#34 大地からの伝言 [セリス]
posted by GEM at 2006年02月19日 17:57
クリガン!
クリガン!!
あの筋肉バカ、どうしてくれようかしら! スオミで目をつけてた帽子*1
、売り切れだったじゃない!
ああ……スオミの超売れっ子デザイナーの最新の帽子で、黒を基調にした左右アシンメトリーのデザインで、片側には大きくないけど全体のバランスを引き締めるピンクのふさふさコサージュ、取り外してもとてもシックで素敵だった……。
だめだわ、力が抜ける。狩りの疲れがどっと出てくる。
あほクリガンめ、今度奴が死に掛けてたら回復どころか私が止めを刺してやる!!
「あら、お嬢様、お帰りなさいませ。どうしたんですか?」
眼と鼻の先まで来た私の家の門から声を掛けられた。落ち着いてて響きもいいんだけど、ものすごく色っぽい女性の声――今は聞きなれてるけど、初めて聞いたときは『負けた』って思ったっけ――。
「え? あぁベティ、ただいま。どうして?」
「物凄い顔してましたよ? 子供が見たら十中十二、一目散に逃げだすでしょうし、哀れ、その後の人生のトラウマになっちゃうでしょうね。町の警備の方に不審者扱いされませんでしたか?」
「笑顔で酷い事を言うのね……」
ベティは三年前から我が家に住み込みで来てくれてる家政婦兼看護婦さんで今は三十歳になる。
少しふっくらした女性でね、細かいことまでほんとによく気を使ってくれる完璧な家政婦さんなんだけど、歯に衣着せない性格で何でもはっきりと言う人。(セクシーボイスが歯に衣着せないって点はどうかと思うけど)こういうのって長所でもあり短所でもあると思う。私は長所だと思ってるわ。
たまに今みたいに酷いことを言うけど……。
彼女は買い物にでも出かけようとしてたみたいで、からっぽの買い物かごを持ってる。
「セシリアは帰って来てる?」
門の前まで来てベティに聞いた。
「いいえ、お帰りになってませんわ。何か御用事でも?」
「ううん、いいの。……母さんは?」
「特にお変わりございません」
「そう……。買い物?」
「はい、お夕食の食材を調達してまいります。何かご希望がございますか?」
ルアスの酒場の食べ物よりベティの作ってくれる食事の方が数倍おいしいんだけど、今日はあきらめるか。
「ごめん、今夜は私もセシリアも出かけるからいいわ」
「あら、そうなんですか? そういう事でしたら、買い物に出る前にお話出来てよかったですわ、食材が無駄になるところでしたもの! 今日は季節のお料理にしようと思ってたんですけど、材料が日持ちしませんからね。明日には召し上がっていただけるかしら? ほら、町長さんの奥さんに秘伝のレシピを教えていただいちゃって、もうこれが凄くおいしいんですよ!」ニコニコしながら話すベティ。そういえば、私から見た彼女の欠点はずばり、このセクシーボイスでの長話だったわ。この声を延々聞かされると頭の中が勘違いしてピンクモードになってくる。
「ごめんベティ、おいしそうな話なんだけど、ちょっと休みたくて……。あ、明日は家にいる予定だから、料理期待してるわ!」
「あらまぁ! お嬢様、体調が優れませんの?」しまった。さらに話題を与えちゃったわ。「それは大変ですわ! すぐにお薬のご用意を」
「大丈夫! 大丈夫よー、私は大丈夫だからねー? これでも医師免許持ってるんだからねー? 薬は薬箱を自分で見るからね、ね?」
なんだか興奮した小動物をなだめてる気分だわ。
「そうですか? でも、そうですね、お嬢様なら大丈夫ですね。ではすぐに戻りますので。あ、あと神殿から遣いの方がいらっしゃいましたわ。明日、ガーリン様が奥様のお見舞いにお伺いしたいという事でした」
