#11 手紙と伝言 [---・22年前]
posted by GEM at 2006年02月07日 21:05
レビアに降りしきる雪が止むことはほとんどない。
それ以上に、笑い声と音楽が止むことはありえない。
まるでレビアを囲む陰鬱な天候に抗うように、ひたすら楽しげに。
分厚い雪雲に覆われて昼と夜がはっきりしないレビアのこと。夜になったからといって広場の道化は休む事を知らない。
そうしていないと氷の女王に町を飲み込まれてしまうのよ、と寂しげに語る人もいるとかいないとか。
バタン!
明るさはあまり変わらないが時間上では日没。レビアの旅館の扉が開いた。
「きっつい……」
レビアの旅館にジンメイが戻ってきた。今日の分の修行を終えて宿に帰ってきたようだ。
「……あぁ、あんたかい。お帰り」カウンターから大きな声が飛んだ。「しかしあんた達もよく体がもつねぇ? 毎年この時期にウチを使ってくれて助かるけどさぁ。毎日一人であの吹雪の中に出かけてるんでしょう?」
女主人シャルテ。サラセンの武門シャオリンの武術家が修行に来るのは毎年のことなので、ジンメイ達が何をやっているのかもある程度分かってきている。
「負けるわけにはいかねぇ。ただそんだけさ……。鍵くれ、部屋の」
フラフラというわけではないが疲労の度合いが感じ取れる足取りでカウンターに向かうジンメイ。
「あいよ。あと、アンタにお客さんがあったよ」シャルテは言われたとおり鍵をカウンターに置いて続ける。「ボロボロの服来た爺様でさ、名前は言わなかったんだけどね、伝言を伝えてほしいって言われてねぇ」と言いながらカウンターの下からメモ用紙を取り出した。
シャルテがそう言う間にしんどそうな様子でカウンターに辿り着いたジンメイはカウンターから鍵をもぎ取るようにしながら答えた。
「なんて?」
「……何って……自分で読めばいいじゃないか。それとも読み上げちゃってもいいのかい?」
シャルテは周りを気にしながら言った。当然の事ながら、声を出して読み上げれば伝言が他の宿泊客に聞かれてしまうのだが、そんなことを気にするような繊細さはジンメイには皆無だった。
「構わねえよ。差出人不明の伝言なんざ隠すまでもねえ」
「……」シャルテは呆れた様子でジンメイを見つめ返したが、(この男には何を言っても無駄、読み上げなければ「捨ててくれ」と言われるだけ)と悟った。
「まあ、あんたがそう言うのならいいけどさ。えっと、読むよ? 『彼女は本懐を果たして戻ってきた。必ず迎えに行け』」
「迎えに? 誰をさ」
「ちょっとお待ちよ、まだ続きがあるんだから……『彼女を組み込まれた階級から抜けさせマイソシアに即時転生させる為には、お前がここで彼女の存在を確定する必要がある。お前にしか出来ぬこと。必ず迎えに行け』……こんだけさ。はい、これがメモね」
ジンメイは胡散臭そうにそのメモを受け取ったがとくに読み返したりしていない。
「何のことやら分からんな」
「そうなのかい? あんたに予め手紙を送ってあるからこれで十分に分かるとか言ってたんだけどねぇ」
「この伝言の爺様が?」
「そうそう」
「手紙……? 知らねえな。まぁいいや。捨てといてくれ」
ジンメイは全く興味がなさそうに無造作にメモをクシャッと丸めカウンターに置いた。シャルテは(結局捨てるのか……)と思いながら彼を覗き込むように見た。
「何だか知らないけどさぁ……あんたにしか出来ないって書いてあるよ?」
「まぁ、後ろ向きぐらいには考えるさ。名も名乗らん奴の伝言を前向きに考えるほど善人じゃないんでね。とにかく一旦部屋でシャワー、その後だな」
そう言ってジンメイはそのまま二階の部屋へ向かおうとした。背後にシャルテの追い討ちの声が響く。
「ここレビアじゃあ、男は女に冷たくしちゃ駄目なんだよ!? 知ってるかい?」
「サラセンじゃ多少冷たくしねぇと暑くてやってらんねえよ」
「何言ってんだい! 『レビアに行けばレビアに従え』だよ!」
ジンメイはそれには何も答えず適当に手を振って客室へ向かう扉に入っていった。
シャルテはなんとも納得出来なさそうに首を振り、入り口に向き直った。
「……ということだよ」
それまで誰もいなかった入り口に、忽然と老人の姿があった。乞食の様な印象だが、何故か視線を外した瞬間に印象が消えてしまいそうな、掴みどころのない雰囲気の老人である。
老人は唐突に言った。
「おぬし、そこで何をしとるんじゃ?」
「何をしてるって、失礼な爺様だねえ! 仕事してるんだよ。悪いかい?」
