#37 円卓会議1 [---]
posted by GEM at 2006年04月03日 02:50
「定刻と相成り申した。諸侯、起立して正面に向かい、頭を垂れよ」
アスク帝国右府将軍の正装に身を包んだルクセンの声が響いた。普段のルクセンからは考えられないような威厳のある少し高めの声でゆっくりとそう告げられると、アールマイス、ルクセン、リーゼッタを除く全員が起立して正面に向かい、頭を下げた。
三十メートル四方程の部屋の真ん中に直径十メートル程の見事な削り出しの石テーブルがあり、帝王席以外の十一の席に各国の最高権力者の姿があった。それぞれの背後には二人分ずつ椅子が置かれており、これは各国最高権力者につき一人または二人が付き従う事が許されている事を物語っている。
入り口は一つだけ、窓はない。床には繊細な織り模様が見事な真っ赤な絨毯が壁際三十センチほどまで敷かれている。この絨毯が継ぎ目のない一枚物と言うだけでも信じられない事だが、当然、この部屋の豪華さはこの程度ではない。床と柱は金に輝き、柱にはやはり神話の神の姿が今にも動き出しそうな躍動感で彫刻されており、天井には青空に浮かぶ天界に鳥が舞う様子や翼のある人のような姿などが描かれている。煌々と輝く巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられており、壁にもかなり贅沢な間隔で明かりが灯されている。
入り口のから見て真正面、巨大な石テーブルの向こうには他の柱よりさらに太く立派な二本の柱が他の柱より広い間隔で立っており、その間はさらに奥に空間が作られている。
まず一段高くなった部分があり、その左にルクセンが立ち、右には右府将軍正装に身を包んだリーゼッタが立って、二人とも背筋を伸ばして部屋全体を見張るような形で、頭を下げる全員を見渡すようにしている。
ルクセンは右肩に、リーゼッタは左肩に大きな鳥を模した飾り付の金の肩当をつけ、それぞれ肩当をしている方の手には豪華だが実践には不向きと思われる長槍を立てて持ち、もう片方には分厚い書物を脇に抱えている。
二人とも頭には獣の咆哮を模した、どう考えても実戦では邪魔にしかならない冠を載せ、ルクセンは黒に金の刺繍、リーゼッタは白に金の刺繍のゆったりとした長いローブを纏い、これも実戦では心許無さそうだが装飾は眼を見張るほど見事な胸当て、緑の幅広のベルト、腰には銀の宝剣を下げている。
さらに一段高くなった所、ルクセンの後ろには元老院長老ウルフガング・ビクターが、リーゼッタの後ろには宰相アールマイスの姿がある。ウルフガングは長い髭を生やしてこそいるものの、長老の名とは裏腹にルクセンよりも若干若く見える。開いているのか閉じているのか分からない細い眼、輪郭はしっかりしているが大きすぎない鼻、口は髭に隠れている。
ウルフガングの頭には青々とした葉の植物で作られた冠が載り、金属は一切身につけず、緑に金の刺繍が施されたローブを纏っている。右手に羽ペンを持ち、左手にはルクセンやリーゼッタと同じように大きな本を抱えている。
対してアールマイスのほうは先刻までのように顔は仮面で隠しているが、服装は赤に金の刺繍のローブに着替えている。アールマイスのみ、額に親指の先程の宝石があるのみの銀のサークレットをつけ、冠はしないで頭をすっぽりとローブで覆っている。鞘に収めた状態の宝剣を足元に突き立て柄に左手を置き、右手は胸に当てている。
ウルフガングとアールマイスの二人はルクセン達の様に各国代表の方を向いているのではなく、代表達と同じように奥のほうへ向かって目線を伏せる程度に頭を下げている。
ルクセン達の背後、各国代表が頭を下げる方のさらに奥から足音が響いてくる。ジークリッドは入り口から部屋に入るわけではなく、奥にある最も高くなっている段の袖にある別の入り口から入って来ているのだが、壁の向こう側にあり各国代表の方からは見ることは出来ない。
