・このページはスタイルシートでレイアウトしています。
このメッセージが表示される場合はスタイルシート対応ブラウザでの閲覧をお願いいたします。
または、こちらのCSS/JavaScript未使用ページにお入りください。
この記事[#XX 実験場の外 [---・???]]のCSS/JavaScript未使用ページはこちら

#XX 実験場の外 [---・???]

posted by GEM at 2006年02月12日 23:19

 どこの世界であっても時間は常に過ぎるものであり取り戻すことは出来ない。
 しかし、人の世界、セオミュレカンたちがいるマイソシアの神界、そしてデスがたった今追い払われて戻ってきた来た真・神界では時間の進み方がそれぞれ根本的に異なる。

 人の世界での時間の経過は通常経験するとおりであり、誰にとっても平等に時間が過ぎていく。当然、生れ落ちた瞬間から常に老いていく。

 マイソシア神界でも時間はその世界の者に対して平等に進んでいく。また、人の世界の一秒とこの世界の一秒は同じ時間間隔である。ただし、神格を持つものはこの空間においては一秒当たりに処理できる絶対量が(限界もあるが)異なる。

 真・神界では時間の経過は人のそれとは全く異なる。時間が一方向にしか進まないのは同じであるが、神々は時間の経過によって年齢を重ねるようなことはない。また、人の世界の時間に対しての相対的な時間の進み方を思いのままに出来る。
 つまり、人の世界での三年を三時間で過ごす事が出来たり、逆に人の世界の数秒で数百年を過ごす事が出来る。人の世界の過去に行く事も(いくつかの条件はあるが)不可能ではない。
 それによってタイムパラドックスが発生しても人は決して気づかない。その時間を過ごす人にとってはその時点から普通に時間が経過するだけでしかないから。ただし、不整合によってある空間・次元が消滅する可能性はあるが、そのような事態に発生するパターンは数え切れないほどあり、その殆ど全てが条件において「やってはならぬ事」とされている。

 ここで語ることは確かに過去のこと、具体的には人の世界での三年前のことを起点として語られるのだが、同時に人の世界での「つい先ほどのこと」になっていく。

「くそ! ミュレカンめ!! あのような忌まわしい杖をいつの間に作り出しおったのだ!!」
 誰かがそこにいるわけではない。『光』がそう言った。

 ここでは神の存在がそこかしこに『光』として『在る』。『光』の色や強さはそれぞれ異なるが、いずれにしても神が見せようとしない限り人には光る何かとしか見ることは出来ず、聞かせようとしない限り人にはその声を聞くことも出来ない。
 もっとも、それを確認する人の眼や耳がここにあるわけではないが。確かな事は、人の感覚で考えることなど全く無意味な世界ということ。ここは、真・神界のどこか。

 真・神界の者達は互いに声を聞くことが出来るようだ。先の悪態をついたのはデスである。その声を聞きつけた別の光がデスのところへ近づいてきた。
「どうした、どうした、デス、どうした?」
「黙っておれレコイネスファ! 」
「まさか、デス、しくじった? あんなクズを、しくじった? デス、馬鹿だ」
「貴様ぁ!」

 デスは怒り心頭のようだ。さらに別の光が、レコイネスファに寄って来た。
「レコイネスファ。遊んでいる場合か? なすべきことをなせ」
「モト、俺お前嫌い。どっかいけ」
「レコイネスファ……、消してやろうか?」
「いやだね」
 レコイネスファと呼ばれた光はその場にすぅっと消えた。

