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#10 空白 [ジンメイ・23~22年前]

posted by GEM at 2006年02月06日 20:47

「……ここは、どこだ?」
 俺はどうやらベッドに横になっている。見覚えがある天井で、空気がやたら自分に馴染んでいる……。ん? 待てよ、ここは……
「お前の家だ」ベッドの左側で男が椅子に腰掛けていて、俺に声をかけた。この声は聞き覚えのある声だ。
「親父……なんであんたがいるんだ? 」
 俺の師匠――いろいろあって尊敬もクソもないが――にして俺の親父、レンセイ・オフィロン。浅黒い肌、それほど高くない背丈、頭にはターバンを巻き、目は大きくて鋭く鼻は高い。どこからどう見ても生粋のサラセン人、ただそこにいるだけで暑苦しい男だ。
「……もう大丈夫だな。私は帰るぞ」
 用は済んだ、と言う印象の吐き捨て方だな。こっちは何が起こったんだか何も分かんねえんだが。
「待てよクソ親父。何で俺がベッドで寝ててあんたが脇にいるんだ? いかにも看病されてたみてぇで気味が悪いぜ」
「誰が好き好んでお前の看病などするものか。強制帰還者管理局から連絡があって、仕方なく迎えに行ってここに運んだだけだ。全く、これでシャオリン師範候補とはな。息子じゃなければ即破門だ」
 かなり不機嫌そうだ。こいつの不機嫌は、野郎の癖にネチネチしつこいったらありゃしねぇ。しかも、このムカツク性格は俺に対してだけだ。
「管理局からだと? 何で?」
 俺はごく当たり前の質問をしたつもりだが、親父は息子に向ける眼としては最低の眼で俺を見ながら言った。
「レビア北東部から強制帰還したお前が帰還地点で動かない、万が一の場合もあるからすぐ来るようにと連絡を受けた。余程ひどい状態で死んでくれたのかと期待したんだがな。何故か眼を覚まさないが、症状はどれだけ調べてもただ単に寝ているだけだと。お前は何をやっても私に恥をかかせるのだな。レビアで一体何をやっていた?」
 こいつが俺を馬鹿だと断定して軽蔑する眼にはとっくに慣れたが、何を期待してやがるんだこのド阿呆は……。
 それはともかく、レビアから強制帰還……だと? この俺が? いや、それ以前に俺はそんなところで何をしていたんだ?

「俺はレビアにいたのか? レビアで何をしてたってんだ?」
 ほとんど独り言のつもりで言ったんだが、静かな部屋だ、親父にも聞こえたらしい。
ジンメイ……お前、本気で言ってるのか? レビアに出掛けた目的を覚えてないのか?」
 目的……? 目的……、あぁ、薄っすらと思い出してきた。そう、俺はレビアに修行に行ったはずだ。
 修行って言うのはシャオリン師範への関門の一つ、環境に左右されずに己の気配を意のままに操ること。盗賊のように人や魔物にさえ気づかれなければいいという気配の消し方じゃなく、修道士にとっての後の先、先の先を取るために必要な気配の感じ取り方と操り方をより深く体得することだ。
 で、だ。俺はレビア北東部にも行ったし修行も開始していたはずだ。そこまでは分かった、と言うか思い出したが……その後、俺は一体何をしていたんだ? 

