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#38 円卓会議2 [---]

posted by GEM at 2006年04月03日 03:05

 少しの間、場が沈黙したが、その雰囲気を刺激せぬ程度に抑えてジークリッドミュミルに尋ねた。
ミュミル、他にも何か話があったのではないか?」
 ミュミルは再び代表としての表情を取り戻していった。
「ああ、あるとも。ジークリッドよ、敢えてこう言わせてもらうが、自分から話すべき事があるんじゃないか?」
「わしから……?」
「そうだ。恐らくここにいる全員が疑問を感じているだろう」ミュミルは椅子から身を乗り出して机に両肘を突いて両手を組むと、ジークリッドを覗き込むようにして言った。「お前、過去に死神と何か接触があったのか? 死神はルクセンの倅に言ったそうじゃないか。『ルアス王、貴様の負けだ。余は降臨を果たした。マイソシアだかなんだか知らぬがこのような小さき辺境など丸ごと地獄に落としてやろう』と。お前の負けとはどういうことだ?」
 ジークリッドは片眉を吊り上げて話を聞いていたが、ミュミルが言い終わると他の代表達を一通り見た。当然ながら、全員がジークリッドの答えを待っている。興味もあるだろうが、それ以上にジークリッドの過去において死神と何らかの因縁があるならば、事によっては原因がジークリッドにあるかも知れないのだ。
 ジークリッドは小さく溜息をついて椅子に軽く座りなおすと、何度か自分を納得させるように頷いてから話を切り出した。
「……やはり気になるか。当然だな、つい先程もアールマイスに問われたところでもある……。わしとて、少なくともこの場で話す必要があるだろうと思っておったよ」
ジークリッド? まさか、本当に貴方、死神と何か関係があるのですか?」フィルレンティが心配そうに言うと、ジークリッドは軽く手を上げて答えた。
「いや、ない。まあ、まずはこれから話す事を聞いてくれ。過去に起こった奇異なる出来事の話だ」
 ジークリッドの「奇異なる出来事」という言葉に反応する者がいた。
「……ジークリッド……まさかそれは、ルアス・タコル戦役の時のあれか?」エイゼンザッハだ。両腕を組んで椅子に深く腰掛けたエイゼンザッハは身じろぎすることなく眼鏡の奥の瞳だけがジークリッドに向けられている。
「そうだ」
 エイゼンザッハの視線はまるでジークリッドを射抜くかのように鋭さを増す。
「……貴様、あの時私に何と言ったか覚えているか?」
「ああ、覚えているとも」
「待て二人とも。俺達にも分かる様に話してくれ」ガンディハがすぐさま二人の会話に割って入る。二人にしか分からない会話を止めたと言うよりはむしろ、二人が今にも事を構えそうな雰囲気を断ち切ったと言うべきか。
 ジークリッドエイゼンザッハの強烈な視線がガンディハに向けられると「おいおい、睨む事はなかろう?」とガンディハが呟く。
 少し間をおいて、ジークリッドは意を決したかのように語りだした。
「……最初にはっきり言っておくが、わしは死神に会ったことも「負け」と言われる様な勝負をした覚えもない。だが、あの言葉が『ルアス王に向けられている』と考えるならば思い当たる節はある。あの言葉はもしかすると前皇帝アウグストゥヌスに向けられたものかもしれん。もっとも、憶測でしかないがな」
 ここでエイゼンザッハ以外は誰も予想していなかった前帝の事を語られると、皆いくらか困惑気味にお互いを見合ったり首を傾げてみたりしている。
「……前帝? 前帝が過去に死神と接触していたのか?」ハーンが皆の意を代表するように言うとジークリッドはとりあえず端的に答える。
「いや、私の知る限り、前帝も『死神』との接触はないはずだ」
 もちろん、この答えでは知らぬものはさらに混乱する事だろう。
「ならば何故」と当たり前の反応をするハーンをジークリッドは言葉で制する。
「話を聞いてからにしてくれ。これはわしがまだ前帝に追われていた頃の話だ。実はわしはタコルの傭兵団にいたのだ」