デス、マイソシアとかいう空間に行ったはずだが、その様子では望む結果を得られなかったと見える。何があった?」
「私に植え付けられた最高神の定めに従い、マイソシアの命を消しに行ったのだ。知っているだろうが、あそこは所詮実験的な隔離空間だ。そんなところに、こともあろうに死神が直々に出向いて全員の魂を消してやると言うのだぞ!? こんな贔屓があるものか! あの程度の者達など天使にやらせればいいのに、だ! だが、定めなら仕方あるまい。面倒を堪えてマイソシアに行ってやったとも。だがな、あの空間は何かおかしいぞ、モト!」
「何がおかしいのだ?」
「マイソシアの奴らの動きはもはや人のそれではない。強さ、魔力、どれをとっても強烈な力を発揮する者がおる。それがごく一部の者なのかどうかは分からぬがな。私が甘く見ていたというのも認めるが、まともに正面きってやりあったら勝ち目がないというのだ。そんな人間が今までにいたことがあるか?」
「いや、ないな。竜族やら有翼族でごく稀にそういうこともあったそうだが、それ以外ではせいぜいその次元の賢者や仙人が力をつけることがある程度だろう。だが、お前はもともと正面きって得物で挑むようなことはしないではないか。なぜ自らの力で事に当たらない? ただ念じるだけで済むだろう」
「力を封じられたのだ……。いや、正しく言い直させてくれ。私の意識体も実体も魔法陣から出られぬように封印が施されていた。そして、その魔法陣の中にいる者の魂は私の本来の力で消すことが出来なかった。魔法陣に守られていたのだ。魔方陣の外の者には効果があったがな。魔法陣にはガイアの気配を感じた。多分、力を貸したんだろう。だが、それを引き出す資質がなければガイアの力など借りられるわけがない。信じられるか? 神を封じ、神の力から身を守ると言うのだぞ? あれほどの魔法陣、人が作れるものか! それにな、なにより解せんのはミュレカン達だ。私たちの庇護の元にありながらとてつもない強力な武器を作り出しておった。あのような力があやつらにあるなど考えられぬ。あれさえなければ、多少てこずったとは言え私は定めに従いなすべきことをなせたはずなのだ」

 しばらく沈黙が続いた。ただの光でしかないので表情も何もない――デスは実態を見せたところで表情はほとんど変わらないが――が、その沈黙はつまり、何かを考え込んでいるのだろう。
デス、信じられるかと言われれば、俄かには信じられない。人がそれほどの力を発揮する魔法陣を作れるのかと言われれば作れるわけなどないと、私も思う。だが、もともと実験の目的は……」
 モトが言葉を止めた。彼らよりも小さな光が二人のいるところに現れたのだ。

「……どうした? 天使風情が私達神の言葉を盗み聞きしに来たのか?」
「滅相もございません、モト様。私は名もなきただの使者でございます。最高神様から、デス様と、死神の最上位モト様への詔をお伝えに参りました」
「なんだ?」
 デスの言葉はかなり不機嫌そうだ。失敗したことを咎められるのではないか? と思ったからだ。
「恐れながらデス様、私は詔使として御身の前に参じております。最高神様の詔を賜るに相応しい態度とは思えませんが?」
「……謹んで賜りましょう」
 デスとモトが声を揃えて小さな光に告げた。
「それでは恐れながら申し上げます……。『デス、ご苦労であった。人でありながら神たる汝を退けられる者などこれまでに存在していなかったが、彼らは汝を退けた。これは驚嘆に値する出来事である。これまでに得られた結果を見直さねばならないだろう。故に、あの隔離空間は今しばらく存続させることとする。汝の彼の地での定めを解除する』……以上です」

 デスはすぐにその言葉に食って掛かる。
「解除だと? この私に、人如きに追い払われて大人しく引き下がれるとでも思うのか?」
「私では何とも申し上げられません。確かにお伝えしましたので、これで失礼いたします」
 モトは消えようとする小さな光にきつい調子で言った。
「待て。私にも納得出来かねる。だいたい、神が人に追い払われるなどという事態は神界全ての重大な問題であるはずだ。それを『はい、ご苦労さん。定めは解除です』で済ますと言うのか?」
「……私に判断できることではありません」
「定めが解除されただけなのだな? 『行けるかどうか』はともかく、『行くか行かないか』は相変わらず私たちの勝手なのだな?」
「モト様、先ほど申し上げたとおりです。私に判断できることではありません」
 小さな光は消え入るような声そのまま、その光もそこから消えた。

