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#17 背徳の徒1 [マレリア・3年前]

posted by GEM at 2005年09月14日 19:30

 ミルレスの隅の方、スラムとまでは言わないけど、いわゆる貧困層の人間が住む区画。同じミルレスの町なのに、この辺りでは近所付き合いというのが皆無に等しく、活気なんていうものにも全く縁がない。空気が淀んでいるかのように晴天の昼間でもどこか薄暗さを感じさせ、道端にぽつぽつと建つ手入れを放棄された木造の古びた家々は廃墟を連想させる。人の気配は確かにあって、落ち着いて見れば舗装されていない道を行き交う人の姿もまばらにある。でも、ここの雰囲気が人の営みを覆い隠し陰鬱さが辺りを支配している。

 一度このミルレスを離れてルケシオンで暮らした私だけど、昔は寄り付いたこともないこの区画に一年前に戻ってきた。人目を避けるにはちょうどいい場所。貧困だけが理由じゃない住民も住む場所。住む、というより、身を隠す、と表現する方が正しいかも。それはつまり私にはちょうどいい場所。いくら偽名で引っ越してきたとは言っても、当時の私を知る人に会ってしまったらすぐに正体がばれてしまう。だから私は、ミルレスではこういった町の隅の方で息を潜めているしかない。
 私がなんでこんなところにいるのか。ルケシオンでは少なくとも隠れる必要なんてなかった。なんといっても私は、名目上は先代デムピアスの妾だった女。多少の陰口はあっても面と向かって私に喧嘩を売るような馬鹿はいなかった。そんなことをすれば翌日にはビッグタトラー*1 の餌にされちゃうし。
 それでも私がミルレスに引っ越してきたのは、上の娘が聖職者になりたいと言い出したから。どうしても聖職者の聖地ミルレスで学びたいと言った。もちろん、娘達だけでミルレスに来ていれば、二人はもう少しマシなところで生活できるんだろうけど、姉の方がせめて二十歳になるぐらいまでは、私は出来るだけ上の娘の身近にいないといけない理由がある。だから、娘がミルレスに行くなら私もミルレスに来なければならなかった。

