#06 馬鹿者の涙 [ジンメイ・23年前]
posted by GEM at 2006年02月02日 21:32
俺は大の字になって灰色の空を見上げていた。
率直な感想は(あれだけやられてよく死なずに済んだもんだ)ってとこだな。力の差がありすぎて笑っちまうぜ。
とにかく、全く話にならねぇ……これが神の強さか。こんな化け物に敵うわけがない。むしろ、まだ生きていること自体が奇跡と言うべきかも知れねえ。
おまけにゲンブの野郎、どうやら手加減してやがる。
奴は俺の眼でさえ全く追えないほどの動きだ。あの速さなら、俺は体当たりされるだけでも気絶するか、下手すりゃ絶命しかねない。ましてやあのガタイであの動きなら、本気の一撃は確実に今の数倍の威力と見るべきだろう。
体中が鈍痛まるけで、感覚がおかしくなっちまってる。自分の体がいつもより大きく、熱く感じる。とっくに神経の限界を超えたのか、それとも神経自体がやられたのか……。おまけに、指先をほんの少し動かそうとすると、それだけで体がバラバラになるんじゃないかって程の激痛が全身を駆け抜ける。果たして指を動かせたのかどうかもさっぱりわからねえ。
エリオもかなり派手にぶん殴られてたなぁ……。あいつは俺みたいに普段から殴られ慣れてるわけじゃねえ。下手すりゃ即死の可能性もある。
あぁ、馬鹿な事した。コリステアの言うとおり『強いなどという尺度自体が通用せん』ってことだ。勝てる勝てねぇの次元じゃねぇ。なんでこんな馬鹿な真似をしちまったんだか……なんで……クソッ、情けねぇ……
ああ、分かってるさ、オレイアの為さ。自分がこんなに情けない男だとは思わなかった。それなりの強さを誇ってきたはずなのに、俺は女一人守ってやることすら出来やしねえ。
生まれて初めて女の為に啖呵きってみればこの様かよ。
全く情けねえぜ……
不意に、エリオが精霊話術で語りかけてきた。かなり苦しそうだが、まだ生きてはいるらしい。
(ジンメイ……生きてる?)
(エリオか? よかった、生きてたんだな)
(死んで……たまるもんですか……それより、あ、あんた、まさか、諦めてない、わよね?)
(……へっ、無理だろ、ありゃ)
(何、言ってんの? オレイアが……帰っちゃっても……いいの?)
いいわけがねえ。そんなこたあ、分かってる。女にここまで心を奪われたのは生まれて初めてだった。
だが、ダメだ。相手が悪すぎる。見えないとか気配を掴めないとか動きを読めないとか、そんな次元じゃない。指先一つ動かす隙すらねえんじゃ、どうしようもない。
(仕方ないだろう……お前もわかってるはずだ。桁が違う)
(今……ゲンブが、オレイアに何か、したかも……遠くて、分からないけど、ほっといていいの?)
(元の世界へ、送り返すとか言ってたからじゃねえか? 俺もここからじゃ何が起こったのか分からねえ)
(何を言ってるのよ……オレイアに、ほ、惚れたんじゃ、なかったの?)
(言わないでくれ、もう動けない……。俺だって……辛いんだ。こんな辛い思いは、初めてだ……)
エリオはそれ以上何も言わなかった。そうさ、これ以上続けても結果は火を見るより明らかだ。今回だけは本当に……まいった……ん?
エリオ? 何を考えてるんだ? もう、どう考えても無理だ。立ち上がって何をする気だ?
「エ、エリオ、下手に……動く……な」
「どうした、まだやるのか?」
ヤバイ、ゲンブが来る……。っていうか、来た! エリオは俺に向かって真っ直ぐ歩いてくる。まさか最後の力を振り絞って俺に治癒魔法でも掛けるつもりなのか?