それほどきつい口調ではないのだが、声が大きい分迫力がある。
「……ふむ。まあよい。何か思うところでもあるのならそれも良かろう」
「何を訳のわかんない事言ってんだい、私の思うところなんて客入りだけだよ。それより伝言はちゃんと伝えたけどさぁ……あれでよかったのかい?」
「ハッハッハッ、上出来じゃよ。手間かけてすまなかったな、シャルテさんや」
「伝言ぐらいどうってことないさ。でも、これから何か起こるのかい? 厄介事は勘弁してもらいたいねぇ」
「これ以上の面倒は掛けんよ」
「どうだかね。で、後はどうすればいいんだい?」
「何もせんでもええよ。ああ、強いて言えばそうじゃな、今夜あいつが何をしようとも放っておいてやってくれんか?」
「何をしようとも、ね……。ってことは、何かするわけかい? まあいいけどね、あんたにはいろいろと世話になってるしね。言うとおりにしますとも」
老人は深々とシャルテに頭を垂れ、そのまま現れたときと同じように忽然と姿を消した。見送ったシャルテはごく軽いため息をつくと、いつものように伝票を手にとって整理し始めた。
部屋に戻ったジンメイはたった今聞いた伝言に特に食指を動かされた様子もなく、無造作に装備をソファに投げ捨て、シャルテに言ったとおり迷うことなくシャワーを浴びた。
ひとしきり汗を流して身体を拭くと、そのまま正面から身を投げるようにベッドに倒れこみ、
「きつすぎる……こんな神経すり減らすようなことをあと半月続けるのかよ……グリハラもよくこんなことやったな」と独り言を洩らし、そのまま寝息を立てはじめ……ようとした。
(ん? 今日二十四日じゃねぇか。確か、半月前の手紙は……今日ロベルツリーに来いとか書いてあったな)
そう思いながらゆっくりと仰向けに寝返り、両腕を組んで天井をぼんやり見つめる。
(半月前の手紙と、さっき聞いた伝言……この二つは、いくら単純な俺でも話をつなげるのは簡単だ。手紙で言ってた俺の伴侶とかいう女っていうのは、おそらく伝言が迎えに行けって言う女の事なんだろう)
ジンメイは手紙と伝言のことが少し気になり始めた。手紙では独身のジンメイに対して伴侶の名を呼べと言う。これだけなら、(程度はともかく)人違いか勘違いか、或いは何らかの悪意を感じる程度が関の山だろう。
だが、手紙の指示していた二十四日に、再度新たな催促と取れる伝言がもたらされた。人違いも甚だしいのか、本人の預かり知らぬところでジンメイに何らかの関心を寄せる誰かがいるのか――もちろん、そうであったとしても伴侶と表現されるのはおかしいのだが――、それとも悪意は獲物を釣り上げるまで諦める気はないのか。かといって、直接悪意を感じるような言葉でもなかったのも確かだ。
手紙のことを思い出したと同時に、もう一つ気になる事を思い出した。半月前に手紙を受け取る際にグリハラが言った一言『もしかしたらあの空白の記憶に関係があるのかもしれませんよ?』という事だ。
(空白の記憶、か……。俺はあの時、何をしてたのか……)
修行の疲れもあるのか、ぼんやりとした表情でなんとなく考え続けるジンメイだったが、ふとある考えがよぎった。
(っていうか、ちょっと待て、あの時に起こった『何かのせい』で、去年のうちに突破出来てたはずの関門修行をもう一度やってんじゃねぇか?)
今の時点では彼のこの考えを裏付ける客観的な証拠はない。それどころか手紙も伝言も、一年前の記憶がない事と直接関係すると思われる内容は一つもないのだ。
だが、ジンメイには悪くない推理に思えた。
事実、去年の師範への関門修行は、記憶がないあの時の、身に覚えのない強制帰還によって打ち切られている。そして、ほぼちょうど一年となる節目の今、本人の理解出来ない手紙や伝言がもたらされているのだ。
これらが、もしも一年前の記憶にない『何らかの出来事』と関係があるのなら――もちろん、記憶がないのだから『何らかの出来事』があったと言う根拠もないのだが――、内容を理解できないのも当たり前と言える。
この推論は、むしろ今更気づくのかという内容なのだが、そう思い始めた途端にジンメイは一気に興味が沸いてきた。
腕を組んだまま、腹筋でベッドの上に上半身を起こす。鋼のように鍛え上げられた体のゆっくりとした動きは、まるで古の神が深い眠りから復活するかのようでさえあった。観察者がいない部屋でのそうした動きは、もっぱら本人の内面の思いを強調する動作だと言えよう。
「いいだろう……。一年前の落とし前があるのかどうか、見に行ってやろうじゃねぇか」


