#28 死神5 [---・3年前]
posted by GEM at 2005年11月27日 21:06
「……ニキア。……起きろ、ニキア」
「?」
男の声が呼んでいる。ニキアと呼ばれた男は、その声が誰なのか分からないわけではない。だが、それはあり得ない事。
「……俺をその名で呼んでもいい奴はこの世にいないはず。何故その名で俺を呼ぶ?」
「この世だと? 寝ぼけるのもたいがいにしやがれ、ニキア。我らの名を受け継いだ者がこの程度で楽になれるとでも思ったか? 俺を超えたお前は『俺達を超えた』んだ。さっさと起きて為すべきことを為せ」
力強い声がニキアに告げる。
「俺は夢でも見ているのか? なぜあんたの声が聞こえるんだ。ミゲイル」
「……クソ迷惑な話なんだがよ、セイリュウとかいう変な服着た女が俺を起こしにきやがった。不甲斐ない後継者のケツを蹴飛ばして来いってな。追っ払ってやろうと思ったが、今度は二代目がさっさと行けと俺のケツを蹴りやがったよ。我らが神ハデスの大狼の臑当てにかけて、あの女の蹴り、クソ痛ぇったらありゃしねぇ。ニキア、てめぇはまだ俺の手を煩わせるつもりか?」
「……何が起こっているんだ?」
「知るか。こちとら現世なんざとっくにサヨナラしてんだ。唯一つ分かってんのはな、てめぇはびびって死にかけてるってこった。あぁ~情けねぇ!! 俺の先代タイダレスやらその先代やらになんて言やぁいいんだ、ったく。しかもニキア、てめぇまだ後継を選んでねぇだろ。てめぇの代で潰す気か? 誇り高き大海賊王デムピアスの名をよ」
「……ケッ! 胸糞悪いシャスのケツの穴にかけて、俺の代でデムピアスが終わるなんてありえねぇよ。ぜってぇ誰かに押し付けてやる」
「なんで『そこ』にかけんだ?」
「俺はデムピアスなんざ受け継ぐ気はねぇっつってんのに強引に継承試合に巻き込んだのはあんただろが。お陰で右腕は義手になっちまったってオチ付きだぜ? っざけやがって。あぁ、やってやらぁ。この俺がびびっただと? 例え地獄の餓鬼にでもそれをぬかしてみろ、我らが神ハデスの紺碧の邪眼にかけて、その舌引き抜いてチャウの餌にしてやらぁ」
「けっ、減らず口とは懐かしいじゃねぇか」
「あんた譲りだよ」
「なら、とっとと起きやがれ!!」
「いてぇ!!」
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
デムピアスの指先が、ほんの僅かにピクリと動いた。
(デムピアス、まだ気配を殺していろ)
心の中から声が聞こえてきた。この声には聞き覚えがある。ミュレカンの声だ。いきなりミュレカンの声が心に直接響いたので多少驚いたが、無駄に騒ぎ立てたりしないのは流石の大海賊王デムピアスである。落ち着いて心で問い返した。
(……どうなってるのですか?)
(まずい状況だ)
(いや、そのことではなく、何故僕は倒れていて、そして何故貴方の声が心に聞こえるのですか?)
(うむ、ざっと話そう。デス様だ。私も汝らの後ろから見ていて驚いたが、汝らは強すぎる。デス様も体術では汝らには全く勝てぬと見たのだろう。私が降りていたマレリアに強引に憑依してきた。マレリアも私も必死に抵抗したのだが、精神領域での闘いではとてもデス様には歯が立たなかった。わたしはこの次元では実体化出来ぬゆえ予め話していた通り汝に降りたのだが、もともと霊媒師ではない汝に突然降りたためか、汝は精神が耐え切れずに死線を彷徨う事となったようだ。仕方なかったこととはいえ、許せデムピアス)
(……それでミゲイルがやって来た、と?)
(先ほどの、いやこの次元でいえば先日だな。あの時の縁もあり私からセイリュウ様にお願いした。何とか汝を助けられないかと。だが契約により、汝が契約に従って呼び出さぬ限りセイリュウ様もそう簡単にはこちらに影響することは出来ない。しばらくの間、とにかく汝が生還することだけを祈ったものだ。すると、そのミゲイルという汝の守護霊が突如明確な意思を持って汝に語りかけてきた)
デムピアスは(ってことはあのクソ野郎、死線をさまよってる俺のケツを蹴りやがったのか!)と思ったが、心の深いところで思ったことはミュレカンにも察知されないようだ。
(……ミュレカン神様でも祈るのですね)
(ザスやイアに汝の気付けを頼める状況なら祈ったりせずに彼女らに頼んだだろうな。だが彼女らの術は効きすぎる。一気に目覚めたのでは『死んだ振り』の効果がない。だから、なんとか自力で目覚めてほしかった)
(いや、待ってください。私は死んだ振りをしていたわけではないのですよね?)