 また二人は沈黙したが、我慢できないとでも言うような、怒りを押し殺すような声でデスが言った。
「……レコイネスファにコケにされるような無様な結果を残したまま引き下がることなど出来ようものか」
「レコイネスファのことはともかく、だがな。あいつのいちいち神経を逆撫でする言葉は今に始まったことではないだろう。マイソシアでの定めを中止とするのは今の言葉通り。つまり、理由がなければ今回のようにミュレカンをいきなりセイリュウの水鏡に閉じ込めるなどと言う無茶も出来まい。マイソシアからお前を呼び出すことなどありえないだろうから、普通に考えればもうマイソシアには行けないという事だ……。放っておけ、デス。マイソシアでの実験など関わらずに済むならそれに越したことはなかろう? 実験が失敗したので消して来いと言ってみたり今回の結果を見て定めを破棄するといってみたり。最高神は我々を何だとお考えなのか、この件を例として私からも一度問い正してみるさ」

 モトの言葉にデスは押し黙ったまま何も答えなかった。見た目では分かりようがないのだが、モトはデスの不満がかなり大きなものであることを感じ取っていた。
デス、しばらく休め……。当面汝の神界での定めは天使に任せておけ。魂を速やかにあるべき場所へ導く我々が精神状態を乱したまま役目を果たすことは危険だ。公平さが保てなくなる恐れがあるからな。わかったか?」
「あぁ……、そうするとも。精神体をかなりやられた。もう少しこちらに戻るのが遅ければ私は自身の存在を維持できなくなっていただろうからな」
「うむ。サマエルに任せておけばいい。あの天使は優秀だ。ほとんど我々死神と肩を並べられるだけの実力がある。いい使いを与えられているのだから、使ってやるのだな……。デス?」
 モトにはデスが何か別のことを考え込んでいるように感じた。
「……なんだ?」
「いや、少し気になったのだ。冷静になりさえすればお前は有能な死神であるし、くどく言ってすまぬと思うのだが、とにかく休んで落ち着け。大丈夫だと思うが、馬鹿なことは考えるなよ? まさか個人的な復讐などということを」
 デスはモトの言葉を遮った。
「案ずるな、モト。そのようなことはせぬよ。気がないとは言わんがどのみちマイソシアに行く方法がない。もう強引な方法は取れんというのも、さっきお前が言ったとおりだ」

「……そうだな。『定めの為であればミュレカンセイリュウの水鏡に封じ、最悪の場合消すこともやむなし』と全神々が認めたにもかかわらず、お前は全神々が認めたことを明かさず、ミュレカンを消さなかった。そんなお前が無意味な復讐をするなどと考えた私が愚かであった。許せ、デス
「許すようなことではない。……話が出来ていくらか気が紛れた。私は自分の空間に戻ることにする。また会おう、モト」
「あぁ」
 二つの光がその場から消えた。
 
 
 
 デスは自分の空間と言う場所に転移してきた。ここでは先ほどまでとは異なり物理的な姿を現している。骸骨に黒いローブをまとい、手にはやはりデスサイズを握っている。壊されようとも何度でも復活する大鎌は、むしろより力を増したかのように怪しく光っている。
 デスの前には、デスの背丈の数倍ある背もたれがある椅子があった。金と銀の彫刻が座面にまでびっしりと施されていて、横幅も非常にゆったりとしている。見掛けは椅子と言うより玉座と言うべき代物だ。
 肘掛にも同様に金や銀の彫刻が施されているが全体的に気味の悪いものばかりで、竜に頭を食いちぎられる獣のような何か、何かの手足らしきものを貪る獣、ギロチンにかけられた人ならざる何か、煮え立つ釜で生きたままごった煮にされる何かなど、いかにも呪わしく血なまぐさい物ばかりであり、人の感覚で見れば座りたいなどとも思わないだろう。
 デスはその椅子の正面に進むと、ごく当たり前のように椅子に背をむけ、腰掛けた。その瞬間にデスサイスも音もなく消えた。
 彫刻のでこぼこでとても座り心地がよさそうには見えないが、肉体を持たぬ骨だけのデスにはどうでもいいことなのかもしれない。肘掛に右肘をつき、けだるそうに頭蓋骨を支えた。

