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#11 海賊王の祠 [ガーリン・3年前]

posted by GEM at 2005年08月23日 19:53

デムピアス閣下、いつからそこにいらしてたんですか?」
 私とリーゼッタ枢機卿はミュゼリア女史が語りかける視線の先に目を移したが……そこは開け放たれた窓、そしてその先には星が瞬く夜空が見えるだけである。

 だが、ミュゼリア女史がそこにデムピアスを見るのならば、デムピアスミュゼリア女史の視線の先にいるのだ。

「おぉミュゼリア! 今宵も君の美しさは変わらない。いや、さらに磨きがかかったようだ。君の美しさに降参したのかな、夜空の月も姿を隠してしまったようだよ」
 窓の方から聞こえる声は大げさな抑揚で語った。言われてみれば確かに月も出ていない。
 リーゼッタ枢機卿の「またか……」という溜息交じりの言葉が聞こえてくる。呆れ返って天を仰ぎ、手振りまで添える程だ。

「まぁ閣下、お上手ですこと!」
 ミュゼリア女史の頬がほんのり赤く染まり、まるで乙女のような恥じらいぶりだ。
「閣下ぁ……閣下ならばそのようなところからおいでにならずとも神殿に入場できる指輪をお持ちでしょう?」
 リーゼッタ枢機卿が窓の辺りにいるであろうデムピアスに告げるが……。

「ゼッタ。あぁ、ゼッタ、嘆かわしい。僕を誰だと思っているんだい? 海賊どもの頂点たる僕がお行儀良く玄関の呼び鈴を鳴らすなんてありえない……。だいたい夜の帳が下りてから美女を訪れるときは窓からと決まっているものだよ」

「まぁ! まぁ!」ミュゼリア女史はこの上なくうれしそうだ。が。
「はいはい。私が間違ってました。えぇそうでしょうとも。分かりましたからさっさとインビジ*1 解いてください。教皇もいらっしゃいます」
 リーゼッタ枢機卿はもう完全に付き合いきれないといったところか。

 ごく一部のものしか知らぬことだが、この三人は過去に縁のあるもの同士。しかもリーゼッタ枢機卿とミュゼリア女史は伝統ある貴族の出身にも関わらず、だ。
 しかしこの三人のたったこれだけの会話が、私にはうらやましくも思えた。私のようにセオ神への信仰に全てを捧げ、大聖堂の外をほとんど知らぬ真面目なだけの男とは、やはり違うものだ。

「そうだったね。教皇、このような場所から参上いたしましたご無礼、何卒お許しください」
 おもむろに、私の前に恭しく片膝をついたデムピアスの姿が現れた。
「かまわないよ。閣下のことだ、なにか都合があるのでしょう」
「さすが閣下、ゼッタとは違う」ニヤリと笑みを浮かべるデムピアス
「……」
 リーゼッタはとりあえず相手にするつもりはないらしい。

 デムピアスはスッと立ち上がった。
 その物腰は、私から見ても明らかに洗練された無駄のない動きだ。だが、
「さて、まずは……ミュゼリア、君にこれを」
 と言った瞬間デムピアスは視界から消え、もともとそこにいたかのようにミュゼリアの横に立っていた。あまりにも自然で違和感がないが、それがむしろある種の不気味さを覚える。そして、どこから取り出したのか、右手にはバラの花束だ。