「帝王陛下が御出でになります」
今度はリーゼッタが告げた。こちらは普段どおりの落ち着いた調子だが、厳かにゆっくりとした語り口なのはルクセンと同じだ。
各国代表はその言葉によってさらに気持ちに変化があったのか、ある者は上目遣いに前方を見やり、ある者は敬愛をこめてさらに深く頭を下げ、ある者は微動だにしない。
ジークリッドが最上段に表れた。無駄に豪華過ぎるといっても過言ではないほどの冠を被り、紫を基調とした金と吟の刺繍のローブや宝飾品に身を包む。もしもここに冷静に観察する第三者の目があれば、さすがは帝王と言うよりも不自由そうに歩みを進める姿を気の毒に感じてしまうほど重量感のある『装備』である。
「諸侯、顔を上げよ」
ジークリッドの声を合図に代表達がゆっくりを頭を上げた。
「諸侯、ご苦労である。また一人欠ける事もない参内、心より喜ばしく思う。礼を失しないよう我と我が四人の代表序列者*1
にあっては正装を持って諸侯を迎え、ここまでも正規の手順に則った。だが、円卓の会議の性質については既に承知の通りであろう。可及的速やかに論じねばならぬ一大事があればこその円卓会議、このような事はここまでだ。肩が凝るような礼儀だとか振る舞いだとか口の聞き方だとか、余計な事に気を使う必要は一切ない」
ジークリッドは言いながらいかにも重過ぎる冠や鎖のようなネックレス、それだけで武器になりそうな腕輪などを次々に外しては最上段にある自身の椅子に置いていった。そして、身軽になるとそのまま広間に降りて行き、各国代表やその従者一人一人と視線を交わして心強そうに頷いた。
「リーゼッタ」唐突に背後に振り返って言う「あんな滅多に飲めない、そこにあるだけで緊張感に繋がるような飲み物じゃなく、手軽に喉を潤せる飲み物を用意するよう手配してくれ」
「御意」
「その御意ってのもここまででいいからな」再び代表達に向き直って満面の笑みで言った。「さあ! 皆よ、手前に用意した酒、開けてしまった以上は是非味わってもらいたい。我が国の蔵出しで自慢の蒸留酒だ。飲まないと酒にうるさいウルフガングに呪われるぞ」ジークリッドがそう言うと、少なくともスオミ、ミルレス、アベル、カレワラ、ルケシオン、サラセン*2
の代表達やその従者の表情は綻び、グラスを手にした。その他の代表達やその従者は無愛想と言うほどではなかったがそれほど迎合しているようには見えない。それでもグラスは手にしている。「皆、グラスを取ったか? 今日もろくな議題ではない。気分が重くなる前に再会を祝そうではないか」
「マイソシア帝国万歳!」
「帝国万歳!」
「ジークリッド帝王陛下に栄光あれ!」
代表達が次々と声を上げグラスを掲げた。ジークリッドはその様子に頷き、自身もグラスを高々と掲げて堂々とした声で言った。
「賢王諸侯との再会とこれまでのマイソシアの平和を偉大なる神に感謝し、そしてこの平和がこれからも続く事を慈悲深き神に祈念する。乾杯!」
そして、十一人の代表とその従者、そしてジークリッドやアールマイス達は蔵出しの貴重な品であると蒸留酒を一気に飲み干し、ウルフガングはその酒を飲みながら密かに残念そうな顔で代表達を見ていた――彼に言わせれば、この酒独特の透き通るような上品で甘い、貴婦人と例えられる香りを楽しむことなく喉に流し込むのは、酒に対する冒涜とすら言えるのだ――。
実際その蒸留酒は、グラスを軽く揺らすだけでも夢のような香りが誘うように鼻腔をくすぐり、喉を潤した瞬間命の源が体中に満ちていくような満足感を覚えた。気難しい事で有名なイカルスのココグラ大王ですら、眼を丸くして開けたばかりのグラスから眼を離せなかったほどだ。
