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#21 魔法陣1 [---・3年前]

posted by GEM at 2005年10月08日 23:05

 深夜三時すぎ。
 神殿の大広場に描かれた魔法陣の真ん中には、まだミュゼリアがいた。結局昼間からずっと真ん中にいて力の流れを何度も何度も確認しているのだ。魔法陣の外からその様子伺うのは、ジンメイと十二人のシャオリンのメンバー達、ミュゼリアがスオミから招いた魔導師や老師達、デムピアスリーゼッタオルレウス最高神官、そしてゼシン神殿の神官たち。
 魔法陣の中心から魔法陣の外までは二十五メートルもあるので、ミュゼリアは大きな声でリーゼッタに呼びかけた。
リーゼッタ枢機卿~。最後の確認です~。私にパージフレア*1 を打ってみてくださいー」
「そんなことして大丈夫ですかー?」
「今ー、私に攻撃的なエネルギーは全て無効化されるですー。だから大丈夫ですー。これぐらいやって確認しないとー、マレリア様にお使いいただけませんー」
「わかりましたー。ところで冒険者と同じ~略式にしますかー? それとも~正式なパージフレアがいいですかー?」
「……正式って強いんですかー?」
「ティラノ*2 も三撃以上は耐えられませんー」
 ミュゼリアの声が一段と上がる。
「あんたばか!? そんなことして死んだらどうしてくれるの!! あ……」

 ジンメイがポツリとつぶやいた。
「今のがあの姉ちゃんの素か?」
 それにリーゼッタが答える。
「いやまぁ……さすがにびっくりしただけでしょう」
 魔法陣の外で見ている大多数がクスクスと笑っている。さらにデムピアスは旧知の仲ということもあってか思いっきり大声で笑っている。ミュゼリアが赤くなりつつデムピアスを睨んだが、デムピアスはその視線に気づいても(いや、気づいてなお一層)平気で笑っているので無視してリーゼッタに言った。
リーゼッタ枢機卿~まずは略式で試しましょう~」
「わかりました~いきますよ~」
 リーゼッタは応じると、ホーリーセプトを装備してミュゼリアに魔法を放った。

「パージフレア!!」
 言い放ちながら杖をミュゼリアに向けた。通常であれば、パージフレアをかけられた対象の周りには光の魔方陣が浮かぶのだが、そういった見た目の変化が何一つ起こらない。リーゼッタは確かに魔力を消費しているのだが、すべての魔力は速やかにミュゼリアのいる中心を囲む一回り外周の魔法陣に排出され、それを受けた魔法陣はリーゼッタの放ったパージフレアのエネルギーを何事もなかったかのように霧散させてしまった。もちろん、ミュゼリアには全く影響がない。
「おおおおお……」
 今度は周りからどよめきが沸いた。
「すごいすごい! ミュゼリア完璧だね!!」
 デムピアスは笑い声と同じように一際大きな声で喝采を上げ大きく拍手した。ミュゼリアは年相応の娘の照れ笑いで答える。ころころとよく表情が変わり、そこだけを見ればまだ二十二歳の若さをうかがえる。

 スオミのイリアンジャ老師も感嘆を隠さない。
「これは、すばらしい出来栄えじゃのぉ。一切の淀みなく水が流れ、土に染み込み空に帰るように完全に受け流しおったわ。ミュゼリア、やるようになったのぉ……。どれ、枢機卿様、わしがメテオを打ち込んでやると伝えてくれんか。わしらの自慢の娘、ミュゼリアの仕事ぶりを証明して見せようぞ」