ゲンブも俺の方へ、いや、エリオの方へ歩き出した。その足取りは落ち着いていて、いかにも余裕って感じだ。ゲンブは歩きながら俺達に言う。
「オレイアの事を想う気持ちが分からん訳ではない。だが、オレイアはマイソシアや、ここには存在してはならぬ者だ。理不尽に感じるだろうが、それはどうしようもないこと。そう思えばこそお前達には情けをかけてやったんだが……懲りん奴らだ。おとなしく寝ていれば命までは取らんつもりだったのだがな」
俺は最後の力を振り絞って上体を起こし、ゲンブを見上げた。動こうとした途端、体中に気を失いそうな程の激痛が走ったが、なんとか耐えた。
「いや、もう完全に、俺たちの負けだ。エリオのことはほっといてやって」
その瞬間、ゲンブの物ではない、ある意味馴染みのある強烈な衝撃が俺を襲った。
「プレイアァ!」
「いてぇえええ!! 何しやがんだエリオ! てめえ、俺を殺す気か!?」
俺は全く予期していなかったプレイアに、痛みも忘れて飛び上がっちまった! なに考えてんだこの女は!?
思いっきり睨みつけてやろうとしたが、既にエリオが親の仇でも見るように俺を睨み付けている。強烈な怒りの眼と、その眼から零れ落ちる涙。その迫力の前に、俺は思わず怯んじまった。エリオはお構いなしに畳み掛けてくる。
「もう動けないですって!? 今立ち上がったじゃない! アンタの惚れた腫れたなんて所詮その程度だったのね、この根性なし! あんたには女の気持ちなんて毛の先ほども理解出来ないんでしょ!? 腐れドタマ野郎が私の前で二度と惚れたなんて言葉を口にするなぁ! アンタなんか勝手に死んじまえ!」
「……」
あまりの勢いに俺は思考が止まった。多分、ゲンブも呆気に取られている。思わずゲンブと眼が合ったほどだ。
「私はまだ諦めない! そこを! どけっ!! このヘナチン!!」
「……あんだとぉ? エリオ……てめぇ見たことあんのかよ」
「見んでも分かるわ! こんな肝心なところで諦めるような奴はヘナチンに決まってるのよ! ヘナチンはすっこんでなさい!」
エリオはそう言うと、杖を突いて立つのがやっとのくせに、体を預けていた杖の先で俺を押しのけた。
俺はバランスを崩して数歩後ろによろめいた。後ろに倒れそうになって顔をそちらに向けてバランスを取り直そうとした。
刹那、エリオの声が聞こえた。
「くらえゲンブ! プレイ……」
「馬鹿野郎! エリオ、やめろ!!」
俺は咄嗟に振り返って叫んだ。結局バランスを失って尻餅をついて倒れちまった。その情けない無様な体制で、俺は見ていることしか出来なかった。
エリオがプレイアを発動させようとした直前、ゲンブはエリオの視界を覆うように手をかざした。途端にエリオの姿が掻き消え、代わりに墓の幻影が現れた。何が起こったのかさっぱりわからねぇ。確かなのは、今、ゲンブがエリオに何かをした結果、エリオは完全に行動不能に陥ったって事だ!
動いたことで神経が再び機能し始めたのか、のた打ち回りたいほどの激痛が体中を走りぬけている。それでも、意地で立ち上がり、やっとの思いで言った。
「てめぇ、エリオに……何をした?」
ゲンブは特に俺の方に視線を向けたりせず、エリオの墓の幻影に視線を落としたまま言った。
「お主らには風変わりな祝福が授けられておるのだな。道理で私が攻撃しても手足が千切れることもなく骨も砕けず、腹も開かんわけだ。しかも完全に行動不能になると、この女のように敵から姿を隠される。なるほど、確かにこれならお前らの似非蘇生術でも十分。実際に死んでいるわけではないからな。ジンメイ、おそらくお前には墓か何かが見えているのだろう?」
何故か分からんが無性に嫌な予感がする。背筋がピリピリと何かを警告している。こんな嫌な汗をかいたのは愛すべき母上に殺されかけたときぐらいだ。
「……だから何だ?」
「私からは姿を隠すことが出来なかったということを教えてやろうと思ってな!!」
「!」
信じられねえ事が起こった。ゲンブが墓を蹴り上げると、墓の幻影が立ち消え、エリオの体がくの字に折れ曲がった状態で空中に放物線を描いている!!