「帝王陛下、次はもっとゆっくりとお誘いくださいませ。このような美酒をお振る舞い下さるのでしたら夜通しでもお付き合いいたしますわよ?」
そういったのはレビアのフィルレンティ女王――この部屋の中でウルフガングに次いで酒に詳しく、眼がなく、うるさい――。
「これはこれは、この美酒は相当なものだと自負しておりましたが、北の女神の心まで捉えましたか」
ほんの少しの間の事で、尚且つ親交の深さによる温度差こそあったものの、フィルレンティとジークリッドのようにちょっとした雑談を二、三交わせるぐらいには場の雰囲気が和んだ。皆お互いに当たり障りのない外交辞令的な挨拶や蒸留酒の感想を述べあったりしていたが、それは一分少々の事でしかなかった。
ジークリッドは無駄な緊張感が解れてリラックスしつつも会議に挑む緊張感まで失われる事のない完璧なタイミングで、パンッと一度だけ手を叩いて言う。
「では諸侯、早速始めよう。着席してくれたまえ」
ぴたりと話し声が止み、それぞれ静かに自席に向かい始め、ジークリッドも円卓の用意されていた自席に腰を下ろす。
代表達とその従者が着席するのを見届けると、再び代表達一人一人に視線を投げかけていった。
円卓を囲む十一人の代表及びその後ろに座している従者は、帝王席の左手から順に次の通り。
ミルレスからはカステヘルミ・リンデグレン女王、ティーフォース・ザンダ宰相。カステヘルミ女王は既に六十歳を超えているが、とても健康的で若々しく――と言っても四十歳以下というのは苦しいが――人当たりのよさそうな穏やかな表情、ティーフォースは太い眉毛と力んでいるかのように閉じた口元が印象的だが、実はこれでリラックスしていて、たまに冗談の種になったりもする。
スオミからはタールディ・ガンリグダス大代表、ミュゼリア・セージカーナル大代表補佐。タールディ大代表は四十六歳、背は高く筋張った印象の男で、尚且つ顔つきは三枚目と言ったところか。だが、国民の信望は極めて厚い。ミュゼリアはこの集まりの中で最も若い小柄な女性で、正装に身を包んだ姿は少しアンバランスとすら見える。
マサイからはリグザ・ポータイ首相、マイク・ジュリアス副首相。五十歳になるリグザは左半分の顔から首筋にかけて大きな火傷の跡が覆っていて、ぱっと見た印象ではとても首相には見えない。頭も丸坊主に剃りあげて髭を蓄えた姿は厳しい修行を乗り越えた修行僧と言った印象だ。マイクはマサイ特有の体格で背が高く、加えて彼の大きな目と大きな唇、これはマサイの男そのものだ。
アベルからはアルファス・デュピュイトラン大統領、ルーベンス・バシェラール副大統領、ジュスタン・エルヴェシウス国務長官。アルファスは六十六歳になる。元アベル海軍提督を勤めた貴族出身の男だが、浅黒く焼けた肌は温室育ちの印象を与えない。長めの白髪をオールバックにして髭を蓄えた様子は現役軍人と言われた方がむしろ納得できる。ルーベンスは印象の薄い男だが、実務能力の高さは各国に知れ渡っている。ジュスタンはアベルでは珍しい黒髪の一見すると若い美青年である。こういった場には今回初めて出席していて、若干浮いた印象の男だ。
イカルスからはココグラ大王のみ。イカルス原住民でありながら極めて高い知性を持つ二メートルを超える大柄の男で、イカルス原住民にとっては極めて重要視される呪術師の家系の男でもある。この男の祖父がイカルスの自治を認めさせた。
次の位置が帝王席の真正面になる。
オレンからはミュミル・オレン元帥、アンゲリーカ・ファーレンハイト上級大将。ミュミルは真っ直ぐにジークリッドを見据えて、堂々としている。ジークリッドと同じ五十一歳で、太い首、太い腕、厚い胸板と、まさに戦士の王といえる風格である。アンゲリーカは短めの青い髪の女で、二十九歳だがとてもそうは見えない老けた印象を与える。オレン軍の一兵卒からの叩き上げで、オレンでは相手を出来る者がほとんどいないと言われるほどの剣の使い手である。