「うん、わかったわ。じゃ、買い物よろしくね。気をつけて」
ベティは笑顔で一礼して出かけていった。
なんとなく疲労感を感じながら(というか疲労感が増えたわね)彼女を見送って、赤と黄色の花を咲かせた蔦が絡まる門をくぐった。門から玄関までまだ三十メートル位の庭が続く。ベティがいつも綺麗に手入れをしてくれていて、まるでお城の庭みたいな綺麗な庭を歩いていくと、ミルレスではあまり見られない規模の二階建てのお屋敷がある。ここが今の私達の家。
当たり前のように玄関の扉をあける。ちゃんと鍵が掛かっているんだけど、私達『家の者』にとっては掛かっていない。
この扉にはミルレスでは滅多にない強力な魔法が施してあって、この家に住んでいる者以外は開けることが出来なくなってる。魔法の事は知らないけど、何でもこの魔法にとっては物理的な鍵が邪魔になるらしいわ。
鍵を持ち歩かなくていいから便利だし、泥棒の心配もほとんどなくて安心なんだけど、平和なミルレスではここまで防犯に気を使っている家なんて一軒もない。でも、逆に言えば、この家には盗賊ぐらいじゃ絶対に破れない扉を用意してまで守らないといけない理由がある……。
それは、母さん。
この家は特殊な封印が施されているらしく、母さんの何だかよく分からない力が外に漏れないようになっているらしい。
母さんは、自力では決して自分を守る事が出来ないから……。
三年前……。
この家は、母さんがミルレスとマイソシアに対する大功労者と認められて、母さんとその家族である私たちに与えられた。大きい家なんだけど部屋の数はそんなに沢山はない。
一階にはキッチンとかは別にして母さんの部屋とベティの部屋、そして居間と客間。二階に私の部屋、妹の部屋、そして空き部屋四つ。家具や調度品、絵画までも全部揃えてくれた。
ベティの給料もミルレスから支払ってくれている。
さらに母さんには莫大な功労金も支払われていて、正直なところ私達家族は一生働く必要はないぐらい。冒険者として必要な装備も申請さえすればミルレスで面倒を見てくれる。
今着ているフリストマジックフロック*2
だって、ミルレスに申請したら翌日には家に届いたわ。よく手に入ったものだと思ったけどね。
母一人、娘二人、そして住込み家政婦一人が生活するには広すぎる家。セシリアが冒険者になってからは二人とも留守にすることが多いこの家は、ほとんどの場合ベティと母さんの二人だけで生活している。もちろん、この家があって、家にはベティがいてくれるから私達は安心して出かけられるんだけどね。
おかしいのは、大功労者と認めたくせに功労者としての発表は一切されていない。偽名を使っていると言う事もあるだろうけど、貧しい一角に住んでいた私達が突然庭付きの豪邸に住めばいろんな噂も立つ。今では私達は、没落した貴族が遠い親類の縁談によって復興したって事になってて、正直浮いた存在になっちゃってる。
噂の事は気にしてないんだけど、結局のところ私もセシリアもこの待遇をこう理解している。この大きすぎて豪華すぎる家や敷地、調度品の数々に信じられないほどの功労金や待遇、そして(本人には絶対に言わないけど)ベティの存在、これらは全部『口止め料』なんだって……。
ミルレスに引っ越してきたばかりの時に住んでいたボロボロの家なら、玄関を開ければ狭くて短い存在価値のよく分からない廊下だったけど、今は大きくて二階まで吹き抜けになっている立派なエントランスがある。私には価値がさっぱり分からない彫刻まで飾られてるわ。豪華なのは嫌いじゃないけど、それでも無駄に広い。
約三年住んでも「家に帰ってきたぁ」っていう安心感がない家って、どうなんだろうね?