 リーゼッタはさすがに驚いた。メテオとは魔法使いが唱える強力な範囲魔法で、普通に考えればここにいる全員が危ない。
「え? 大丈夫ですか?」
ミュゼリアが作った魔法陣じゃ、信じなされ。それに、実験台がミュゼリア一人というのもいささかかわいそうじゃろう? 広域魔法を打ってみて、みんなで魔法陣の効果を堪能しようじゃないか。じゃが、万が一があってはいかん。神官様たちは屋内に入っていてもらおうかの」
 神官たちは、そう言うことなら、と神殿の方へ向かおうとしたが、オルレウス最高神官が間髪いれずに答えた。
「老師様、我々もいくらか協力させて頂いておりますゆえ、ここに至って仲間はずれは寂しいものですよ。どうぞ我々にもミュゼリア様の魔法陣の出来栄えを堪能させてくださらんか」
 この最高神官の笑顔の返答に他の神官は「まぢっすか!?」という表情がありありと見えるが、最高神官が避難しないのに神官が避難するわけにも行かず、引きつった笑顔と共にやむなくそこに留まる。

 リーゼッタミュゼリアに大声で告げる。
ミュゼリア様~イリアンジャ老師様が~メテオを打たれるそうです~」
「なんですってぇ!? コラァ! じじぃ!! あ~~っ!! それ正式なメテオじゃないの!!」
 だが既に老師はメテオの呪文の詠唱を開始していた。聖職者の魔法と同じく、魔術師の魔法も略式と正式がある*3 。国対国レベルの戦いでは威力が桁違いな正式な方の呪文ばかりが用いられる。

 急激に渦巻き始めた魔力の奔流がイリアンジャから溢れ、そしてまたイリアンジャに吸い込まれる。その魔力で天を掴み取ってはその身の奥に隠すかのように。ジンメイが思わず言った。
「おい、なんだあれ、ほんとにメテオか? 尋常じゃない魔力だぞ? あのじいさん、気でも狂ったのか?」
 今度はデムピアスがこれに答えた。
ジンメイ様、まぁ信じて見ていましょう。それに、ジンメイ様や私達には龍の鱗のスケールアーマーがあります。神官様の分はないので気の毒ですが……」
「そうだな。しかしこのスケールアーマーはすげぇよ。俺が本気で中段突きを打ったのに」この先は更なるどよめきでかき消された。
「うおおおおお!! すばらしい!!」
「なんということだ! この魔法陣はあれほどの魔力すら通用せんのか!」
「今のを見たか!? 上空に目に見えるほどにまでに高まった魔力が一瞬で消えてしまったぞ!」

「んあ? なんだ?」
 ジンメイが周りを見ると、全員が目を丸くし、その視線は魔方陣の真ん中のほうに釘付けになっていた。リーゼッタも同様に一点を見つめながらジンメイに答える。
「……ジンメイ様、正式のメテオもまったく役に立ちませんでした。正式詠唱が行われ強力な魔力の力場が上空に発生した瞬間、またしても魔法陣にその魔力を霧散させられました。もはやこの魔法陣の真ん中にいる限り、あらゆる魔法は恐るるに足りません。もっとも今の実験で魔法陣の真ん中にいたミュゼリア女史は腰抜かしちゃってますが……。ちょっと行って様子を見てきます」
 リーゼッタはそう言うと魔法陣の真ん中に駆け出していった。


 その時、ガーリンマレリアが大広場の隅に記憶の書で現れた。ガーリンが一言二言マレリアに話すと、マレリアは魔法陣の真ん中へ走っていった。そこには正式発動のメテオに腰を抜かしたミュゼリアと、彼女に肩を貸して起き上がらせるリーゼッタがいた。