 デスの目の前の光景、それは異様な雰囲気を除けば壮観なものと言えよう。
 光以外に何もなかった先ほどまでの神界とは異なり、黒光りする大理石のような床、左右には整然と等間隔に立ち並ぶ太い柱が二百メートルはあろうかと言う反対側の壁まで続いている。デスの左右にもたっぷり五十メートルほど先までの広さがある。
 何かの彫刻が施されたような高い天井、三方の壁には黒一色の巨大なタペストリーが下げられ、まるで圧倒的な力を誇る孤高の王の間のような空間だ。
 広大な広間を余すことなく照らすには、明らかに数が不足しているかがり火。黒ばかりの壁や床のせいで、まるで空間そのものが夜空に浮かんでいるかのような錯覚さえ覚える。
 ここにはいっさいの生命の営みを感じ取ることが出来ず不気味ではあるが、清潔感がないというわけではない。いや、むしろ清潔に保たれほこり一つ落ちていないといったほうが正しい。だからこそ余計に、何物をも寄せ付けぬような異様さを感じるのかもしれない。

 デスは目の前の広大な広間のどこを見ているというわけでもなさそうに、ただそのままじっとしていた。
(私は、神となったのだ……。たかだか下界の、それも実験目的で作られた空間の事で精神を乱されるようなことはあってはならぬ。だが……)

 割り切れない気持ちの表れなのか、妙に人間くさい仕種を見せた。左の人差し指の先でかすかに肘掛をトン、トンと叩いている。骨だけの指はそのかすかな動きでさえ乾いた音を響かせ、静寂の広間に僅かにこだまする。その音だけがこの広間に時間が存在することを示すように、トン、トン……と。その指先だけがこの広間の時間を進めているかのようだ。

(何故だ。低俗な怒りを拭うことが出来ぬ。神としての転生を許された以上、このような感覚を抱くからと言って、自身を未熟だとか何だとかとは思わぬ。未熟であれば転生するはずなどないのだ……。だが、このような怒りは記憶にすらない。……いや待て、これは本当に怒りなのか? 私は何か大事な事を見落としていないか?)

 極めて個神的な物思いに耽りながら、ゆっくりといびつな感覚で広間の時間を進めていく。或いはデスの都合のみで時間が進んでいくかのように。

 トン、トン……

(おかしい。私の存在は最高神の為にあり最高神の意のままにある。故に私には低俗な自我など必要なかったはずなのだ。転生によって与えられた自我はもっと高潔であり、全て最高神の御心にお応えする為のもの。私には疑問など無縁、全て定めの導くままに行動するだけだったはず。それが私の償いであったはずだ……)

 トン……

「我が神よ、お戻りでしたか」
 不意に声だけが死神に呼びかけた。広間にはその声の主の姿はない。
「サマエルか。ちょうど呼ぼうと思っていたところだ。降りて来い」
「御意」

 唐突に目の前に一人の天使が現れた。いかにも天高くから舞い降りたかのように翼を二度ほど羽ばたかせると、爪先からふわりと死神の前に下りるように立ち、ひざまづいて恭しく頭を垂れた。
 左右三枚ずつ、計六枚の翼を持ち、二枚は足元を包み込み二枚は体をゆったりと囲み、二枚は背中に折りたたまれた。黒目と白目のない真っ赤な瞳、背中の中ほどまで伸びる赤い髪、少し日焼けしたような色合いの肌。その肌を包み込むのは黒い薄手のローブのような衣、腰には白く幅広の腰紐を巻き、左右で軽く結わえて残りの部分を体の前に輪を作るように絡めてある。