タコルからはエイゼンザッハ・ラーゲルクヴィスト首相のみ。別名傭兵王と言われ、その名の通り傭兵から首相にまで上り詰めた男である。現在は六十二歳。五十七歳の時、視力の低下によって眼鏡を着用するようになってから現役を退いたが、今でも狙撃の腕前はマイソシア髄一と噂されていて、彼の狙撃にまつわる逸話も数多い。噂どおりというべきか年齢に似合わない鋭い眼差しの男である。
カレワラからはミドゥア・ボダルト国王、ジャネット・アッヘンワル魔導王。小太りで背の低いミドゥアはほとんど自分では何も考えない男だが、カレワラは実質的に魔女の国であり、元々女王を擁していた。魔女戦争において前帝王がこの男を国王に仕立て上げたのだが、本人も自身の立場を自覚している。いずれにしても事実上はジャネットがカレワラの代表者である。そのジャネットは魔女戦争において一時ルアスに幽閉された事もある実力者であり、釈放されてから直ぐに前魔導王から地位を譲られた。四十八歳になるジャネットは消して美人ではなく、切れ長の目に鷲鼻、黒いローブに三角帽子でまさに魔女と言う容姿である。
サラセンからはハーン・カシュマン首相のみ。サラセンにしては珍しく武道を嗜まない男で、色白の背の高い痩せた風貌はむしろ魔術師に近い。彼は特に首相になりたかったと言うような野心家でもなく、無難に厄介ごとを避けながら生きてきたらいつの間にか首相になっていたと言った方が正しい。しかし、思慮深く堅実で実務能力の評価は高い。
ルケシオンからはガンディハ・ワッツマン大統領とガジス・ディレンベルグ副大統領。共に日に焼けた肌の男でいかにも南国ルケシオンといった風貌である。ガンディハは富と権力を貪欲に求めてきた男で抜け目ない。だが、自分だけが富を得るのではなく仲間全員で富を得ると言う考え方の強い男であり、敵も多いが味方はもっと多い。ガジスはガンディハより少し背が低い事と髪型や顔つきが少し違うと言う以外まるで兄弟のようによく似ているが血のつながりはない。豪放磊落とはまさにこの男の為にあるといえる。
最後、帝王席の右にはレビアのフィルレンティ女王、グザヴィエ・アルチュセール国務大臣。女王はジークリッドと目が合うと再びにっこりと微笑んだ。前女王が極めて短い任期で病死した為、三十二歳の若さで女王となりまだ一年しか経っていない。北の宝石、或いは北の女神と呼ばれるほどの美貌であり、彼女に心を奪われる夫を責める事は出来ないとまで言われている。
これだけのメンバーが一所に揃うと言うのは普通に考えればありえない。むしろ危険な事と言える。体制転覆を狙う輩がもしもいれば、その輩に体制の主要人物を一網打尽に出来るチャンスを与える事になりかねないし、そういったことを防げたとしても、極論を言えば、たった今マイソシアからイカルス島を孤立させたような大地震が起こって城が全壊しないとも限らない。
この為、円卓会議が招集されると一般人の生活に少なからず影響を与えるほど警備は厳重になり、魔法障壁は通常の数十倍の人数で補強される為に蟻の子一匹侵入できる隙も無くなる。仮に巨大地震に見舞われて城が崩れてもこの円卓の間は守られるのだ。
しかし一般市民への過度の負担を避けるため、三時間で決着することが帝王により義務付けられている――帝王は延長を命じる事も出来るが――。
ジークリッドは表情を引き締め、誰にと言うわけでもなく皆の顔を見ながら言った。
「状況については?」
「私の方からすでに諸侯にご説明させていただきました」リーゼッタが背後からすぐに答えると、振り返ることなく短く頷いて続ける。
当然ジークリッドは既に説明済みであることを承知している。わざわざ確認する事で、全員既に同じ情報を与えられているので無駄な質問をせぬようにと言う意図でしかない。