(まぁ死ぬというのは大げさだが、『意識を失っている』と『意識を失っていると思わせる』では雲泥の差であろう)
(そりゃまぁ、確かに……。ところで、まずい状況らしいですがもう少し教えてください。ミュレカン神様が私に降りているのであれば、死にかけの私など捨て置いて動くことは出来ないのですか?)
(憑依したのであれば可能だが、憑依と言うのは対象の生命力を極端に消耗する。霊媒としては何の力も持たぬ汝に憑依すれば汝は即死だっただろうな。今のように対象に降りた場合には対象の意識がはっきりしていなければ指先一つ動かせぬのだ)
(……ということは、今まさにマレリアは極端に生命力を消耗し続けている、ということですね。で、まだ動いてはダメですか?)
(誰にもばれぬように、状況を確認するんだ。私は汝の目を通さずとも見ることが出来るが、汝はその目で見なければ状況を把握出来まい)
(誰にもばれずに、ね……。そういうのは得意ですよ)
「どうしたガーリン? この女が欲しいのだろう?」
死神の乾いた声が薄っすらと明けて来た夜闇に響いたように感じた。実際にはそこにいる者達全ての精神に直接、そして強制的に聞かせているのだが。
今まで意識を失っていて、この言葉から死神とガーリンの会話を聞いたデムピアスには言葉の通りの意味が伝わってくる。
(ガーリンが女が欲しいだってぇ!? そりゃスクープだ!)
こっそりとマレリアの方を見るデムピアス。すぐにミュレカンの言う通りのまずい状況をなんとなく理解した。理解したのだが、それでも感嘆の言葉を洩らさずにはいられなかった。
(マレリア……信じられないな! 昔のままの美しさだ……)
(あぁ、人にしてあの美しさでは、インカ*1
が歯軋りして悔しがるだろう……。ん? 汝はあの者の裸を見たことがあったのか?)
(そこはお互い大人なんですから置いておきましょう。それにしても、ガーリンの腕……地面すれすれから見てるからいまいちよく分かりませんが、あれはもう、切り落とすしかないでしょうね。僕がいい義手の作り手を紹介してあげることにしますよ。しかしまぁ……みんながみんな目を背けてちゃ、死神に何をされるか分からないじゃないか。マグダルやらグリハラはまだ若いし女人禁制の武門にいるんだから分からなくもないけど、ジンメイは子供もいるんだから、いまさら女の裸が恥ずかしいわけでもないだろうに。エリオやミュゼリアなんて同性じゃないか。ガーリンには……刺激が強すぎるだろうなぁ……)
(多分、そういうことで目を背けているわけではないと思うがな。汝はもう少し人の心の機微を学んだほうがいい)
(それはどうも。精進することにしますよ)
「この……下劣な悪魔めが!!」
ガーリンは、出来るだけマレリアの体を見ないように、尚且つマレリアの顔の方に集中して言った。
「私を悪魔だと? この私を悪魔と呼ぶのか? 神である私をあの汚らわしい悪魔だと言うのか!? カス、お前は神の逆鱗に触れた。おい、そこの女、望みを叶えてやろう」
死神はエリオに向かって言った。
「望みですって? ……まさか!?」
「そうだ、喜べ。これで望みどおり『おあいこ』だな。お前の望みを叶えた神の名はデスだ。末代まで我が名を讃え祀るがいい」
「まさか、そんな……やめて!!」
目を見開き叫ぶ。どうしようもない後悔の念が悲痛な叫び声となって辺りに響いた。
「その絶望の叫びは一品だな! いいものを聞かせてもらった礼に、この男を魔法陣の外に放り出して魂を一瞬で消してやろう」
「まずい! 行くぞ!!」
ジンメイがチェイピン、マグダル、グリハラに声を掛ける。事ここに至ってはもはやマレリアの体を傷つけずにガーリンを救うことは出来ないと四人が覚悟した。最も近くにいたグリハラが真っ先に死神に襲い掛かる。だが。
「遅い」
死神はまるで小石でも放るように、マレリアの左手だけでガーリンを魔法陣の外へ投げ捨てた。その光景はどこからどう見ても滅茶苦茶なもの、女の細腕が鍛え上げられた男を片手で投げ飛ばすのだ、予測など出来ようはずもない! しかも、死神の力でガーリンを投げ飛ばしたとはいえ、マレリアの体はその力の反動に全く耐えられず、左鎖骨が折れて皮膚から突き出して頬を切り、左肩甲骨も背中から飛び出てしまっていた。ガーリンの腕を投げ放った左手も人の手の形をなしていない。
「うがあああ!!!!」
「しまった!」
ガーリンの苦痛の声が上がり、グリハラの言葉が虚しく響く。
散々痛めつけられた腕だけを持って投げ飛ばされたガーリンは、いよいよ耐え切れないとばかりの悲鳴を上げながら魔法陣の外へ向かう放物線を描く。このまま魔法陣の外に投げ出されてしまえば、あとは死神の力で魂を消されてしまうことになるだろう。マグダル、チェイピン、グリハラ、そしてジンメイですらこのあまりに予想外の出来事に、咄嗟にガーリンを受け止めるべく動くことが出来ない。
(デムピアス!)
