#23 ミュレカンとデス [---・3年前]
posted by GEM at 2005年10月23日 18:49
何もない空間に、ミュレカンはただひたすらそこにいる。光が全くないこの空間は、自分の目の前に持ってきた手すら全く見ることも出来ない暗闇である。どちらが北なのか? どちらが上なのか? 踏みしめるべき地面もなければ基点となる標もなにもない。落ちている感覚もなければ浮いている感覚も飛んでいる感覚もない。ただひたすら、暗闇の中にいる、としか言いようがない。
だが、ここはどこかと言うことは分かっていた。ここは、セイリュウの持つ水鏡の中であり、セイリュウの存在する真・神界の空間を切り出して作られた閉じた空間の中だ。そういった場所があると言うことは何度か聞いたことがあったが、無縁のものだとも思っていた。というより、そもそも考えが及ぶことすらなかった。それほど無縁の空間にミュレカンはいたのだ。
特にうろたえることもなく、ただ時が過ぎるに任せていた。もちろん、頭に浮かぶ不安や疑問がたくさんあったのも事実だ。デスが何故自分をここに閉じ込めたのか? ほぼ確実な仮説はあるのだが、確かめたわけではない。また、何故このようなことになるのか? マイソシアは無事なのだろうか? ヘックスタはまだ思いとどまってくれているであろうか? 自らの影響力を落とすことで善悪のバランスを保っているセオは無事だろうか? マイソシアは無事だろうか……。
いろいろな考えが浮かんでは消えていったが、何を考えようとも結論は一つにしかならない。なぜならば今のミュレカンに出来ることは何一つないのだ。であれば、「なるようにしかならない」そんな結論以外に得られるものなどあるわけがないのだ。同時に、無駄に足掻くよりも心を落ち着けることにしていた。きっとデムピアスがうまくやってくれる。そう信じて、その時を待っていた。
「ミュレカン……」
ミュレカンを呼ぶ声がした。その声に聞き覚えがある。ミュレカンが契約を交わしている真・神界の死神、デスである。
「デス様……。どちらにいらっしゃいますか? 何も見ることも感じることも出来ません」
「汝の目の前にいる。姿が映るようにしてやろう」
デスがそう言うと、どこまでも続く暗闇に、突然二人の姿が浮かび上がった。デスとミュレカンの体自体が淡い光を発しているのだ。その淡い光はお互いを照らす以外には他の何物も照らし出すことはなかった。ミュレカンは突然自分とデスの姿が浮かび上がっても別段驚く様子もない。
デスはミュレカンの数歩前ぐらいの位置にいた。黒いぼろぼろのローブを纏い、その中には青白い骸骨が見える。右手にはデスの象徴である大鎌が握られている。真・神界にはいろいろな姿の死神がいるが、誰の目にも一目で死神と分かる存在はこのデスだけだろう。
「デス様、お教えください。なぜ私を水鏡に封じられたのですか?」
デスを真っ直ぐに見据えミュレカンが尋ねる。怒りや戸惑い、疑念、そういったものは一切なく、ただ普通に疑問を投げかけるだけのような穏やかな口調。まるで封印されたのはミュレカンではない第三者なのではないかと思えるほどの冷静さだ。
「知ってどうするのだ?」
「分かりません。デス様の真意は私如きに計り知れるようなものでは御座いますまい。ですから、お尋ねしております」
「……刻が来たのだ」
「刻とは?」
「マイソシアを消す刻だ」
マイソシアを消す……。その言葉にさえミュレカンは特に動じた様子はなかった。あくまでも冷静に尋ねる。努めて冷静を装っているわけではない。動揺したところで何も変わらぬのだ。
「消す……? 穏やかな話ではありませんが、なぜ消すのです?」
「最高神のご意思である。その全てを語る必要もなければ時間もない」
「我らの父最高神様が、直接デス様にマイソシアを消す刻が来たと告げられたのですか?」
「最高神がいちいちこのような雑事を我々にお告げになるわけがなかろう。私は刻が至ればマイソシアを消すよう、既に定められていた。私は定めに従って動く。それだけのことだ」
「ではそうだとして、なぜ私を封印する必要があるのですか?」