「では、早速始めよう。死神がどこにいるのか分からないという事も問題だが、何と言っても頭が痛いのは三年前のように死神の力を制限した状態ではないという事だ。マイソシア全土から有能な霊媒師や魔術師を招いて、再び死神を魔法陣に召喚・封印することは出来ないかと確認させたが、スオミ魔導協会のイリアンジャ老師及び三年前に実際に魔法陣を描く指揮を執られたミュゼリア大代表補佐殿の見解としてそれはかなり難しいだろうということだ。複数人集めて力を束ねれば何とかなるような簡単なものではないという事だ。それだけではない。今、魔法陣は『使用中』で『内側から鍵がかかっている』そうだ。少なくとも一時間半前からその状態だと言う事であるから、用足しにしても長すぎる。誰が魔法陣の中にいるのかは不明だが、ここに集う者であれば、果たして誰が化粧直しに時間を掛けているのか見当もついておろう。さて諸侯、我々が選択しうる策を早急に決め、可能なものから随時実行に移す必要がある。意見を聞かせてくれたまえ」
まるで畳み掛けるように現状の問題点を言い切るジークリッドだが、誰も目を回したりはしない。カレワラのミドゥアでさえ、この程度であればうたた寝をしていても一度で理解してしまう。そうでなければ代表は務まらない。
ミュミルが先陣を切ってジークリッドに言った。
「まずは『ルアス王国』がどうするつもりなのか確認しておきたい。死神は南下して来ているのであろう? 我が国はルアスの南に位置するゆえに何か余波があっても困る」
「そうだな。ルアスとしては現時点で警備を厳重にするのはもちろんのこと、第五と第八の騎士団及びアインス魔術師団を北方に派遣した」
フィルレンティがごく当たり前の疑問を投げかけた。
「死神などという脅威を相手に、騎士団の方々はよくも前線に立っていられますわね?」
ジークリッドは考えることなく即答する。
「ごく一部の者を除いて、相手が死神だと言う事を知らぬからな」
「え?」
しばし、場が凍りついたように静まり返った。各代表達がお互いに感想程度の言葉――もちろん、信じられないと言うものだ――を洩らしたりしたので場が少しざわついたが、フィルレンティがその様子を代表してジークリッドに言う。
「ジークリッド? ルアス騎士団は相手が何者かを知らずに任務に当たっていると、そうおっしゃるのですか?」
その言葉にジークリッドはむしろ心外だとでも言いたげな表情を浮かべ、そしてその表情の通りの言葉を発した。
「当たり前であろう? そもそも死神に関することは今でも最重要機密事項である。約二万からなる騎士団と魔術師団の全員に伝えてしまって、機密が守られると思うかね?」
「それはそうですが」フィルレンティが何かを言おうとするのをジークリッドは直ぐに手で制して続けた。
「わしは死神に会ったことはないが報告を聞く限り最悪の相手だ。たとえ騎士団を向かわせたところで死神をどうにか出来るなどとは微塵も思っていない」
「……何も知らずに死神に遭遇してしまったら、騎士はどうすればいいのですか?」
「うむ。もしも死神に遭遇し、そして死神に認識されてしまったら、その瞬間にほぼ間違いなく蘇生不可能な死に至る可能性が極めて高い。この事を知った上でも誇り高き臣民の盾*3
である彼らならば任務に就いてくれるだろうが、いくら騎士団とは言えども本物の死の実感はほとんどないのが現実だ。死神の力を知ってしまったら、全員が平常心を保ったまま哨戒、索敵任務に就けると思うかね? また、見かけ上の特徴だけでも伝えるべきだと思うかも知れぬが、そうすると確実に任務を遂行しようとする彼らは対象を確認する為に接近してしまいかねない。故に今回の索敵・哨戒任務についてはこう伝えてある。去年のナインインチネイル*4