「我が世界には変わりはないか?」
デス様のお導きのままにございます。すでに星も安定して精霊の活動が始まっておりますし、無機生命体も精霊の支配下に置かれています。有機生命体の誕生は間違いないと思われます」
 サマエルは聞かれることが分かっていたかのように即答する。
「そうか」
 それらは形式的な確認だったのか、特に興味をそそられる事もない、とでも言いようにデスの返事はそっけないものだった。

「ところで、サマエル。マイソシアの件は聞いておるか?」
「そのことでございましたら、私がここに戻る途中にモト様から簡単にお教えいただきました」
「そうか……。お前はどう思う?」
 しばらくサマエルは答えなかったが、死神が再び指でトン、トンと肘掛を打ち始めると、考えをまとめたように小さく頷き死神に答え始めた。
「なぜ、所詮限られた実験空間に生かされているだけの存在が、神であるデス様を凌駕するほどの体術を身につけられたのか。デス様の実体を封じるほどの魔術も然りです。そしてなにより、なぜ、所詮実験空間の見張り程度の意味しか持たないセオ達がデス様の精神体にまで影響を与えるほどの武具を作りえたのか。これらは、これまでの常識を覆すものです。下位次元に属する空間の有機生命体が上位次元の精神体を越えたことは、唯一つの例外を除いてはこれまでに例がありません」
「そのとおりだ。今回の件、そして今汝が言った唯一の例外の件、両者では突出した力に違いはあれども、共通しているのは精神性の成長の欠如だ。その例外を語ることは最高神により禁忌とされて久しいがな。だが……」
 二人はそのまま微動だにしなかった。唯一つ、死神の左手人差し指が肘掛を叩く音のみが響く広間は、いつか静寂に押しつぶされてしまうかのようだ。

「……究極を言えば、最高神でさえ」
デス様、ご自重くださいますよう……」
「どうした? いつものお前ならこういった話にはのってきたはずだが? まさか、まだエロヒームに恐れでも抱いておるのか?」
「いえ。そのようなことはございませぬ」
 デスの人差し指の奏でる乾いた音がやんだ。微動だにせずサマエルの方を見ている。目があるはずの場所には底なしのような暗闇。目線がよく分からないデスの睨みは、まるで周りの闇全てがその一点を睨みつけるような不思議で不気味な力があった。
 だがサマエルは動じた様子もなく、ただ主の言葉を待った。

「サマエル。やはり私はもう一度マイソシアへ行く。留守を頼むぞ」
「……あちらでどうなさるおつもりですか?」
「私は死神だ。人の次元でやることなどいくつもない」
「いくら最高神が明確に禁じられたわけではないとはいえ、今しばらく様子を見るべきかと存じます。それに、マイソシアへ行く方法はどうされるのですか? ゲートキーパーは正当な許可なしには最高神すら通さない特殊な力を持つことは私が申し上げるまでもありますまい」

「私がそれに答えてやらればならぬのか? お前は私のなんだ?」
「……私はデス様にお仕えさせていただいております天使です。ですが……」
 サマエルは言葉の語尾に上下関係だけで押さえつけられることへの抗議を含ませたようだが、デスは相手にするつもりはないようである。立ち上がろうとするデスに、サマエルではない別の声が話しかけた。
「俺が聞けば教えてくれるだろう? デス。あんた何しに行くつもりだい?」
 広間に響く新たな声と同時にサマエルのずっと後方の闇が揺れた。ゆれた空間に縦筋が入ると紫色の光がまるで水に溶かした絵の具のように空間に溢れ出し、そこから一人の天使が現れた。

「貴様……」デスの声の調子があからさまに変わった。
「何をしに来た?」
 不機嫌極まりないとでも言いたげに現れた天使に言い放つ。
デス、誰に口聞いてるのかわかってる?」
「何をしに来たと聞いているのだ!」
 デスがさらに声の調子を強めた。デスがその天使を歓迎していないのは明らか、それどころかかなり忌々しそうである。
「相変わらずっていうか、そんなんだから所詮『搾りかす』って言われるの分かってんの? 立場っていうもんを理解しなよ」天使は両手を大袈裟に広げて首を振ると、今度はもう少しきつい口調でデスに言い放つ。
「俺が何をしに来たのか聞きたければマイソシアに何をしにいくのか答えろよ、デス。『使徒』直属の天使を怒らせたっていいことはないぞ?」
 天使は言いながらゆっくりとデスの座している方へ歩いてきている。ワザとなのか、尊大な雰囲気を漂わせ、一歩ごとにカツン、カツンと足音を響かせる。
「……気になる事があるだけだ。大体、この事態は神界全体を揺るがすに足るものであるはずだ。違うか?」