「こんにちは。ルーシアさん、ご在宅ですか?」
 玄関の方から男の声が聞こえた。落ち着いた感じのいい声。人の声が滅多に響くことのないこの区画では大きく声を張り上げる必要もない。それに我が家もご近所と同じく音の侵入には寛大な作りになっている。逆に言えばプライバシーなんてあまりないんだけどね。さして広くはないこの家でも一応居間と客間があり、私は居間の方から客間へ、そして客間から気持ち程度に設けられている廊下を進み玄関へ向かった。
 私にはそろそろ来客があることが分かっていた。精霊が教えてくれていたから。そしてそれが最上の身分の方だということも。でも、一応扉を開ける前に確認しないとね。扉の隙間から男に聞こえるぐらいのギリギリの声量で言った。
「どなたですか?」
 扉の向こうの男が私にだけ聞き取れるぐらいに声量を落として答える。私も扉の隙間に聞き耳を立てる。
「大聖堂の者です。大聖堂ではご主人がおられないご家庭を回り、ささやかながらご支援をさせていただいております。こちらのご家庭はミルレスに移られて一年経過しておりますので、本日はそのご案内に参上しております」
 ……そういえば、ミルレスには確かにそんなような制度があったわ。本当にささやかな支援なんだけど、税金や公共機関に関する料金を少し肩代わりしてもらえたり、変わったところでは年に二回、大聖堂での晩餐に招待してもらえたりする。この晩餐は支援を受けていないものが本気で羨むほどのものらしい。食事自体は決して豪華じゃないんだけど、教皇と同席して食事を出来るっていうことが羨望の対象となっている。本当に人望の厚い教皇様だわ。
 ということで、この男が告げた理由には特に怪しいことはないわね。
「失礼ですが、念のためにご身分を明かせるものをお見せください」
 私はそう言って覗き窓を開けた。玄関の向こうには白を基調に紫と黒で格調高い印象を与える大聖堂の聖衣を纏った男が立っている。フードを深めにかぶっていたけど、それを少しだけ上げて私が顔を確認しやすいようにすると軽く会釈をした。そして、覗き窓から見やすいように書類を見せてきた。そこには確かに男が言ったようなことが書いてあって、私が対象者となっている。教皇の印もはっきり分かる。そして、男の胸に見えているペンダントは確かに聖堂員の証。少し問題なのは、想像していた身分の者の来客じゃないことね。ペンダントもそうだけど、服装からして違う。教皇は紫と黒の聖衣だし、そもそも、今の教皇であるガーリンには一度会ったことがあるから顔もうっすらと覚えている。この男の顔じゃなかったのは間違いないわ。
 それともこの男が嘘をついているのかしら? 実は首席枢機卿とか……。でも、男に「精霊が告げた来客像とは違う」などとは口が裂けてもいえない。私にそういった力があることは決して知られてはいけないし、言ったところで「はぁ?」と言われて終わりだろう。かといってこのまま男を追い返すのも不自然だし、覗き窓から見える男の背後からは窓越しにちらちらとこちらを伺う隣人達の視線も見える。どんな理由であってもあまり目立ちたくない。
「ご苦労様です。今開けます」
 簡単な閂を外して玄関を開けた。玄関を開けた瞬間に隣人達の目はさっと隠れる。ほんとに陰気なところだわ……
「どうぞお入りください」
 私は男に中に入るよう促した。男は深々と頭を下げると「失礼いたします」と言い客間に進んでいった。玄関を閉めて再び閂を掛け、男に続いて客間に向かった。客間とは言っても大したものなんてなくて、中古で買ったくたびれたソファが一組と一応体裁が整う程度の安物のテーブル、あとは質素な書棚とかその程度。娘が出かける前に摘んできてくれた花が部屋の四隅の花瓶に活けてあるけど、これがなければ生活観もまるでない客間。窓も一応あるんだけど、そもそもこの辺りは大木が多くて日が差し込みにくいからあまり明るくない。
「どうぞ、お掛けになってください。お飲み物をお持ちしますわ」
「いえいえ、お心遣いは大変感謝いたしますが、私どもはそういったことを受けてはいけないときつく言われております」
「……そうですか。ですがお茶ぐらいはお出ししないと。私も飲みたいですから。少しお待ちください」
 私はそう言うと「結構ですから」という男をほとんど無視して居間のさらに奥にある台所に向かった。

 我が家には恐縮されるようなお茶なんてそもそもない。ポットを見てみると娘達が出かける前に沸かしてくれたらしい、少しだけ冷めたお湯があったので、安い紅茶の葉を棚から取り出し、目分量でティーポットに入れてお湯を注いだ。お湯を入れて少し待たないと味も香りも出ないんだけど安物なのであまり凝ったことは考えない。それよりも私には気になっていることがあった。私は心に念じた。
(レミトポ? いるかしら?)
 すぐに返事があった。心に直接聞こえてくるこの声。私に来客があることを教えてくれた大地の精霊だ。
(いるよ。すぐ後ろだよ。あの男の事だよね。言っていることは全て本当のことだよ)
(じゃあ、最上の身分の者というのはこの男の後で来るのかしら?)
(うん。あのね、さっき言い忘れたんだけど、扉から来る普通の来客はあの男であってるよ。この後で来るもう一人のほうがスッゴク偉い人)
(……そう、わかったわ。ありがとう)
 あまり待たせても不審がられるかもしれない。ティーポットとカップ二つをトレイに乗せ客間に戻った。

 男は書類を納めてあった鞄を開けて内容を確認していたけど、私に気がつくと軽く会釈をして必要な書類を取り出し始めた。私は男と対面するように腰掛け、カップに紅茶を注いで男と自分の前に置いた。
「本当に恐縮です」
「いいえー、こちらこそこの程度のものしかありませんが、お口に合いますかしら?」
「とんでもございません。このお茶も大地の恵みとして大地と神が私達に下されたのです。頂いてはいけない事になっているのですが、せっかく入れていただいたものをお断りすることも出来ません。有難く頂戴いたします。あ、申し遅れました。私は大聖堂福祉推進室のオードライド・マサムと申します」
「はじめまして、オードライド様。ルーシア・マグデリアです。このようなところまで足をお運びくださりありがとうございます」
「いえいえ、これは私の勤めです。では、早速ですが先ほど玄関にてお話いたしましたとおり、大聖堂から、ささやかながらこちらのご家庭にもご支援させて頂きたいということで、そのご説明をさせていただきます」