玄関の真正面に扉がある。私はその扉の前に立って、あまり意味がないって分かってるけど、扉をノックした。
「母さん、ただいま」
分かってることだけど、返事はない。以前はこの事実だけで、私もセシリアも涙に暮れてたっけ。
私は扉をゆっくりと開けて部屋に入った。優しくていい香りの風が頬を撫でる。ベティが毎日世話をしてくれている花の香り。窓は開いていないのだけど、何故か母さんの部屋はいつも気持ちのいい空気に包まれている。
窓に引かれたレースのカーテン越しに、西日が林の間からきらきらと差し込んでいる。部屋の真ん中にはどこかの王族にだって負けないような豪華な天蓋付のベッドが置かれていて、光が当たるとまるで宝石箱からきらきらと宝石の光が反射しているみたい。
こんな少女の夢に出てきそうなベッドで、まるで眠れるお姫さまの様に横になっているその人こそ、植物状態となってしまった私の母さん……。
私は、部屋の奥側、母さんの右手側にある丸椅子にゆっくりと腰掛けて、光を背に受けながら眠り姫の髪にそっと手を触れた。
「母さん、ただいま。今日はちょっと大変だったけど、ちゃんと帰ってきたわよ。今日はこの後もちょっと用事があって出かけちゃうけど、ベティがいてくれるから大丈夫よね……。母さん……」
あの日……。
神殿で意識を失ったらしい私は、あのボロボロの家で丸二日間眠り続け、セシリアとエリオ師匠の看護を受けていた。外傷は特になく、私がなぜ目を覚まさないのか原因は全く分からなかったらしい。ようやく目を覚ましたとき、妹が憔悴しきった顔を涙に濡らしながら私に抱きつき、そして母さんのことを私に告げた。とても辛そうに……。
母さんのことを知ったあの時の血の気が引いて視界が暗くなる感覚は、今でも忘れることが出来ない。ショックでもう一度意識を失いそうだったのをよく覚えているし、これほどまでに悲しい思いをするぐらいなら一生目覚めなければよかったって思った。
妹も食事が喉を通らなくなってしまい、母と同じ病院に入院してしまった事もあった。
時間と共に私達姉妹は何とか立ち直ったけど、介助の日々は辛かったし、ベティがいてくれなかったらとても耐えられなかったと思う。医師免許を取ったはずの自分が、実際にはベティの指図がなければ食事の世話も満足に出来なかった。
身内の私よりも他人のベティの方が手際よく母さんの面倒を看るのが悔しくて仕方なかった。不甲斐ない自分を呪い、医師免許なんて捨ててしまおうかとも思った。
六ヶ月ぐらい経った時にここに引っ越してきた。ベティは引き続き母の面倒を看てくれることになった。この頃には、ベティには尊敬の念を抱いていた。私が無事夢を掴んで開業することが出来たら、ベティを一番目の看護婦として雇いたいって何度も話したっけ。
母さんは、極稀に弱弱しい意味不明な声を発してみたり、何かを見ているように目を動かしたりするけど、基本的に意思の疎通は全く出来ない。
介護は私の想像を遥かに超える大変なものだった。毎日関節を動かしてあげないとすぐに硬くなってしまうし、一時間か二時間おきぐらいに姿勢を変えてあげないと床ずれが出来てしまう。当然下の世話もしてあげなければならない。他にも気が遠くなるようなたくさんの世話をしてあげないといけないけど、どれが欠けても下手をすれば命に関わる。
三年前には、全て完璧に世話が出来たとしても一年生きられるか分からないって言われてたから、今でも生きていてくれるのは奇跡ともいえたし、ベティの介護のお陰とも言えた。もちろん、私達も出来る限りの介護をした。
今では私もセシリアもベティの次ぐらいには介助のプロになったような気がするわ。
ずいぶんとしわが増えて骨が浮き出てきた母さんの右手にそっと手を置いた。
「母さん、今日は気分はどう?」
「……」
「私はね、今日は散々だったわ。クリガンにね、ほとんど無理矢理で狩りに連れて行かれてね、お陰で今日買おうと思ってた帽子が買えなかったのよ? ひどいと思わない? しかもちょっと危険な目に遭っちゃって……。あ、大丈夫よ、母さん、心配するほど危険なことじゃないから」
「……」
「でもね、私も反省しなくちゃいけないわ。私ったら、どうやらぼーっとしてたらしい」
「うー……」
「! ……母さん、どうしたの?」
「……」
これが私達親子の『会話』。何か言うような気がしても、「あー」とか「うー」って言っておしまい。介助を要するサインの時もあるから一通り確認したけどどうやらなんでもないみたいだわ。
母さんのうっすらと開いた瞼の下の目は、ずっと天蓋を見たまま、たまに力なくゆっくりと瞬きをする程度。それでも、私にとっては大事な母さん……。母さんの右手をほんの少しだけ握ってみた。でも、全く握り返してくれない。腕は細くなってしまい、豊かで形が良くて私の目標だった胸も重力の為すがまま、見る影もなくなってしまった。頬もこけ落ちて、綺麗だった金髪も……。…………。
