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#20 娘へ [---・3年前]

posted by GEM at 2005年10月01日 22:33

 深夜二時ごろ、マレリアは数時間前に休んだ娘達の寝室にいた。部屋の壁際にある姉のセリスの椅子に腰掛け、ただ二人の寝顔を見ている。セリスはこのとき十七歳、妹のセシリアは十四歳だった。マレリアは、どこの母親でもそうであるように我が子を聖母のような優しい目で見つめながら、二人が生まれてからのことを回想していた。

 セリスは、マレリアがルケシオンに移ってすぐの頃に生活の為に生業としていた娼婦をしていた時、悪く言えば油断して出来てしまった子供だ。父親の可能性のある者を幾人か想像できなくもないが、誰かはわからない。
 どうしても知りたいのであれば、スオミでそういったことを突き止められるらしいのだが、どうでもよかったので気にしていなかった。父親が誰か分かったところで、何か状況がよくなるわけでもない。
 セリスを身篭ってすぐ、先代デムピアスが現れて海賊要塞に妾として連れて行かれた。実際には、噂に聞くマレリアの力を恐れたルケシオンの表の代表が、先代デムピアスに『何とかしてくれ』と泣きつき、先代デムピアスとしても万が一を考えて海賊要塞の奥に匿ったのだ。
 海賊達は身内に引き入れた者にはことのほか親身に接してくれる。マレリアが海賊達に『私は呪われた血を持つからあまり近づくな』と言っても『それがどうした』と言わんばかりにごく普通に接してくれる。親切で人懐っこく、しかも名目上は先代デムピアスの妾でもあり、マレリアは何不自由なく暮らすことが出来た。
 半年ほど経ってセリスが生まれると、マレリアは先代デムピアスセリスの霊媒の血を封印できないかと相談した。先代デムピアスも同じことを懸念していたため、すぐにスオミの霊媒師を招いてセリスの力を調べたさせた。結果、すぐにでも封印してしまうか、さもなくば霊媒の力が見られ始めたらすぐにスオミに預けて、しっかりと霊媒師の教育を受けさせたほうがいいと言われた。
 マレリアは、セリスが霊媒の血によって自分の二の舞になることを恐れ、セリスの霊媒師としての力を封印してもらうことにした。ただ、子供の頃に施された封印は大人になってから受ける封印と違って、成長と共に強くなる力が封印を破ってしまう可能性がある。このため、常にマレリアが封印の状態に気をつけるようにして、綻びが見えたら術を補強したほうがいいと助言を受けていた。マレリアがミルレスに来た最大の理由は、ミルレスでマイソシア一の聖職者の下で修行したいと言い出したセリスの封印を見張るためなのだ。
 幼少時のセリスは海賊そのものになったほうがいいのではないかと言うぐらいおてんばすぎる子供だった。実際、海賊の船長クラスの者達が『自分のところに預けないか?』と散々スカウトに来たものだ。曰く、海賊として非常に筋がいいらしい。しかし、海賊要塞で仲がよかった幼馴染の死をきっかけに、セリスは医者になることを決意する。そして、涙ぐましいまでの努力を続け、十五歳で医師の免許も取得した*1 。だが、医者として開業するためには多額の準備金、医師教会への入会、強力な後見人の確保などたくさんの課題があったし、何と言っても独立開業は二十歳にならなければ認められない。そういったことがあって、セリスは開業資金の準備も兼ねて聖職者となることを決めたのである。

 セシリアの父親はマレリア本人にも本当にさっぱり分からない。
 ある日の夜明け前、突然眠りから覚め激しい陣痛に襲われた。前日まで全く妊娠はしていなかったし、そもそもこのタイミングで子供が生まれるような性交渉を行っていない。眠る前はまったくお腹も普通だったはずなのに、その時のお腹には確実に命が宿っていた。不思議なことに、マレリアは無条件にこの子を産まなければならないという使命感に駆られ、そのまま出産した。そして夜が明けるとすぐに先代デムピアスにありのままを話した。
 にわかには信じられない話なので、先代デムピアスは、マレリアがどこかから子供をさらってきたのではないかとさえ思ったのだが、駆けつけた医者が言うには、赤子は様々な角度から考えても確かにマレリアから生まれており、今朝マレリアがこの子を産んだと見て間違いないと証言した。
 この時は、海賊要塞中がちょっとした騒ぎになった。もしかして悪魔の子なのではないか? もしかして神の子なのではないか? 不吉だ。いや、吉兆だ。だが、生まれたときの体重が平均的な赤子の三分の二ほどだったことを除いてごく普通に育っていくセシリアを見て、そういった噂はだんだんと聞かれなくなっていった。
 セシリアにもスオミの霊媒師を招いて霊媒の力が備わっていないか確認されたが、セシリアにはそういった力は全く皆無でむしろ珍しいと言われた。ただ、聖職者となればかなりの実力者になるのではないかとも言われた。とはいえ、聖職者についてはほとんどおまけ程度の占いの結果だが。
 幼少時のセシリアはおとなしい夢見がちな女の子で、海賊要塞ではいつも、姉が筆頭のいじめっ子達にいじめられるという可愛そうな子でもあった。しかし、姉が医者になることを決意してからはいじめられたりすることもなく、姉の猛勉強する姿を見て育ってきた。そして、ごく自然に自分も人を助ける仕事をしたいと感じ始め、いつの頃からか聖職者を目指す決意を固めていた。

