#10 特務室からの報告2 [ガーリン・3年前]
posted by GEM at 2005年08月21日 13:24
ここにいたり、王宮魔術師特務室のもたらした情報は我々の予想に反してとてつもない重要な情報となるのであろうか?
『セオ神以上の存在とつながる賢者』。そのような存在は誰も聞いたことがない……。
メント時代を研究する者がここにいたら、どのような騒ぎになるであろうか。リーゼッタ枢機卿も純粋に考古学者としてこの情報は聞き捨てならないであろう。
「あ、すいません、つい考え込んでしまいました……続けます。
『(ここからは私もよく分からないのでうまく伝わるか不安です)
彼の話では、この賢者達は空間を越えることが出来るそうです。その先の空間は我々と同じ次元でありながらまったく別の空間だというのです。そしてこれらの力は、セオ神やその眷属よりも上位の存在である古代メンタルロニアの神々との直接的な契約に基づいて行われているというのです。
我々マイソシアの人類はまだまだメンタルロニアに関して無知と言っても過言ではありません。
その少ない知識によると、メンタルロニアの神とはすなわち「光と闇」を指すもの、というのが現在の見方です。
ですが、この『賢者』と呼ばれる者はマイソシアには遠い過去から常に五人いて、それぞれが違う神と契約を交わしそれを伝承していると言うのです。つまり、これが事実であれば、メンタルロニアの神とは少なくとも五人という可能性があります』
……う~ん、これはしかし突飛な報告ですな……」
三人ともに信じられないという表情だ。ミュゼリア女史は興味で身を乗り出しハンカチを握り締めている。
「あの、リーゼッタ枢機卿、考古学者としての活動もされていらっしゃいますが、今のような話、つまりセオ神の上位の存在については何かご存知でしたか?」
「学会としては、メンタルロニアという理想郷があったらしいことはある程度の物証の発見によって間違いないと考えています。そして、今現在の森羅万象に見られる体系の根本『善と悪』というものの前の形は『光と闇』であったということも不完全ながら認識しています。当時のことをメント文明と呼んでいるのですが、この時代においては光と闇をそれほど神格化していたとは考えられていません。むしろ身近なものであったようです。それをさらに扱いやすくしたのが『善と悪』だと考えられています。魔物が出現するようになったのもこの頃だと考えられています。ですが、『光と闇』以外の何らかの神または超常の存在というのは確認されていません」
「……枢機卿、報告は以上かね?」
「あ、失礼しました、もう少しあります。
『この賢者というものにどのように辿り着いたのかという点については後ほど詳細な報告をさせますが、つい先日まではこれらの内容は根拠が乏しいものばかりでした。
ところが数日前、先に述べた行方不明になった子供の一人が記憶を取り戻し、一定の評価が可能な証言を得たのです。
要約すると、「自分達が行方不明になったときにいたおじさんは、自分のことを五賢者の一人であると話した。そして、ビャッコと言う名の神と契約を結んでいると語っていた。あの空間はマイソシアとは全く繋がっていない独立した空間であり、マイソシアの神といえどもメンタルロニアの神々との契約なしに立ち入ることは出来ない。各賢者は横のつながりはないが自分以外に四人の賢者がいることは知っている」
そして、その子に対して魔術を用いて発言内容の真偽を確認したところ、嘘はついていないと言うのです。この確認はほとんど禁呪に近い魔術を用いて行っていますが得られる結果は確実だと言われています。つまり、セオ神の力の及ばぬ空間というものが事実存在している可能性が非常に高いのです。
賢者に関するその他の情報としては、それらしい人物が浮かび上がっていたということです。
