#07 策略 [ゲンブ・23年前]
posted by GEM at 2006年02月03日 23:21
改めて言うまでもないことだが、脆い。意気込み程の速さも力もない。足で撫でる程度で体が浮く重心の悪さ、咄嗟の反応の鈍さ。
分かっていたことだ。何かを決意したのは見て取れたが、そんなもので人が我々を超える事などあり得ない。
付き合ってやってもいいが、いつまでも賢者に使われるつもりもない。だいたい、こんな張り合いのない相手ではやる気も起きぬ。
もう終わらせてやろう。
腹への一撃で意識は飛んだらしい。頭を守っていた両腕の受けは力もなく開いた。考えるまでもない。頭蓋を粉砕するつもりで拳を叩き込む。
ガゴッ!
手応えそのものは完璧だ。
宙でジンメイの体が一回転して石の地面に叩きつけられた。それでも頭蓋は砕けぬ。かなり強力な加護に守られているのだろう。
だが、いくら加護が強力でも今の衝撃には体内の組織が耐えられんはずだ。ピクリとも動かぬし、墓の幻影が表れた様子もない。
特に一瞥をくれてやることもなく振り返り、コリステアに近づきながら言った。
「あとはオレイアを元の世界に送り返すだけだ。当然、送り返せば堕天は免れぬだろうがそれも仕方あるまい。よいな?」
コリステアは私を妙に冷めた目で見ている。責めているわけでも讃えているわけでもないことは分かるが、何を考えているのかは分からぬ。
「……その前に一つ尋ねたいのじゃがな……。どうじゃ? 久しぶりに人を殺めた気分は?」
「どのような答えを期待しているのか知らぬがな、力で挑まれれば手を抜くなどという非礼は有り得ぬし、それ以前に神に挑むなどという愚かな真似をすれば神罰は当然だ。それだけの事。気分など何も変わらぬ」
「そうか……。もしや昔を思い出しはせぬかと思ったが、わしの思い過ごしじゃな」
「何が言いたい?」
「何でもありゃせん。気を悪くしたなら許せ」
こいつは稀に、このように神を試すような事を言う。何度も目を瞑ってきたが、何故か今日は釘を差しておきたくなった。
「……契約により呼び掛けには応じるし手助けを望むならば無下に断りもせぬ。だがいいか、私は茨の鞭をもって使役されているわけでもない、その気になればいつでもお前を地獄に叩き落すことが出来るということを忘れるな」
「ハッハッハッ、何を言い出すかと思えば。まあよかろう、肝に銘じておくとも」
分かっているのかいないのか、普通の人間なら、私がこう言えば恐れるものだが、この男の飄々とした態度は全く変わらない。気に入らんところではあるが、私は話を進めた。
「で、どうするのだ?」
「元の世界へ送り返すと言うことは、堕天の事もあるが、ターレックとかいう鬼天使の餌食にするようなものじゃろうな。かと言ってここに留まらせる事も出来ぬ……。うーむ、神格さえあれば何とかなるんじゃがなぁ」
神格だと? コリステアが神格の事を知っている事自体はあまり驚きはせぬが……。
「お前、まさかオレイアの過去まで知っているのか?」
「いや、知らぬが? 何か面白そうな話でもあるのなら是非聞きたいのぉ?」
いつもの事だが、とぼけているのは明らかだ。どうせ追求したところでこの男はのらりくらりとかわしてしまうし、直接思考を読み取ってやろうとしても、この男の考えていることだけは読み取ることが出来ない。さすがは賢者というところなのかも知れぬ。
「賢者だからといって読心術の心得があるわけではない、仙人じゃからじゃよ」
「……私の心は読むなと言ってあるはずだが?」
「おお!」コリステアは賢者と呼ぶのが馬鹿らしくなるようなわざとらしさで額を軽く叩いて続けた。「すまんすまん、わしも油断すると無意識に読んでしまうのじゃ。許してやってくれい」
この男のペースにはまってしまうと何に巻き込まれるか知れたものではない。さっさと用事を済ませて帰ることにしようと考え、気を引き締めて改めてコリステアに確認した。