 オードライドはたまに紅茶を飲みながら極めて事務的に支援の内容を説明した。簡潔で分かりやすい説明だったし、そもそもそんなに複雑な仕組みがあるわけでもないので説明は三十分もしないうちに終わった。

「最後に、もしもルーシア様がご再婚された場合にもお祝い金ということでこちらの表に決められた金額ですが支給させていただきます。そして、再婚された時点、またはルーシア様がお亡くなりになられた時点でこの支援は終了させていただきますことをご了承ください。あと……ルーシア様のご家庭では娘さんがお二人ということですよね?」
「はい、そうです。今は二人とも出かけておりますが……呼びましょうか?」
「いえいえ、確認だけですのでそれには及びません。もしも娘さんが二十歳を迎えられる前にルーシア様がお亡くなりになったときには、娘さんに対してまた別のご支援をさせていただきます。もちろんそのようなことはお考えにならずにお元気でお過ごしいただきたいのですが、不幸にしてそのようなことになった場合には、こちらから娘さんの元にお伺いしてご説明いたしますのでご安心ください」
「分かりました。私どものような家庭にまでこのような厚いご支援をいただけますことをミルレスの皆様と大聖堂と教皇様に感謝いたします。ありがとうございます」
「大変でしょうががんばってください。何かありましたらいつでも出来る限りお力になりますので、お気軽に大聖堂にお越しください。では、私の話は以上ですが何かご質問はございますか?」
「いいえ、大丈夫です」
「分かりました。それでは私はそろそろ失礼いたしますが、最後に一つお願いがございます」
「はい?」
「教皇様がルーシア様にお会いしたいと申しております。こちらにお伺いさせていただきたいとのことなのですが……」
「まぁ! 教皇様が!?」
 最上の身分の者が来ることはレミトポから聞いて分かっていたから本当は驚くことはないんだけど、一応驚いた振りをしておいた。

「教皇様が私のような下々の者にいったいどのようなご用件がおありなのでしょう? それに、わざわざお越しくださらずともこちらからお伺いさせていただきますのに」
「用件については私ではお答えしかねます。私が今日こちらにお伺いする直前、突然教皇様からご連絡があり、私の用事が終わったら教皇様がルーシア様とお話がしたいので連絡をするようにと言われておりました」
「教皇様はすぐにいらっしゃいますの?」
「すぐにといいますか、私が精霊話術にてお知らせすれば、即この部屋に転移出来るように準備が整っているとの事です。私どもは教皇様も含めて別の聖堂員の元へ瞬時に移動が出来ますので。いかがでしょう? 教皇様は是非に、と申しておりますが、教皇様をここにお呼びしてもよろしいでしょうか?」
 出来れば断りたいが、一体何の理由があって私に会いたいと言うのかが分からない。デムピアス様にお願いして私の正体はばれたりしないように手を回してもらっているはずだけど、教皇は私がマレリアと知ってくるのか、それともルーシアに会いに来るのか……。ガーリン教皇は、おそらく私の顔も覚えているはずだわ。
(聞こえる?)
(うん、大丈夫だよ)
(ねぇレミトポ、教皇様がくるそうよ。私の正体はばれてるのかしら)
(そこにいるオードライドって言う人にはばれてないみたいだけど、その、キョウコウって言う人にはばれてるみたいだね。たった今風の精霊から教えてもらったよ。なんかね、すごく困ったことが起ころうとしてるんだって。で、君の力を借りたいらしいよ。君の正体や困ったことっていうのは、そのキョウコウという人も含めて数人しか知らないんだってさ。それに、風の精霊が言うには正体をばらすつもりはないらしいから、来てもらえばいいんじゃない?)
(ちょっと、困ったことって何よ?)
(風の精霊に聞いたけど難しくてよくわかんないってさ。直接聞いたら?)