「あの……私はマレリアと申します。この魔法陣を作っていただいたミュゼリアさんですよね?」
 ミュゼリアの耳には届かなかったようだ。
「は……はは……あのじじぃ……なに考えてんのよ。神殿丸ごと吹き飛んだらどうすんの? ……ごめんなさいじゃすまないのよ? ……それに、棺桶に片足突っ込んどいて、なにさあの魔力は。私を殺す気? 上等だわ。近いうちに墓石の下に叩き込んでやる……! スオミ中央議会大代表補佐をなめんなよぉぉ……ウゥゥゥ」
 その目には涙を浮かべ顔は血の気を失い、体は小刻みに震えている。よほど強烈に怖かったようだ。魔法陣の外でオルレウス最高神官にケタケタ笑いながら話すイリアンジャ老師をめいっぱい睨みつけている。
「はいはい、怖かったですねミュゼリア様、もう大丈夫ですよ。もっと自分の作った魔法陣を信じなさい。それに、マレリア様が到着なさいましたからそのような言葉遣いは慎まれた方がよろしいのでは?」
「……え? あ、あらいやだわ。あの、えと、スオミ中央議会大代表補佐のミュゼリアです。魔法陣の敷設を担当いたしました。きっとマレリア様のお力になると信じております」
 リーゼッタに肩を借りていたが、とりあえずきちんと自分で立ちマレリアに向かって会釈した。
ミュゼリア様、このような立派な魔法陣、初めて見ましたわ! しかも、私のことを気づかっていただいたようで、カレワラ式の降霊にもしっかりと対応できているようです。ここに立っているだけでも信じられないほど力がみなぎってきます! 本当にありがとうございます。精一杯がんばらせていただきます」
「ヘヘッ」
 またしてもコロリと照れ笑いを浮かべるミュゼリア。その言葉だけで恐怖への震えもイリアンジャへの怒りも消し飛んでしまったようだ。相変わらず、扱いやすい人だ。リーゼッタは心で呟きつつ、ミュゼリアに一礼して挨拶した。
「私はルアス王国外務大臣とアスク帝国左府将軍、そしてミルレス大聖堂の枢機卿を兼務しておりますリーゼッタです。マレリア様にお会いできるのを楽しみにしておりました。ガーリン教皇様がおっしゃるとおり、お美しい方だ。今宵はマレリア様にだけ重荷を背負わせるつもりは毛頭御座いません。最後の最後まで出来る限りのサポートをさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「まぁすごい! 貴方様があの噂のリーゼッタ様ですか! 三つもの職位を持ちそれを完璧にこなすマイソシアに二人といない大人物! まさかお近づきになれるとは思っても見ませんでしたわ!! 私なんかにそのようなご丁寧なお言葉を賜りましては勿体無いぐらいです。本日は精一杯努めさせていただきますのでよろしくお願いいたします」
 三人は丁寧な言葉遣いだが不思議と嫌味がなくさらりと挨拶をした。お互い、心から相手に敬意を払っているからだろう。

 そこへ、デムピアスジンメイガーリン教皇、オルレウス最高神官、スオミ魔導協会老師のイリアンジャと魔導師のダイク、さらに神殿の神官達やスオミ魔導協会の者達がやってきた。ガーリンがさらに一歩出て、マレリアに言った。
マレリア殿、そちらのお二人とはご挨拶が済まれたようですね。僭越では御座いますが、私から主だった方々をご紹介させていただきましょう。まずは、ここゼシン神殿の最上位にあり我等が信仰をささげるセオ神の御側に最も近きお方、オルレウス最高神官にあらせられます」
 そういった瞬間、そこにいた全員がオルレウスに深々と頭を下げた。マレリアだけは不慣れなので少し反応が遅れたが。オルレウスも簡単な会釈ではなくしっかりと頭を下げて皆に応える。
「お隣がデムピアス閣下。皆様、既にご承知でしょうが、デムピアス閣下の正体は一部を除いてほぼ全ての方面に伏せられておりますので、漏洩することのないようにお願いいたします。マレリア様とは既にお知り合いかと」
「はい。デムピアス様、その節はお世話になりました」
「いいんだよマレリア。それよりガーリン教皇、時間も迫ってきております。急ぎましょう」
 ガーリンデムピアスに応じた。
「左様でございますね。こちらはスオミ魔導協会老師のイリアンジャ殿と魔導師ダイク殿、こちらはジンメイ殿、戦闘ギルドシャオリンのマスターを務めておいでです」
 順にマレリアに一礼し、マレリアもそれに応えて深く礼を返す。