 デスが語る間にサマエルの傍らまで歩いてきた天使はサマエルと同じように六枚の翼を持ち、豪奢ともいえる腰まで伸びた巻き髪のいくらかがその翼にかかっている。白い腰巻のみを身につけているので上半身の細身の鍛え上げられた体があらわになっている。その肌は透き通るように白い。端正な顔立ちだがその瞳は黒一色であり、黒にもかかわらず極めて幻想的な光をたたえている。
「違うかどうかなんて俺が考えることじゃない。っていうか、神界全体の問題とか言いながら、目的は落とし前つけに行くんだけなんじゃないのかい? 神の取るべき行動として相応しくないんじゃないのかねぇ。それに、相手が違うんじゃないの? あんたを追い払ったのはミュレカンじゃないか。なんでマイソシアに行く必要があるのさ」
 デスはうっとおしそうに左手で宙を払った。
「いい加減にしてくれ、それはそれこそ私の勝手であろうが。さぁ、何をしにきたのか答えろ、天使の皮を被った化け物め。まさか私を止めに来たとでも言うつもりか?」
「いいや、別に止めたりしないね。神が人を相手に何をやったって知ったことじゃないしな。でもどうやって行くつもり? ゲートキーパーはこの俺でさえ通してくれないって知ってるだろ?」
「先に私の質問に答えろ」
「えらっそうな神だな……。俺の用事なんて大したことない。サマエルに、あんたが落ち込んでるかもしれないから『よく見張るように』って言いに来ただけのことさ。で? どうやってマイソシアへ行くつもりだい?」

「ふん」デスは天使の用事など全く信用していないようだった。わざわざ二人を見下すかのように玉座の肘掛に両腕を掛けて座りなおす。サマエルのほうは相変わらずデスに跪いたままだが、もう一人の天使はあからさまに受けて立つとでも言わんばかりの自信たっぷりにデスを見返している。デスは続ける。
ミュレカンの降霊をした女は膨大な魔力が残ってるだろうが精神が自殺を図った。もはや憑代にもならん。だが、あの女の娘がうろついていたからな、腹に私の種を仕込んでおいた。いわば私の分身だから、分身のほうへ実体化すればいい。実体化するときに娘を殺さねばならんがな。用事は済んだか? 私はもう行く、用事が済んだならさっさと帰れ」
「待てよ」

 天使の言葉についにデスが立ち上がり怒りをあらわにした。瞬時にその手に大鎌が現れ、天使の首に刃先を振り下ろす。
「死にたいのか? サンダルフォン。お前が『使徒』の天使だろうと何だろうと天使は天使だ。神の怒りに触れてみるか?」
 サンダルフォンと呼ばれた天使は眉一つ動かすことなくデスを見返している。しばらく三人とも沈黙していたが、サンダルフォンはふっと笑いながら視線を逸らした。
「やめとくよ。ただ、最後に『使徒長』が懸念してたことを伝えておく。サマエルに伝えてもらうつもりだったんだけど、あんたがすぐにマイソシアに行くのなら直接言うしかないんでね。最高神はマイソシアの消滅を『再度』思いとどまられた。だが、あんたが怒りに任せてマイソシアに降臨しようものなら人の世界の一日が終わる前に有機生命体は絶滅するだろう。それだけはやめておけ。『それは神の御心に背く事』というのをよく覚えておくんだな。それから、もう一つ、これも『使徒長』からの伝言だ。あの世界を三年は経過させろってことだ」
「何故、三年なのだ」
「知らんね。とにかく伝えた。行くって言うのならどうせ止められないんだ。好きにしてくれていいさ。だが、俺達使徒の言葉は聞いておいたほうがいいぜ?」

