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#05 強制削除 [オレイア・23年前]

posted by GEM at 2006年02月01日 19:08

 人と鬼天使の実力の差は、とても大きなものだった……。
 いくらなんでもこんなに圧倒的な場面は見たことがない。

 鬼天使が手も足も出ないなんて……。ターレックの得意の魔法も発動させる隙が全くなければ何の役にも立たない。
「オラ、立てよ鳥。まだ稽古は終わってねぇぞ!!」
「グボッ」
 ターレックが地面に這いつくばると、ジンメイは容赦なく蹴り上げる。決して軽いわけではないターレックの体が浮き上がるほどに……。

「……く、くそ!」
「ぁあん? 口の聞き方がなっとらんなぁ!」
「!!」
 フラフラになりながらも立ち上がったターレックの顔面にジンメイの左拳がめり込み、そして弾き飛ばされる。一撃の重さが桁違いだわ……。ターレックのレイピアが手から離れカランと音を立てて落ちると、ジンメイはそれを拾い上げた。いかにも怪訝そうな目つきでそれを見ながら言う。
「だいたいな、この俺とやろうってのに、なんだこの爪楊枝みてぇな武器はよ? それとも焼串は自前ってことか? だったらいい心がけだ。バラした後、貴様の細切れをこいつで突き刺して炭で炙ってやらぁ。ちょっと長すぎるがな!」
 そう言うと、信じられない事にレイピアを「バキンッ」とへし折ってしまった……
 化け物!? どうして天使の武器をへし折れるの?!

 エリオが二人を見ながら言った。
「そりゃそうよねー。あんな武器で掛かってこられたら私だってむかつくわ。馬鹿にしてるのかしら」
 ……はあ!? 
「エ……エリオ?」
「なんだか拍子抜けしたわ。あんなんだったっら、フランゲリオン*1 の相手でもしたほうがマシだもの」
「フ、フランゲリオン!? 貴方達はあのフランゲリオンを知っているのですか!?」
「……そこまで驚いてもらえればフランゲリオンも喜ぶと思うわよ?」
「そのフランゲリオンは、とがった帽子に鳥のような頭で、触手を鞭のようにして襲い掛かってくる、あのフランゲリオンなの?」
「んー、それ以外のフランゲリオンは知らないわね」
「そんな……マイルフィック*2 と同等の悪意の塊フランゲリオンがいるなんて……貴方達の世界はまだ無事なのですか?」
「え? っていうか、そのマイルフィックってのが何か知らないけど、フランゲリオン如きに世界がどうこうされるなんて想像出来ないわ」
 私は言葉を失った。私たちの世界の強さの尺度はここでは何の役にも立たないようだわ。エリオはさらに続ける。
「それにもっと言えば、白い奴は私は得意よ? どうして?」
「白いフランゲリオンまで!?*3  あなたの世界は一体、どんな呪いがあってそのような災厄に襲われているのですか!」
「……ごめんなさい、オレイア。そこまで言われると軽く引いちゃうわ。もっと厄介な奴だってたくさんいるわよ?」
「……信じられない……」
「うん、私も。貴方の世界って信じられないぐらい平和なのね。フランゲリオンぐらいで世界の危機を考えなくちゃいけないなんて……」
 この人たちの世界は一体どうなっているの? 鬼天使が人間にボロ雑巾のようにあしらわれ、フランゲリオンなんていう最悪の悪魔がそれほど恐れられている様子もないなんて……。
 エリオと話している間もジンメイの一方的な攻撃――というより、もはや拷問だわ――は続いていた。

ジンメイ、その辺にしておけ」
 ゲンブ様の声が響いた。
「知らねぇな。こいつは焼き鳥にしなきゃ気が済まねぇ!」
 私はジンメイの言葉に身震いがした。いくら私を追ってきたとは言え、今のターレックには心から同情してしまう。天使を火にかけるですって!? それはまるで悪魔そのものだわ!! 本当にあの慈悲深いアスラ様の転生された姿なのかしら? まるでインドラ様に妹君をさらわれた時の鬼神のごときアスラ様のよう……
ジンメイ! そこまでにしろ! 私の指示に従うという約束でこの隔離空間への立ち入りを許可したはずだ!」
 ゲンブ様が再度、声を荒げて言った。
「……ちっ。おい鳥、命拾いしやがったな」
 カラン、カン……
 ジンメイは折れたレイピアをターレックの傍に投げ捨てた。ターレックのほうは四つん這いになり、腫れ上がった顔と血まみれの体がかろうじて呼吸に合わせて動いている。翼も4枚とも折られてしまい、もう天使としての力はほとんど残っていないだろう……。
 格下だと思っていたジンメイにここまで打ちのめされたのがよほど屈辱的だったのか、歯をむき出しにした激しい歯軋りの音が「ギリッギリッ」と聞こえてくる。