 ジンメイは目の前の霊媒師を感慨深げに見つめた。ギルベルトが命を投げ出して救ったとき、マレリアはまだ少女ぐらいだったと記憶している。あれから二十三年も経っているのだ。大きくなった、と言う表現はもはや適切ではない。そういう感じ方をしても、ただひたすら時の流れを実感するだけだ。
(ギル……。あの時、お前が助けた少女だ。なぁ、ギルよ、鼻が高いじゃないか! あの時のお前の行動はこうして生きているんだ。しかもあれだぜ? マイソシアで一番の霊媒師だとよ! 彼女しか今のマイソシアの危機は救えないってんだから、お前は確かにマイソシアを救う為に生きたんだ! セオの前でふんぞり返ってやれ! ……お前なら言われなくてもそうしてるだろうけどな)
「あの、何か?」
 あまりにもまっすぐジンメイに見つめられたマレリアが、逆にジンメイをまっすぐに見返して聞いた。マレリアギルベルトのことすら知らなかったのだ。この男がギルベルトの仲間であったことなど知っているはずもない。
「ん? いや、なんでもない。まぁ、なんだ。難儀なこったが、俺らシャオリンは一応全戦闘ギルドの頂点ってことらしいからよ。俺らが太刀打ちできなきゃマイソシアは終わりってな。お互い気合入れていこうや」
「はい、すごく心強いですわ! 精一杯努めます!」
 ニコニコと笑みを返すマレリアジンメイもどことなく笑ったように見えた。

 ガーリンが続けた。
「さて……あとひとり、そろそろ到着するはずですが、我ら大聖堂の枢機卿が一人、エリオが参ります」
「なんだって!? エリオも来るのか!」
 思わず声のトーンをひとつ上げてしまうジンメイルクセンジークリッドジンメイの三人はもはや生ける伝説と言われているが、エリオはむしろ生き神と言われる聖職者である。ここで肩を並べること自体は何の不思議もない。
「この私が来ることに何か不満でもあるわけ? ジークから聞いてるんでしょ?」
「ゲッ!」
(あの斧馬鹿(←ジークリッド)め! 黙ってやがったな!!)

 錚々たる面々の背後には女聖職者の姿があった。最高位の聖職者の法衣を纏い、手にはリーゼッタと同じホーリーセプトを持っている。
「皆様、遅くなりまして申し訳御座いません。リーゼッタ枢機卿と共に大聖堂枢機卿を務めさせていただいておりますエリオと申します」
 エリオの挨拶を聞いているのかいないのか、昔の仲間に語りかけるのと全く同じようジンメイが言った。
「……おい、エリオ。その、いいのか……?」
「いいのかって、なにがよ」
「いやだって、おまえ、分かってて来たのか? 二十三年前、ギルベルトが」
「それ以上言わなくていいわ!」
 エリオはきつめの言葉でジンメイを遮った。だがマレリアは瞬時に理解した。このエリオが、自分を救うために命を差し出してくれたギルベルトの婚約者だったということを。それを思っただけでマレリアは胸が締め付けられる思いがして、思わず涙が頬を伝った。

「まさか、あなたが、ギルベルトさんの……」
マレリア、いいの、気にしないで。私も分かっていたわ。あのままあなたを助けることなく安静にしたところでギルベルトはもう助からなかった。あなたが今こうして生きていてくれることこそが、ギルベルトの望んだことだもの」
エリオさん……本当はあなたにこそあのタリスマンを」
「いいって言ってるのよ」
 エリオはさりげなく目線をマレリアから逸らしたつもりだった。エリオマレリアの関係についてはガーリンジンメイの二人と、辛うじてデムピアスが知っていることなので、他のものは何が起こっているのか理解はしていない。だが、何かがあるのだろうということは十分に感じ取れた。ガーリンエリオに歩み寄り声を掛ける。
エリオ枢機卿、辛いでしょうが、それはマレリアも同じです。ですが、今のマイソシアにはマレリア以上の霊媒師はいないのと同じように、貴方以上の聖職者はいません。冒険者としてのレベルも最高値であり、さらに正式呪文も全て使いこなせる唯一の聖職者は貴方だけなのです。今宵、しばし気持ちを鎮めてくださらぬか」
「……大丈夫です、ガーリン教皇。私とて、ルクセンの異名「恐怖の黒騎士」やジンメイの異名「地獄の闘将」に負けぬと自負している「イアの化身」と謳われる者。女としてのエリオはここには来ておりません。必ずやお役目を果たすつもりで来ております。この命に代えましても」
 最後の言葉を聞いて少しだけビクッと体を強張らせたマレリア