の時のように、対象は未確認の魔物であり小隊は索敵範囲内に対象を補足する事のみが任務、その先は魔術師団の遠見によって確認するとな」
「言っている事が分からぬわけではないがな」ミュミルが言った。「偶発的に黙視可能範囲で遭遇する可能性もあるだろう。そうなったら騎士はどうすればいいのだ?」
「……戦うしかあるまい。有事の際には臣民より先に死んではならない。それが騎士団だ」
「ならば、綺麗事を並べたところで、所詮騎士団を捨て駒扱いではないか!? ハッ! 帝王は騎士団を捨て駒になさるおつもりのようだ!」
「ミュミルよ。ならば代案を出すがいい」
「ジークリッド、そんなモノがすんなり出せる相手ならば我らを呼び出したりなどせぬであろう? 私が言いたいのはそんな事ではない。このマイソシアの危機に際して臣民の盾たる騎士団を既に捨て駒として動かしている事だ」
「ミュミル、では言ってみるがいい。お前がわしならどうしたと言うのだ?」
「直ぐに防衛線を設定して迎え撃つ。無論、死神の事やその力についても全て話した上で、だ。相手を知らずに死ぬ無念を味あわせることなど出来ぬ」
「なるほど、いい考えだ。先にも言ったとおり、騎士団は必ずや最後まで戦おうと勇気を奮い起こして防衛線を守ろうとしてくれるだろう。だがいいか? 死ねと思われた瞬間に終わりなのだ。抗う術が何も無いのだぞ?」
ジークリッドが言った内容にタールディがさらに追従した。
「ミュミル元帥。私も迎え撃つのは避けるべきかと考えます。なぜならば死神が対象に個別に死を与えていくのか、それとも死神の視界にあるだけで視界の対象の数に関係なく死を与えるのかが不明だからです」
「発見次第、魔術師団の全力攻撃を打ち込んでやれば良いではないか! メテオの正式詠唱とやらなら死神も無事では済むまい? それでも敵わぬような相手であれば遅かれ早かれマイソシアは死の大地だ」
「お言葉ですが、それは現実的ではありませんな」
タールディが答えるとミュミルはさらに勢いを増して食って掛かる。
「何故だ!?」
興奮気味のミュミルの怒気をそよ風程度にも感じぬような涼しい表情でタールディが答えた。
「死神の大きさをこの目で見たわけではありませんが、三年前の死神の様子を前提に考える限り、標的が小さすぎます。魔術師団の全力攻撃と言えば国家間戦争のみで発動するような超高出力の魔法でしょう。例えば今おっしゃったような正式のメテオでの全力一斉攻撃という事になりますが……。残念ながらメテオのような範囲魔法は、魔力によって生み出した爆発的エネルギーをある程度の広さに分散させているからこそ発動出来ているわけです。一点に集中させるような事をすれば狭すぎる空間への過干渉*5
によりバックファイア*6
が発生、おそらく九割以上が術者に跳ね返ります。これにより、術者を中心に周囲はでたらめに破壊されるでしょう。バックファイアの魔力は制御不可能ですから本当に何が起こるか分かりません。範囲魔法を一点に集中させてはいけないというのはこういう理由があるのです」
タールディはあくまで穏やかに、手振りを交えながらミュミルに説明した。それを受ける方のミュミルは苦虫を噛み潰したような顔で説明を聞き、説明が終わるとすぐに問い返した。
「ならば範囲魔法ではなく単体魔法ではどうなのだ? もしくはホーリーフォースビームは範囲魔法というより放出型の貫通魔法だ。これならば可能であろう?」
「単体魔法を同時に同じ地点に打ち込めばすぐに範囲魔法と同じ過干渉状態になります。また、全魔導師が一斉に正式のホーリーフォースビーム*7
を打ち込んだ場合、その威力はかなりのものでしょうし、放出系であるため過干渉による影響も全て直線上の対象に注がれます。むしろ過干渉の累積を応用しているとも言える超高等魔法ですからね。しかし、今度はその驚異的な熱量により『火の神イフレイ』の怒り*8