 さすがにそこまでやられると……私も白けるんだが……ミュゼリア女史は大喜びだ。
「あぁ、デムピアス……貴方は本っ当に素敵だわ……」
「で、デムピアス閣下? ……いや、敬称はもういいよな。デム、わざわざこんな面倒なところに首を突っ込むんだ。何か手土産があるんだろうな?」
「ふふ、ゼッタ。もちろんだよ。とびっきりの情報を教皇様にお持ちしたのさ」
「私に情報を? これはこれは……デムピアス閣下の情報となると実に興味深い」
 事実、あらゆる闇の情報が交錯するルケシオンの影の支配者だ。私達のような正攻法とは違う視点の情報がもたらされても不思議ではない。
「教皇、この二人と同じように、もう社交辞令的な『閣下』は抜いてくださって結構ですよ?」
 デムピアスは言った。それはつまり、裏を返せば……ということだ。
「よかろう。私のほうもガーリンと呼んでくれて構わんよ。もちろん……リーゼッタミュゼリアもな」
 三対一だ。朱に染まっても困らないときは染まったほうが話が早い。
「だがその情報、やはりタダではあるまい?」
「お察しの通り。僕にとって情報は商品だからね」
「おい、デム。あまり欲張るなよ。どこの国も台所事情は似たようなもんなんだ」
「ゼッタ、きっと大丈夫よ。今日のデムピアスはすごく機嫌がよさそうだもの」
 二人の言葉を聞いているのかいないのか、デムピアスは私をまっすぐに見て言った。
「……ガーリン。情報料は大聖堂に伝わる秘宝の一つ、『キュリアスロッド』でお願いしたい」
「それはまた……その程度のものであればルアスの攻城戦の褒美で出回っておるはずだが?」
ガーリン、勘弁してくれ。僕はデムピアスだよ? あんなフェイクに用はない。僕が言っているのは教皇のみが取り出せるあの杖、そう、本物のキュリアスロッドだ」
 やはり、知っているのか。予測できた事とはいえ、脅威の情報収集力だ。
「……いいだろう。この危機を乗り越えられるなら、あのインカ神の呪詛を封じた最恐の宝杖も役に立つと言うものだ。だがデムピアス。私をがっかりさせるなよ?」
 デムピアスはまたニヤリと笑みを浮かべた。心なしか、他の二人も笑みを浮かべている。どうやら昔に戻っているようだ。
「では、大いに楽しんでいただこう。僕の情報は常に新鮮で驚きに満ちている。それに今回の情報はまさに蔵出しの一品だ」
 デムピアスは、これまたどこから取り出したのか分からない鞭を使って、優雅な立ち居振る舞いを一切損なうことなく部屋の端に寄せてあった予備の椅子を器用に目の前に引き寄せた。満足げに椅子に腰掛けるときにはすでに鞭は消えていた。まるで右手に吸い込まれるように。そして、テーブルを挟んで私の前に腰掛けると、肘を突いた両手を口の前辺りに組んで身を乗り出し、語り始めた。

「早速始めよう。『セオ神の力の及ばぬ場所に凶兆あり。最も強きギルドをミルレス内部の前線に当たらせよ。騎士団、魔術師団はミルレスの凶事が町の外に出ることのないようにせよ』ご存知、スオミの水詠みだ。そして、『水鏡に写りしは我が言霊。これをもって帰らざるならば備えるのだ。禁忌の血と秘術ゆえに身を落としたる背徳の徒のみが大いなる摂理をも退け、御座に落とされし彼の者に手を差し伸べるであろう。されど彼の者に続き出でるものあり。遥かなるメンタルロニアの大いなる御神にして死と恐怖を統べる神。これを必ずや退けよ。さもなくば、暗き光の見据えたる先に母なる大地は焦土を化し汝等は屍へと転生するであろう』こちらもご存知、セオ神の御神託だね。この二つはおそらくこれから起こるであろう災厄に対してのものであろうことは疑う余地もない。そして、災厄はミュレカン神が消えたことに起因するのであろうこともちょっと考えれば分かることだ。だが、この二つは同じことを指している筈なのになかなか繋がってこない。水詠みは問題が起こることをいきなり予言しそれに対処する方法を示す。ところがご神託は水鏡に示した言霊を持って帰らざるならば、と言う。対処するから帰ってくるのか帰ってこなかったら対処するのか分からないはずだ」
「そのとおり。今、賢者というキーワードと共に、セオ神の力の及ばぬところについても文字通りそういう場所があると仮定できるそれなりの根拠を得た。だが、依然としてデムが今言った問題は解けない。この問題を解くためには水詠みと御神託を繋ぐ何かが足りない。デム、当然それを持ってきてるんだろうな?」
「ゼッタ、賢者のことまで掴み始めてるんだ。焦るなことないよ。それに『足りない何か』は分からなくて当然なのさ。マイソシア広しと言えどもこの二つを並べて読むことが出来るのは、今君が言った賢者だけ。しかも五人の賢者のうちの一人だけなんだから」
「まぁ! デムピアス、貴方まさか、賢者に会ったの?」
「ふふ、ミュゼリア、夜は長いよ。今宵君達はマイソシアの大きな秘密の一つを手に入れることになるんだ。わくわくしないかい?」
「ええ! とっても!」
「こう言ってはなんだが、私もだよデムピアス。今まさにマイソシアが未曾有の危機に瀕しているかもしれないと言うのに、な」
「いいじゃないかガーリン! それでこそ未知の冒険が待ち受ける神秘の大陸マイソシアだ! 未曾有の危機、受けて立とうじゃないか。僕たちは逃げも隠れもしないだろう?」
「その通りだ。さぁ、先を聞かせてくれ、デムピアス
 デムピアス、不思議な魅力を持つ男だ。大海賊王でありながら、目の前にいる男は紛れもなく冒険者の顔をしている。ミュゼリア女史やリーゼッタの顔つきもさっきまでの国の代表ではない。明らかに仲間の語る冒険談に聞き入る仲間の顔だ。今はまだ何も解決していないと言うのに、この三人を見ているとなぜか全てうまくいくと思えてしまう。
 デムピアスは一呼吸おいて、話を続けた。
「我がルケシオンにはここのような立派な大聖堂や神殿の類はない。神官といえばミルレスから派遣されたエルスだけだ。当然巫女なんていう高尚な存在もない。でもね、代々のデムピアスに伝承されている、非常に質素だがとても神秘的な場所があるんだよ。それはね……。今は「とある島」と言っておくが、そこにある小さな祠なんだ。島の場所は言えないし、教えたところで誰も立ち入ることは出来ないけどね。なぜならあそこはデムピアスの名を継いだものだけしか立ち入ることが出来ないから」