「……うそ……ほんとに? 貴方が名前を偽って前帝の体制に抵抗するレジスタンスの上
層にいたのは知っていたけど、貴方がタコルの傭兵だったなんて……初耳よ?」フィルレンティの眼は「どういうことよ?」と言いたげだが、むしろジークリッドは「なんでそんな眼で見られなきゃ……」と言いたげである。
「……まあ、言ってなかったしな……。タコルの傭兵団は志願する者の素性を問わない。脛に傷持つ者やわしのように身分を隠しておきたい者が身を潜めるには絶好の隠れ蓑でな。そしてその時のわしの上官がエイゼンザッハだ」
「これはこれは……。お前の太刀筋や斧の扱いはどこか血生臭さを感じていたし、銃の扱いもプロの傭兵並みだと思っていたが、まさかお前にそんな過去があったとはな!」
 ミュミルが言い、ハーンとアルファスも「確かに」というように頷いた。
「感想はまた後日落ち着いて話そうではないか。で、当時の話なんだが、全て話す時間はない故に背景は出来るだけ割愛して端的に語ろう。あの戦争の時、エイゼンザッハの隊はルアス軍に放っていた密偵の情報によって移動中の前帝本陣への奇襲に成功した。わしとエイゼンザッハ、そして数名の傭兵が前帝の近衛を全て撃破して正に前帝の前に立った時だ」
「少し違うな。前帝の近衛もまだ数名生き残っていた」
 エイゼンザッハが訂正を入れた。
「そうであったか?」
「ああ、そうだ。俺と貴様、そして当時の切り込み隊長グラーベとその部下三人の六人がいち早く前帝の本陣に辿り着いた。前帝の護衛は近衛騎士が十三人、近衛所属の戦士が十五人、聖職者が三人だったが、浮き足立っていた護衛を屠るなどグラーベとその部下にしてみれば造作もないこと、奴らは一分もしないうちに近衛騎士八人を始末*1 した。あれは九人目をグラーベが切り伏せ、俺と貴様が近衛所属の戦士十五人と聖職者三人を始末し、同時に先走ったグラーベの部下の一人が愚かにも首を跳ね飛ばされた瞬間のことだ」
「……よくそこまで覚えているな?」
「忘れられるものか。この俺が生まれて初めて肝を冷やした経験だったからな。俺達と生き残りの近衛や前帝の間に、唐突に一人の黒い肌の巨漢が現れた。近衛騎士はその男を我々の仲間と思ったらしく即座に三人が襲い掛かったが、その三人はいきなり燃え上がり、のた打ち回る事すらなくものの数秒で真っ黒な消し炭になっていた。バーニングデスのようだが威力が全く異なるものだ」
「うむ、言われてみればそうだったな。怯んだ近衛の生き残りが果敢にも挑みかかったが、今度は瞬時に体中の水分が消失したかのようにミイラとなって倒れた。わしらはその桁外れの魔術か何かの威力に言葉を失ったが、それでもその巨漢を助っ人か援軍かと感じたのだ。グラーベが部下二人と共に歩み寄り名と所属を尋ねたが、その三人はその場で装備諸共石となってしまった。そして振り向いた巨漢が薙ぎ払うようにしてその石を砕いた。砕かれた石は血の様な赤い炎にちりちりと焼かれておったよ」
 一呼吸おくようにジークリッドが一旦言葉を途切れさせたところにミドゥアが言う。
「……何者なんですか? 聞いた印象だけであればそのような魔術はない。禁呪であれば似たような術があるけど、瞬時に一人で発動できるような生易しいものじゃない……。その者がもしも魔術師か何かなら、最低でも我らカレワラやスオミの大代表殿の耳に入らないとは考えにくいな」
「そうであろうな。だが、あの者は魔術師以前にとても人間には見えなかった。姿形は人のそれであり、鋼のように鍛え抜かれた二メートル五十センチ程の男だ。身につけていたのは風変わりな腰鎧とサンダルのみ。丸太のような腕やそれだけで鎧として通用しそうな胸板と腹の筋肉。肌は赤黒い、と言うより内部で炎が燃えていて、焦げた肌から透けて見えるようだった。瞳もまるで炎のように赤一色、逆立った髪は天を焦がす焔のような赤髪。あのような男、魔術師であろうがなかろうが傭兵達の間で噂にならないわけがないのだが、わしもエイゼンザッハも見た事も聞いた事もなかった。何よりも人と違うのは……奴が振り向いて名を告げた時の口の中は鍛冶屋の鉄を溶かす炉のように逆巻く炎が見え、名乗った瞬間蛇のような炎がそいつの全身を取り巻いたのだ。当然、その炎を苦にしている様子などもなかった」