 ジンメイと入れ替わるように、ゲンブ様がターレックの前に立った。ターレックは四つん這いのまま灰色の地面だけを見ている。ゲンブ様が見下したまま言った。
「お前は二つの罪を犯した。一つ、まだお前達の試練を受けるに値しない者達にその力を解放しようとした。そしてもう一つ、私に嘘を吐いた。神に見え透いた嘘を吐けば本来であればその程度ではすまん。分かるか?」
「……わ、私は……嘘など……も、申して、おりません……」
「まだ言うのなら私が引導を渡してやるが?」
「……私達の世界に……終末が宿命付けられたのは、事実、です……。そのための神器をオレイアが持ち出したのも、じ、事実です……」
「そのことなど言っていない。先にも言ったとおり、そんなことはお前の主神が裁くことだ。はっきり言ってやろう。お前はオレイアがここに逃げてきたから追ってきたと言ったな。私にそんな嘘が通用すると思ったか? お前は、規模としては小さく辺境の部類に数えられるマイソシアに、オレイアを追い込んだのだ。巧妙にな。違うか?」
「……え?」
 ターレックの頭が上がった。何か腑に落ちないというような顔をしている。でも、私も同じだわ。私が追い込まれたってどういうこと?
「反逆者の追跡においては、下位次元へ逃亡される事は絶対に防がなければならない。だが、お前の追跡はオレイアをあえて下位次元へ追い込んでいた」
 私は必死に逃げていたから気がつかなかったけど……。でも、一体何故そんなことをしたんだろう?
「……そ、そんな! 待ってください、私はそのような」
「黙れ。神界から監視する我等の目を節穴だとでも思っていたのか? オレイアをここに追い込んで何を企んでおったのかは知らぬし興味もない。既に十分痛めつけられているゆえ、この場での堕天は見逃してやろう。己のあるべき場所で終末の定めに従うがいい」
 ゲンブ様がそういった途端にターレックの身体は消えていた。私はターレックが消える瞬間の表情がとても気になった。ターレックは本当に私をマイソシアというところに追い込んだの? 彼の表情は「濡れ衣」だと訴えていた気がする。でも、何故か、(ゲンブ様がそうおっしゃるからにはそうなんだろう)と疑問を飲み込んだ。

「偉そうに天使だとか言う割には大したことなかったな」
 ジンメイが拍子抜けだというように言うと、コリステアがそれに答える。
「そりゃそうじゃろうな。おぬしらは天使如きにどうこう出来る様な存在ではない。マイソシアにほとんど天使がいないのもおぬしらが強すぎるからじゃ」
「なんだよそりゃあ……未知の存在と戦うことになるだとか命懸けだとか言ってたじゃねえか。楽しみにしてたのによ」
 ジンメイのその言葉に、私はやっぱりアスラ様の影を見てしまう。アスラ様も強いと言われる神様のところにはほとんど手合わせに出向いていた……。
「まあ、そう言うでない。こういうことは覚悟の程も一応確認せんとな。もっとも、天使がいない理由には、おぬしらが神の存在を当たり前のように受け入れておるから必要ないという事もあるがな。セオやらミュレカンやらの神と、神官を経由するとは言え直接会話をする存在などほとんどおらん」
「ああ? またわけの分からんことを言い出したな、じいさん」
「ハッハッハッ! そうか、分からんか。まあよい、おぬしとエリオには分かる必要もない。どうせ忘れることじゃ」
 ジンメイの表情が変わった。直感で何かを感じ取ったのか警戒するような眼つきでコリステアに言う。
「どうせ忘れるだと? どういう事だ?」
「どういう事も何も、そういう事じゃて。鬼天使はマイソシアにあってはならぬ存在、そしてオレイアも鬼天使だ。ターレックを元の世界に送り返したように、オレイアも元の世界へ帰ってもらうことになる」
「……なんだと?」
 ジンメイはコリステアを睨むように見つめたけど、コリステアは全く動じる様子もなく、世間話でも続けるかのように話を続ける。
「それだけではない。鬼天使の存在を知ったおぬしらについても捨て置くことは出来ぬ。おぬしらの存在自体を消してしまうのが確実なのじゃが、そこまでするのはわしも忍びないからな。故に、オレイアとターレックに関係する記憶は消させてもらう。もちろん、関わりを持ったおぬしの連れの魔術師やレビアの騎士団、オレイアを診察した医師、旅館の連中、たまたま同じ旅館で宿泊していただけの客、通りがかりの者……。皆同じようにこの件に関する記憶は消しておくよ」
 ジンメイエリオが困惑している様子が手に取るように分かる。