 そこに間髪いれずにリーゼッタが口を開いた。エリオの「女としての」と言う言葉を聞いて、直感的に、変に時間を費やしても複雑になるだけだと思ったからだ。
「では、オルレウス最高神官様、及び他の神官様は事前にお願いいたしましたように神殿の地下にお隠れになっていてください。もしも我々が死神を抑えられなかったときには地下通路を通って町へお逃げください」
「わかりました。皆様、どうかマイソシアをお救いください。偉大なるセオ神とその眷属神のご加護が汝らをお守りくださるよう、お祈りいたします」
 オルレウスはそう言うとゆっくりと頭を下げた。皆が同じように頭を下げてオルレウス最高神官とその他の神官たちを見送った。

「次に、スオミ魔導協会の皆様ですが、ミュゼリア様」
「はい。イリアンジャ老師以下スオミ魔導協会の皆、魔法陣の設置、大儀であった。これよりすぐにスオミへ帰還せよ。全員、不測の事態に備え臨戦態勢を保ち、常に私を通して状況を確認していること。ただし、大代表か私の命令がない限りどのような事態となってもこちらに来てはならん。それからイリアンジャ老師、大代表に伝えよ。私にもしものことがあらば大代表補佐はそこのダイクを推すと」
「かしこまりましたミュゼリア大代表補佐殿。では、私どもはこれにて。皆様の御武運をお祈りしております」
 そう言った瞬間、数十人いたスオミからの応援は全員が消えた。

 またリーゼッタが話し始めた。
「次です。ジンメイ殿、すでにお話いたしましたように、魔法陣の外周に八人、中心との中間点に五人での配置でしたね。早速準備をお願いします」
「あいよ……シャオリン! 配置につけ!!」
 その瞬間、シャオリンのメンバーが動いた。無駄なく速やかに。ジンメイマレリアの傍に寄り、耳打ちした。
「頼むぜ、マレリアギルベルトは俺達の戦友だった。そのギルベルトが君を助けたんだ。俺達も喜んで君を助ける。ギルベルトだけにカッコ付けさせるわけにはいかねぇしな。思いっきりやって死神とやらをビビらせてやろうぜ?」
「……はい、ありがとうございます。全力で挑みます」
 ジンメイマレリアの言葉に頷き、肩をポンポンと叩く。そして自分の配置位置についた。

「では次です。デムピアス閣下、マレリア様の一つ外側の魔法陣に待機場所があります。そう、そこにいてください。ミュレカン神がマレリア様を守るためにマレリア様に降りるとの事でしたが、万が一の場合には、デムピアス閣下が直接ミュレカン神とお約束されたとおり、ミュレカン神はデムピアス閣下に降りるはずです。死神に一番近くなる可能性があることも考えて、もっとも早く動ける閣下にお願いする位置です。何かあったら、マレリア様をお願いします」
「この位置を私にお任せくださり光栄です、リーゼッタ枢機卿」

ガーリン教皇とミュゼリア女史には魔法陣の外に用意されている別の魔法陣に待機していただいて状況を俯瞰していただきます。もちろん、状況に応じて可能な限りの補助をお願いします」
「分かりました。でも、その前に……」
 ミュゼリアがスクルドハープを取り出し心安らぐ音楽を奏でた。
「私たち吟遊詩人はもともと自分の足で旅をして諸国の神話や語り歌、伝説、事件、いろんなことを自分の目と耳で確認して持ち帰ることが使命なの。バードユニオンでは今でも昔ながらの術が残っていてね……冒険者が行うサポーターズ*4 やセーフガード*5 はもともと仲間の旅の無事を祈願するためのもの」
 ミュゼリアはハープに合わせて歌い始めた。その歌はスオミに伝わる古い言葉で歌われた。

