#27 死神4 [---・3年前]
posted by GEM at 2005年11月19日 17:31
「んんー……おっぱい人間っていうなぁ……」
夢を見ているらしい。
胸は十一歳の時に先に急成長したため、同年代の友達(特に男の子)に変なバランスをからかわれていたが、そろそろ大人びてきた女の曲線とその胸は彼女のちょっとした自慢になっている。あとはいまひとつ子供っぽい顔が何とかなれば、元超売れっ子娼婦である母親譲りの完璧なスーパーセクシーダイナマイッ*1 の完成。
セリスが寝言と共に寝返りを打ち、そのまま目を覚ました。部屋は暗く、当然窓の外にも日の光などない。せいぜい月明かり程度の明るさでかすかに物の形が分かる程度だ。お腹のすき具合から見ておそらく夜明け前だろうと見当をつける。
(んぁ……あれ? なんで目が覚めたんだろう……? まぁいいか。まだ夜なら寝るに限るわ。……あれ? なにこれ?)
セリスは右手に何かを握っていることに気付いた。
「あれ? ……これって……」
セリスが寝ぼけながら右手に握っている物を見た。それは母マレリアが常に身に着け、大事にしてきた真紅の宝石のペンダントだった。
「……夢?」
よくある自己チェックを試す。バチンッ
「……痛いわ。夢じゃないっぽいわね」
寝ぼけて力加減を間違え、うっすらと瞳に涙を浮かべながら上体を起こしてベッドの上に座る。
「母さん?」
セリスはなんとなく嫌な予感がした。母が大事に扱ってきた物が、寝ている間に手に握られていた。これはつまり、くれたということなのだろうか? もちろん、これをくれると言うのならそれはものすごくうれしいことなのだが、でも、何故突然くれるのか? しかも寝ている間に。幼い時にどうしてもこれが欲しくて駄々をこねたとき、母はそれこそ泣きながら『これはどうしてもあげられない』と言ったほどの物。こっそりとプレゼントされるような物ではないことだけはよく知っているのだ。
「ん~……」
眠い目をこすりながらのっそりとベッドから抜け出し、脇に揃えてあるスリッパを履く。 手に握っていた真紅の宝石のペンダントをとりあえず首に下げると、まだ休んでいる妹を特に気遣うこともなくパタパタと足音を立てながら、母が休んでいる居間に向かった。部屋を出てほんの数歩のところに居間がある。居間と廊下を仕切るような扉はない。部屋は真っ暗だが、休んでいるなら暗いのが当たり前のことであり特に気にするようなことでもない。だが、セリスはふと違和感を覚えた。母の寝息が聞こえないのだ。
「……母さん? 寝てる? ……寝てれば返事しないか。ちょっと明かりつけるわね」
手探りで部屋の片隅の棚まで到達し、そこにあると分かっている燭台を探す。もちろんすぐに見つかった。棚の引き出しを開けてマッチを取り出すと、燭台に火を灯した。そして、母が眠る折りたたみベッドの方に振り返る。だが、ベッドは休む前と同じく折りたたまれたままだった。部屋をぐるりと見回すが、やはり母の姿はない。
「あれ? いない……? もしかして客間かな?」
セリスは釈然としないまま燭台を闇にかかげ客間に向かいながら思っていた。今夜は神殿での儀式のために外出禁止となっている事は町長の通達の通りである。こういったことはミルレスやスオミでは珍しくないことだが、具体的に何が行われるのかはいつも伝えられていない。
昼間に師匠であるエリオに直球勝負で聞いてみたが聞き出せなかった。しつこく食い下がればよかったと少し後悔をし始めたが、とにかく今夜は外出しないようにということは、昨夜ベッドに入る前にも三人がそれとなく確認したことなのだ。にもかかわらず母は寝ているはずの居間にいない。
「母さん? いる?」
客間に入ったセリスは燭台を大きく頭上に掲げ部屋中を明かりで照らしたが、やはり母の姿はなかった。
(……どういうこと? 今日は外に出ちゃいけないんじゃないの?)