「知れたことを。汝もよく知っていよう。我々は直接マイソシアの次元に行くことなど出来ない。マイソシアの次元に行くには、マイソシアの次元のほうから道を作らせるしか方法がない。私の存在はマイソシアに明確に認識されていない故、私が直接呼び出されることはありえないだろうし、そもそも私を呼び出そうとする酔狂な者などいないだろう。だが、汝がいなくなれば必ずや汝を探し出し連れ戻そうとする。人が汝を呼び出すべく道を作りさえすれば、わたしはマイソシアに行くことが出来る。あの術は人にしか使えぬからな」
「私を利用された、と?」
「不服か? そもそも汝らのようにもともとはただの人でしかなかった者に神格が与えられただけでも、真・神界の我らから見れば到底許す事など出来ぬ侮辱。汝らは事あるごとに我等の手を煩わせるだけしか能がない。たまには我らの役に立て」
「私達の未熟さ故に真・神界の神々にご面倒をおかけ致しますことは何卒ご容赦いただきたいところ。ですが、それも契約ではなかったのですか?」
「だから、契約に応じて手助けもしてやっておったろう」
「……デス様。マイソシアの民は私たちの大事な子供たち。今しばらくお待ちいただけ」
「黙れ。私たちの大事な子供たちだと? 何様のつもりだミュレカン。おまえも元々はあの者達と同じ、ただの非力な人であろうが。我々の庇護があってさえあの程度の極限られた世界すらまともに導くことも出来んような能無しが、一人前の神にでもなったつもりか?」
「……それでも……わたしは彼らの神であり、彼らは私たちを信じ……」
「お前達を信じているだと? 笑止。ならばあの世界の堕落ぶりは何事だ? 人の堕落は止まるところを知らず、魔界の者が好き放題に現れておるであろうが。それどころか、同族同士であってさえ、ついこの間も殺し合いに興じておっただろう? 数え切れぬほどの魂がわしの前を通り過ぎおったぞ? とてつもない怨念を抱いてな。あれは何だ? お前達がそのように導いたのか? 全次元においては、汝らやらマイソシアの人とかいう輩は迷惑極まりない穀潰しでしかない。それどころか魔界に落ちる魂が多すぎる。だいたい、お前等は『あの時』に消すはずだったのだが最高神の気まぐれで生きながらえておったにすぎぬ。いつまでも一つの空間と次元をマイソシアの者どものような輩の為に捨て置くことなど出来ぬ。だから、消すのだ。心配せずとも汝やらセオやらは紛いなりにも神格を与えられておるから消しはせん。分かったらここで大人しくしておれ」
「出来ません」
「……まぁ、そう言うだろうとは思ったが、私に歯向かうのか?」
「当然でしょう。デス様からみれば私は紛いものの神かもしれませんが、それでも私はマイソシアの神。『お前の導く世界を消す』と言われて、『はい、そうですか』と応じるような神などいないでしょう」
「言うではないか。だが、お主はここがどこか分かっておるのか?」
「分かっております。死神様方の処刑場です」
「そうだ。ここでは、別にこの鎌でお前の首を切り落としたりする必要などない。私たち死神が、ただ「死ね」と念じるだけで何者であろうともそれで終わりなのだ」
「ですが、私を殺してしまえば、もはやマイソシアの人が私を召還することも出来なくなります。そうなればデス様も人の世界へは行けないでしょう」
「だったら今度はセオとザスでもここに閉じ込めてやればよい」
「では、私を殺しますか?」
「……ふん。私自身はそうしてやってもいいんだがな。残念だが、いくら私達が死神であっても、ここで神格を持つものを処分する時は真・神界の神々がそれを認めねばらなん。そんな面倒をかけてまで汝如きを消すほど私は暇ではない」
「……常々疑問を感じておりました。なぜ神格を持っていれば全ての神々が認めるまで処分できず、人や魔物、天使、精霊、妖精達などの処分は、デス様を含め真・神界の神々の思うが侭なのですか……」
「それが分からぬ限り、汝はいつまでもそのままだ。神になりきれず、人にも戻れぬ」
「分かってしまえば……人の命を消すことなどただの雑事なのですか?」
「人の命に限ったことではない。私の存在と汝の存在、人の存在、天使の存在……大した差などない」
「では、デス様は最高神様の御意思でさえあれば、ご自身が消されるようなことがあってもやむを得ぬ事とお考えになるのですか?」