(おうよ!)
デムピアスは瞬時に立ち上がり、技を発動した。
「ブリズウィク!!*2
」
そして間髪いれずにガーリンを受け止めに走る。いや、走るという表現は正しくない。それはまさに一陣の風だった。ガーリンの体は疾風に受け止められ、その後でデムピアスの姿が皆の目に映ったと言うべきだ。ただ、デムピアスは確かに間に合ったのだが、大の男が飛んで来るのを受け止める為には両足で地面に踏ん張っても無駄である。ガーリンをしっかりと捕まえたまま地面に身を伏せ、全身で地面を捉えるようにして魔法陣の外へ押し出される勢いを殺す。
「とまれぇぇ!!」
ズザザザァーーッ!! 気合一閃でようやく押し出される勢いを殺した。
「……助かった、のか?」
ふと後ろを振り返る。そこはぎりぎり魔法陣の中だ。どうやら無事だったことを見て取ったエリオがぺたりとその場に座り込んだ。「よかった……」と呟くのだが、涙まじりで言葉にならない。
「ふう、危ない危ない……。でもまぁ、流石僕だね。ピンチの時には必ず僕の力が役に立つのさ。そう思うだろ? ミュゼリア」
立ち上がって土を払いながら言うデムピアスに、言葉もなくコク、コク、と頷くミュゼリア。あまりにことに心を奪われてしまい、咄嗟には言葉が出なくなっている。リーゼッタがぼそりと「ずっと寝てたじゃないか! サボり大王め!」と呟いたのは幸いデムピアスには聞こえていないようだ。
「ガーリン……大丈夫そうには見えないんだけど、大丈夫か?」
痛みに耐えるような唸り声を洩らして横たわるガーリンの上半身を丁寧に起こしてやる。すぐにチェイピンも駆け寄り負傷していない左側からガーリンを支えた。
「すまないな……世話をかけた。つぅ……! それより、君は大丈夫なのか? 倒れていたようだが?」
「あぁ、心配ない、この通りさ。ゼッタ、頼む」
リーゼッタはそれだけで十分に理解しガーリンにリカバリを唱えた。痛みは多少引いたようだが、完全に粉砕されてしまった右腕は相変わらず腫れ上がったままだ。デムピアスが言ったとおり、もはや右腕の回復は見込めないだろう。
(デムピアス……今のは、なんていう動きだ、信じられない。噂に聞くイダテン様かと錯覚するほどだ)
(は? 誰だい? それは)
(……いや、忘れてくれ)
死神もミュレカンと同じようにデムピアスの動きに驚いたようだ。
「貴様……信じられぬ俊足だな。イダテンの力でも授かっておるのか?」
「はぁ? ミュレカン神様も今同じ事を言ったよ。イダテンって誰さ?」
デムピアスが聞き返すが、死神は当たり前のようにその問いを無視した。
「はっ! ミュレカン、そんなところに隠れておったのか。尻尾を巻いてお前らの似非神界へ帰ったのかと思っておったぞ」
(デムピアス、しばし体を借りるぞ)
(……こんな体でよければ、思う存分どうぞ)
「デス様……」
デムピアスの口から聞こえてきたのは紛れもなくミュレカンの声。体がミュレカンの支配下となったらしい。左半身が血まみれになった全裸のマレリアを真っ直ぐに見つめて続ける。
「いや、最早、貴様に諂うのも馬鹿馬鹿しくなってきた。デス。貴様、恥ずかしくないのか? 最初は人にとってあまりにも理不尽な所業とはいえ、自らの力を持って応戦をしていた。圧倒的な魔術の使い手でありながら大鎌を持って人の相手をするのであれば、何と言われようとも人の理の中ではそれを尊重する神なのだと思っていた。だが、今のその様は、セオの契約するアフラマズダ様がおっしゃっていた通りの『真・神界に上がって神格を与えられる前の狂気の悪魔・デス』そのものではないか。図星をつかれて『神の怒りに触れた』だと? 馬鹿か? さすが『脳無し』だな。笑わせてくれる。最高神様のご意思が本当に貴様に定めを与えられたのなら、真・神界などこちらから願い下げだ」
デムピアスが精神領域でミュレカンに語りかける。
(ミュレカン神様、ちょっと喋りすぎな気がするのですが?)