 おぞましさに身震いでもするように自身を抱きしめるカステヘルミ。と言っても本当に怖がっているようには見えないのだが。
「恐ろしい姿ですこと! ……それで、なんと名乗ったのですか?」
「……エイゼンザッハ、覚えておるか?」
「なんだジークリッド、忘れたのか? 寄る年波には勝てぬか?」
「名ぐらい覚えておる。だがおぬし程には冷静ではいられなかったからな」
「俺とて冷静ではなかった。死を覚悟したというより、無条件に体が畏怖を感じていた。その場に跪きそうになるのを堪えるのがやっとだったからな。奴はこう名乗った。『虫けらども、余の名を問うのか? 冥土の土産に神名を求める愚か者め。余の名を聞いてから討ち捨てられたニヴルヘイムにて孤独と恐怖に狂うがいい。我が名はスルト、全てを焼き尽くす者なり』とな。そして奴は炎を纏った。奴が続けて何か言おうとした刹那、前帝が勇敢なのか愚かなのか分からぬが言った。『スルトとやら、我らが神にはスルトなどという名の神はおらぬ。神を語る愚者よ、何用があってここに参った?』スルトは答えた。『この地を統べる虫けらの王よ、我が宝剣レーヴァンティンがこの地にあることは分かっておる。さあ、我が怒りの炎に触れるか大人しく宝剣を返すか、選ぶがいい』とな」
「ほんとによく覚えておるな、エイゼンザッハ。だが話が仔細に入り込み過ぎてしまったようだ。この先はざっと話していこう」ジークリッドはそう言って、一気に話し始めた。
「前帝はそんなものは知らんと言い放ち、スルトがとぼけるなとか何とか言った。そこに一人の老人が唐突に現れ、我らには眼もくれずにスルトに言った。ついて来いとな。そして老人とスルトは忽然と消えた。わしらと前帝は一体何が起こっていたのかさっぱり分からなかったが、わしはいち早く我に返り目的を思い出した。すぐさま前帝に止めを差すために動こうとしたのだが、今度は地を揺るがす雷のようなスルトの声が響いた。『ルアス王、この程度で余を封じたと思うな。我は負けぬ、この程度の封印など必ず打ち破り、我が神名に賭けて必ず貴様等を焼き尽くす。お前の統べるこのゴミ溜めの如き地も全て焼き払ってやる。そしてレーヴァンティンは必ず取り返す。覚悟しておけ』とな。その直後、前帝はゲートでルアスに逃げ帰ったようで、わしとエイゼンザッハが取り残された。わしらは今起こったことに再度心を奪われ、言わば放心状態だったのだが、再び先の老人が目の前に現れ、言った。『スルトはわしが封じた。だが相手が強力すぎて封印が完全ではない。徐々に効力を失っていくだろう。いろいろと理由があり本来であればおぬしらから今の記憶は消すべきなのだが、おぬしらはいずれマイソシアの中枢にあると見た。わしは封印が解かれぬよう出来る限りのことをするが、もしもマイソシアに大きな異変が起こった時にはおぬしらの出来る限りの方法で災厄から民を守って欲しい。今逃げたおぬしの仇からは今の記憶は消しておく。それから、おぬしにだけ話しておきたいことがある』そう言って、わしの頭に直接あることを語ったのだが……」
 ジークリッドはそこで言葉を止めてしまった。ミュミルが怪訝そうにジークリッドを見て言う。
「なんと言ったのだ?」
 ジークリッドはばつが悪そうにエイゼンザッハをちらりと見た。
「……それが、な……」
「あの時、俺もそれを聞いたが……」エイゼンザッハジークリッドを指差した。「貴様はこう言ったのだ。『なんでもない、ちょっとしたアドバイスをもらっただけだ』とな。だが、違うのだな?」
「……すまん、あの老人に口止めされたのだ。あの時、老人はこう言ったのだ。『王家の血を引く者よ、封印は二十年間は確実にスルトを封じるだろう。それ以降も多少足掻いた程度では封印は解けぬが、何と言ってもスルトは強大な力を持つ者、どのようにして再びマイソシアに現れるか分からぬ。今日より二十一年経ったとき、おぬしは恐らく王座にいるのだろうが、その時、もしもスルトが現れれば我が娘が必ずおぬしらを助ける』とな」