「母さん……ごめんね、私が泣いちゃだめだよね……」
三年経ったからって、この頭が割れそうなほどの悲しみは消えたりしなかった……。たとえミルレスの一等地に家政婦付でこの家を貰ったって、何も癒されることなんてなかった。全ての待遇がどうしても恩着せがましく感じられて断りたかったけど、母さんの世話をするためには受け入れるしかなかった。
あの時、母さんが『何をしたのか』、母さんに『何が起こったのか』は誰も何も教えてくれなかった。ただひたすら「マイソシアを救ってくれた」ということだけを教えてくれた。
ガーリン教皇は三年前から月に一度は母さんを見舞いに来るけど、あの人もその場に居合わせたという事以外はどれだけ問い詰めても、何も、教えてはくれない。
「マイソシア全体において最重要機密の一つとなっている。どうしても話して聞かせることは出来ない。許して欲しい」
あの人から、何度この台詞を聞いただろう。私が激昂して杖で殴りつけても、彼は額から血を流しながら頭を下げて同じことを繰り返していたっけ。
「いつかきっと、マレリアが自分を取り戻すと信じている」と、私たち以上とさえ言えそうな確信を持って力強く言い放たれると、それ以上何も言えなくなってしまった。
それに、誰も何も言わないけど皆分かっていた。ガーリン教皇は母さんを女として愛していることを。こんな風になってしまった母さんを今でも全く変わることなく愛してくれていることを。むしろ、ガーリン教皇の思いは日に日に増していったようにさえ思えた。
身内の私が見ても現実を見てしまうのに、あの人は必ず笑顔で言うの。「君は美しいよ、マレリア」って。もっとも二人きりにして扉の外で聞き耳を立てないと絶対に聞けないけどね。
「母さん、明日ね、ガーリン教皇がいらしてくださるって。うれしい?」
なんとか涙声を抑えて母と『会話』を続けた。何も反応はしないけど、それでも声を掛け続けることも看病の一つ。そういう意味では、毎月最低一回は母を訪ねてくれるガーリン教皇はやっぱり有難い存在だった。
教皇よりは頻度は少ないけど、三年前のあの時に関わっていたらしいエリオ師匠やリーゼッタ枢機卿もたまに母を訪ねてきてくれる。ミュゼリア様とおっしゃる方も、直接おいでにはならないけど季節が変わるたびに贈り物を贈ってくれていた。
ルケシオンにいたときは随分とお世話になったデムピアス様も三年前のあの時に関わっていたらしい。たまに、手紙と、母の好きだったイカルスの花を贈ってくれる。不思議なことに、イカルスとは気候が全く違うはずのミルレスでは贈ってもらった花はすぐに枯れてしまうはずなのに、何故かこの家では、たとえ冬でも季節が移り変わるぐらいまで瑞々しい葉も色鮮やかな花びらも決して枯れなかった。
それだけじゃない。母さんの部屋は暑い夏の日に涼しい風が吹き寒い冬の日も随分と暖かい。それはきっと、母が良く話してくれた精霊が守ってくれているのだと確信していた。精霊なんて見たこともないから根拠は何もないけど、不思議と違和感なくそう信じられた。
「じゃ、出かけるまで自分の部屋に行ってるわ。母さん。また後でね……」
「……」
いつもどおり返事がない事と、一通りの世話がされていて小一時間程度休んでも良さそうな事を確認して、私はこみ上げてくる涙を堪えながら部屋を出た。
いつになったら……涙を我慢しないでこの部屋を出られるようになるんだろう……。
少し気持ちを落ち着かせてから、階段を上がり二階の自室に入った。ついうっかりというか、バックパックを背負ったままだった。道理で肩が凝ってると思ったわ。バックパックをベッドの脇にドサッって置いて、そのままベッドの上に仰向けに身を投げた。
「はぁ……三時間後って言ってたから……。つまり五時に酒場ね。ということは、あと三十分か……」
(セシリア、今どこにいるの?)
精霊話術でセシリアに声をかけたらすぐに返事が返ってきた。
(うん? 今はミーナちゃんの家だよー)
(あ、そう。何してるの?)
(いろんなお話ー)
どこの子供と話してるんだろうって思えてくるけど、天然だから仕方ないか。
(……あ、そ。酒場行くんでしょ? ミーナとジンも来るの?)
(ジンは嫌って言っても連れてくよー。ミーナちゃんはどうするんだろうね? 本人がどうしたいかってのもあるけど、フィオ君が連れて来てって言ったらどうしたいか聞いてみるし、来なくていいって言ったら今日はそっとしておいてあげたほうがいいと思うのー)
あら。ボーっとしてるようでそれなりに考えてるのね。
(そう……。まぁ、そういう事ならフィオに聞いてみるのね。あと三十分だけど、行く前に家に寄ってよ)
(なんでー?)