(皆には後で口止めでもすればいい)
(……私の主神はハデス神様でしたが、あなたの方が馬が合いそうな気がしてきました)
マレリアの表情が完全に悪魔のそれとなった。左肩から先を除いた体の完全なラインも、その表情とほぼ全身が血で赤く染まった体では、マグダルやグリハラも見てはいけないなどと言う遠慮が消え失せた。マレリアの体に死神が憑依しているからだと分かってはいるが、もはや見た目までもが悪魔としか認識できなくなっていた。
「ミュレカン、多少の縁もあったゆえ目をつぶってやっていたが、そこまで私をこき下ろすか……。いいだろう、これまでだな。所詮カスはカスでしかなかったということだ。お前から」
「マレリア痛かったら許して! パージフレア!!」
刹那マレリアの体を魔法陣が取り囲み、光の玉がマレリアの体に吸い込まれていった。しかし、まるで何事もなかったかのように平然としている死神。なんだこの馬鹿は、と言わんばかりに、だるそうにエリオに振り返り言った。
「……何をしている? この魔方陣を起動したのはこの女なのだろう? 効くわけが」
「プレイアァ!!」
「グハァ!! ……馬、馬鹿な!! なぜだ!!」
今度の叫び声は死神にはかなり効いているように聞こえる。しかしマレリアの体はプレイアの直撃を食らったようにはとても見えないし、マレリアの悲鳴も聞こえてこない。
「やっぱり! プレイアァ!!」
「グアアアア!!」
エリオが何かに気づき、さらにプレイアで追撃する。だが、突然の事でエリオ以外の者はその行動を理解できなかった。
「待ちなさい枢機卿!! 体はマレリア様なのですよ!? マレリア様を見捨てるおつもりですか!?」
呆然と見つめるジンメイたちシャオリンのメンバーとデムピアス、ミュレカン。ガーリンに至っては今にも駆け出してエリオを組み伏せそうな目でエリオを見ていた。リーゼッタは後ろから羽交い絞めにしてエリオを止めようとするが、エリオはそれを思いっきり振り切って叫んだ。
「放しなさい!! もしかしてと思ったけど、今ので確信したわ!! 直接攻撃はマレリアの体を傷付けてしまうし魔法は魔法陣があるからマレリアには一切効かないけど、プレイアは純粋な祈りにより対象のみに働きかけるイア神の奇跡の力! たとえ憑依していても死神だけに攻撃できる!! これしか方法はないのよ!!」
死神はたまらず数歩後ずさった。動くたびにマレリアの体から血が流れ出す。
「くっ! カスの分際で調子に乗りおってぇ!」
「人のことをカスだなんて失礼な化け物ね! さっさとそこから出てきなさい!!」
エリオはさらにプレイアを放とうとした。しかし、それより少しだけ早く死神の魔法が放たれたことをリーゼッタが感じ取り、直感で危険だと判断した。
「ホーリーディスペルゾーン*3
!!」
リーゼッタが術を掛けた瞬間、天からの落雷がエリオ達を襲う。強烈な落雷の音、そして地響き。
「きゃああ!!」
ミュゼリアが悲鳴を上げるが落雷の音にかき消されて何も聞こえない。しかし、もう少し術が遅ければエリオだけでなくリーゼッタ、ミュゼリア、グリハラは即死だっただろう。悲鳴を上げることが出来ると言うことは無事と言うことだ。
エリオは落雷の轟音に驚きはしたが、怯むことなくさらに死神に攻撃を加える。距離を取られて略式では攻撃出来ない*4
ので、躊躇することなく略式の数倍の威力がある正式のプレイアを叩き込む。
「偉大なる我が守護神、イアよ! 我が信仰とイアのお導きを汚す仇敵に絶対の神罰下し給え! プレイアァ!!」
リーゼッタのホーリーディスペルゾーンの効果により、死神の魔法はエリオ達には無効、同時にエリオ達も魔法を唱えられない。だがエリオが言ったとおり、プレイアは魔法ではなく純粋な祈りとそれに対するイア神の奇跡の技なのでその影響を受けない。
「グアアアア! こ、このクソアマァ!」
死神の三度目の叫びが響き渡った。だが、すぐさま死神が何かの呪文を詠唱した。
「まだまだぁ! 偉大なる我が守護神、イアよ! 我が信仰とイアのお導きを汚す仇敵に絶対の神罰下し給え! プレイアァ!!」
エリオの正式発動のプレイアは再度死神を捉えたが、今度は何も衝撃を与えることが出来ない。
「絶対防御はお前らだけのものではないわ! だいたいイア如き格下の神の力が、そう何度も通用すると思うな!!」
「くっ! 他に何か方法は……」