 ジークリッドはそう言うと「これで全てだ、何か質問があるか?」と言うように両手の手の平を皆に向けて皆を見回し、一通り反応を確認するとすぐに肘を机に突いて手を胸の前に組んだ。
 一人を除いて、それぞれが今の話を聞いていろいろと考えている様子だったが、エイゼンザッハのみ、再びジークリッドを睨みつけていた。
 エイゼンザッハに限らず、皆が府に落ちない様子だった。それぞれにいろいろと理由はあるのだが、何よりもおかしく感じられるのは、本当にジークリッドの言うとおりであればその時点でエイゼンザッハに隠さなければならない理由がいまいち見当たらないからだ。
ジークリッド、本当にそれで全てか? 貴様はあの時も同じ仕草を」
 ところが、ジークリッドは突然帝王の眼でエイゼンザッハをギロリと睨みつけ、背筋を伸ばして威圧的な声でエイゼンザッハの言葉を遮った。
エイゼンザッハ、答えてみよ。余はたれそ?」
「ぐ……」エイゼンザッハは立ち上がり、恭しくジークリッドに頭を下げて続けた。「アスク帝国第五十一代帝王、ジークリッド・ルアス陛下にあらせられます……」
 エイゼンザッハがそう答えると、全員がエイゼンザッハと同じように立ち上がり深々と頭を下げた。
「汝らとは帝王としてではなく、知恵と力を出し合いマイソシアを導く同志としてありたいと常々思うておる。余が全てを明かしておらぬと思うのなら、汝等の胸の内で好きに処するがいい。だがよいか、余が明かさぬものは何人たりとも触れてはならぬ。エイゼンザッハ、今はこれ以上の詮索は許さぬ。肝に銘じよ」
「仰せのままに」そう答えるエイゼンザッハの額には汗が滲み出していた。
 しばらく誰も動く事は出来なかった。帝王の怒りに触れた場面で下手に動けば何を言われるか分かったものではない。ジークリッドはそんな男ではないのだが、帝王の名はそれだけの力を持つのだ。
「……こんな場面で帝王の名を振りかざしてしまうとはわしもまだまだ未熟であるな。皆、突然すまなかった、さあ掛けてくれ」
 ジークリッドの許しにより全員が再び着席した。今度はジークリッドが立ち上がって言った。
「これでは私は自分から全てを語っていないと言っているようなものだな……。もう分かっておるじゃろうが、今はどうしても語れぬことがあって隠しておる。エイゼンザッハ、皆の気持ちを代表して言おうとしたのだろう。だが分かってくれ。わしも考えなしに隠しているわけではない」
「……ああ、大丈夫だ。何故逆鱗に触れたのか分からぬが、な」
「うむ。わしの未熟ゆえよ。あまり思い出したくない事でもあって気が昂ぶってしまったのじゃろうな。許しを請うつもりはないが、変に構えないでもらいたい」
「分かっている。それより話を続けたほうがいいだろう」
「そうだな。皆もまた先程までと同じように楽にしてくれ」
「ならば私からいくつか話させていただこうか」今度はアルファスが切り出した。
「今の話と死神とやらがルクセン卿のご子息に言い放ったという内容、これが直接繋がるとは思えぬわけだが、これについてはどのような見解をお持ちなのかな?」
「確かにその通り、直接は繋がらん」ジークリッドは着席して続けた。「わしとエイゼンザッハが見たスルトと、報告を受けている死神の姿は似ても似つかぬ。だが、わしは死神とは話どころか面識すらない。まあ、リーゼッタミュゼリア女史を除けば皆も同じであろうがな。とにかくわしは「お前の負け」等と言われる覚えはないのだ。今でも死神が言った事の真意など皆目見当がつかぬ。強いて言えば死神の言った言葉のみに注目すれば心当たりがあるという程度の根拠でスルトのことを話したに過ぎぬ」
「なるほどな。では、今のところは可能性があるという認識であるわけだな。そして、確かに今年はルアス・タコル戦役から二十一年。死神が三年経った今出現した理由とはならぬが、スルトが今現れて件の台詞を言うのならば辻褄が合わなくもないというわけだ。もう一つ疑問があるのだが、ルアス北方にて犠牲となった国境警備の者や三年前に死神の力の犠牲となった武門シャオリンの武術家は死後灰となったと聞いている。スルトの犠牲となった者達は灰となったのかな?」