~友よ、旅立つ友よ、貴方の歩む先が平和でありますように祈ります。
貴方の振り返る道が平和であることを祈ります。
貴方のお腹が空きすぎることのない程度に神がお守りくださることを祈ります。
貴方の喉が渇き過ぎない程度の出会いに恵まれることを祈ります。
友よ、旅立つ友よ、貴方の歌がマイソシアに平和をもたらすことを祈ります。
貴方の歌が悪しき者を退けることを祈ります。
貴方の歌が道行く人の力となることを祈ります。
貴方の歌が探求の徒の閃きとなることを祈ります。
友よ、旅立つ友よ、貴方は無事ここに帰ってくるでしょう。
貴方の持ち帰る歌はきっと私達を感動させ、涙にぬれさえ、大いに楽しませ、憤らせ、悲しませるでしょう。
貴方が帰らなければ私は泣くことも笑うことも怒ることも悲しむこともなくなるでしょう。
友よ、旅立つ友よ、貴方の旅の無事を毎日祈念しております。~

 流れるようなメロディーと、それにピッタリと合う韻を踏んだ詩が全員に不思議な力を与えていった。エリオは特にうっとりとして聞いていた。もっとも、ミュゼリアもわざとエリオマレリアの方を向いて歌ったのだ。二人がどういう関係なのかミュゼリアは知らないが、それでも少しでも二人の気持ちが落ち着くように、と。
「これでも省略したんですけど、今皆様に施したサポーターズとセーフガードの効果は丸一日です。余談ですけど、歌詞に歌われるように本当に毎日仲間の無事を祈ったそうですよ」
 ジンメイが少しはなれたところから絶賛した。
「これはすげぇな! 力が漲るっていうより、力に包まれてるみたいだ! 本物の吟遊詩人ってのはこれほどの力があるのか!」
 続けてエリオも目を輝かせて言う。
「本当に素敵な歌! 噂には聞いていたけど、聞いたのは初めてよ。これが終わったら、是非もっと聞かせて欲しいわ!」
「えぇ、喜んで! さて、魔法陣がインクリース系*6 やアニマト系*7 の術と同じ役目を果たすはずですから、もう私に出来ることは余りありません。ですが、最後までご一緒させていただきます。皆さん、頑張りましょう」
 そしてジンメイと同じようにマレリアに囁いた。
マレリア様……きっと私の知らない何かがあるんだと思うけど、今は精一杯がんばりましょう」
「……はい、ありがとうございます」
 ミュゼリアは精一杯気持ちを堪えながら答えるマレリアにやさしく頷くと、リーゼッタの指示通り、ガーリンと共に魔法陣の外へ歩いていった。ガーリンはまだマレリアを心配そうに見ていたが、デムピアスが目配せしたのでそれに任せることにした。

 リーゼッタが指示を続ける。
エリオ枢機卿……私とともに魔法陣の中でシャオリンの皆様やデムピアス閣下、そしてもちろんマレリア様の補助を行います。魔法陣の北側はお願いします。私は南に行きます」
リーゼッタ枢機卿、前衛に騎士や戦士がおりませんが大丈夫でしょうか?」
「今回の場合、スオミの水詠みにて内部の守りはシャオリンに、ということがほとんど名指しされています。それに、多対多ではなく一対多ですので死神の攻撃は分散されると予想されますし、なにより私達は皆、ミュレカン神のタリスマンと龍の鱗で作られたスケールアーマーを装備しています」
 リーゼッタマレリアの方を見て続けた。
「……マレリア様にだけは、本当に恐縮ですがアーマーをお渡しできませんが……。このミュレカン神のタリスマンはミュレカン神から全員が持ちなさいと言われていますので持っていて下さい」
 そう言うと、リーゼッタは申し訳なさそうに白い布に包まれたミュレカン神のタリスマンをマレリアに手渡した。