「考えるとか考えないではない。我々は最高神の御心のままにある。私がどう考えるかなど、取るに足らぬことだ」
「私には……分かりません……」
「下らん。分かろうとすること自体、話にならぬ。未だに人の癖が抜けんようだな。だからいつまで経っても真・神界に立ち入ることすら出来ぬのだ。さっさと死んだらどうだ? その先には汝の求める答えのいくつかはゴロゴロと転がっておる。さして楽しめるようなものでもないがな。……ん?」
「? ……どうされました?」
「これを感じぬのか? だから紛いものの神だと言うのだ……。ほぉー? マイソシアの人ごときにしてはなかなかの使い手がおるようだ。この閉ざされた次元にまでその力の鳴動が響いてきておる。どれ……少し……。ほぉほぉ……。多少は骨のありそうなのが三匹ぐらいおるようだな。後はカスだ。あの程度の者が私を出迎えるとは、ハッ! 見くびられたものだ! ミュレカンよ、そろそろお主を降ろすつもりらしいぞ?」
この時のミルレスの神殿では、まさにデスの言うとおり、マレリアの降霊が始まっていた。陣の中央でしばらく精神統一をしていたマレリアは、カレワラの魔女に伝わる魔術言語を唱えた。おおよそマイソシアで普通に暮らす限り決して聞く機会などない変わった言葉である。
『天を統べし御神の使徒よ。我が北にあれ。
地を統べし炎極の使徒よ。我が南にあれ。
光を纏いし英霊の使徒よ。我が東にあれ。
闇を纏いし悪鬼の使徒よ。我が西にあれ』
マレリアが唱えると、社のすぐ北に金の光、南に赤い光、東に白い光、西には光を吸い込むような闇が現れた。それぞれ握りこぶしぐらいの大きさであり、それはまるで人魂のようなものだった。マレリアはさらに続ける。
『陣の主は四方の御霊に命ずる。天は天に、地は地に、光は光に、闇は闇に。天の落つるところを越え、地の深きところを越え、光の届かぬ闇を越え、闇の絶えし光を越え、あらゆる理の彼岸をも越えて、陣の社の道をミュレカンのありし場に繋ぎ、ミュレカンを陣の主の内に導け。陣の主はここにあり』
すると、マレリアの四方にあった人魂のようなものはふっと掻き消えた。そして、その後マレリアは目を閉じ、胸の前で普通はしないような形に両手を組み、小さくつぶやくように同じことを繰り返し唱え始めた。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
リーゼッタはたまたま近くにいるジンメイに聞こえる程度にこっそりと話しかけた。
「まるで異教のマントラを聞いているようですね……」
「邪教は許せぬ……ってか?」
「いえいえ、邪教だとは言いません。ですが、自分達の文化にない言葉ですからね。神秘的というべきなのかな」
「そうか? 俺には……こういっちゃマレリアに悪いが、少し不気味さを感じちまうな」
ふと、ミュゼリアが鬼のような形相で口の前で人差し指を立てている。
「……うるさいらしいぜ」
「怒られてしまいましたね」
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
マレリアの詠唱は続く。繰り返し同じ言葉だけが響くこの場は、時間がなくなってしまったかのような独特の雰囲気となりつつあり、ここにいる誰もが奇妙な感覚に捉われていた。しかし、今は待つしかない。マレリアの術がミュレカンを捉えるまで。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
こんどは中央付近にいたデムピアスが、社に小さな異変を見た。最初は、社は魔法陣から発せられている淡い光に照らされているのかと思ったが、だんだんと社自体が光に包まれだしたのだ。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
デムピアスは少しずつ、マレリアの声が大きくなってきている気がした。そして社の光も少しずつ色を変えながら光を発しているのがはっきり分かるようになってきた。それだけではない。社から聞いたこともないような声、悲鳴、呻き、他にもなんとも表現の仕様のない音がかすかながら聞こえてきた。
この音はなんだ? 何か、来るのか?