 私はコリステアの言う事は理解できるし、追い返されることになるだろうとも薄々感じていた。でも、今こうしてアスラ様の転生であるジンメイに会ってしまってから帰れと言われても、絶対に帰りたくない! 私はコリステアとゲンブ様に向かって膝を折り、両手をついて精一杯懇願した。

「コリステア! そしてゲンブ様! どうか、どうか私をこのままここに」
「ならん」ゲンブ様の厳しい言葉はまるで私の精神体を貫くようなだった。「摂理に反するような事態を見過ごすことなど出来ぬ。汝も鬼天使であれば分かっているだろう。見過ごせば、あらゆる次元・空間に影響を及ぼすことになる。その波紋は神界にまで及ぶことになるのは目に見えている。ただでさえマイソシアは過去において神界に悪影響を及ぼしているのだ。今この瞬間にも少なからず歪みが生じている可能性もある。神界の北方を守護する私がそのような事を許すわけなどない」
 そう言われる事も理性では分かっていた。でも、心はそれを理解できない。
「……どうか……御慈悲を」
「鬼天使が迂闊に慈悲などと言うでないわ! たわけめ!!」
 ゲンブ様の一喝は、何もない空間を揺るがした。
「うわ!」
「きゃあああ!」
 ジンメイエリオもその声の迫力だけで腰を抜かしたかのようにその場に尻餅をつく。コリステアだけが素知らぬ顔で私達を見ている。

 純粋に神界のみに属する神の絶対の言葉は、ただそれだけで私に全てを諦めさせるのに十分だった……。
 自然と涙が頬を伝う。もうお会いできないと思っていたアスラ様から再び離れなければならないなんて……。あぁ、せめてもう一度だけ、アスラ様の胸に抱かれたかった……。これが絶望というものなのだろうか……。
「では、せめて、せめて私からジンメイの記憶を、アスラ様の記憶を消してください。どうか……どうか消してください……。これ以上、報われぬ思いを抱えて後生を過ごすぐらいならば、何もかも忘れて、私の属するべき所で堕天してしまいたい……」
「おい、ちょっと待て」
「……ジンメイ?」
 ジンメイは両手両足をついてうな垂れる私の傍に歩み寄って言った。
「それじゃ俺が納得できねぇな。エリオ、お前はどうよ?」
「私だって納得できないわ。おっぱいを大きくするコツを教えてもらいたいし」
「ってこった。記憶を消すだと? 冗談じゃねえ、俺はオレイアに惚れちまったんだ。そう簡単には諦めねぇぜ?」
「うわっ! ジンメイ、開き直ったわね! いよっ! 男だね!」
「……おまえなぁ、こっちは生まれて初めて女の為に啖呵きってんだからよ、茶化すなよ」
「茶化すなんてとんでもない! かっこいいじゃん!」
 この二人は……ゲンブ様の神威を受けてもなお、立ち向かおうとするなんて……。それだけじゃない、私はもう諦めかけていたのに、ジンメイははっきりと『惚れた』と言い切ってくれた。
 その言葉がとても嬉しかった。アスラ様の直接のお言葉じゃないけど、それでも心から嬉しくて、とても満たされた気持ちになった。
 だから……私はもう諦めようと思う。アスラ様を諦めるのは身が引き裂かれるように辛いけど、今は普通の人でしかないジンメイエリオをこれ以上巻き込んではいけないから……。
 私はジンメイの手を握り締めて言った。
ジンメイ
「あ? なんだ?」
「私も、あなたのことを……でも、お願い、ゲンブ様に逆らうなんてやめて。敵うはずがないもの。私はこうしてあなたに会えただけでも十分に幸せなのに、あなたはさらに私に惚れたと言ってくれた。私にはもうそれで十分。私が帰れば済むだけの事。だから」
「オレイア」ジンメイは強い調子で私の言葉を遮る。「戻りたくないんだろう? 俺もお前を返したくない。だから、ここで見てな」
「そうよ、オレイア。こいつこう見えてもかなり強いんだから」
「だめ! お願い。ジンメイエリオ。ゲンブ様に挑むなんて馬鹿な真似はしないで!」