「大丈夫です、理解しております。その物自体はよく存じませんが、そのスケールアーマーを私が装備してしまうと、もしも私が完全に死神に乗っ取られてしまった場合、それは死神に鎧を着せてあげるのと同じことになってしまうのでしょう。その点は理解しておりますのでご安心ください。ローブぐらいしか着用しておりませんので、そのような事態になったときには……遠慮なく私もろとも死神を……」
 その目はなんとなくエリオを気にしていたし、エリオもそれに気づいた。
マレリア、今は集中しましょう。心配しなくても本当に貴方が完全に死神に乗っ取られてしまったら、遠慮なくいかせてもらいます。ギルベルトのことは抜きでね。それに貴方はさっき涙を流してくれた。それだけで十分よ」
「……はい……」
マレリア、絶対に勝つわよ。まだまだたくさん話したいの。女の貴方なら、きっと、わかるでしょう?」
「……はい……はい……」
 マレリアは口を手で押さえて嗚咽をこらえていた。エリオは自分の配置場所へ向かった。

 今、真ん中にはマレリアリーゼッタ、少し離れてデムピアスが残っていた。
マレリア様、大丈夫ですか?」
 リーゼッタマレリアを心配して声を掛けた。マレリアも今は泣いている場合ではないと頭の中では分かっている。しかし、ギルベルトの婚約者であったエリオに会ってしまい、気持ちが昂ってきてしまった。同じ女として、もし自分の愛した婚約者が別の女を助けるためにその命を投げ出し、そしてその女に対面したとき、果たしてエリオのように冷静でいられるだろうか。そんな考えが感情を支配し、それでもなお気丈なエリオに言葉をかけられ、気持ちはさらに複雑に揺れてしまう。
 様子を見ていたデムピアスが声を掛けた。
「ゼッタ。僕に任せて君も配置に。マレリアとは君より古いからね」
「……わかった。デム、頼む。マレリア様、私とエリオ枢機卿がいるということはマイソシアで最もベストのバックアップ体制だと思ってください。大丈夫、必ずお守りします」
 そして、リーゼッタも自分の配置場所へ向かった。


マレリア。私が誰だかわかるね」
「はい……デムピアス様」
「私の言葉は初代から連綿と続くデムピアスの言葉だ。他の誰でもない」
「はい」
「先代は死ぬ間際に君に言ったはずだ。ここで言ってごらん?」
「……はい。『泣ける自由があるうちは泣くな。泣くことも出来なくなった時にこそ魂を震わせて泣け』、と」
「君がもし、先代というあの筋肉馬鹿を少しでも思ってくれるなら、君の勇姿を僕に見せてくれ。僕たちデムピアスに」
 その時、マレリアはハッとなった。デムピアスの背後に妙に懐かしい気配を感じた。
マレリア、僕は霊媒師じゃない。でも、僕は常に歴代のデムピアスの導きを受けていると感じている。どうだい?」
「はい、はっきりと分かります。驚くほど……たくさんの方が私を応援してくださっています」
「そうだろう? さぁ、先代の見てる前で約束を破っちゃいけない。そろそろ涙を止めて、自分のやるべきことを考えるんだ。そして、自分の力を信じるんだ。この魔法陣はね、ミュゼリアとスオミの魔導協会の連中が二日間全く寝ないで用意したんだよ。君の為に、と言えば美談だろうけどね、実際には違う。君の力を想定したとき、それに応えられる魔方陣を求めた結果だ。今まで君は一度だって『一切の制約なし』で自分の力を感じたことはないだろう? やってごらん? ……私もついている。思う存分、楽しもうじゃないか」
 デムピアスがさりげなく話題を誘導したのだがマレリアにはバレバレだった。だが、逆にその気持ちがよく分かった。不思議と涙が止み、決意を後押しされる気がした。懐かしい、先代デムピアスの大きな手で……。
「はい……ありがとうございます、デムピアス様。おかげさまで気持ちが落ち着きましたわ。そろそろ始められそうです」
 デムピアスはそれに黙って頷き、自分の配置場所に立った。そして振り返りマレリアにぐっと親指を突きたてた。ルケシオンにいたとき、デムピアスがよくやっていた仕種。マレリアも同じようにぐっと親指を突き立てて笑顔を返した。ふと、頭に直接響く声が聞こえてきた。