「……お前の望みはマイソシアに紛れ込んだ者を排除することだったな?」
「いかにも、その通りじゃ」
「では、早速送り返そう。それで終わりだ。後は任せておいていいのだろう?」
「まぁ、そういうことなんじゃが、あの男は不服そうじゃぞ?」
「なに? ……馬鹿な……」
ジンメイが立ち上がっていた。どういう事だ? いくらこいつらの神の加護があるとは言え、私の格下の神でしかない。だいたい、あれだけ私の攻撃を受けて仮に死ななかったとしても立ち上がることなど考えられぬのだが……。
「どうした? 死にきれんのか?」
「……」
「何とか言ったらどうだ?」
ジンメイはこちらを真っ直ぐに見ているが、何も答えない。答えない代わりに一歩ずつこちらに向かってくる。まるで歩き方を忘れてしまったかのようにぎこちない歩き方で。
「せっかく死なずに済んだのだ。もう諦めて大人しくしておれ」
ジンメイは私の言葉を無視して歩いてくる。
なんだこいつは。聞こえていないのか? と思ったとき、ジンメイが口を開いた。
「オレイアに……触るな」
「まだ口を聞けたのか。たいした執念だな」
「……」
ジンメイの口元が何かを呟くと、光がジンメイの体を包み込んだ。何かの魔法のようなものらしい。なるほど、魔法が発達した空間の者なら治癒魔法という方法がある。だが、効果はさほどでもないらしい。足取りが多少マシになった程度だ。
「コリステア。マイソシアの人間というのはここまでしぶといものなのか?」
「全てがそうだというわけでもないじゃろうけどな。どこにでもしぶとい奴はいるもんじゃろ?」
「それはそうだろうが、あれだけ痛めつけてもまだ立ち上がってくるとはな……。まあいい。さっさとオレイアを元の空間に送り返して私は帰らせてもらおう。付き合いきれぬ。いいな?」
「仕方あるまい」
ろくに歩くことも出来んジンメイのことなど放っておけばいいだけだ。コリステアに頷き、オレイアを元の空間に戻すよう念じようとした刹那、背後に強烈な殺気を感じた。私がオレイアに術を施すことを中断させるのに十分な程のものだ。
「オレイアに触るなぁ!」
虫の息の男とは思えぬほどの見事な咆哮ではあるが、相変わらず足元がおぼつかないままだ。
「……ジンメイ、転生前の性格が出ているのではないか? 偏った正義を振りかざして勝てぬ戦いを懲りることなく繰り返したあの時のように*1
」
ジンメイの殺気はゆっくりと闘気へと練り上げられている。つまり、まだやる気という事だろう。
「何を言ってんだ……転生? 偏った、正義? し……知るかそんなもん。俺は負けねぇ。あとな、オレイアを、どこだか知らねぇとこに、やらせねぇ。そしてエリオも……必ず蘇生させる。それだけ、それだけだ」
「口では何とでも言える。ボロボロの体にもかかわらず殺気を練り上げた闘気は見事なものだが、私の前ではお前の技や動きなど児戯に等しい。同じ事を繰り返しても意味などない。そう思わぬか?」
「同じかどうか、試してみろ」
「今度こそ死ぬかも知れんぞ?」
「へ、へへ、お前には俺は、殺せねぇよ。もう二度も止めを……刺し損ねてるじゃねぇか」
「なるほどな。だが、情けを掛けてやるのは二度までだ。三度目はない」
「ケッ、情けだと? ふ、ふざけやがって……俺は死なねぇよ……。それにな、何だかよく、分かんねえんだがよ、頭の、奥の方から……声が聞こえるんだ。二度と離れないってな。ヘヘッ、わ、分かんねえだろ? 俺にどれだけ力が漲って来てるかよ?」
「!」
この男、微かだが転生前の記憶が戻ろうとしているのか?! もし完全に転生前の力が覚醒したら、私は仮の姿では絶対に勝てぬ……。いや、待て!?
まさか、コリステア、それが狙いか!? しかも、ただ鬼天使一人を助けるためだけに!! ……まったく、何を考えているのだこの男は。神をも手玉に取ろうというのか!