ふと社の北側にいるエリオに視線をやると、エリオもなにか聞こえて首をかしげるような仕種をしていた。どうやら幻聴ではないらしい。音は決して激しくはならないがいよいよ魔法陣の外周にいるシャオリンのメンバーの耳にも聞こえだしたようだ。互いに顔を見合わせたり周りをきょろきょろと伺ってみたりしている。
今度は魔法陣の外にいるガーリンとミュゼリアが魔法陣の外から見ていてあることに気がついた。社から、その上数メートルぐらいのところに向かって、なにかうっすらとした筋のようなものがゆらゆらと揺れているのだ。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
マレリアの声はさらに大きくなってきた。社からもれる音は大きくはならないが激しくはなってきた。爆発するような、引き裂くような、押し込むような、衝突するような、落ちるような、様々な何とも言えない音が漏れてくる。そして、社の上空を揺れていた筋のさらに上の方にも異変が現れだした。なにか、空間が歪む様に見えたかと思うとゆっくりと渦を巻き、社に延びる筋に飲み込まれていくのだ。風らしい風も吹いていないのだが、社の上に発生した不気味な空間の渦はやがて小さな竜巻のようになり、徐々に勢いを増していく。
「ミュゼリア殿……あれは一体なんだろうか? 天空が社のうえの竜巻に飲み込まれていくようだ」
「教皇、お静かに……今非常に大事な場面です」
ミュゼリアはマレリア以外の全員に精霊話術で全員に語りかけた。
(皆様、今度は大丈夫なはずですが、一応マレリア様以外の全員に手短に伝えます。魔術の世界で用いる考え方の一つに、大きな天界、それぞれの地獄、特有の神というのがあります。特有の神は光と闇です。この四つの領域それぞれに対して同時に捜索を掛け、同時に無尽蔵の魔力をこちらから供給することで、どのような英霊、天使、神であっても呼び出せる、それどころか地獄の公爵や魔神までをも呼び出すことが出来るとされています。
降霊させたい相手が小物の時や相手の居場所がはっきりしている時は、相手がいると思われる場所に関連する御霊を召還してその領域だけを捜索しますが、今回のように相手が神などのかなりの存在であるときやどんな経路を辿っていけば相手に辿り着くのか分からないときは、全てが対象になるわけです。
そして今、社の上に天から降りる魔力の渦が発生しています。これは、おそらく対象であるミュレカン神の位置は特定されたということです。あと少しでミュレカン神がマレリア様に降りることになるでしょう。降りた瞬間からは何が起きるか分かりません。ですので十分警戒してください)
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
いよいよそのときが近づいてきている。各々の表情はそれぞれの心境を如実に映し出している。うれしそうにしているのはデムピアスとジンメイの二人だけだが。
『陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……陣の主はここにあり……』
社の上の竜巻がだんだんと激しさを増してきた。相変わらず風がないため、竜巻を見上げる全ての目には余計に不思議な感覚として映っていた。そして、ついに竜巻の下の端が社に到達し、社が微妙にカタカタと揺れ始めた。
マレリアは社の状態を確認すると先ほどまで繰り返した呪文を止め、最後の仕上げに入った。
『四方の御霊よ、陣の主が求めしミュレカンは天を統べし御神のもとにあり。ミュレカンの辿り来る経路を光の導で現せ』
すると、竜巻に一筋の光が紛れ込み、そのまま社に流れ込んだ。マレリアは今度は他の者にも慣れ親しんだ言葉で続けた。
「魔法陣よ。道は示された。この道の端を決して離してはならぬ」
マレリアは軽く呼吸を整えると、ゆっくり振り返り、そして魔法陣の周りにいる一人一人の目を見た。全員が覚悟を決めた目をしてマレリアを見返す。
「……。さて皆様、思ったより早くミュレカン様をお呼び出来そうです。準備はよろしいでしょうか?」
セイリュウの水鏡に閉ざされた空間に一筋の光が下りてきていた。光は通常なら考えられない、まるで意思があるかのような動きでミュレカンの前まで伸びてくる。それは光るロープのようだった。ミュレカンはまだ光のロープに手を伸ばさず、真っ直ぐにデスを見据えている。