マレリア様。いよいよ始めるのですね)
(この声は……ガイア?)
(はい。昨日はお呼びいただいたのに伺えなくてごめんなさいね。この魔法陣は本当に素晴らしいですわ。微力ながらお力にならせていただこうとやってきましたが、魔法陣は非常に効率よく瞬時にエネルギーを増幅させています。感じていますか?)
(もちろん。この状態ならマイソシア一の鈍感さんでも、声なき者の声を聞き姿なき者の姿を見ることが出来るでしょう)
マレリア様、お気持ちが揺れていらっしゃったので少し心配いたしましたが、どうやら調子はよさそうですね。これ以降、私はマレリア様の補助に集中致しますのでお話は出来なくなりますが、ずっと貴方の足元におります。いつでもお始めになってください。精一杯お力になります)
(……ありがとう、ガイア……)

 マレリアは少しの間だけ目を閉じて精神統一を図ったようだ。誰も言葉を発することなくその様子を見守っているとおもむろに目を見開いた。そして持ってきた降霊用の道具を組み始めた。それは、これから行おうとしている儀式の割には非常にこじんまりとした物で作りも簡単であり、ものの数分で組みあがった。腰ほどの高さの折りたたみ出来る台の上に小さな社のようなものが南を正面として置かれている。そして、社の正面に向かって右に人の手の形をした燭台を置き、五本の指先に火を灯す。社の左には小皿を置き聖水を注ぐ。出来上がりを改めて見ても、これらはどれをとっても非常に質素と言うか、有体に言ってしまえば幼稚で不恰好なものばかりだ。実際、誰の目にも子供の工作程度に見えてしまうほどなのだが、マレリアは満足気に頷く。
 近くで見ていたデムピアスはその場では何も言わなかったが、後日彼が語ったところによれば「アレでいいのならミュゼリアでも作れるよ!」とのことらしい。カレワラ式では道具は必ず自作しなければならないのだ。残念ながらスオミ式では道具を自作する必要はないので、名指しされたミュゼリアがどの程度作れるのかは謎であるが。
 マレリアは一旦、道具を入れてきた手提げバッグを魔法陣の外に置いてきて、小走りに中心に戻った。そして、言った。

「私が務めさせていただきます降霊術に皆様が多大なお力をお貸しくださることを心から感謝いたします。では……はじめましょう」

 そろそろ明け方の四時になろうとしていた。
 
 
 


補足
*1: 聖職者の魔法、モンスターを浄化させてダメージを与える魔法。実際には相手がモンスターでなくても発動できる。
*2: 主に火山と呼ばれる場所に出現する恐竜型のモンスター。
*3: 冒険者が敵との戦闘中に少しでも早く攻撃できる略式と魔導師や老師と呼ばれる者たちが使うことが出来る正式なものがある。正式の魔法は発動が遅くて冒険者にとっては全く使い物にはならないが、威力は略式の比ではない。
*4: ゲーム中では、対象の周り二マスのDAM+30,HIT+40向上、要するに攻撃の威力と命中率を高める。
*5: ゲーム中では、対象の周り二マスのAAR+30,SAR+60向上、要するに防御能力を高める。
*6: 吟遊詩人の三種類の技で、それぞれ一定時間、持続的に体力、魔力、スタミナを回復させる効果がある。アニマトより長い間隔で大幅に回復する。
*7: 吟遊詩人の三種類の技で、それぞれ一定時間、持続的に体力、魔力、スタミナを回復させる効果がある。インクリースより短い間隔で少しずつ回復する。

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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