「こちらの番だ、滅多に拝めんものを見せてくれよう」
そのまま、何をしているのか分からないが意識を集中し始めた。
「何をする気だ? 今のところまだ私達はホーリーディスペルゾーンで守られているはずだが?」
グリハラが怪訝そうに死神を見る。もちろん、グリハラを含め前衛の全員が出来れば死神の集中を遮りたいのだが、エリオほど思い切った動きはなかなか出来ない。前衛の強さに対してマレリアの体は脆すぎるので下手な攻撃は出来ないでいるのだ。そしてエリオ達もホーリーディスペルゾーンの効果で魔法攻撃はおろか保護膜の中で一歩も移動することは出来ない。
「……癪に障るが、貴様らの力、認めてやる。私も甘く見すぎたのだな。まさかこの女に憑依しても私を追い詰めてくるとは。だが、これならどうだ? さぁ骸よ、私の手足となりこいつらを殺せ!!」
死神の言葉に、ミュレカンがデムピアスの体で叫んだ。
「いかん! ドーソンの遺体だ!」
だが、既に死神の術は施されていた。死神の命令に応じたのはミュレカンが言ったとおり、魔法陣の中心から少し離れたところに横たえられていたドーソンだった。人の動きではない妙にぎこちない動きで立ち上がる。体中の骨がぼろぼろなので真っ直ぐ立つことは出来ないようだが、それを苦にしている様子はなく、その妙な動きは、偶然人の体の部位に似たものがついているだけの全く別の化け物と言うほうが正しい。だがそれでも、チェイピンにとっては大事な弟子なのである。
「ドーソン!! この野郎! ドーソンに何しやがった!!」
今度はチェイピンが叫ぶ番だった。
「我が術にて邪転生を施し、ゾンビにしてやった。見たこともなかろう? 既に死んでいるから痛みも恐怖もない。さらにどのような傷を負わせようともたちどころに塞がる。その男も生前それなりの使い手であったのであろう、手ごわいぞ? クククッ」
死神がそう語る間にゾンビとなったドーソンはリーゼッタ達に襲い掛かり、それを止める為にグリハラが既に対峙している。だが、グリハラはホーリーディスペルゾーンの影響で思うように移動が出来ないので、チェイピンがすぐにリーゼッタ達の守りに入る。エリオが死神の忌まわしい術に猛烈な怒りを表す。
「なんてことすんの!! 死者を冒涜するなんて!! 許さない!!」
「許さないからどうだというのだ? そら、効果が切れたぞ? いいのか?」
「まずい! ホーリーディスペルゾーン!!」
リーゼッタが間一髪唱えた瞬間、再度雷がエリオ達を襲う。雷は防ぐことが出来たが、エリオ達はまたしても、少しの間魔法攻撃を行うことも出来なければ味方を補助する魔法も掛けられない。そして保護膜の中で一歩も移動することが出来ないし、今度はその保護幕にチェイピンも包まれてしまった。かといってチェイピンも保護幕に入れなければ即死だっただろう。さらに驚くべきことに、ゾンビとなったドーソンは雷の攻撃範囲にいたにもかかわらず、直撃を受けても微動だにしない。何事もなかったかのようにチェイピン達に襲い掛かっている。
「まだまだ形勢逆転とは言えん。そうだな、この女の魔力を全て使ってやれば、あと一人ぐらいになら強引に邪転生を施せるだろう。たとえ生きている人間にでもな」
それが何を言っているのか理解出来るのはミュレカンだけだった。
「なんだと!? デス! ついに気が狂ったのか! 生きている人間をそのまま邪転生させるなど、それこそ明確に『罪』の一つではないか! 本当に悪魔に戻ったのか、デス!」
「ミュレカン、私は定めを遂行するためなら『何をしても良い』と明確に『赦し』を得ているのだ。……無論、私でさえここまでするのは気がひけるのだがな……」
思いがけない死神の言葉に、場が突然静まり返った。ゾンビと化したドーソンまで攻撃の手を止めた。マレリアの表情に表れている悪魔の表情が突然消え去り、思慮深い目つきでミュレカンを見据える。
「……ミュレカン、私は、事ここに至り確信を得た。このような魔法陣を用意出来る力。我々神の想像を遥かに超える体術。ここまでの力を得た存在は極めて珍しい。ほとんどの場合、この次元程度の位置では物理的な現象の解明が関の山だ。だが悲しいかな、この次元の精神性は力に見合うだけの成長がない。力を持つに足る精神性がないために、力を持つほどに堕落していったのだ。腐敗した権力構造に群がり、今日を生きる事もままならない同胞がいることに心を痛めず、圧政に抗う者を理不尽なまでの圧倒的な力でねじ伏せ、それだけではなく大儀の名のもとに罪のない子供であろうとも容赦なく殺す。今時こんな存在は珍しいぐらいだ。そういった精神性の幼い者が力を持ってしまい、全体を支配し、殺し、盗み、犯し、騙す。それがこいつらだ」