夜明けまで外出禁止という通達がなければ、母がいなくてもあまり心配しなかっただろう。子供ではないのだし、夜ぐらいしか出歩けない理由も知っていたからだ。だが、『よりにもよって外出が禁止された夜に、大事なペンダントを娘に預けて』いなくなったのだ。何かが起こっていると考えるのが普通である。
(……どうしよう、母さん、外に出てるのかしら。探しに行ったほうがいいのかな?)
燭台をテーブルに置き、ソファに腰掛ける。無意識のうちに首から下げたペンダントを左手で握りしめ、どうしたものかと考えていたのだが、ふと机の上に置き手紙があるのが目に入った。
(これって、置き手紙よね。えっと……)
『
セリス、セシリアへ。
もしかしたら母さんが帰ってくるまでに目を覚ますかもしれないわね。
母さんがいないからびっくりするかもしれないけど、何も心配しなくていいのよ。
母さんが霊媒師だって言う話はミルレスに来る前に話したと思うけど、
実はね、今日神殿で行われる儀式は母さんが執り行うの。
でも、秘密にしないといけないからあなた達にも黙っていたの。ごめんなさいね。
夜が明ける頃には終わるはずだから心配しないで待っててね。
絶対に外に出ちゃダメよ! 特にセリス!
ちゃんといい子にしていなさい。
母より。
P.S.,
真っ赤な宝石のペンダントはセリスに、青い宝石の指輪はセシリアに。
ちゃんと意味があるんだから交換しちゃダメよ。
』
「……ちゃんといい子にしてなさいって、母さん……。私、もう十七なんだけど」
セリスはひとまず目の前にいない母にありがちな突っ込みをいれた。そして、置き手紙の他の部分について思っていた。
(母さんったら、自分で「私の力はすごいのよ!」なんて言ってたから冗談かと思ってたのに。国レベルで統制されるような極秘イベントに参加しちゃうほどだったんだ……。でも、そんなこと言われたら余計に気になるわ。一体何をしてるのかしら?)
暫くセリスは黙り込んでいた。ひとまず母の行方は分かったのでその点は安心できた。でも、何をしているのかということが気になる。それに、なぜか分からないけど心の片隅に引っかかるような不安感は拭えない。なぜなら、真紅の宝石のペンダントのみならず、デムピおじさん(先代デムピアス)から貰った指輪もセシリアにあげてしまったらしい。『大恩人である大切な人の形見』と言っていたにもかかわらず、だ。
「う~ん。なんでよりにもよって今日、しかも私たちが寝ている間に渡すの……? それに、こちらに引っ越してきてからはずっと塞ぎこんでたのに二日前から突然明るくなったのよね。若返ったとしか思えないほどだった。あれは何があったんだろう? 何というか……何かが起ころうとしている気がしてならない……」
客間で一人呟くセリス。正面の窓はいつの間にか夜闇の黒ではなくうっすらと群青色に変化しつつある。
「もうすぐ夜明けか。……ちょっとぐらい早くてもいいよね?」
燭台を手に立ち上がると、しっかりと目覚めた足取りで居間に移動した。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ガーリンは、硬く握り締めているマレリアの右手の小指だけに集中して、その指先を手の平から離しにかかった。
「ぐ! なんて力だ……ぐっ! ぬぬぬぅぅぅ!!」
本気の力で小指を持ち上げてやれば小指は簡単に折れるだろう。だが、それでは意味がない。やろうとしていることはエリオの頭を締め付けるマレリアの小指に力を加えることで、締め付ける力を分散させて力を弱めさせることなのだ。小指を折ってしまうと、その痛みに耐えるためにもっと力を入れてエリオを締め上げかねない。微妙な力加減を保ちながら慎重に小指の先を手の平から離すが、ゆっくり力を加減する方が体力を消耗する。ガーリンの額にうっすらと汗が浮かんできた。