(寝てるから起こして)
(うん、分かったー。じゃあ、後でねー)
(うん)
これでよし、と。ちょこっと寝て気持ちを休めないとね。涙目はあまり見られたくないし……。
どうせすぐに出かけるから着替えるなんて面倒な事はしない。
ボフッ
枕に頭を静めて……リラックスして……力を抜いて……。
……クースカ……。仮眠程度でもいいのよ。気持ちを落ち着けて……。寝たつもりになってればそのうち……クー……寝つきが悪いのよね、私って……。
クー……うっふーん、なんてちょっぴりセクシーに寝返りを打ってみたり
「人にして偉大なる霊媒の血を受け継ぎし奇跡の女よ」
「!?」びっくりしすぎて固まった! 誰かいる? っていうか……。
ちょっとぉ! 馬鹿みたいな寝返りを見られちゃった!? 恥ずかしすぎる!! どこの馬の骨だか知らないけど許さん!!
いくら三年前より広い家って言っても、所詮個人宅の一室、野外で戦うのに比べれば部屋の広さなんて知れてる。部屋の隅々まで意識を張り巡らせるように集中して辺りをうかがった。
「誰?」
と聞いてみても、案の定と言うか答えがない。
既に先手を取られているらしい状況で飛び起きるべきかゆっくり起き上がるべきか少し悩んだけど、ここは慎重にゆっくりを体を起こす。上半身を起こし、慎重に周りを見渡す。
でも、やっぱり部屋に人影はない。偉そうな男の声で敵意は感じなかったけど……声の主は一体……?
「誰? 出て来なさいよ……」
「我が姿既に汝の前にあれど封じを施されし汝の目には我が姿映らず。されど案ずるなかれ、我は汝を害する者にあらず」
答えた? でも、何だか気味が悪いわね、相変わらず声だけしか聞こえない……。インビジ*3
で隠れているのかしら? 誰かがいるような気配は全くないんだけど……。
「何様だか知らないけど、なに雰囲気出して喋ってんのよ……。うっとおしいからやめてくれない?」
怖いと言うより不気味で仕方ないけど、とりあえず強がってみた。
「うん、それもそうだね」
……え? 突然子供の声になった?? 二人いるって事?
「僕の姿が見えない人間に自分の存在を告げるのって二百五十年ぶりでさ! ちょっと緊張しちゃったよ! イメトリにね、人に自分の存在を示すときは出来るだけ偉そうにいかないと舐められるぞって言われてたんだ。さっき言った『人にして偉大なる霊媒の血を受け継ぎし奇跡の女よ』って言い方さ、あれでも一時間ぐらい必死で考えたんだよ? あ、そうそう、さっきも言ったんだけどね、僕は別に姿を隠してるわけじゃなくってね、本当は君は生まれつき僕の姿を見る力があるんだ。でも、マレリアが望んだからその力は封じられてるんだよ」
状況さえ違えば、思わず「かわいいわね僕ー!」って言っちゃいそうなほど完璧な子供の声なんだけど、言ってる事はさっぱりだわ。二百五十年ぶりって、頭いっちゃってる奴? 奇跡の女だとか姿を見る力だとか、訳分かんないわ。でもこいつ、母さんの名前を知ってるわね。
「あのさ、私、幽霊に知り合いはいないはずなんだけど、なんでそんなに馴れ馴れしいの? あんた誰よ? なんで母さんの名前を知ってるわけ?」
私はまだ十分に警戒したまま言った。ベッドの上で注意深く座った姿勢になっている。武器が何もないけど、見えないうちは考えても仕方がないし、いざとなればホーリービジュアで位置確認して*4
すぐさまパージフレアをぶち込んでやる……。相手がインビジで隠れてる『人間』か『魔物』なら、だけど。
「僕はレミトポって言うんだ。幽霊じゃなくて土の精霊さ! マレリアがまだ赤ちゃんだった頃からの友達なんだよ!」
「……はぁ?」
なんだろう? この間抜けな展開は……。
「いや、そんな、『はぁ?』って……。マレリアはもっと素直だったのに、君は本当にマレリアの子なの? 全然信じてないでしょ?」
なんていうのか、緊張感が全身の毛穴から漏れていくようだわ。でも、油断しちゃ駄目ね。
「精霊は信じてるわよ? でも何だか知らないけど、乙女の寝室に忍び込むような奴の言う事を信じてもらえると思ってるわけ? 仮にあんたが母さんの友達だとしたって、もう少し気を使えないかしらね? あんた、さっき私のセクシー寝返り見たでしょ?」
「せくしー……何って? そんな言葉知らないよ。それに、乙女って……。セリス、君さあ、処女じゃないじゃん」
ムッカ! ナニヨコイツ!!