に触れる恐れがあります。そうなったら、半径数キロ以内の魔術師団や騎士団のほとんどが瞬時に蒸発、そして『蒸発出来なかった者』にはイフレイの呪い*9
によるもっと酷い生き地獄が待っています」
「ぐぬぅ……」
ミュミルも冷静であったならタールディの言うことなど承知していただろう。彼とてオレンの最高権力者、タールディの説明したこともミュミルレベルの者なら当然知っているのだ。
騎士団はアスク帝国に属している、つまりマイソシア全土の盾である。普段はアスク帝国本国であるルアスに駐留しているだけに過ぎない。ミュミルにとっても騎士団は大事な存在であり、それを捨て駒のように扱っているのではないと思ってしまったことで、冷静に考えられなくなっているだけなのだ。
「……確かに、早計に失した愚策であったな……。仮にイフレイの怒りや呪いを防げたとしても、魔導師は最低でも死神に百メートルのところまで接近しなければならない。今我々が知る範囲で考えれば魔導師の布陣が完了する前に魔導師は死神によって灰にされてしまう、か……」
「その通りですね、ミュミル元帥」
ミュミルは背もたれにもたれ掛かり自嘲気味に笑顔を浮かべた。
*1: 各国とも、代表権を持つ者には序列番号が振られている。ルアスの場合は、ジークリッドの序列が零と壱を兼ねており、以下弐:アールマイス、参:ウルフガング、肆:リーゼッタ、伍:ルクセンまでが代表権をもつ。代表序列番号を持つものを代表序列者と言う。なお、序列零は象徴的存在である事を表すため、零のみの序列者は代表として政治に参加しない。零と壱の序列を同時に持つのはジークリッドのみで零の時は天帝、壱の時は帝王。国によって序列代表者の数は異なるが、各国とも最低でも一人は存在しなければならず、最高権力者は必ず序列番号壱となる。帝国本国(ルアス)以外の国が代表序列番号零の者を擁するときは天帝の許可が必要。序列番号零の者のみが集まる時はミルレスのゼシン神殿内の英霊の間にて会合する。
*2: これらの国は他の国よりもルアスと親密な関係にある。
*3: ルアス王国騎士団はそのままアスク帝国騎士団でもある。ルアスのみに属するルアス王国軍は別に存在するが、こちらはルアスの防衛を目的としている為ルアスから離れる事はない。
*4: 長い凶悪な爪を持つ魔物
*5: 対象に対して大きすぎる魔力を注いだり打ち込んだりすることだが、そもそも魔法攻撃とは大きすぎるエネルギーを対象に与えることである。過干渉とは魔力密度が極度に高い飽和状態になったところにさらに魔力を注ぎ込むこと。密度がどの程度で飽和状態になるかは術者の魔力の質によって異なり、威力の高い魔術を使えると言うことは、一定空間に対して高い密度の魔力を注ぎ込めるということである。
*6: 注がれた魔力分が対象や空間で全て消費されない場合には消費されなかった分が術者に跳ね返ってくる事を言う。(現実では「内燃機関における逆火」なんだけど、いい言葉が思いつかない……)
*7: ゲーム上の設定では次の通り:『善のスペル、自分の正面8マスへダメージを与える。善魔術師のみ使える破壊魔法。善神の力を召喚して光の槍で攻撃する』。このお話の設定では、略式では正面直線上十五メートル程、正式では正面直線上百メートル程度が影響範囲。また、正式の場合、善悪の区別に関係なく発動できる。凶悪とも言うべき威力を発揮する
*8: 核融合の事。マイソシアの世界では核融合の事など当然知らないのだが魔術により超高温は生み出せる為、極めて高度な科学的現象を知っていても原因はさっぱりということが多くあり、これらが神の怒りとか火の精霊の怒りと表現されたりする。(と言っても、冷静に考えれば現実だって似たようなものなんだけどね。)
*9: 被爆の事。