「マ……マレリアァ……!! 離すんだぁぁあああ!!」
グリハラはエリオがだんだんぐったりとしてきたのでその背後から体を抱えている。エリオは唸ったり、小さく「助けて……」と言ったりするのでまだ気絶はしていなさそうだ。
リーゼッタがマレリアを中心にホーリービジュアを放ち魔法陣からの力の供給以上の速さでグリハラとガーリンのスタミナを回復している。
「マレリアーー! 離せーー!!」
ガーリンがさらに微妙な力加減で小指を持ち上げようとする。ジンメイが叫んだ。
「エリオ! 多分もうちょいだ! 思いっきり暴れろ!」
「……んー……うわああああああ!」
エリオが一気に暴れまわりだした。後ろで支えていたグリハラまで振り払い、頭をがっちり掴んだマレリアに両手を突き出してなんとか引き離そうと暴れた。
「離れろ!」
ガーリンが叫んだ。その瞬間、
「抜けたぁ!」「うわぁ!」
エリオはマレリアの腕から解放され、暴れていた勢いでグリハラを巻き込んで後ろにドサッと倒れこんだ。マレリアのほうも押さえ込んでいたエリオの頭がなくなったにもかかわらず渾身の力を入れていたため、そのまま自分の胸の下辺りをズバン! と叩いた。その勢いでフラフラとよろけていたのをガーリンが背中に手を回して体を支えた。
グリハラはすぐに起き上がりエリオを気遣う。
「エリオ様! 大丈夫ですか!?」
エリオは何とか呼吸を整えると、グリハラに答えた。
「……えぇ、ありがとう。死ぬかと思ったけど、とりあえず生きてるわ。それよりマレリアは……?」
二人はすぐにマレリアと彼女を支えるガーリンに視線を向けた。
「はぁ、はぁ、……はぁ。マ、マレリア、大丈夫か!? 死神の仕業なのか?」
ガーリンの言葉にも何も反応せず空ろな目は焦があっていないようだ。腕はエリオの頭を締め付けていたときの力を全く抜いていない。これだけ力を入れ続ければ息も上がってきそうなものだが、相変わらず寝息の様な穏やかな呼吸だ。
「……あぁ、頭痛い……」
ぜぇぜぇと息をしながら立ち上がろうとするエリオ。リーゼッタのリカバリの光がエリオの体力とスタミナを回復させたが、強烈な頭部圧迫による頭痛は治癒魔法だけでは直ぐには完治はできない。エリオはマレリアから距離をとってふらふらと立ち上がり、マレリアに厳しい視線を注ぐ。
「ねぇマレリア、一体どうしたって言うのよ? ものすごく痛かったわよ? 何か私に恨みでも」
「ぎゃあああああ!!」
エリオの言葉はマレリアの叫びに遮られた。その叫びは極限の苦痛と恐怖にさらされたかのようなおぞましい叫びであり、もはや女性の叫び声とすら思えない。その場にいた全員が、突然の悲鳴に思わずビクリと驚き、特に間近にいたガーリンは思わずマレリアを支えていた腕を放してしまいそうになったほどだった。すぐにしっかりと支え直して声を掛け続ける。しかし空ろだった目が大きく見開かれて完全に白目を剥き、口からは涎を垂れ流している様子に思わず信じられないとでもいうように首を振った。マレリアはガクガクと体を震わせ、まるで何かの呪いのような叫びは息の限り続き、息が絶えてもさらに搾り出すように喘いでは苦痛に顔を歪める。そしてまた叫ぶ。
「ギャアアアア! ああああぁぁぁっぁっぁ……ぐああああ……」
ガーリンがマレリアの両肩を掴み、体を揺らしながら呼び続けた。
「おい! マレリア! 正気に戻れ!! マレリア!!」
正気に戻れ?