(二人とも、本当に大きくなったわ……)
(よかったね、マレリア。なんかね、今のマレリアって凄く幸せそうだよ?)
(もちろんだわ! これ以上の幸せなんてあるわけない! 娘がこんなに立派に育ってくれたのよ? もう、何もいらないわ。あとは、いい人を見つけて、幸せな家庭を築いて、孫が生まれて私のところに連れてきてくれたら……きっともう死んでもいいわ)
(今のマレリアなら死んでもいいって言っても表現として納得できるからいいけどさ、ここに帰ってきたばかりのときなんてそれはもう酷い状態だったからね!)
(レミトポってば。私そんなに酷い状態だったかしら?)
(うん。なんか凄くビクビクしてたよね。もちろん、気持ちは分かるんだけど。やっぱりミルレスにいると怖い! 死にたい! って僕に言った時は、それはもう慌ててイメトリのところに飛んでいったよ。でも、イメトリはね、娘がいる母親がそう簡単に死んだりするものか、マレリアを信じて近くにいてやれって。イメトリの言うとおりだったわけさ! マレリアってさ~イメトリと仲良しだよね~。今日も二人だけで会ってたでしょう?)
(レミトポ……そうよ。私はイメトリを愛してるわ。人と精霊の愛なんて、叶うことのない夢だけどね……)
(そんな! 冗談で言ったのに!!)
(あら? 私だって冗談よ?)
(な……マレリア~! やってくれるね~!)
(ふふふっ、昔の私みたいに色恋沙汰は何でも照れるとでも思った? もうおばさんなんだから、からかわないの。それに、こっちに戻ってからは今日初めてイメトリに会ったのよ? そう言う間柄なら真っ先に会いに行くわ。さて、と。そろそろガーリンが迎えに来るから、準備しないとね)
 マレリアは立ち上がってセリスの方へ近づいていくと、首に下げたタリスマンのペンダントを外す。
ギルベルトさん、今まで本当にありがとう……。もう私は大丈夫。だから、今度は私の娘を守ってください」
 とつぶやき、それをセリスの手にそっと握らせた。その瞬間、それまで気配すらなかったはずの数体の悪霊がマレリアに憑依しようと寄ってきたが、
(下がれ)
 と念じるだけで悪霊は消えてしまった。マレリアは『あの時』とは違い、強力な霊媒師となっている。せいぜい町をうろつく程度の悪霊を相手にするだけなら、他の下級の霊媒師のように悪霊が来るたびに印を切る必要など全くない。
 そして小さな声でささやいた。
セリス。あなたがずっと欲しがってた真っ赤な宝石のペンダントよ。たった今からあなたのもの。大事にしてね」
 眠っているセリスが、少しだけタリスマンを握ったように感じた。まだ幼い頃のセリスはこのタリスマンを欲しがって欲しがって仕方がなかった。だが、あげたくてもあげられなかったのだ。
 ルケシオンへ移り住む前に霊媒術などはマスターしていた。当時の師匠から「マイソシアで君と肩を並べられる霊媒師は恐らくいない。私などとっくに君の格下だ」と言われていて、タリスマンがなくても最早気にする程のことでもないと聞いていたのだが、実際には怖くて外せなかった。でも、今は何も恐れることなく首から外し、自分でも内心驚くほど素直に娘に手渡している。
「これからはこのタリスマンが貴方を守るわ。だから、そろそろ私は子離れしようと思うの。あなたを悪霊から守らなきゃいけないって言い訳をしながら、実際には、私は独りになるのを怖がっていただけのような気がするの。今まで夜になると泣いてばかりのお母さんだったけど許してね。これからはもっと強くなるからね」
 そう言いながらセリスの髪をなでた。