「なんだかミステリアスで素敵ね!」
「そうだろう? ミュゼリア。僕一人が手順に則って行かなければ辿り着けないというとてもシャイな島だ。海図にも当然ないし、僕が知る限りあらゆる伝説・伝承にも登場していない。当然この島に名前なんてない。ありのままをありのままに、巧妙に隠された事実をまとめて見抜いてしまうカレワラの魔女達ですら、祠の存在はおろか島の存在も感知することは出来ないだろう。いや、名がないからこそかもしれない。……まぁ哲学的なことはおいておこう。でね、ここが肝心だ。祠のこともそうなんだけど、これから話す情報は今の今まで代々のデムピアス以外誰も知らないとっておきだよ」
 デムピアスはテーブルに置いてある手近なコップに水を注ぎ、これを飲んだ。
 まるで呼吸を整えるように。そして、少し悪戯っぽい笑みを浮かべ、三人に言い含めるように語った。

「……島とそこにある祠を受け継いだ時にこう聞いていたんだ。この祠には『水鏡』があるってね」

 これは……私の予想を遥かに上回る情報だ。もちろんリーゼッタ枢機卿やミュゼリア女史の表情も全く初耳といった様子だ。
「デム、おまえまたとんでもない話を隠してたんだな!」
 私もこれには感嘆を述べずにはいられない。
「あぁ、これはほんとに驚いたよ! なんと……まさかその『水鏡』とは御神託の? 我々は御神託の『水鏡』のことをスオミに受け継がれている『水詠み』の事だと思い込んでしまっていたが……」
 ミュゼリア女史は言葉が出ないのか、うっとりしているのか……ただただデムピアスを見つめている状態だ。
「いやいや、ゼッタ、ガーリン、確かに隠していたけど、カードは切るタイミングというものがあるだけさ。それに僕だってついさっきまで、受け継いだ水鏡の正体を知らなかったし興味も全くなかった。そもそもデムピアスの名を受け継いでなければ僕だって全く知らない話なんだよ。僕がデムピアスでなかったら、おそらく君達と同じように御神託の『水鏡』を『水詠み』だと考えているさ」
 デムピアスは、我々が驚き、またミュゼリア女史の羨望の眼差しを受けていることを満足気に確認すると自分に納得するように二、三度頷いて見せた。
「実は君達の話も少し前から話を聞かせてもらっていてね。ちょうどゼッタの報告の辺りから部屋にいたよ」
「え……気づかなかったわ……」
 そういえばそうだ。ミュゼリア女史の目は常人には見えないものを見る力がある。
ミュゼリア、見えるだけじゃダメだって教えただろう? 君は人よりも見えてしまう目を持っているからこそ目に頼っちゃダメだ」
「なんだ、そんなに前からいたのなら声を掛けてくれればいいじゃないか。盗み聞きは趣味が悪いぞデム」
「盗み聞きも僕たちのスキルだよ。それよりもゼッタ、君の国の魔術師団特務室が今までどんな印象をもたれていたのかも知っていたが、僕は彼らを見直したね。極めて優秀だよ。セオ神の力の及ばない空間や賢者についてあそこまで調査出来るものだとは本当に恐れ入る」
 私はその言葉の意図するところを感じ取り、デムピアスに聞いた。
「それはつまり、セオ神の力の及ばない空間や賢者についても、今私達が知っている以上の何か知っているということなのだな?」
「いかにも」
「デム、お前そんなことまで!」
「まあそう言うなよ、ゼッタ。僕に有利だったのは『水鏡』というキーワードに対して考えうる選択肢をみんなより一つだけ余分に持っていたことだけさ。そして、それによって、僕も驚きを隠せないような真実を知ったんだよ」

 デムピアスは少しだけ眼を閉じて間をおき、再び眼を開いた。
「そう、本当についさっきの話だ。僕が祠に行ったところから詳細に話を聞かせてあげるよ」
 
 
 


補足
*1: 盗賊の技術(というよりほとんど魔法)で、自身の姿を消すことが出来る。正式にはインビジブルだが、インビジと略称される。

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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