 ばらすつもりはない……か。かといってばれているのなら会わないわけにも……ね。
「こんな狭いところへ教皇様にお越しいただくのは恐縮ですわ。私の方から大聖堂にお伺いさせていただきます」
「いえ、実は私も、教皇自らお出でになるよりルーシア様に大聖堂にお越しいただいたほうがよろしいのではないのですか? と教皇様に申し上げたのですが、それは避けたいと仰っておいででした。ですので突然のお願いで戸惑いもございますでしょうが、いかがでしょうか?」
「……分かりました。では、どうぞお呼び下さい」
「ありがとうございます。では少し失礼して……」
 オードライドは立ち上がると、人が転移してこられるスペースがある場所に移動した。そして少し精霊話術で話をしているようだったけど、おもむろに深々と頭を下げた。ほんとにすぐに来るのね。私は急いで立ち上がってオードライドと同じ方向へ頭を下げた。二人が頭を下げている方から淡い光が発せられたかと思うとそこに男が一人現れた。顔はまだ見えないけど、オードライドとほとんど同じ服装。教皇というわりに質素なのかしら? 昔会った教皇はかなりの威厳を感じさせる聖衣だったはずだけど。

「お顔を上げてくださいルーシア殿」
 私は言われるがままに顔を上げた。この男、間違いない……ガーリンだわ。あの時、この男も神殿の地下にいた。ガーリンは私と目が合うと、そのまま真っ直ぐに私を見て言った。まるで初めて会ったみたいな丁寧すぎる挨拶をね。
「本日はご都合も御座いますところに突然無理を申しまして貴重なお時間を頂戴し大変申し訳御座いません。まずはお礼とお詫びを申し上げます」
「そんな、教皇様! どうか教皇様のような高貴なお方が私のような下賎の者に頭を下げたりなさらないでくださいませ」
「いえ、身分など関係ございません」
 ふと見るとオードライドまで私のほうへ頭を下げている。本当に教皇なのかしら? って思っちゃうほど丁寧に淀みなく頭を下げている。オードライドも身分で言えば私のような平民なんかより十分格上なのに……出来た部下というかなんというか……。
「どうかお願いします。教皇様、オードライド様、私の方が恐縮のあまり身が打ち震える思いです。何卒お顔をお上げになってください」
 そう言うと二人ともやっと頭を上げた。
「さぁ、どうぞお掛けになってください」
「はい、ありがとう御座います。それでは失礼して……」
 教皇はソファに腰掛けた。だがオードライドは腰掛けることなく教皇に向きなおり言った。
「それでは教皇様、私はこれにて失礼させていただいて次のご家庭へ向かいます。もちろん、本日ルーシア様とお会いになっておられたことは他言いたしません」
 そういう言い方をすると、教皇が女の所にお忍びで来た男みたいだわ。まぁ実際お忍びなのかもしれないけど。
「分かりました。ご苦労様です」
 教皇は特に気にすることもなくオードライドをねぎらった。オードライドはまた一礼すると私にも一礼した。そしてどこに行くのかは分からないけどゲートを取り出してそれを開き、現れた淡い光の中に消えていった。