「いや、惨い様ではあったが遺体は残っていた。回収まではしておらぬがな」
「ふむ……今南下してきているかも知れぬ者が死神の力を行使したのはほぼ間違いないところであろう。となるとそれがスルトの仕業とは考えにくい。だが死神が言っていた事はスルトが言ったとすれば筋が通らなくもない、と言う事だ。この二つを結びつける何かがある、と言う事かも知れぬな」
「そういう事になる」

ジークリッド、俺からも一ついいかい?」ガンディハは言う。「謎解きもいいが、とりあえず今どうするかを考えるべきだと思うんだ、俺は。魔法陣が起動してるって話だったよな? 死神を魔法陣に強引に引っ張り込む方法は俺じゃ分からねえけどさ、もう一個魔法陣書けばいいんじゃね?」
「ふむ、分かりやすく、尚且つ検討の余地がある提案だと思うが……。ミュゼリア殿、可能なのだろうか?」
 ミュゼリアは名指しされるとまず立ち上がり深く一礼した。格が違うので無礼講に混ざる事は許されない。
「ご期待に沿えず大変心苦しゅうございますが、あの規模の魔法陣となりますとスオミの全魔導師及び老師を総動員いたしましても明日のお昼頃までお時間を頂く必要がございます」
 ミュゼリアが答えるとガンディハは座ったままミュゼリアに軽く頭を下げて発言に感謝を表し、再びジークリッドに言った。
「どうなんだろう? 死神の現在の場所は特定されていないし移動速度も分からん。だから時間がどれだけあるという事は誰にも言えないだろ? だったら駄目元でも用意した方がいいんじゃないか?」
「でも、ちょっと厳しいな……」
「ん? ミドゥア? 他にも問題があるのか?」
「うん、少し問題があるんだよ、ガンディハ。神殿ほど魔法陣を書くのに適した場所はないんだ……ああ、適しているってのはつまり、降霊の魔法陣を書くところは出来るだけ人の営みからも魔物の気配からも離れてて欲しくてね。その点神殿はとても純粋で清浄で、穢れから最も隔絶された場所なんだよ。魔術師なら問題ないんだが、霊媒師は凡人のつまらない意識が近くを通過するだけでも雑音になるというか精神集中を阻害する。魔術師がその辺に魔法円と呪文を書いて自己防御やらに用いるのとは訳が違うんだ」
 ガンディハは頷きながらミドゥアの話を聞いていたが、細かい事など知らぬ者ならではの意見をあっさりと言った。
「隣に書いちまえばいいじゃん。だめなの?」
 ミドゥアは眼を丸くした。
「隣って……。今ある大魔法陣の?」
 ガンディハは頷いて、笑顔で「いい案だろう?」と言った。頭を抱えるような素振りのミドゥアに変わってタールディが言った。
ガンディハ殿、それは無理だ。近すぎて干渉してしまう。打ち消しあうような干渉だったりすると目も当てられん事に……なんて事だ、その手があった!!」
「どうしたんだ?」ガンディハが首を傾げた。ところがミドゥアも同じ考えに行き当たったようで、閃いたと言わんばかりの表情で指を鳴らし、タールディを見た。タールディミドゥアに頷き、すぐさま後ろに控えているミュゼリアに言った。
ミュゼリア! 魔法陣の周りに封印用の魔法陣を書くのにどれぐらい掛かる?」
 ミュゼリアはそう聞いた瞬間にタールディの意図を読み取ったようだ。直ぐに現実的な解を述べる。
「現地にカトー老師が待機しておいでですので、他に魔導師を三人程つけていただけましたら一時間で完了いたします。封印用との事ですので起動したりする必要もございませんし、描き終わった瞬間から効力を発揮します」
 今の時点で何をしようとしているのか理解しているのはタールディミドゥア、そしてミュゼリアと、ミドゥアの後ろに控えるジャネットだけだ。他の者は訳が分からず取り残されている。
「……タールディ、どういうことだ?」ジークリッドが言うとタールディは少し興奮気味に言った。