リーゼッタとエリオが目を合わせた。二人とも何かを思いついたようだ。おそらくこれは死神の仕業、果たして有効かどうかは分からないが、試してみる価値はあると判断したリーゼッタ。
「私が」
「えぇ、頼むわ……」
痛みを紛らわすように頭を抱えながらエリオが答える。リーゼッタは頷くと、右手のホーリーセプトの先端の方を持ち直した。左手は胸の前で開き、いかにも分厚い本でも持っているかのようにそこに視線を落とし、まるでその本を読むかのようにホーリーセプトで空間をなぞりながら唱え始めた。
「其は罪にあらず、祝福を汚す者は汝ではない。我が祈りは天より汝を照らす導きの光の如く汝の目を覆いし闇を取り除き、我が祈りは母なる大地の如く荒れ狂う嵐を退け、我が祈りは凍土に注ぐ陽光の如く汝を捕らえし呪縛を消し去る。導きに従いて神の御許に帰れ。……イアの導師リーゼッタがイアの御言葉のままに汝に祝福を授けん。ディスペル*2
」
ガーリン、グリハラ、ミュゼリアがマレリアに注目しているなか、リーゼッタの正式発動のディスペルの光がマレリアを包み込んだ。すると、マレリアの叫び声や喘ぐような苦痛の声がピタリと止んだ。そのまま意識を失ったように背後へ倒れそうになるが、ガーリンがそれを抱き止めた。声こそ止んだものの、その眼はまだ白目を剥いたままである。奇妙なことに、呼吸は相変わらず穏やかなままだった。
「マレリア……君の身に何が起こっているんだ……。君にして上げられることは何かないのか……」
ガーリンは押し殺した呟きを洩らしながらマレリアをゆっくりと地面に横たえさせる。
エリオは、ふとガーリンの一瞬の横顔に、愛する女を助けたいと願う男の横顔を見たような気がした。そして何故か胸の奥に不快感を感じたのだが、それがどうしてなのかは分からなかった。
(……私、どうしたんだろう、こんな時に……。集中しないと……)
不快感が何だったのか自分でもよく分からず、なんとなくそんな自分に恥じ入ったのか、出来るだけ自然に、いかにも頭が痛いとでも言うように頭を振って、今感じた思いを頭からかき消した。
その時……
ガシャン。
ジンメイの背後で金属が地面に落ちる音が響き、続けてドサリと何かの音がした。瞬時に背後を振り返るジンメイ達の目に飛び込んできたのはディスシールドとサーベルを脇に落として倒れるデムピアスの姿だった。
「……なんなんだよおい、今度は海賊王かよ……。何がどうなってんだ?」
誰にとっても明らかに全く釈然としない状況だが、とにかくそのままにしておくわけにはいかない。ジンメイはデムピアスの近くにいたチェイピンに目で合図する。チェイピンは頷くとデムピアスに注意深く、しかし速やかに近づき、声を掛けた。
「閣下……? どうされたのですか? 大丈夫ですか?」
全く反応がない。
「チェイピン、どうだ?」
「はい、呼吸はしているようですし、見た感じでは外傷らしいものも見当たりません。とりあえず起こしてみましょうか?」
「……待て。俺にそれを判断できるような材料はない。エリオ、どうだ?」
「私も分からないわ……。マレリアも大人しくなったっていうだけで、今でも白目を剥いたままなのよ? 実際、何がどうなってるのか教えて欲しいぐらいだわ。大体、あの骨はどこにいるのよ?」
仰向けに横たわるマレリアを見つめながら傍らに片膝をつくガーリンが、そのまま微動だにせずに言う。
「……誰も、死神の気配は感じないのか?」
暫く誰も答えなかったが、ジンメイがふとある考えに思い当たった。
「ガーリン教皇、今は死神もミュレカン神も気配を感じない。それだけじゃない、デムピアス閣下の気配もマレリアの気配も感じられない。呼吸はしているらしいが全く精気を感じられないってとこだ。なぁ、最初の話を思い出してみてくれ。ミュレカン神はマレリアを守るためにマレリアに降りると言っていた。だが、もしもそれが駄目だった場合、デムピアス閣下に降りると言っていたんだよな?」