エリオが言葉を挟む。おかしな話だが、ついさっきまで戦いを行っていた者同士とは思えないほど落ち着いた、しかし強い気持ちのこもった芯のある口調だ。
「待ちなさい。なんだかよく分からないけど、少なくとも前帝王アウグストゥヌスとバカ将軍トールの圧制、それに群がる愚かな貴族連中の事を言っているのなら、私達は、何もせずに見過ごしているわけじゃないわ。私の昔の仲間が前帝王とバカ将軍を打ち倒し、あのふざけた圧制を終わらせた。全く抵抗する力も意思もないカレワラの子供達すら容赦なく殺したあいつらのことは私達だって決して許したりしない。総体で見れば確かに私達は過ちを犯してしまったこともあるのでしょう。でも、それを正す努力を怠っているわけじゃない」
死神がエリオの方を見ることなく、右手で言葉を制して続けた。
「私は一つの現象だけを見て言っているのではない。いいか、常に大局から全てを俯瞰しておられるあの御方は一握りの聖者を求めておいでなのではない、次元そのものが新たなる昇華を迎えることだ。一部の者の力だけが肥大し全体の精神性の成長が伴わないここの次元の者達にそれが望めるのかどうか。私はミュレカンを通して知るここの次元の状態から考えて無理だと感じていた。そして、無理だと『判断した』のは私ではない。『あの御方がそう判断された』のだ。ミュレカン、何故私に定めが与えられたと思う? この次元をただ終わらせるだけなら、私より邪神やら破壊神を来させた方が早い。破壊神などは次元の壁すら破壊する唯一の奴等だから今回の様な手間もない。ミュレカン、そして汝らも、何度か言いおったよな? 慈悲はないのかと。よく聞け、答えを教えてやる。速やかに何の苦しみもなく魂を消去できるのは私達死神だけだ。私に定めが与えられた事自体が、あの御方の最後の慈悲だ。他の神々は苦しみと共に殺すことは出来るが速やかに魂を消去して輪廻を断ち切ることは出来ん。これは魂の完全な開放だ。地獄に落ちるべき罪を背負いながら完全な開放を与えられるなど、私に言わせれば腹立たしいほどの贔屓でしかない」
暫く誰も言葉がなかった。ミュレカン以外は理解すら出来なかったかもしれない。そもそも「次元」だとか「あの御方」、「邪神、破壊神」といったキーワードを理解できる者などいるわけがないのだ。
「ふ、私としたことが語りすぎたな。どちらにせよ、私は定めを遂行するためならどのような事でもする。だいたい、抵抗されればこちらもそれ相応に応じるのは当たり前の事、私とてここで汝らに追い返されるわけにはいかぬのだ。そろそろ時間もない。さぁ、ここで私が形勢を逆転する最善の策はこれしかない」
死神がそう言った瞬間、
「ぐあ!」
突然、ジンメイの身に何かが起こった。
「これで、ここにいる最も強い者を私の下僕に引き入れた。これで汝らの最大の戦力は失われ私は最大の戦力を得た。下僕どもよ、私の為に働け」
ジンメイの身に何かが起こり始めると同時にドーソンも攻撃を再開した。チェイピンは防御一方でなかなか攻撃出来ない。グリハラも、チェイピンとドーソンが歩んできた辛い修行の過程を知っているのでなかなか最大の力で攻撃する事が出来ない。リーゼッタとエリオはドーソンを攻撃できるかも知れない攻撃方法に気づいているが、自分達の連続攻撃によってドーソン殺してしまった後ろめたさからそれを躊躇していた。
「クソオオォォォ!! ……こ、この……骨がぁああああ!! があああああ!! ぐわあああぁぁぁぁ……」
極度の苦しみに耐えるジンメイ。だが、どれだけ耐えようともジンメイの体は速やかに死神の邪転生の術に犯されていく。
「まさか、そんな、マスター? 嘘だ……嘘だと言ってくれ……マスター……」
マグダルの目の前でジンメイの肌がみるみるドス黒く変色し、目の眼光が鋭くなる。
(ミュレカン神様、かなりまずい! ここにはジンメイに勝てる奴は僕も含めていない。唯一対峙できそうなガーリンは強烈に腕を痛めつけられて消耗も激しい。なんとか、ジンメイだけでも術を解除できないのですか!?)