結果的には賢者との接触には成功していませんが、少し前、この件を当初から調査している彼が別件でタコルを訪れたときに酒場で噂話を耳にしたということです。最近アベルに風変わりな魔術師が滞在していて、魔法でもゲートでもない力で瞬時に移動したりもう助からないと言うような子供の病を完治させたりしたということで賢者コリステア様と呼ばれているらしい、という話だったそうです。
彼はもちろんすぐにアベルに向かいました。ですが、残念ながらそこにコリステアはいませんでした。
コリステアが数日前までそこにいたことは住人への聞き取り調査で確実なようですが、まるで行方不明になった子供達のようにコリステアの顔を思い出せるものはいませんでした。人の記憶などに作用するような魔法はスオミにある大掛かりなものしか知られていませんので、賢者にはさらに特殊な未知の力がある可能性もあります。コリステアも偽名の可能性があります。
また何か分かりましたら随時ご報告します。なお、魔術師団本隊においてもこの件を特級機密事項として認識していますので可能な限り精霊話術での情報のやり取りはお控えください。この件のご連絡等がありましたら魔術転送を用いて書面にてお願いいたします。
今のところこの件に関して知っているのは魔術師団本隊の一部上級幹部、及び我々とそちらにいらっしゃる方々だけです』
以上ですが……思わぬ情報が舞い込んだものです。特務室とは思えない、と言っては彼らに失礼だが……」
しばらく、私達は言葉も出なかった。今迫っている危機のことすら忘れてしまったかのように。この情報は我々の想像の範疇を超えているのだ。
ミュゼリア女史がおもむろに言った。
「今の話はまだここで留めておいたほうがいいのでしょうか? もしよろしければこの情報を今動いてもらっている関係機関等に伝えたいのですが」
リーゼッタ枢機卿が答えた。
「少しだけ待ってください。後ほど魔術師団に情報の取り扱いの詳細を確認いたします」
「しかし、枢機卿。この報告から今我々が直面してる問題を見るとき、どのように考えることが出来るだろうか? 今の報告については正直興味が尽きないが、まずは目の前の問題を直視しなくては」
「おっしゃるとおりです。一つずつゆっくり考えてみましょう。スオミの水詠みの結果であるセオ神の力の及ばぬところ、これを報告にあった別の空間と捉えてみます。つまり、このマイソシアではない「別の空間」でなにかが起こっているのです。しかしまず素直に起こる疑問として、我々は『セオ神のお力の及ばぬ場所』という所も調査により必ず手がかりが得られると考えていましたが、今の報告内容はおそらく今の今まで全く知られていなかったと言っても過言ではないでしょう。要するに脈絡がない。水詠みはなぜ全く知られていないようなセオ神のお力すら及ばぬ場所のことを告げたりそこで凶兆があることを告げることが出来たのか。ミュゼリア女史、いかがでしょう?」
「はい、スオミの水詠みの性質は端的に言ってしまえばニミュ湖の精霊であるオミ達の力を借りた『占い』です。占いはしばしば我々の全く知りえないものについても告げることがあります。これについて我々は『原因や前提を飛び越して予知または予想される結果や事態を導いてしまうのがスオミの水詠みの特徴である』と解釈しています。そして、ある意味摂理を超越したような結果が導かれたことも過去に何度もありますが、時間の経過と共にそれが判明することがほとんどです。事実、今でも何を語っているのかまったく分からない水詠みがたくさんありますが、それらも時が来たら判明するものとして厳重に保管されています」
「なるほど。つまり、水詠みが全く知られていないセオ神のお力すら及ばぬところについて言及すること自体は、不思議ではあっても過去の水詠みの例から考えれば有り得なくはない、ということですね」
確かにそれならば水詠みが我々に未知の内容を告げることも分からなくはない。しかしまだ足りない。私は言った。
「だが、結局のところ水詠みと御神託がスムーズに繋がってこないということは変わらない。違うかね?」