ガキのくせにふざけた事ぬかしゃあがってぇ! 一気に怒りがこみ上げてきた!
「んですってぇ!? 失礼ね!? なんであんたに分かるってのよ! このエロガキ! あんたなんかに呼び捨てにされる覚えなんかないの!! 気持ち悪いったらありゃしないわ! っていうか、なんで私の名前知ってんのよ!」
「なんでそんなに怒るのかなあ。処女とそうじゃない女の人では波動が違うだけで、別にどっちがどうなんて言ってないじゃん。それに、名前はマレリアが教えてくれたんだよ。呼び捨てにされると気持ち悪いだなんて、心の狭い人間だなぁ。そんな人生じゃ辛くないかい?」
「んな、な、あんたに人生相談した覚えなんてないわ! 何なのよ一体!? もう、サイっテーだわ……。姿も見えない薄気味悪い奴に、乙女じゃないだとか、人生辛くない? とか、そんなこと言われる筋合いなんてないっての! っていうか、あんた何しに来たのよ! 私に何か用?!」
「あ、しまった! そうだよ、大事な伝言があるんだ! セリス、大事な事だからよく聞いて。ガイア様がどうしても君に来て欲しいんだって!」
また何かよく分からないのが出てきたわ。
「ガイア様って誰よ?」
「とっても偉い人さ!」
こいつ、セシリア並みの天然なのかしら? 人の神経逆撫でしたかと思えば力が抜けちゃうような間抜けな事を言ってみたり……。
「あんたねえ、それじゃ何も分からないでしょ? ガイア様ですって? そんな名前の『とっても偉い人』なんて知らないわ。だいたいさ、人に何か頼みたいなら姿を現して挨拶ぐらいしたら? 見ることも出来ない奴に伝言がどうとか言われたって聞く耳持たないわよ?」
「……君が僕を見ることが出来ないって言うだけで、僕は姿を隠してるわけじゃないんだけどなあ。どうしたらいいんだろう……」
声が弱弱しくなったわ。困ってるんだろうってことは分かるけど、こっちだって目一杯困惑してるし、乙女の寝室に姿を隠して忍び込むようなガキに同情の余地はない。
「あんたがさっさと消えればいいのよ。レミトポとか言ったわね? そろそろ付き合いきれなくなってきたわ。痛い目に遭いたくなかったら」
レミトポが慌てて口を挟んできた。
「待ってよ! ガイア様は言ってたよ。これは君自身にも深く関わる重大なお話なんだって。でも、どうしても手を離せないからセリスのほうから来てもらいたいんだって……」
仮に言ってる事が本当だとしても、姿が見えないままじゃこっちが落ち着かない。問答無用で位置確認する。
「ホーリービジュア!」
あれ? 私の足元以外反応しない!? そんな馬鹿な、人間でも魔物でもないってこと!? 本当にどこにいるのか分からない……まさか本当に精霊?
「セリス、物理的な存在しか見ようとしない目と心じゃあ、僕にはあらゆる影響は及ぼせない。でも、びっくりさせちゃって悪かったよ。僕に消えて欲しいって事なら消えるから。だから、もう一度だけ言わせて。ガイア様がどうしてもセリスに来てもらいたいって言ってる。場所は君達の言う大神殿の奥の方、大魔方陣だよ」
「……そんなところ、関係者以外立ち入り禁止で行けないじゃない」
「大丈夫さ、後で君のバックパックを確認してみて。特別な『種』を入れておいたから。それを持って念じてくれれば直接魔方陣へ来られるよ」
「種? 何の種?」
「ユグ……じゃなくて! せ、世界樹の種さ! 特別だから植えたって生えないからね!」
なんて分かりやすいんだろう。声の通り子供って事かしらね? 世界樹の種じゃあ『ない』って言ってるようなもんだわ。
「ユグって何よ? 人のバックパックに薄気味悪い物入れないで」
「世界樹の種だってば!」
「あんたが」ユグって言ったんじゃない、って言おうとしたけど、遮られた。
「まずい、時間がなくなってきちゃった。もう一つ大事な事を言うからよく聞いて。ガーリンっていうおじさん知ってるよね? もしもマレリアに何かあったらあのおじさんを頼りなさいって」
私の鼓動がドクンって大きな音を立てた。何かあったら……ですって?