「……つまり、マレリアは死神に憑依された、ということか? そして、マレリアから追い出されたミュレカン神はデムピアス閣下に……。なるほど。それが事実だとすれば、今の事態もある程度納得出来なくはない。だが、マレリアにもミュレカン神のタリスマンを持たせているはず。これは死神の憑依を防ぐためではなかったのか?」
ガーリンは最後の方はリーゼッタに問いかけた。リーゼッタは「その通りです」と短く答える。
エリオはまだ鈍痛が抜けない頭を片手で抱えながら、無意識のうちにガーリンとマレリアを見ていた。婚約者に死んでくれと頼んだ男と婚約者の命の犠牲によって生きる女……。ふと、頭に妙な考えが浮かんでしまった。
(マレリアに死神が憑依しているなら、ガーリンを殺せばいいのよ……。それで『おあいこ』よね、マレリア……)
「エリオ枢機卿?」
「え?! あぁ、何でしょうか? リーゼッタ枢機卿」
「いえ、ちょっと気になりまして。マレリア様とガーリン様を睨みつけていらっしゃるようでしたが、どうかされたのですか?」
ビクッ肩を震わせるエリオ。
(私、頭がおかしくなっちゃったのかしら……誰もマレリアとガーリンがそんな仲だなんて言っていないのにガーリンが死んで『おあいこ』だなんて……いいえ、そうじゃないわ! 私はどうしてしまったの!? そんな仲だったら死んでしまえばいいって思ってたってことじゃない!!)
エリオは自分の考えてしまったことに激しい嫌悪感を覚えたが、出来るだけ平静を装ってリーゼッタに答えた。
「……いえ、そんな睨みつけるだなんて、そんなつもりはありませんわ。……きっと気のせいですよ、リーゼッタ枢機卿。お気になさらないでください」
エリオの言葉の間はリーゼッタに何かを感じさせるには十分だったが、リーゼッタもそれ以上は聞かなかった。しかし、その場で二人だけに聞こえる程度の会話だったにもかかわらず、ジンメイの地獄耳はその会話を聞き取り、そして直感で理解した。エリオの前でガーリンとマレリアを近づけておかない方がいい、このままではエリオの集中力が落ちる。(ガーリン、エリオとギルベルトのことを知ってんならエリオの視線に気づけよ!)などと思いながら、ガーリンに呼びかける。
「ガーリン教皇、マレリアは確かに心配だが、念の為マレリアから」離れた方がいい。最後の言葉は突然の出来事で口から出ることはなかった。
「ぐあ!?」
突然、ガーリンの右腕が掴まれた。腕を掴んだのは白目を剥いていたはずのマレリアの左手だ。腕を掴みながら、不気味な笑みを浮かべてまっすぐにガーリンを見つめている。その瞳の奥にはなんとも表現のしようがない輝きがあった。
「マレリア? ……いや。……死神か?」
「いかにも。出来損ないどもの霊媒師ごときと思っておったが、なかなかどうして、この魔力は素晴らしいな。力は全くないが漲る魔力は無尽蔵、大した術も持たぬミュレカンには勿体無い代物だ。しかも、魔法陣の起動者だからな。この女に注がれる魔法陣の力も全て使い放題だ! この魔力を利用してこの体の生理的な限界を解除してやれば……まだまだ力を出せるぞ?」
言いながらガーリンの腕をどんどん握り締めていく。
「……ぐ……マレリアはミュレカン神様のタリスマンを持っていたはず、何故マレリアにとりつくことが出来たんだ?」
「ふん、ミュレカン本人が作ったのならいざ知らず、貴様らカスの拾ってきた石ころが本当に私に効果があるとでも思っておったのか??」
マレリアの上半身が起き上がり、ガーリンの腕を掴んだまま立ち上がった。腕を掴まれたままのガーリンも立ち上がるしかない。