「……どうしても、マイソシアに来られるのですか?」
「この期に及んで死神が心変わりするとでも思うのか?」
「……デス様は私を消せるだけの十分な力を持ちながら、決まりにより今すぐに私を消すことは出来ない。私は当然、我が神たるデス様に今この場で歯向かうことなど考えられない。今、私がマイソシアから伸びてきたこの道標を手にした途端、この道標ははっきりとした道となり、私だけでなくデス様もマイソシアに降臨することが出来るようになる」
「そういうことだ」
「わたしは力不足ゆえマイソシアの次元に実体を持つことが出来ませんが、デス様程の神格をお持ちの神であれば完全とはいかなくともかなり実体に近い状態で降臨できるのでしょうね」
「そういうことだ」
「わたしはマイソシアを通って自分の居場所である神界に帰らなければならない。だが、帰るためにこの道標を手にとってしまえばデス様をマイソシアに降臨させることになる」
「汝はさっきから何を言っているのだ? 全て分かりきったことではないか」
「生まれて初めて……かすかに残る人だった頃の記憶から考えても、今ほど恐怖を覚えるときはありませんでした。ですが、今ほど喜びを感じたこともないのかもしれません。デス様。長きに渡り様々なご指導を頂き感謝しております。私はマイソシアの神界の中で初めて、『本物の神』に戦いを挑む決意をした者となるのでしょう」
「決心したか。では、せいぜい奮闘するがよい」
「願わくば、私と一騎打ちをお願いすることは出来ませんか?」
「出来ぬ。汝にとっては私だけをマイソシアから追い払えば事が済むのだろうが、私にはマイソシアの全ての命を消してこなければならない定めがある。第一私には汝との一騎打ちなど何の価値もないではないか」
「そうですか……。では、デス様の定めであろうとも阻止しなければなりません」
「好きにするがいい」
ミュレカンは光の道標に手をかけた。その途端、ふわふわと揺れていた道標は動きを止め、一人が通れるほどの幅となった。
「デス様……最後に一つだけ教えてください。神のお慈悲は……存在しないのですか?」
「慈悲とは、汝が期待するようなものとは全く違うものだ。その程度、賢者であってもよく知ってろうぞ。まったく……お前という奴は最後まで出来の悪い奴だったな。この処刑場の外であればいくらでも汝を消すことが出来る。お前の顔は、そろそろうんざりだ」
「まさか、真後ろからついてくるおつもりですか?」
「ひとつ教えてやろう。お前はこの道を辿らねばマイソシアに行けぬであろうが、わたしは繋がりさえあれば瞬時に向こう側に移動できる。分かるか? その気になれば今すぐにマイソシアに降りてこの道を届けた者を殺すことも出来る。そうすれば道は消え、お前はここに取り残されたままだ」
「なぜそうなさらないのですか?」
「余興だよ。カスどもとはいえ理由もないのに下手に苦しめて殺すようなことは禁じられておる。私のような死神は、あくまで速やかな死という形をもって魂を消すことこそが真の役目だ。だが、抵抗するのであれば話は別。この空間の外でありさえすれば、私の邪魔をするものは誰であろうともこの鎌で切り捨ててやれる。久しく我が愛鎌「デスサイス」に血を吸わせておらんからな」
「……お別れです。デス様。契約の解除を」
「解除を受けた。さて、ではそろそろ、私は定めに従いマイソシアの全ての命を消しに行く。お前もモタモタしてると、お前がマイソシアに着く前に全員死んでおるぞ?」
その瞬間にデスは消えた。
「……人よ! 早く私を降霊させるんだ! 早く!!」
ミュレカンは光の道に立ち、その道の先にいる霊媒師が自分を降霊させるのを待つしかなかった。
「もう全員、十分に準備できているだろう。マレリア殿、始めてくれたまえ」
ガーリンがマレリアに告げた。マレリアはそれに頷くと、再度社に向き直り、一際大きな声で告げた。
「光の道を通りて、来たれ!! ミュレカン神!!」
その刹那、ミュレカンは光の道の先にグイグイと引っ張られ始めた。自分の足でいくら光の道を蹴っても道を進む速さは変わらないのだが、自分を引っ張る速さはどんどん加速していった。ミュレカンは神でありながら、ひたすら祈るような気持ちでいた。「間に合ってくれ」と……。