 今度はセシリアの方へ近づき、右手の薬指からヘイリング*2 という指輪を一つ外した。この指輪は先代デムピアスが「名目だけでも妾なのだから」と言って指にはめてくれたもの*3 で、聖職者にとってはことのほか大事な知恵の力を上げてくれる。これは本物なので相当の経験をつまないと力を引き出せないが、装飾品としても人気のある指輪であり、同じ形のフェイク*4 も出回っている。
 セシリアを起こさないようにそっと右手の中指に指輪をはめて、優しく囁いた。
セシリア、あなたは本当に優しくて、それによく泣く子だったわね。でも、辛いことがあっても気持ちの切り替えが早くて、すぐに立ち直る子。いつも前向きで素直で明るくて、要塞でも一番人気のアイドルだったわね。私はあなたからいろんなことを教えてもらったと思うの。セシリア……私から生まれてくれてありがとうね。これからもセリスと仲良くね」

マレリア、いいのかい? あのタリスマンは……)
(いいのよ。私は自分の力を使うことをもう躊躇わない。私が本気になったんですもの、もうタリスマンがなくても悪霊なんて一睨みよ。それにね、降霊を行う時はどうせ外さないといけないの。これから降霊術をしに行くんだから同じことよ)
(なんだか、マレリア、かっこいいね!)
(でしょ!?)
(……でも……ちょっと心配になっちゃった。今のマレリア、まるでセリスセシリアにお別れをしたみたいだったよ?)
(あらやだ、そんなつもりじゃないわ。それに、私は孫の顔を見たいのよ! 死んでたまるもんですか!)
(そうだよね! よかった。安心したよ!)
(安心してくれて私もほっとしたわ。じゃ、ちょっと行って来る。娘達をお願いね)
(うん。わかったよ)
 マレリアは部屋の戸口でもう一度娘達に振り返りそして囁いた。
「行ってくるわね。いい夢を見るのよ」

 そして、客間に向かった。客間には既にガーリンが待っていた。マレリアガーリンをみて小声で言った。
「お待たせ、ガーリン
 ガーリンも小声で答える。
「私も今来たところだよ。それじゃ、早速行こうか」
「そうね」
 マレリアはそう言うと術に必要な道具を詰め込んだ手提げバッグを持った。
「いいわ。行ってちょうだい」
「……その前に……一つだけいいか?」
「え? ええ、どうしたの?」
 ガーリンは何故か目線を外した。そして何か耳まで赤くして言った。自分でもなぜそんなことを言ってしまうのか分からないとでも言うような少し困惑した表情。
「今日の私はどうしてしまったのだろうな……。マレリア、私がこんなことを言っても白けるかも知れんが、……先日とは比べ物にならんほどに、綺麗だ」
 少し、白けたわけではないが間があいた。
マレリア、モテモテじゃん!)
(もう、レミトポったら。さっきも言ったでしょ? 三十八のおばさんなのよ?)
(全然そんな風に見えないよ! そのおじさんが言ったとおり、マレリアはすっごく素敵さ!)
(……あなたも上手になったわねぇ)
 だがしかし、マレリアは期間は短かったとはいえ元娼婦だ。昔ならいざ知らず、今は乙女のように恥らったりはしない。にっこりと微笑み、
「ありがとう、教皇様っ」
 というと少し背伸びしてガーリンの右頬にキスをした。ガーリンは思わず上ずった声を出す。
「うぬおわ!! こ、こらぁマレリア! 私はこれでも」
「しー!! 娘達が起きるわよ! ……今日、無事に終わったら、大聖堂でデートしましょ? ね?」
 僧兵一筋三十三年、教皇一筋二十年のガーリンには刺激が強すぎたようだ。
「あ。。。あ、いや、私は、教皇……」
「いやなの?」
「い、いやぁ、いやだなんて、でも、デートなどそんなマレリア、あ、あ……いやそのなんだ、そう、そうだな、大聖堂を、あ、案内するよ」
「うふふ! 楽しみにしてるわ! じゃ、行きましょうか!」
「あぁ……行こう……」
(がんばれおじさ~ん!)
(機会があったら伝えておくわ、じゃあね、レミトポ)
 ガーリンは記憶の書と記憶の石を取り出した。行き先は神殿の大広場、死神との決戦の場……。
 
 
 


補足
*1: 医師免許自体は年齢に関係なく取得できる。
*2: ゲーム中においては防御力と知恵をいくらか増加させる。
*3: 指輪などのアイテムはエンチャントを行うことでより力を増すが、エンチャントを行う時はアイテムが力に耐え切れず破壊されることがある。エンチャントの回数をエンチャントレベルと言い、このレベルが上がるほど破壊される可能性が上がるため、レベル十以上のアイテムは破格の金額で取引される。マレリアセシリアに渡した指輪のエンチャントレベルは不明だが、かなりのものらしい。
*4: ゲーム中でも同名の指輪が登場するが、そちらは知恵を上げる効果はあるがエンチャントは出来ない。

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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