「どういう意味よ。母さんに何かあったらってどういうこと? 何が起こるって言うのよ?」
「全てを僕の口から言う事は出来ないんだけど……君の母さんを今みたいな目にあわせた張本人が再び現れている。君から生まれたんだ」
何も確定的なことは言われていないけど、この話の流れで母さんに何か良からぬ事が起ころうとしているのは馬鹿でも分かる。それだけじゃない。私が、生んだ、ですって?
「何を言っているの? 張本人? 私が生む?」
「君から生まれたって言ったけど、今言った張本人も気づいていないんだ……。その事も魔法陣に来てくれればきっとガイア様とオウカが話してくれる。もう時間がないんだ。ベティとセシリアが帰ってきちゃった。いい? ちゃんと伝えたからね? 忘れちゃダメだよ?」
「ちょっと待ちなさいよ、それじゃ何のことか分からないわよ! はっきり言いなさい! 大体、教皇様を頼れって言うなら何で教皇様に直接伝えないのよ!?」
「普通の人には僕の姿はもちろん、声だって殆ど聞くことが出来ないのさ。君は、君の力を封じている魔力が弱くなってるから僕の声を自然に聞くことが出来るけどね。あぁ、もうダメだ、セシリアが部屋に来ちゃう! しまったなぁ、こんな古典的な方法を使うんじゃなかったよ。とにかく一旦お別れだよ、セリス! 必ずまた会えるから!」
「待ちなさいってば! ねえ、待って! 母さんに何が起こるの!? 張本人って何者なのよ! 言いなさい!!」
「姉さん? 時間だよ?」
「え!?」
この声って……セシリアの声だわ! でも、どこから聞こえるのか分からない。
「姉さん、起きて。姉さんってば、起きてよぉ。もうそろそろ行かないとー」
「セシリア? どこにいるの!」
「こーんなにも近くにいるわよー?」
「うわあ!!」
突然、目と鼻の先に妹の顔が現れて、私は情けない声を上げて驚いた。
「うわぁああ!」セシリアは私が声を上げたのに驚いたのか、仰け反って私と似たような声を上げた。「びっくりしたー! 姉さん、どうしたの? なんか悪い夢でも見たの? 唸ってたよ?」
……あれ? 私、なんで横になってるの? まさか私、寝てたのかしら……。ということは全部夢? セシリアが私を不思議そうに見ている。私も多分、同じようにセシリアを見ているんだと思うわ。
夢だったんだとしたら、とてもリアルな夢……。部屋の全てが、今私が目にしているのと全く同じように再現されて、色も同じで、レミトポとかいう自称精霊の子供の声はとても夢とは思えないほど鮮明だった。
でも、私は確かに今、セシリアに起こされて夢から覚めたわ。こんなこと経験した事がない。
「ねぇ、セシリア。あのさ、ここにすっごいムカツク子供(ガキ)がいなかった?」
「えー? どんな子供よぉ、もうー。子供はみんな可愛いのに。子供なんていなかったよ? 隠し子でもいるの?」
「おらんわ!」
「そんなに怒んなくっても知ってるよー。なんかカリカリしてるね? もしかして、あの日? 今日はやめておく?」
「……大丈夫だから」
はぁ……。なんか今日はこんなことばっかり言われてる気がする……。
「ねえセシリア、私、寝てたのよね?」
「うん、寝てたよー。っていうか寝るから起こしてって言ったの姉さんだよ? なんかすっごいセクシーさんな寝相でブツブツ寝言を言ってて、こーんな風におっぱいの谷間を作ってぇ、スカートの裾から見えそうで見えないの」
「そんなことまで身振りまでつけて詳細に説明してくれなくてもいいから……」
やっぱり私は夢を見てたみたいね。レミトポとかガイアとかオウカって……そんな奴らのことなんか知らないし。そうよ、所詮夢よ。
でも、母さんの事が……気になる。何でこんな夢を見たんだろう?