「そうですね……残念ながら特務室のもたらした情報は衝撃的ではあるが問題解決にはあまり貢献できなかったということになりますか」
「いえ、そうとも言い切れませんわ枢機卿。セオ神の力の及ばぬところをひとまず仮定して考えることが可能になりました。今までは漠然としか仮定できませんでしたが、今は、まだ不確定で詳細が分からないとはいえ仮定の根拠があります」
「確かに……」
しばし三人はそれぞれの考えをまとめているようだったが、ミュゼリア女史が沈黙を破った。
「私はこう考えます。憶測も多いのですが、セオ神の力の及ばない空間にて何かが起こりそのためにミュレカン神がお隠れになりました。そして、ミュレカン神にお帰りいただくためにおそらく霊媒師マレリアの力を借りることになる。ただし、それによって同時に『死神』を引き寄せてしまう可能性がある。これに『最強のギルド』をもって当たり、さらにミルレスの外の守りを騎士団に担っていただく」
ミュゼリア女史の考えは確かに流れは通る。だが……。どうやらリーゼッタ枢機卿も同じ点を懸念しているようでちらりと私を見た。そして言った。
「ミュゼリア女史、私も教皇も大筋で同じ考えです。ただ一点、『水鏡』つまり『水詠み』と、『これをもって帰らざるならば』が繋がらないということが気がかりですが」
「私もだ。この一点さえ鮮明になれば、対処をどのように行うべきかはある程度明確にもなっている。『死神』についての情報は依然なにもないままだが、これについては情報があろうがなかろうが……もしも『死神』が現れるならば戦うしかないのだ」
また部屋に沈黙が訪れた。おおよその答えはおそらくミュゼリア女史の言うとおりだ。実際、三人とも当初からこの考えには至っていたはずだ。だが、水詠みと御神託の繋がりの謎を解くことなく霊媒師マレリアにミュレカン神を呼び戻させてもよいものかどうか、その確信がもてない。判断を誤れば運命の歯車は間違いなく破滅をもたらすだろう……。
「失礼します」
また先ほどの若い神官が一礼して部屋に入ってきた。
「ガーリン教皇、調査諜報部より書状を預かりました。こちらです」
そして、見た目には分からない封印が施された封筒を私に手渡した。
「うむ。ご苦労」
私はその神官が部屋を出るのを見届けると、その封印を解く短い呪文を唱えた。ぱっと小さな光を発し、封印が解かれた。
「……霊媒師マレリアの捜索についてだ。ルケシオンにいるはずだったんだが接触できなかったそうだ」
霊媒師マレリア。三歳にしてすでに身の回りにいる妖精と語りだしたといい、このとき既に気味悪がられていたが、十歳のときには突然霊媒師として強力な力を発揮するようになる。その降霊術で神の木イメトリの精霊まで降ろしたことがある。後にも先にもイメトリの精霊を降ろしたのは彼女だけだ。だが、霊媒師としての教育を受けているわけでもない彼女は十五歳の時に低級な悪霊に取り憑かれてしまい、ミルレスの町を混乱に陥れたのだ。数人の死者も出ている。悪霊自体はカレワラから呼び寄せた魔女によって祓われたが、その後の彼女は町に居場所などなかった。もちろん、町でも彼女をつねに見張った。彼女にはあの時以来自由はなく信じられるものもなかったのだろう。そして両親の死と共に町を出て行ったのは彼女が二十一歳の時、十七年前だ。ルケシオンに向かった彼女は一つ前の代のデムピアス*1
の妾となり……そして十一年前にそのデムピアスが亡くなり、その後彼女は海賊要塞*2
を出てルケシオンで生活しているはずだった。
私はこの件に関して少し焦りを覚えた。
「マレリアはルケシオンにいるものだと考えていたので楽観していたのだが、これはこれで困ったものだ。報告には一年前から消息不明となっている。国交のない町には行っていないと思うが……」
「一進一退というところですね」
リーゼッタ枢機卿がそういったとき、突然窓の方から声が聞こえた。
「お取り込み中失礼するよ」
「あら!」
突然、ミュゼリア女史の表情が女のそれに変わった。
「まぁなんてことでしょう! デムピアス閣下!」