「さて、ルーシア殿」
「はい」
「まず、あまり時間がないので形式ばった話し方はやめよう。それに、気を楽にして話したい。私の事はガーリンでいい」
「……? ……分かりました」
「ルーシア、でいいかな?」
 もう私のことはばれてるって分かってるからなんか白々しいけど、ガーリンも気を使ってるのかしら? まぁいいわ。
「はい、もちろんですわ」
「ではルーシア。さっきも言ったとおりあまり時間がない状況なんだ。まぁ数時間しかないとかそこまで切羽詰ったことではないんだがね。だから単刀直入に聞く。君はマレリアだね?」
 一応とぼけてみよう。私の正体の出所も気になるし。
「……なんのことでしょう?」
「大丈夫だ。君の事は良く覚えているから間違えようもない。それに、君がミルレスに来ていることや君の偽名のことはデムピアスから直接聞いたんだ。一応先に言っておくが、大聖堂教皇の名誉にかけて、君があのマレリアであったところで君の正体をばらすつもりは毛頭ない。これからもルーシアとしてここで生活してくれて構わないんだ」
 あのデムピアス様が考えなしに私の正体をばらすとは思えない。素直に認めておくか。
「……そうですか……。偽名のままでのここでの生活をお許しくださりありがとうございます。さて、じゃあ私も単刀直入に聞くわ。ガーリン、私の血に用があるのね?」
「そうだ。霊媒の力を借りたい」
 この辺りまでは精霊の力も借りてある程度想像できていた。でも、私は自分の忌まわしい血と力は怨みこそすれ使いたいなどとは決して思わない。力を借りたいと言われたって、使う方の身にもなってもらいたいところだわ。
「何のために?」
「ミルレスに……いや、マイソシアに、大きな危機が訪れようとしている。それを防ぐためには大きな力を持った霊媒師が必要だ」
「私が大きな力を持っているなんて……何かの間違いでは?」
「そんなことはない。ミルレスのイメトリの木の精霊を降ろすことが出来たのはマイソシア史上において君だけだ。その後名のある霊媒師が同じ事を試みたが全て失敗している。それらの霊媒師が口を揃えて言うことがある。霊媒の血と力の巨大さだけではイメトリの精霊を降ろすことは出来ない。根本的に器が違いすぎる。これを降ろしたことがあるという霊媒師は間違いなくマイソシアで一番の霊媒の素質を持っている。おそらく、神をも降ろすだろう、とね。君も少しは聞いたことがあるはずだ」
「それは私が十歳の時、無意識にそうなっただけです。今同じ事をやれと言われても自信がありませんわ。あの時、別に霊媒とか降霊とかを意識したつもりなんてないし、今みたいにしっかりと術を身につけていたわけでもありません。ただ、イメトリに助けてってお願いしただけですから。当時の私はすごい力を持っていたのかもしれませんけどね……」
「私は霊媒師ではないので詳しいことは分からない。だが、セオ神の御神託では君の力を借りるように示されているんだ」

 御神託が私を? なぜセオ神までもが私に力を使わせようとするの? 私はまだまだ苦しまなくちゃいけないというのかしら。それがセオ神が私に与えた罰なのかしら……。
ガーリン、教皇様にこんなこと言っちゃって悪いんだけど、なんだかイライラしてくるわ。霊媒師なんて、確かに数は少ないけど私だけじゃないはず。どうして私じゃないといけないの?」
「君以外のすべての霊媒師が君の実力に及ばないからだろう」
「お言葉ですけど、マイソシア中の霊媒師が集まって誰が一番か! なんて調べたことないはずよね。で、……私が力を貸さないとどうなるの?」
「マイソシアが混乱に陥る。君に降ろしてもらいたいのはセオ神ですら手の届かないところに封印されてしまったミュレカン神なんだ……。そう、今、ミュレカン神は封印されている……。カレワラの魔女によると、このまま手を打たなければ善悪のバランスが崩れ、世界が大混乱に陥るそうだ」
「どうしても手を貸せというのね。世界のために? でも、私は今まで世界から疎まれ続け、そんな世界から常に逃げるように生きてきた。ルケシオンに移り住んだ時も、私が生きていくためにはこの体を売るぐらいしか方法がなかった。ミルレスでの私の噂は遠くルケシオンにも広まっていて、まともな職になんて就けなかったから……。先代デムピアス様に拾っていただくまでのほんの少しの間に私は落ちるところまで落ちたわ。言葉では言い表せないぐらい辛かった……。ミルレスでのあの日の出来事以来、私の存在を認めてくれたのはルケシオンの海賊達とイカルスの原住民だけ。そんな私に、いまさら『マイソシアの為に力を貸せ』と言われても素直には応じられないわね。世界が混乱に陥るの? それは結構なことよ。私の今までの生活は混乱だらけ。少し味わってみたらどう?」
 だんだん、自分の言葉に棘が出てきている。でも、抑えようとしても全然出来ない。感情の方が私を支配し始めている。こんなこと言いたくないのに……。それでもガーリンの目は穏やかに私を見ている。素直になれれば、きっとガーリンの瞳はただそれだけで信じられるほど澄んだ輝きをしているの。頭では分かっている。でもどうしても感情が、『こいつの眼は、信仰を捨て、落ちるところまで落ちた人間を見下す、偽善者の眼だ』と私に告げる。