『母さんを今みたいな目にあわせた張本人が再び現れた。私から生まれた』これは、どういうことなんだろう……。
「姉さん、何着ていく? 別に狩りに出かけるわけじゃないんだから普段着の方がいいのかなぁ」
セシリアの声で我に返った。いつもの狩りの格好をしていて、着替えるべきか迷っているみたい。
「ん? んー、そのままの格好で装備も全部持って行った方がいいと思うわよ? 町の安酒場なんて、どこも質の悪い荒くれ者と冒険者ぐらいしかいないんだから、女が普段着で入ったら目立って仕方ないし、あんたの普段着って下手すると『売り』だと思われるわよ?」
「そうなのー? じゃあこのままで行くー。私ね、夜に酒場に行くのって初めてなんだぁ。なんか大人になったみたいでドキドキするね!」
「二秒で幻滅するからあまり期待しないほうがいいわ。臭いし、基本的に酔っ払いしかいないし。あぁ、そういえば」私はベッドから立ち上がって部屋の入り口においておいたバックパックを背負いながら言う。
「ミーナも来るの?」
「うん、来るよ。どうして?」
「ねぇ、ミーナってさ、また私を見て怖がったりしない? っていうか、なんで私を見てあんなに怖がってたの?」
「……その話は後でしましょ」
セシリアは突然ノリが悪くなったって言うか、あからさまに目線を外して部屋を出ていく。一体何なのかしら……。いくら同性でも、あんなに怯えられたら傷つくのはこっちだっていうのに。
「あ、そういえば……」
ふと夢での事を思い出した。もちろん、理性では分かってる。あれは夢だったんだから、確認なんてするだけ無駄だって。でも、そうならそうで別に困るわけじゃない。私はバックパックを覗き込んだ。
「……? これ、何?」
手の平に収まるぐらいの、茶色の干乾びた丸い物が……。どう見てもこれは、『種』だわ。まさかそんな……
「姉さーん、どうしたのー? 行かないの?」
部屋の外からセシリアの声が聞こえた。私はルアスの酒場に行くべきか、夢を信じてこの種に念じるべきか迷った。所詮夢だったはずなのに、夢でしかなかったはずなのに、『種』がバックパックに入っている。
この種の存在が気にならない訳がないわ。素直に考えれば、精霊が私の夢に入り込んで話をしたって事になるんだろう。であれば、精霊の言っていた事の一つがどうしても気になる。『母さんを今みたいな目にあわせた張本人が再び現れた。私から生まれた』
(セシリア)
(ん? なあにー?)
(先にルアスに行ってて。酒場には絶対に一人で入っちゃ駄目よ? ジンかフィオ、出来ればジンと一緒に入る事。分かったわね?)
(え? うん、分かったけど、姉さんは行かないの?)
(後で行くわ)
(……分かったわ。姉さん、お願いだから気をつけてね)
セシリアの声の調子が変わった。きっと、今日の氷の城での出来事と関係があるんだろうけど、私は聞いた。
(どういうこと?)
セシリアの返事はすぐには返ってこなかったけど、返ってきた返事の調子はいつものセシリアだった。
(……ううん。今日の姉さん調子悪そうだったからちょっと心配だなあって思って)
二人ともお互いに隠し事をしている。姉妹だし、何も言わなくても直感で分かる。でも、私はこの『種』や夢の話を確認したらそれを黙っているつもりはないし、セシリアだって今日の氷の城での出来事を隠し通そうとしている訳じゃない。現にこれからその話を聞きに行こうとしていたんだから。
多分、セシリアにも私が隠している事がばれている。だから私は言った。
(大丈夫よ。後でちゃんと行くし、少なくともあなたには後でちゃんと話すから。じゃあ後でね)
(うん、大丈夫だよ。それじゃあ、後でねー)
セシリアは多分もう行っただろう。
今度はベティに言った。
(ベティ、いる?)
(どうされました? お嬢様)
ベティは聖堂員でもあるから精霊話術で話をする事も出来る。私は言った。
(私は部屋から直接出かけるわ。もしも、もしも母さんに何かあったらすぐに連絡して欲しいんだけど、ガーリン教皇様にも連絡して欲しいの。お願いできる?)
(もちろんですわお嬢様。猊下からも常にそのように言われておりますからご安心ください。酒場なんてお久しぶりでございましょう? お母様の事は私に任せて、たまには羽を伸ばして楽しんで来て下さいませ)
ベティは私が酒場に行くものだと思って言ってくれているんだと思う。特に否定もせず、「ありがとう、行って来ます」って答えた。
私は、種を両手で包み込むように胸の前に持ち、何を念じればいいのか分からないから、とりあえず「大魔方陣へ私を運んで」と念じた。
*1: 『#03 サラセンの町外れ』の最後を参照
*2: 上級レベルの聖職者が装備できる衣服。
*3: 盗賊が自身の姿を隠す技。隠すというより、見えなくなる
*4: 広範囲に影響する治癒魔法で、範囲内にいる者の足元には淡い光が発生する