ジークリッド、わざと干渉させるんですよ。封印用の魔法陣はただ描くだけで魔法陣内部の魔力を抑え込むのですが、この封印用の魔法陣で別の魔法陣の周りを隙間なく囲むと、干渉が起こって囲まれた魔法陣も封印用の魔法陣としてしか機能しなくなるのです。しかも神殿に描いてある『あの大魔法陣』は外部から術者に有益な魔力や波動を取り込みつつ、外部からのものや内部での術者に対する有害な魔力や波動を排出、排除しようとする。分かりやすく言えばあの大魔法陣は呼吸をしているのです。呼吸を止めてしまえば魔法陣は停止するしかありません」
 フィルレンティカステヘルミ、ハーン等は一筋の光明を見出したかのように表情が少し晴れてきていたが、ジークリッドは尚も用心深くたずねた。
「内部にいる何者かに気づかれずにそのような事が出来るのか?」
カトーの報告にあるとおり『魔法陣は完璧に外部の影響を遮断している』とあり、尚且つ『内部の様子はどのような方法でも見ることは出来ない』と言っています。ここまで完璧に、魔法陣を防御に撤して起動した場合、内部からも外部の様子は分からないはずです」
「それには及ばないよ。今、魔法陣を停止したからね」
 唐突に女の声が響いた。全員椅子から立ち上がりすぐさま警戒体勢になった。
「何者か!?」アールマイスの声が部屋に響くと、あざ笑うように女の声は答えた。
「ご挨拶だね。私の声を忘れたのかい? 『爆炎女』の声をさ」
「……まさか、オウカか!?」
「そうさ、元気だったかい? アールマイス」声はそう答えるが、部屋にはそれと思しき女の姿はない。オウカと呼ばれた声は続ける。「あんたとは積もる話もあるんだが今は時間がなくてね。帝王、よく聞きな。お宅らのご自慢の第五騎士団とやらはついさっき全滅したよ。第八騎士団と魔術師団だっけ? あいつらは第五騎士団と連絡が取れなくなってパニックになっちゃいるけど、今はまだ生きている。奴らが大事なら大至急撤収命令を出すんだね」
 ジークリッドはすぐさま確認させようと右府将軍の名を呼んだ。
ルクセン!」
 だがリーゼッタが代わりに答えた。
「この部屋からは精霊話術が使えませぬので、確認の為に退出いたしました」
 女の声がさらに言う。
「帝王、まさか確認するつもりかい!? この私の言う事が信じられないって言うのかい!? モタモタしてる暇はないんだよ!! もう手遅れかもしれないんだ!! ほら、さっさと命令を出す!」
「ふざけるなオウカ! 第五騎士団は総勢七千二百名だ、まだ派遣して一時間も経っていないのだぞ? それだけの人数がこの僅かな時間で全滅など」
 そこへルクセンが戻って来た。信じられないと言う表情がすでに結果を語っているが、ジークリッドに報告した。
「陛下、第五騎士団長ヴェルナー・コーライト、副団長グートルン・モンボウ、以下師団長、旅団長、連隊長から小隊長に至るまで……完全に連絡が途絶えているようです。ヴェルナー騎士団長は最後に第八騎士団長ベイセル・マクウェインにただ一言、「逃げろ」とだけ伝えてきたと言う事です……」
「……な……なんだと!?」
 ジークリッドだけではなく全員が落胆とも驚愕とも取れる声を上げる。
「ほら、分かっただろう? 早く生き残りを逃がすんだ。死神、いや、今となっては死神じゃないが、とにかく急げば奴の力を甘く見すぎた代償も七千二百とちょいの命でまけてもらえるかもしれないんだから」
 ジークリッドの顔にみるみる怒りの形相が浮かんできた。拳を硬く握り締め、相変わらず姿の見えないオウカに言う。
「甘く見すぎた……だと?」
「あんたは目の前で見たはずだろう? 炎の大魔王、スルトの力をさ」
「スルト……だと!? だが、奴の力は恐らく炎が主体、死者が瞬時に灰になって消えるような力ではなかったはずだ!」
「相手は神だってのにのんびりした事を言う帝王だね。奴は手に入れちまったんだよ。死神の力もね。まあ、正確には死神の力を奪ったんだがね」
 
 
 
 


補足
*1: 細かい設定はここでは割愛するが、戦争状態の場合、死ぬと蘇生出来ない

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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