(デムピアス、残念だが、あの術は掛かってしまったら最後、私には打つ手が……ない…………)
(では、変わってください。彼に頼まなければならないことがあります)
(うむ)
デムピアスの体の本来の持ち主が、再度デムピアスの体を支配する。
「ジンメイ! セイリュウのスケールアーマーを脱げるか?!」
「あぁああ! ぐがはぁ!! わ……わかった……」
ジンメイは身をよじるほどの苦痛に耐えながらデムピアスの意図することをなんとか理解した。脅威の戦闘能力と絶対的な防御性能の鎧、そこに不死の再生能力を組み合わされてしまうと、デムピアス達はどうやっても勝てなくなってしまう。装備しているアシュラランブルを脱ぎ捨て、さらに苦しみながらもなんとかスケールアーマーを脱ぎ、デムピアスに投げる。苦しさゆえに手元が狂ったのか、スケールアーマーはデムピアスから逸れて投げられたため、デムピアスは大きく手を伸ばしてそれを受け取り、すぐさまバックパックにしまいこんだ。
「さぁ! 俺は丸裸だ! マグダル、 デムピアス、 ガーリン! だ、誰でもいい! 早く俺を殺せぇ!! エリオォ!! 得意の正式の呪文には何か強烈な奴があるんだろ!! 早くしろー!! 苦しい、殺してくれ! はやく!!」
「わ、私にそんなこと出来るわけないでしょう!! 大体こっちもドーソンで手一杯よ!! 誰か何とかして、ジンメイを助けてよ!!」
「マスター、俺には出来ない……師匠である貴方を殺すことなど……」
エリオ、マグダルがジンメイに答える。デムピアスもミュレカンも黙している。そこに、死神の戦慄の言葉がマグダルを、いや全員をさらに絶望させる。
「無駄だ。術は既に掛かった。殺してもゾンビとして蘇るだけだ。どうしても今のうちに何とかしたいなら、術が完全に掛かりきる前にバラバラに切り刻んで焼き捨てるんだな。術が完全に掛かってしまえば、首を切り落としても殺せんぞ。その証拠にあの男を見てみろ。先ほどまでぼろぼろだった骨格も筋肉も傷跡も全て回復しているだろう。さあ、せいぜい抗ってみせろ。私は今のうちに魔力を回復させてもらうことにしよう。この優秀な魔法陣の魔力は無尽蔵だからな! その男に邪転生を掛けた為に魔力をほとんど使い切ったが、完全に回復すればまた一人、我が下僕に引き入れてやるぞ?」
「ぐああ!」
チェイピンの叫び声が上がった。ドーソンの攻撃を、セイリュウのスケールアーマーを活かして防御のみで凌いでいたのだが、ドーソンに抱え上げられ頭から地面に叩きつけられた。ぎりぎりの受身でなんとか後頭部直撃は免れたが、かなりのダメージを頭部と首に負ったのは間違いないようだ。とどめを刺されそうになるのをグリハラが防ぐ。エリオの回復魔法やリーゼッタ、ミュゼリアの攻撃も止むことなく続いているが、ドーソン一人相手にするのでさえ四苦八苦し、ついにチェイピンが打撃を負わされたのだ。ここでジンメイが完全に術にかかってしまえば不利という言葉で表現できる限界を超えるだろう。
デムピアスの脇で屈みこんでいたガーリンが言った。
「……デムピアス、私の右腕を切り落としてほしい、痛みが邪魔で今にも気を失いそうだ……くぅっ……。急いでくれ。ジンメイ殿に完全に術が掛かる前に」
すぐさまミュレカンとデムピアスが入れ替わる。
「……確かにその腕はもう切り落とすしかないだろうね。だけど、その痛みには耐えられるのかい?」
「想像でしか分からんが、……今の……痛みよりはマシなはずだ。ぐあぁ……この腕の状態では、もはやどうやったところで治癒は不可能だが、腕を切り落とした傷なら僧兵独自の治癒魔法を使える。少しでも動ける限り何としても動き続けて戦い、信徒を守る為の僧兵の術だ。それに、動くことさえ出来れば、まだ勝機はあるかも知れん」
物騒な話であるにもかかわらず、デムピアスは平然と応じる。
「わかった。ところ関節で切り落とすのは僕の腕では厳しい。下手な落とし方ではガーリンでも痛みに耐えられないだろうからね。痛むだろうが腕を伸ばしてくれないか? 上腕の真ん中から落とす……」
「あ……あぁ、頼む」
デムピアスはスワロウテイルを抜き放ち、ガーリンの背後に回った。ガーリンが腕を水平に伸ばしている。その前腕は青黒く腫れあがり目も当てられない状態だ。デムピアスは特に表情も変えず、そうするのが当たり前と言わんばかりにスワロウテイルを振り下ろした。
ザンッ