「エリオーー!」
まるで時間の流れが突然狂ってしまったかのように、放物線描くエリオの動きがとても遅く感じられた。俺は必死にエリオに向かって走りだそうとするが体が鉛のように重い。まるで俺とエリオにマジシャンスロー*1
が掛かったみたいだ。
エリオの体が地面にドサッと落ちた音が合図となって時間が正しく流れ始めた。と言うより、現実を叩きつけられたと言った方が正しいかも知れない。気がつけば、俺の体はまだほんの数歩すら動いていない……。
俺は痛みを堪えてエリオの方へ走った。すぐ脇にひざを落としエリオの上体を抱えあげた。だが……彼女の重さ以外には何も感じ取れなかった。目は白目を剥き、鼻と口からは血や涎のようなものが流れるまま……腕は死んだ猫を抱き上げたようにだらりと……重力に従った……。
俺は途端に恐怖を感じた。何が怖いのか分からないが、とにかく怖くて震えが止まらない。がくがくと震える俺の腕に合わせてエリオの力のない腕も一緒に揺れた。出来るだけそっと体を下ろしてやりたかったが、それすら出来なかった。ドスッと石の地面にエリオだった肉の塊が落ちると、俺はその音にもびくついた。
頭の奥がドクッドクッと脈打つ。
コレハ、イッタイナンダ……? ナゼ、オマエガ、アキラメテシマッタンダ……?
まるで客観的なもう一人の自分が俺の本能に問いかけるようだった。その声にすら、俺は何も言い返せない。後悔が俺の呼吸を早める。素直にオレイアを元の世界に帰らせておけばこんなことにならずに済んだかもしれないのに、俺はそれを止めにかかったんだ。そうだ、俺が仕掛けたんだ。これは俺の闘いじゃねえか!
それなのに、なんで俺が最初に諦めちまったんだ!?
「どうした? 仲間が死んでやっと恐怖を知ったのか?」
「……ハハハ」
俺は力なく笑った。自分の馬鹿さ加減に笑うしかなかった。母上に殺されかけてから二度と泣かないと決めていたのに、一筋だけ涙を零してしまった。
「ん? 恐怖のあまり狂ったか? 身の程を知らぬ愚か者よ」
俺は立ち上がりながら涙を拭い、ゲンブに答えた。
「狂う? いや、違う。狂ってたんだ。そうとしか思えねぇ。俺が闘うことを諦めるなんて……。俺はアンタが怖いんじゃねぇ、仲間を失うことが怖いんだ。エリオを失うことが……、オレイアを失うことが怖いんだ! ギルベルトの時に思い知ったはずなのに!! なんで俺は失ってから気がつくんだ!! くそっ!」
「何を言っているのか分からんが、まだやる気があるのなら掛かって来るがいい」
「ゲンブよ。例えあんたに敵わないとしても、このままじゃ死んでも死にきれねえ。このままじゃ、エリオにはもちろん、ギルベルトにも合わせる顔がねえ」
俺はゲンブに向き直った。言った言葉とは裏腹にちびりそうなほど怖い。でも、なぜか頭の中の冷静な自分はゲンブを全く恐れていない、そう感じる。開き直ったってやつなんだろうか? いや、そんなことはどうだっていいんだ。別に死ぬつもりはねえが、死ぬにしてもこいつに拳を向けて死んでやる!!
ゲンブに対する怒りと自分に対する怒りを頭の中でねじ伏せた。消しちゃいない。一撃と共に叩きつけるために。
刃が折れた爪を投げ捨て、腰を落とし、構えた。
「ゲンブ、てめぇは許さねぇ……。いいか、俺は絶対にオレイアを諦めない。エリオの為にもな!」
「いいから掛かって来い。引導をくれてやる」
俺の方からジリジリと距離を詰め、ある程度近づいたところで一気に石の大地を蹴り距離を詰めた。間合いギリギリまで拳を引いたまま力を溜めた。唐突にゲンブの右手が目の前の視界に現れる。エリオがやられた何かだ。だが、これは一度見た。
さっと上体を沈め、拳をゲンブのみぞおちへ叩き込む。いや、叩き込む直前ゲンブの右膝が蹴り上がってくる。咄嗟に身体を翻して、そのままの勢いでゲンブの背後に立った。迷うことなく、人間なら心臓があるはずのところに左拳を叩きつける。だが、打撃が当たる瞬間にゲンブは右へ避けながらこちらを振り向く。そのまま右回し蹴りを打ち込んできた。 両腕を使って蹴りを受けたが、受けてもなおその衝撃で体が浮き、蹴り飛ばされた。
ゲンブは一体どうやって動いたのか、俺の着地する場所に瞬時に現れ、俺のみぞおちへ拳を突き上げた……
意識が遠のく……