 親父のさっきの言葉に答え、さらに続けた。
「いや、思い出したよ。俺は修行に行ってたんだよな。んでさ、親父……今日は何日だ?」
「十八日、十二月十八日だ」
「なんだって? ……俺は十六日に修行に行ったよな。レビアに到着して宿を取った後すぐに出かけたはずなんだが……おれはいつからここで寝てるんだ?」
「ここにいるのは三時間前ぐらいだろう」
「おかしいな……俺は十六日から今まで何してたんだ?」
 突然、親父は首を振って肩をすくめ、両手を広げながら立ち上がった。
「……付き合い切れん。勝手に思い出しておけ。お前のシャオリン師範昇任の話は一年延期だ。まったく情けない、これならマグダルグリハラの方がよっぽど有望だ」
 なんでそこであいつらの名前を出すんだか……冒険者登録上マグダルグリハラも俺の弟子だ。別にシャオリンで誰がどうなろうと知ったことじゃないが、こいつに言われるのが腹が立つ!
「だったらあいつらを師範にしやがれクソ師匠さんよ!」
「……そうだな。検討する。お前のような修行一つ満足に出来んような奴はシャオリンに戻らずとも良いぞ」
 親父は感情の篭っていない言葉を吐きながら立ち上がり、さらにもう一度俺に一瞥くれるとさっさと部屋を出て行く。なんでそんな覚めた目で息子を見れるのか不思議なほどだが、こっちだって十数年同じようにやられてりゃ毎度の挨拶みたいなもの、勝手にさらせボケってなもんだ。
 
 
 
 体調は特に問題はなかった。俺は十七日前後の事を思い出そうと早速いろいろやってみたが、何をどうしても思い出せなかった。
 レビアの宿にはもちろん問い合わせた。女主人シャルテよると、俺は十六日に間違いなく部屋を一つ取っている。俺はそのまま出かけて行き、その後一度も宿に帰ってこなかったらしい。
 そう、そうだ、やっぱり俺は確かにレビア北東部に行ったんだ。そこまでは確かだ。だが、それからどうしたのかがさっぱり思い出せない。なんでだ? 俺は一体何をしてたんだ?

 その後もこの日のことをいろいろと調べたが、結局何も分からなかった。気味が悪いとは思うが、わからねぇモンはどうしようもねえ。時間の流れと共にどうでも良くなっていった。
 
 
 
 何ヶ月か経ったある時、不思議な事に、エリオも俺と全く同じ日の記憶がない事が分かった。
 もちろん、エリオの話を詳しく聞いてみた。
 エリオは十六日、カトーに狩りを手伝って欲しいと言われてレビアに呼び出されたそうだ。カトーエリオも俺とは会っていないらしい。
 カトーは魔術か何かの研究に必要なものを手に入れるとエリオにいくらか謝礼を支払ってすぐに帰ると言ったが、エリオは久しぶりにプレイア修行をすると言ったのでその場――レビア北東部だ――で別れたそうだ。その後、十八日に俺と全く同じ状態でミルレスに転送されるて目が覚めるまでの記憶がないということだ。
「二人ともレビアにいたと思われる間の記憶がない? お前ら怪しいな……スオミに来いよ。魔術で探ってやるぜ?」とはカトーが言った事だが、俺もエリオもあいつの魔術実験のモルモットになる気は毛の先程もなかったから『かなりきつく』断っておいた。じゃないと、あいつはこっそりと本人すら知らない何かを探り出しかねない。
 
 
 
 空白の記憶は、一時期、冒険の仲間達や同門の同志、弟子達の話題の標的となり、皆が面白おかしくいろんな仮説を立ててくれた。だが、ほとんどが俺とエリオの色恋沙汰に落ち着かせようとする。それはありえないと何度言っても「記憶がないんじゃ分からないじゃないですか!」と言い返されてしまう。挙句の果てにそれから数ヶ月経った時、エリオのお腹が大きくなってないかって本気で探る馬鹿弟子(マグダルだ)までいたな。
 カトー以外の冒険仲間――ルクセンジークリッド――は、エリオギルベルトのことを良く知っているからそんな仮説は立てたりしない。もう少し現実的かもう少しドギツイ内容だが、それらも俺達本人が真偽を判定できない以上仮説の域を超えることはなかった。
 
 結局誰にも何も分からないまま、一年が経過した。空白の記憶を妄想する遊びもとうに忘れられ、日常に消えていって久しいある時のことだ。
 
 
 