 唐突に、大げさな物言いでコリステアが言った。
「いやあ、若さが羨ましいのぉ! じゃがな、盛り上がっておる所悪いが、こちらも譲れんのじゃ。どうしても抗うのであれば……」声のトーンを下げるコリステア。「今度こそ『命がけ』じゃな。ゲンブは強いなどという尺度自体が通用せんぞ?」
 ジンメイはまるで、その言葉を楽しんでいるかのようだった。
「じいさん、武術家にそんな事を言えば、答えなんざ分かってるだろうがよ」
「よく考えた方がいい、相手との力の差を正しく見極められるのが真の武術家じゃ。それでもやるというのなら、どうなっても知らんぞ?」
「へっ、力の差ね」ジンメイは言いながら、ズカズカとゲンブ様の目の前まで歩いていく。「ゲンブ、あんた北の守りとか言ったな? 引退させてやるから次を決めときな」
 エリオジンメイの後ろにいた。ゲンブ様は目の前に来たジンメイから一切視線を離すことなくコリステアに言う。
「コリステア、この二人の記憶を消す手間を省いてやろう」
 エリオが杖をゲンブ様に向けて言い放った。
「消せなくなる、の間違いじゃなければいいけどね?」

「やめて! お願いだからやめて!」
 私は必死になって叫んだ。ゲンブ様に刃向かってジンメイエリオがただで済むわけがない。殺される、いいえ、跡形もなく消されるかもしれない!
「もう遅い」
 ゲンブ様は言葉と同時に姿が消えた。

 そこから先、私はジンメイエリオが圧倒的な力に翻弄される様をほとんど見ていることが出来なかった。無慈悲なゲンブ神の攻撃はどれをとっても圧倒的だった。
 私は、眼を瞑っても肌に突き刺してくるようなゲンブ様の恐ろしさに身をこわばらせ、震え、怯え、泣いた。もう、あの二人は助からないかもしれない……。

 「せめて、死なないで……」
 私は震えながらも、声にならない声を搾り出すようにして祈った。
 でもすぐに、私の祈りには何の力もないという事実を突きつけられた。

「あっけないものだ」
 ゲンブ様がコリステアに語りかける声が聞こえた……
「もう終わったのか?」
「ああ、一応な」
 そんな、まだ1分だって経っていないのに!!
 あぁ、私はどうしてもっと必死に止めなかったんだろう、人が神に挑むなんて馬鹿な事を! 『アスラ様の転生のジンメイならばもしかして……』なんて、心の片隅で思ってしまった自分の愚かさを心から呪わしく思った。体を張ってでもお止めするべきだった!
 なんてことだろう、私は二度も失ってしまった。不思議と、唐突に涙が止まってしまった。ただひたすら、強烈な後悔が頭と胸を締め付けられる。

 もう、どうにでもなればいい……敵わなくてもいい。絶対に許さない! 抗ったという事実以外に私の心を満たすものなどない!

 私は自分の武器を召還した。金色に輝く槍は、両肩を貫かれた傷が完全には癒えていない私にはとても重く感じた。でも、そんなことはもうどうでもいいこと。ゆっくりと立ち上がり、ゲンブ様を見た。
「ゲンブ様……許さない……」
「なんだその得物は? お前も私に刃向かうつもりか? 天使が神に逆らえば行き先は地獄以外にない。堕天以上の強烈な苦痛が永遠に続くのだ。分かっているのだろうな?」
「……でしたら、さっさと私を地獄に落としてください。私は二度もアスラ様をお助けしなかった。ハチブの仲間もきっと私を許したりしないでしょう」
 もう何もかもがどうでもいい。今の私にとって時間の経過こそが最大の屈辱。
 地獄の亡者は苦しみ続けるうちに純粋な苦しみ以外何も感じなくなるという。私にはそれがどれほど魅力的な事か。一歩ずつ、ゲンブ様に近づいた。
「さぁ、私を地獄へ落とすのならさっさと落としてください。槍の間合いに入ったら……私の全ての恨みを込めて一気に心臓を貫きます! この槍の間合いは見た目からは想像も出来ないぐらい長い……」
 ゲンブ様の姿が掻き消えた。分かっていたことだけど、神格を返上してしまった私では全然見えない。せめて一矢報いることが出来ればって思ったけど、これじゃ全く無理……。分かっていた事。

 大きな手の平が唐突に視界を覆い隠す。一気に意識が遠のく中、ゲンブ様の声が聞こえた。
「精神体の活動を停止させた、つまりお前は死んだ。お前とはエデンでの古い縁もある。私の裁きはここまでにしておいてやろう。堕天するかどうかは、お前の主神の裁きを受けるがいい」
 
 
 


補足
*1: ゲーム中に登場する魔物
*2: ゲーム中には登場しない(ウィザードリィファンにはお馴染みですが、映画エクソシストにも登場するパズスという悪魔の事だと思っていただければ)
*3: ゲーム中では赤、青のフランゲリオンや、黒い同型のガープもいる

 

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作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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