私は思わず自嘲した。仙人とは侮れぬものよ。だが、確かにこれならオレイアを助けられる。いや、これしかないだろう。
「コリステア、小賢しい真似をしてくれたな。だがまあ、いいだろう、付き合ってやる」
「何のことじゃ?」
コリステアの方に振り返ると口元が笑っていた。久しぶりに人に接した気がする。そう、こいつらは利用できるものなら何でも利用するんだ。何度助けてやったことか……。
「何をごちゃごちゃと、言ってやがる……さっさと来いよ」
ジンメイは今の僅かな間にも自身に治癒魔法を施していた。万全ではなさそうだが、それでも随分回復している。他にも自身の攻撃力を増強する魔法を、いくつか自分に掛けたらしい。
「あぁ、今度こそ殺してやるとも」
そう、コリステアの策略に引っかかってやるのなら、私に出来ることはむしろ本気でこの男を殺すことだ!
迷わず空間移動し、ジンメイの目の前に現れ、間髪入れずに拳を叩き込んだ。ジンメイは両腕を交差させて受けたが体ごと吹き飛ぶ。いや、手応えが軽すぎる。自分から後方へ飛んで衝撃を殺したらしい。反応が多少良くなっているようだ。
ジンメイが着地する場所へ再度空間移動し、ジンメイの背後から、両手を組んで振り上げ、それを脳天に叩き込むべく構えた。驚いた事にジンメイはこれも予測できていたのか、今度は私のほうへ振り返りつつ肩を突き出してさらに私に向かって地面を蹴った。上手く勢いを殺さずに跳躍してきたため、瞬時に間合いを外され、同時に私に体当たりしてきた。
衝撃はかなりのもので、私でさえバランスを崩した。私とジンメイの間合いが広がったが、ジンメイはその場で拳を突き出した。
「イミットゲイザー!*2
」
気の攻撃が襲い掛かってきたが、この程度の技は私から見たら手品以下でしかない。適当に払いのける。先程までの動きは悪くなかったのだが、所詮人などこの程度のものか。こんな技に頼っているうちは
「なにぃ!」
思わず声を上げてしまった。なんということだ、こんな単純な手に引っかかるとは!
気は陽動、その瞬間にジンメイは間合いを詰めていた。いや、むしろ驚いたのは間合いを詰める速さだ。この間合いは完璧にジンメイのもの。左拳の軌道も完全に私の頭を捉えている。もはや受けることも避けることも不可能、空間移動も間に合いそうにない。ならば、耐えるのみだ。
「喰らえ! 大地の怒りぃ!*3
」
「がはっ!」
衝撃は私を地面に叩きつけるのに十分だった。ジンメイはそのまま私の頭を踏み潰そうと足を上げ、全力で踏みつけてきた。こちらは体勢が悪く防ぎきれない。薄皮一枚で避けきったが、さすがにこの程度では動きを読まれてしまう。地面を踏みつけた勢いをそのまま右拳に乗せて腹に打ち下ろしてきた。
「グフッ!……アァァゥゥ…」
これだから人というのは厄介極まりない。可能性を無限にするなどと言い出した奴は百万遍も呪われるがいい!
ほとんど無造作に手を出し、ジンメイのどこを掴んだのかなど考えず力任せに放り投げた。
*1: アスラの妹(または娘)シャシがインドラにさらわれたときの逸話。インド神話において、インドラは力の神、アスラは正義の神であった。アスラにはシャシという妹があり、この妹をインドラに嫁がせたいと思っていた。ところが、インドラはそんな事も知らずシャシに一目惚れして、かっさらってしまう。怒ったアスラはインドラに挑むけど力の神には勝てない。それでもアシュラは何度でも懲りずにインドラに挑む。インドラはムカついて(?)アスラを天界から追放する。いくら正義であってもそれにこだわりすぎて不毛な戦いを長引かせるのは良くないというような逸話。もっと深い解釈もたくさんある。ちなみに、インドラとシャシは仲睦まじい夫婦となっている。アスラは天界を追放されて魔族になってしまうけど、仏教において釈尊に教化され、仏法を守護する八部の一人となった。なお、実際にはシャシはアスラの娘と言うのが一般的。シャシを妹とするのはオリジナル設定に近いけど、実は某漫画でも同じように妹と設定していたりする。
*2: 修道士の技、拳から気を発生させ離れた敵を攻撃する
*3: 修道士の技、拳に気を集中して攻撃する