 ガーリンは小さく頷いた。そして続けた。
「確かに、君は持って生まれたその血の為に、幼い頃から随分と阻害されていたと聞いている。それに、二十三年前のあの一件があり、君は地獄のような辛い生活を送ったことだと思う。私達大聖堂の聖堂員や神殿の最高神官以下すべての神官たちも、皆心を痛めていたのだ。あの事件はどれだけ民に説明しても通じなかった。ああいったことは本人に原因があるわけではない、憎むべきは悪霊であってマレリアやその家族ではない、今後マレリアは一切悪霊に取り付かれることはないと、一軒一軒説いて回ったりしたのだが……」
「いいえ、肉親を殺された者、愛する人を殺された者、そして大切な我が子を殺された者……。彼らのやり場のない怒りが私に向かうことは自然なことよ。あのとき、私は悪霊に取り付かれていたとは言え……今思い出しても背筋が凍りそうな惨い殺され方をした犠牲者達。私の手は犠牲者達の血に染まり、口には犠牲者から引きちぎった臓腑を咥えていたって聞いたわ。大切な人をあんなにも惨い状態で殺された方々にしてみれば、私が霊媒の血を持って生まれてさえいなければ、生まれてしまったのならばスオミかカレワラにでも移っていてくれればこんなことにならなかったと思うことでしょうね。私がミルレスの人達から冷たい仕打ちを受けるのも、結局は仕方のないことなのよ……」
マレリア……君のせいじゃない。それは分かっているんだろう?」
「いいえ、私は生まれるべきではなかったと今でも思ってるわ。私さえいなければミルレスの方達を恐怖に陥れることもなければ両親に辛い思いをさせることもなかった」
マレリア、それは違う」
ガーリン、あなたは知らないからそういうことが言えるのよ。母はあの一件以来、精神的にも肉体的にも病んでしまった。そんな母に追い討ちを掛けるような町の人達の冷たい仕打ち。世界で一番私に優しかった母が急速に私に冷たくなっていった。そして、死ぬ間際まで私の顔を見るたびに言っていた。『あなたさえ生まれてこなければ……』って。父もずっと後悔していた。母がどんどん弱っていくのはわたしのせいだと。私がまだ生きているからだと。自分達の手に負えない子供だということは、私が十歳の時にイメトリの精霊を降ろしたときに薄々わかっていた。あのときに、いっそ殺しておくべきだったってはっきりと言われたわ。それに、言われるまでもなく私は思ってたのよ。あれ以来、私は起きている間は常に罪の意識に苛まれ、眠りに就くと毎日のように亡くなった方達の悲鳴と呪詛の言葉で目が覚めた。毎晩のようにその犠牲者達の霊に祈った。どうか私を殺して……。どうかあなたたちと同じように……私を引き裂いて殺して……って。私には……自殺なんてできる勇気は……なかった……。だから! 誰でもいいから私を殺して欲しかったわ!! なぜ私は生きているの!! なぜあの時、私を殺さなかったの!! 生きて苦しめとでも言いたいわけ? 冗談じゃないわよ! どれほど……苦しいか……」
マレリア、そんな事いっちゃダメだよ!)
(うるさいわね! 呼んでないのに話しかけないで!!)
(……)

 久しぶりに当時のことを詳細に思い出して、私は感情を抑えられなくなっていた。
 今でもたまにうなされて目が覚める。
 目が覚めたとき、夢の続きのようにおぞましい姿に変わり果てた犠牲者が目の前にいる……
 それが幻覚なのか、持って生まれた血が見せる事実なのかも分からない……
 私は何度自分の血を呪った事だろう。見えてしまう自分を、聞こえてしまう自分を……
 それでも死なずに生きながらえている自分を責めながら生きている……
 それでも何とか折り合いを付けながら生きてきてしまった……
 いつまで経っても私の手からは血の匂いが消えはしない……
 どうして、私は生きているの……?
 どうして、誰も私を殺してくれなかったの……?

 涙が頬を伝った。
 
 
 


補足
*1: ゲーム中では海賊要塞に出現するモンスター。亀っぽい。というか亀型ロボット。

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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