見事な一振りでガーリンの腕が上腕の真ん中から地面に落ちた。その切り口を短刀によるものだと違和感なく信じることが出来るのは剣の事を知らぬ者だろう。究極の切れ味を持つ薄身の長刀で切り落としたような見事な切り口。それを短刀で行うことが出来る者など、マイソシアにはそう何人もいない。
「……見事だ、デムピアス。刃先の冷たい感触を感じただけだよ」
冷静に言っているが、当然動脈も断ち切られ、真っ赤な鮮血が心臓の鼓動にあわせてドクッドクッと流れ出している。
「ガーリンの覚悟もかなりのものだね。さすがの精神力だよ、腕を切り落としたのにそこまで落ち着いていられるなんてね……。さて、ジンメイをどうにかするんだろう? 彼が相手では、私に出来ることは陽動ぐらいだ。一撃の重さに勝る君に託すしかない。急ごう、ガーリン」
「あぁ、そうだな……。(イア神よ、我はセオ神の教義とその信仰を守る護法の者なり。今しばらく死の帳を遠ざけ神々の子らを守るための力と加護を与え給え)」
目を閉じて左手を顔の前にかざし、ミルレスの古い言葉で呪文の様なものを唱えると、右腕からどんどん流れていた血がピタリと止まり、断面は肌色に閉じてしまった。それこそ、どちらがゾンビか分からないほど速やかに。それだけではなく、残った左肩から先が一回り太く大きくなったようにさえ見える。明らかに聖職者の術とは違う奇跡の技と言えた。ゾンビと異なるのは、もう腕を繋げる手術は施せなくなったという事ぐらいか。
「これで、ようやく動ける。デムピアス、私たちが動くのなら恐らくチャンスは一度しかない。しくじれば、警戒されてしまってもう通用しないだろう」
「そうだね。それに、もうほとんど術が完了しかけているように見える」
ジンメイのゾンビ化は止まることなく進行している。
デムピアスはサーベルとディスシールドを拾い上げ、ガーリンも一撃必殺の技を打ち込むための気を練り始めた。マグダルは二人のその様子を見て、絶望に首を振り下唇を悔しそうに噛みしめながら気を練り始めた。大粒の涙を流しながら……。
「師匠……。私の精一杯です。ご指導お願いします」
「……ぐ……へ、へへ。やっと、やる気になりやがったか……。ちったぁ……強くなったか? ……ぐ、かは! ……あ、相手してやるよ、マグダル……」
マグダルの断腸の思いの決意は、彼の力をさらに増幅させている。自然体で立ちながらも溢れる闘気をその身に纏わせている。対するジンメイもしっかりと弟子に向き合った。邪転生の術に蝕まれながらも、免許皆伝の最後に立ち塞がる総師範の威厳は微塵も損なわれていなかった。それは非常事態のさなかにありながらも、神聖なる師匠と弟子の戦いとして皆の目に映った。
二人の間の凛とした緊張感が、同じように武術を志した元僧兵のガーリンの胸を打つ。非情であらねばならぬはずだと頭では分かっていても、その思いを打ち消すことは出来なかった。
「……デムピアス。これはただの自己満足なのかもしれない……。だが私には、あの二人の戦いは他人が手を出して穢していいものにはどうしても見えぬ。ジンメイ殿の意識があるうちはマグダル殿に任せたい……」
「せっかく腕を切り落としてまで覚悟を決めたのに、情で動くっていうのかい? まぁ、僕はそういうの好きだけどね」
マグダルはデムピアスとガーリンが静観している意図を感じ取り、二人に一礼した。ジンメイは何も語らぬが、ガーリンとデムピアスの意図に気づいているだろう。マグダルをじっと見据えたままガーリンとデムピアスを震える指先で指し、その手を自分の胸に当てた。
マグダルがいよいよ全ての迷いを払い、純粋な闘志をもってジンメイに立ち向かう覚悟を決めたその時、デムピアスとミュレカンだけにに直接語りかける声があった。
(ミュレカン神様、突然失礼します。マイソシア全精霊の長、ガイアです。残念ながらマレリア様やジンメイ様、ドーソン様を助けることはもう無理ですが、今の苦しみから解放して差し上げられるかもしれません。インカ神様の神器が、この地にあるはずなのです!)
(なんだと!? インカのキュリアスロッドが何故マイソシアにあるんだ!? いや、それよりそれはどこにあるんだ、ガイア!!)
同じタイミングで、チェイピンとグリハラもドーソンにとどめを刺す覚悟を決めようとしていた。
*1: 魔術師の神、呪いのインカ
*2: 盗賊の技、移動速度をアップさせる技術。デムピアスのブリズウィクは通常の盗賊のそれとは威力が桁違いである。
*3: モンスターの接近を阻んで、魔法攻撃を無効にする保護膜を形成する。自分周囲にいる敵と自分は魔法が唱えられなくなる。
*4: 通常のプレイアは目の前にいる敵にしか影響できない。