 三人は再び沈黙した。人がここにいれば張り詰めた雰囲気に息を呑むのだろうが、三人は三者三様ながら、その雰囲気に飲まれることなど全くなさそうだ。デスは何を思っているのか全く分からず、サンダルフォンの表情は終始余裕があり、サマエルは特に何に反応するわけでもなくずっとひざまずいている。

「神の御心……か。気紛れとしか思えぬがな。だが、改めて言われるまでもないこと、御心に背くつもりはない」
 デスは言いながら大鎌を収めた。大鎌はそのまま消えた。
「サマエル、再び留守にするが、頼むぞ」
「かしこまりました。お任せを」
 サマエルの返事と共にデスの姿がその場から消えた。

 同時にサマエルが立ち上がった。
「行ったな……」
 主の姿が消えた玉座に視線を落としながらサマエルがつぶやく。
「サマエル様。芝居とはいえ無礼の数々、何卒お許しを」
 サンダルフォンはデスが消えるとすぐに数歩下がり、サマエルに向かってひざまずいていた。
「かまわん」
 サマエルは後ろのサンダルフォンに振り向くこともなく答えた。その声の響きは先程までのデスに仕える天使のそれではなく、絶対的な何者かが持つ威厳があった。
「サンダルフォン、私はこれを隠して来なければならん」
「それは! まさか、先のマイソシアから?」
 サマエルは後ろのサンダルフォンに光る玉のようなものを見せた。その玉の見た目はまるで小さな太陽のようであり、脈動するかのようなタイミングで小さなフレアが表面に現れている。

「あぁ。思わぬところで見つかるものだ。これほどの力を持つ精神体だ、おそらくあの宇宙に殉じた神の転生だろう。極めて得がたい戦力だ」
(それを、神格を持つデスの目の前で隠しておける貴方の方が恐ろしいのですがね)サンダルフォンはそう思ったのだが口にはしなかった。
「……それほどの精神体、最高神に気づかれないでしょうか?」

「あいつが気づいてないわけがないし、気づいたところで何もしないはずだ。あいつが求めるものこそ……いや、この話はやめておこう」
 サマエルがそういうと手の上にあった光も消えた。
「ところで、デスがマイソシアに置いてきたとか言う分身にシンクロしたようだ。奴の視界、お前には見えるか?」
「……戦士のような男二人、子供のような女、動きの鋭い男、マイソシアのイアに仕える女、といったところです……ん? あの女、まさか」
「気づいたか。さすが使徒だな」
 言いながらサンダルフォンに振り返る。
「お前はデスを見張れ。千や二千殺す程度なら捨て置いてかまわぬが、やりすぎるようなら消してもかまわん。まだあの実験空間を消させるわけにはいかぬ。デスの次元、いや、私の次元に、奴を復活させるまではな。それから、あのイアに仕える女は殺させるな。多少あちらの世界に干渉してもかまわんし、なんならデスの感情を少しいじってやるのもよい。ちょっと機嫌が良くなるだけで気持ちが大きくなる未熟な神だからな」
「仰せのままに」
 サマエルはサンダルフォンの目の前に立ち、そのあごに手をかけて自分の目を見させた。
「しくじれば、私たちもメタトロンの後を追うことになる。心してかかれ。いいな?」
「……かしこまりまし……サマエル様!!」

「……なんだ? 下っ端天使みたいな声を」
「あの子供のような女!! 私の目に間違いがなければ……これはとんでもないことです!!」
 サマエルはサンダルフォンの驚き様に少し辟易したが、とにかくその『子供のような女』に意識を集中した。サマエルの表情がみるみる険しくなっていく。ついに目をカッと見開き、声にならない声を洩らした……。
「こんなところにあったのか……」
 
 
 
 

 

border line image
WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
border line image