「師匠、お手紙です」
 道場の片隅でのんびりと横になり、両手を枕にして両足を組み、秘伝書を目隠しにして眠っていた俺に、弟子のグリハラが声を掛けた。
 手紙? 面倒臭い事この上ない。文字を読まなきゃならん。言いてえ事があるなら精霊話術で言って来いっての。と言っても一般人には出来ねえが。
「……誰からだ?」
「差出人不明です」
「うぜえな。やるよ」
「……他人宛の手紙なんてもらっても仕方ないので遠慮します。それに、師匠がご存知ないとは言っても、あの時からちょうど一年ぐらいですよね? もしかしたらあの空白の記憶に関係があるのかもしれませんよ?」
「……なるほど。見てみよう」
 俺は起き上がり、秘伝書「目隠之巻」を弟子に渡して代わりに手紙を受け取った。こう書いてある。
ジンメイ
十二月二十四日、レビア・ロベルツリーにて汝の伴侶の名を呼べ』
 だそうだ。ワケワカラン。俺、伴侶なんかいねぇし。とりあえず鼻をかんで捨てた。
「師匠、そんな捨てなくてもいいでしょうに……」
「ぁあ? グリハラ、文句でもあんのか?」
「そりゃないですけど……」
「なら、問題なしだ」
 あんな内容に比べれば今日の晩飯のほうがよほど問題だ。だいたい何だあの手紙は。相手を間違えてるんじゃねえのか? いや、絶対そうだ。それに差出人不明ってのも気に入らねえ。新手の紹介詐欺か? いずれにしても、こんなもんは相手にしないのが一番に決まってる。
 手紙の内容に一瞬で興味を失い修行に戻ろうとしたとき、背後から声をかけられた。
ジンメイ
 えらそうなムカツク声だ。振り返ると顔が見えて殴っちまいそうだな。
「ぁんだクソ親父痛ぇっ!!」
 後頭部から額に衝撃波が抜けた後、後から物理的な衝撃で首が引き抜けそうになる。
 だれかこいつに教えてやってくれ、それは突込みじゃなくて掌打で後頭部から打ったら普通死ぬってよ……。
「お前の脳は欠陥があるらしい。道場では何と呼べと言いつけてあるか忘れたらしいな。脳を揺らしてやろうか?」
「十分揺れたわ! なんだよクソ師匠!」
「『クソ』は余計だが一定の効果はあったようだな。ジンメイ、そろそろ雪原篭りの時期だ。行って来い。冒険者登録上グリハラマグダルに師匠と呼ばれるお前がシャオリン内では今でもただの門下生、グリハラはお前の弟子なのにシャオリン師範。いい加減その情けない状況をなんとかしろ」
 こっちは頭がガンガンするのに淡々としゃべりやがってこの野郎……。
「……ちっ。行きゃあいいんだろ行きゃあよ。首洗って待ってろや。俺が師範になったら速攻で『アンタ』を総師範から引き摺り下ろしてやらあ痛ぇぇっ!」
 ……細かいことはいいだろう。ただ、一言。殺るなら一気に殺りやがれと言いたい……。
「お前の脳は数秒おきに揺らしてやらんとすぐに記憶が飛ぶようだな? また前回のようにならんよう、マグダルグリハラでもつけて数秒おきにどつかせるか?」
「いらんわ! 大体一人でこなさなきゃ意味がねぇんだろうが!」
「その通りだ。さあ、早く行け。力はあっても磨く努力の足りん奴は目障りだ。シッシッ」
 まるで野良犬でも追い払うような手振りだ。
「ムッカ! 覚えてろよクソ師匠!」
「その件についてはお前の編み出した技を見習い『忘れる』ことにしよう。いい技を伝授してもらったものだ、愚か者の戯言に煩わされずに済む。グリハラ、お前もそう思うだろう?」
「……レンセイ総師範、私を追い詰めないで下さい……」
 グリハラが泣きそうになっている。この辺にしといてやるか。俺は思いっきり親父を睨みつけてやってから、道場を後にしてレビアでの雪原修行の準備を始めた。
 
 
 
 

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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