「教皇様……」
エリオが心配そうに呟き何かの術を唱えようとしたがガーリンはひとまず左手でエリオを制した。
「死神……いや、デス、だったな。ぐあ……マレリアを……どうするつもりだ……ウアアア!!」
死神がさらにガーリンの腕をきつく掴む。たまらず、開いたほうの左手でマレリアの左手を掴んでマレリアの瞳の奥を睨みつける。筋肉を締め上げられるだけでも十分な苦痛となるが、骨にまで達するほどの力でゆっくりと締め付けられる痛みというのは拷問以外で味わうことはまずありえない。元僧兵師範であるガーリンほどの男が見せる苦痛の表情は見るだけで痛々しかった。
「己の知ったことか。大体、カスが気安く私の名を呼ぶでない。神罰だ、この腕、砕いてやろう」
骨がきれいに折れるだけなら「パキッ」とか「ボキリ」という音がする。だが、骨が筋肉の中で『握り潰される音』というのは……
バキバキバキ……身の毛がよだつ不気味な音が耳につき、間髪いれず、
「ぐぎゃあああ!!」
断末魔としか表現のしようがない叫び声を上げるガーリン。想像を絶する苦痛に襲われているのは明らかだ。そして、マレリアの指もおかしなことになっている。力の反動で自分の手を壊したように見えるのだ。まるで締め上げすぎて曲がってしまった万力のように。それでも死神は、おかしな形でガーリンの腕に絡みついた手と指先を緩めようとはしない。
(おい! エリオ! ガーリン! どうすんだ!? こういう事態になったらマレリアごと殺るって言ってなかったか?! グリハラはもうそこで準備できてるし俺らもいつでもいけるぞ!!)
ジンメイの精霊話術が全員に伝わる。エリオが答えようとするがそれより早くガーリンが答えた。
(まだ待て! ……本当にマレリアごと死神を殺るときは……私が殺る……ぐぬううう……)
(腕砕かれて何をのんきな事を言ってんだガーリン!)
(僧兵を舐めないで……もらいたいな、シャオリンのマスターよ。まだ、左腕がある……)
「んん? 貴様ら何を考えておる? この女ごと私を殺せばなんとかなるとでも思っておるのではあるまいな?」
「……ぐぐ……なんだとぉ?」
「阿呆だな。せめて根拠のある策を講じるぐらいの知恵はないのか。この女が死んだらこの魔法陣の効果は無効になる、その意味が分かっているか? 私の本来の力が解放されるのだぞ? 私はこの女が死んだら次はそこの女にでも憑依してやればいいだけだ。この女には及ばぬがなかなかの魔力を感じるからな!」
そう言って空いている右手でエリオを指差し、きわめて下衆な笑みを浮かべて続けた。
「そういえばそこの女よ、この男のことを死ねばいいと思っておったな? それで『おあいこ』なんだろう?」
わなわなと打ち震えるエリオ。
「な……なにを……」
だが、まだ踏みとどまっていた理性がエリオの感情を辛うじて鎮めさせ、怒りを抑えて心を落ち着かせる。そもそも心を読み取られてしまったとしか言いようがないのだ。であれば、下手に言い返しても足をすくわれるだけだろう。
「ほお、多少は理解が早いらしいな。ガーリンとやら、お前も見習ったらどうだ? 今でもこの霊媒師の女のことばかり考えておるではないか。そんなことだから、ただ腕を掴むだけのことを避けることも出来なんだのだろう。この虚けめ」
「貴……貴様ぁぁ!! ぐはあああああ!!」
「この期に及んでも口の利き方に気をつけようとは思わんのか? それとも神罰が足らんのか? ん?」
指先まで青黒く変色しパンパンに腫れ上がったガーリンの腕を、死神は無慈悲にもさらに締め上げた。
「がはああうあああ!! ああああ!!」
ガーリンは今にも泡を吹いて倒れそうな程に真っ青な顔になり、汗がどんどん滴り落ちている。
(ガーリン! 無茶するな!! 腕が使い物にならなくなるぞ!!)
