアスからの調査報告が同封されています。……王宮魔術師団特務室の調査です。まだまとめたばかりらしく私も内容を知らないのですが、先ほどの精霊話術ではとても興奮してすぐにでも聞いてもらいたいと言っていましたよ。もしかしたら少しぐらい前進するのかもしれませんね」
「まぁ……」
「ほお?」
私もミュゼリア女史もあまり期待していないのが見え見えの反応である。
「まぁまぁ、教皇、ミュゼリア女史。彼らもがんばってくれているのですから」
リーゼッタ枢機卿は苦笑交じりに言った。つまり、私達の反応が理解できないわけではないのだ。
ルアスの王宮魔術師団特務室といえば確かに社会的な地位で見れば他の錚々たる組織や人物と肩を並べてもいる。だが……
「彼らは『魔術を使わない魔術師と剣を振らない戦士の寄せ集め、ルアスの穀潰し』などと言われていますがね。私はルアスの大臣でもありますから彼らとも仕事をします。印象としては社会と意識がずれていると言うかなんというか……。ですが彼らのそれぞれが、自分の得意とする分野での知識や情報はある意味目を見張るものがあります。そしてどこまでも掘り下げて生きます。例えばあまり意味のないことですがルアスの石畳に使われている全ての石の数などは普通は知らないものですが、彼らは『そんなことも知らないのか』とでも言うように石の種類別に即答します」
「はぁ……」
それがどうしたのか? とでも言いたげなミュゼリア女史の反応だ。
「……話が逸れてしまいましたね。まぁ私だって多くは……というところです。最近ずっと根を詰めてますし気分転換にもなるかもしれませんよ?」
「そうだな。確かに最近焦りもあるのだろうが、三人だけじゃなく各関係者にも疲れが見えてきている。それに見方を変えることにもなるかもしれん。枢機卿、続けてくれ」
「はい。では読み上げます。ん~、これは分量のある報告ですねぇ……挨拶は飛ばしましょう。
『まず、四つの要点を記します。
一つ、セオ神の力の及ばぬ場所とはセオ神の力の及ばぬ「空間」といえるかもしれません。
一つ、セオ神の上位の神々の存在が浮かび上がっています。
一つ、マイソシアには賢者と呼ばれる未知の力を行使する者が五人いるようです。
一つ、賢者はセオ神の上位の神と何らかの契約を結んでいるようです』
……な……これは……?」
三人はそれぞれ顔を見合わせた。驚きの表情を互いに確認するかのように。
そして私とミュゼリア女史はリーゼッタ枢機卿を見つめ、とりあえず素直な感想を述べた。
「枢機卿……それは、事実なのだろうか? 俄かには信じられない話だが」
「私もはじめて聞きましたわ。別の空間とか、上位の神々、五人の賢者……」
リーゼッタ枢機卿もまた、信じられないと言う様な表情で首を振った。
「いえ、このようなことは私も初耳です……とにかく、続きがありますので読み上げます。
『セオ神の力の及ばない場所とはマイソシアのどこにも存在しません。ここでは多くを書きませんが一箇所でもそのような場所があれば既に冒険者から報告されているはずです。おそらく、そちらにもたらされるあらゆる報告が同じ結果を導いていると思われます。
ですが、過去において起こった「ある事件」があり、これが上記要点の発端です。
国民の間では今となってはオカルト程度に語られていることですが、数年前ルアスで神隠しがあったらしいと言う話をご存知でしょうか?
忽然と行方不明になった三人の子供達が、これまた一ヵ月後、いつの間にかどこからともなくルアスの広場に現れました。
当然の流れとして、この子供達に事の一部始終を確認することになりました。
ところがその子供達の証言があまりに現実離れしていることと翌日には事件に関する記憶を全て失ってしまったため、調査続行が不可能になりそのままになった事件です。
子供達の証言に以下の内容があります。
これはどこに行っていたのか、どうやってそこに行ったのかとの問いに子供達が答えたものです。
「三人で町外れで遊んでいたら突然違うところにいたの。だからどうやって行ったのかなんて分からないよ。誰もいなくて、おじさんが一人だけでいたの。最初は怖くて三人でセオ様助けてください! ってお祈りしたの。でもおじさんが優しくしてくれたから怖くなくなったんだ。おじさんは最初「ごめんよ~ごめんよ~」って言ってた。おじさんにここはどこ? って聞いたら、君達の隣の世界だよって言ってた。
おじさんが「悪いことしちゃったからお詫びに楽しいことをして遊ぼう」って言ってね、おじさんが行こうって言うと、歩かなくてもすぐにそこに着いちゃうの。そこも違う世界だって言ってた。「ちょっとお友達を呼ぶから待っててね」って言ってお友達の神様って言う人を連れてきたんだ。ビャッコさんっていう変な名前だったよ。
ビャッコさんに「神様ならセオ様と同じなの?」って聞いたら「セオ様とは違う世界だからお友達じゃないよ」って言ってた。「セオ様はここに来たことはあるの?」って聞いたら、「セオ様はここのことは知らないよ」って言ってた。なんか難しい言葉も言ってたよ。けんぞくとかじげんとか、あとね、けいやくとか。けんぞくってなあに?」
子供達はこの後も続々と理解不能な証言を続けました。あまりに不可解なことばかり証言するため、一旦確認を打ち切り翌日に持ち越すことになったのですが、翌日には子供達は前日の証言のことはおろか、行方不明であった一ヶ月の記憶が全くない状態でした。
また、証言にある「おじさん」についてはあらかじめ子供達の証言から似顔絵を作ってありましたが、翌日の子供達はそんな人は見たこともないと答え、同時に一年ほど似顔絵だけで手配をしてみましたが何の情報も得られませんでした。
結局この一件は子供達が一ヶ月間どこにいたのかは分かりませんが、証言はおそらく何らかの小規模な集団幻覚のようなものじゃないかと結論付けられ、子供も無事だったことや「おじさん」の情報も全くないため、事件発生時の大騒ぎが嘘のようにそのままお蔵入りとなりました。(これはこれで変な話なのですが、特に外部からの圧力なども掛かっていません)
もしも、子供達の証言が事実であれば……
そこはセオ神のお力の及ばぬところと言えるかもしれません。
ですが、これだけでは確認のしようがないため情報としては価値が低いと考えられます。
ところが私達の一人がこの事件に強い興味を持ち、独自に調査を進めていたのです。
調査を進めた彼は独自に『賢者』というキーワードに辿り着きました。
この賢者というのは、それが真実なら驚くべきことですが、セオ神などとは異なる、というよりセオ神より上位の神とつながりがあると言うのです』
……これは……本当か?」
*1: 通常の音声の会話ではなく精霊の力を借りた会話で遠くはなれたものと一対一で会話したりグループのみで会話したり出来る。この会話は第三者には聞こえない。
*2: ゲームにはない設定。物の転送を行う。