(まだ待つんだジンメイ……。それに頼めば腕を離してくれるわけでもないだろうからな、腕の一本ごときくれてやる……)
(そういう事は何か打開策があるとき言うもんだろう!? ジリ貧の状況でかっこつけるなガーリン!!)
(黙れ!!)
予想外のガーリンの言葉に、ジンメイは歯軋りしながらもそれ以上は言わなかった。ガーリンはまだあきらめていないことがはっきりと分かる強い意志を持った瞳でマレリアの瞳の奥を睨みつけている。この男の驚異的な精神力は感嘆に値すると言えよう。だが、強烈な痛みに耐えていることも確かであり、ガーリンの体は時折ビクッビクッと痙攣していた。
見かねたリーゼッタが回復魔法を施そうとするがエリオがそれを止める。
(今はまだだめです、リーゼッタ枢機卿……。まだ、腕を驚異的な力で締め上げられています。ここで回復を行うと、回復と破壊が連続して教皇様を襲い、生殺しの苦しみを与えてしまいます……)
精霊話術でリーゼッタを制したのだが、やはり死神にはその内容がばれてしまう。
「そういうことだ。分かったか、そこのカス」
リーゼッタの歯軋りが聞こえる。今は、とにかく見ているしかない……ガーリンが突破口を開くその瞬間まで……。全員が憤慨し焦燥感に苛まれながらも、とにかく今は待つしかなかった。
「健気なものだ。この期に及んでまだこの女を助けたいか?」
「……」
「そろそろ痛みに神経が耐えられぬか? それとも答える気力もなくなったか? 脆いものだな。お前といい、この女といい……」
ふとガーリンは気づいた。この世のものとは思えない形相のマレリアの目から涙が零れ落ちているのを。
「マレリアから、離れろ、デス……。神ならば多少の慈悲ぐらい持たぬのか?」
「慈悲をあてにするようなカスにはこれをくれてやろう。喜ぶがいい。クックックッ」
その瞬間、マレリアのローブが四方八方に裂け、マレリアの年齢からは考えられないような美しい形の豊満な胸、白く艶やかな肌、何もかもが晒された。全員がマレリアから目を背け、ガーリンは硬く目を閉ざす。
「どこまで卑劣なんだ、デス……!!」
目を閉ざしたまま、ガーリンが極限の怒りを言葉に乗せて放つ。だが、死神にはどこ吹く風、いや、楽しませるだけだ。
「卑劣だと? 望みを叶えてやろうというのだ。この女もお前との交わりを望んでおるぞ? しかもこの女、元本職ではないか! 願ったり適ったりだな! ガーリンとやら!!」
「なにをぉ!!」
ガーリンが遂に怒りを爆発させようとしたその瞬間、マレリアの口から死神のものではない、マレリア本人の言葉が漏れた。
「……やめて……もう私の事は……」
だが、それっきり、マレリアの言葉は聞こえてこなかった。
「ほお、意識を失っていたと思ったが、なかなかどうして、かなりの精神力だなこの女は。だが無駄だ。再び意識を断ち切ってやった」
「デスッ! 貴様ぁ!!」
「どうすると言うのだ? この女、意識がないだけでまだ死んではおらんぞ? それとも安心したか? だいたいガーリンよ、何故眼を背ける? もっと良く見てやらんのか? この女はお前のことを心底想っておるぞ?」
「なんて下衆野郎だ……」
ジンメイが出来る限りの侮蔑を込めて呟いた言葉は、同時に全員の心の内を表していた。


