#41 蘇生の謎3 [セシリア]
posted by GEM at 2006年05月07日 01:43
「ねえフィオ君。話の続きだけど……」
「うん! 続けよう!」
あらら、フィオ君、ちょっと勢い付きすぎかも……? でも、元気がないよりはいいよね、うん。
「私の蘇生魔法ってね、他にも何かおかしいところがあるの?」
「おかしいっていう表現は語弊がありそうだけどね。でも確かに疑問に感じている部分があるんだ」
「うん」
フィオ君は表情をキリリと改めながら椅子にも座り直して、私を真っ直ぐに見た。
「一般的な話としての『冒険者の蘇生魔法』はね、対象の体が致命的な状態になっていないことが大前提なんだ。腕や足が千切れていてもそれを繋ぐ事は出来ないし、切り裂かれているなんて以ての外ってことだね。だから、と言うわけかどうかは勉強不足で今は分からないけど、冒険者は神官様のご加護によって今言ったみたいな致命的な状態に陥らないよう常に守られているし、行動不能に陥った時には神官様のご加護が即座に働いて敵から姿を隠す。このご加護があるからこそ蘇生魔法の大前提が確実なものになっているわけさ。分かるね?」
「う、うん……」
すっごい自信満々に話すフィオ君。どことなく知的に見えるけど、立ち直り早すぎ。フィオ君は一呼吸置いて続けた。
「つまり、蘇生魔法と神官様のご加護は切っても切れない関係なんだ。何度も言うけど、神官様のご加護があるからこそ聖職者の蘇生魔法で蘇生が出来るって寸法なんだからね。逆に言えば、少なくとも僕の知る範囲ではセリスやミーナのあの状態から蘇生が出来るなんておかしいんだよ」
フィオ君が言い切るとミーナちゃんがビクッて肩を縮めた。
「……いやごめん、ミーナに問題があるわけじゃないんだよ?」
私はすぐさまフィオ君に言った。というより、ほとんど無意識に口から出た。
「そりゃそうよぉ。 ミーナちゃんにひどい事言ってるって分かってる? それともフィオ君は姉さんやミーナちゃんが蘇生出来なかったほうがよかったわけ? それにそんな風に言われたら何だか蘇生した私が悪いみたいじゃない……」
「いや、それは違う。もう僕は負けないよ!」へえ……。さっきまでならここでまた凹んじゃった筈なのに……。「気を悪くしたなら許して欲しいんだけど、蘇生出来たっていう個別の結果について問題視している訳じゃない。当たり前の事だけどミーナもセリスも蘇生出来て本当に良かったって思うけど、それはそれさ。あくまでも客観的な立場から見て、なんであそこまで致命的な状態から蘇生出来たのかが問いたいところだからね。いや、致命的って言うのはまだ息がある状態に対する言い方だから、完全な死亡状態って言うべきかな」
ジンに励まされてからのフィオ君は俄然饒舌で説得力まで出てきた。少しだけ、尋問されているようにも感じるけど、ね。
「うーん……。あのね、フィオ君。さっきも言ったけどぉ、私、蘇生魔法って今日の分を含めても三回しか使ったことないの……。そりゃね、エリオ師匠からも今聞いたような事は教えてもらったよ? でも、夢中で蘇生したら出来ちゃったんだもん。聖職者として助けたい一心で頑張っただけなのに、なんだかすごくショックだよぉ……」
ちょっとムッとした感情もそのまま言葉に出ちゃったけど、フィオ君は笑顔まで浮かべて余裕で答える。
「いやいや、違うってば。確かに蘇生は君の重要な役割なんだし、こんな事を言われる筋合いはないって思うだろうね。でも、一般に知られる蘇生魔法と君の蘇生魔法には明らかな差がある。状態が致命的ではないっていう蘇生魔法の大前提が成立しないにも拘らず、セシリアにはどうして蘇生が出来たのかっていう現象そのものに注目したいんだよ」
うーん、そりゃね、フィオ君の言う事も分かるよ? でも、どんどん悪く言われてる気がしてきちゃう……。
「まあ待てフィオ」何て答えていいのか分からない分からない私を見かねたのか、ジンがフィオ君に言う。「セシリアの蘇生魔法に何か特別な力があったことは間違いないだろうが、この問題だって俺達だけじゃそれ以上は分かりようもないだろう? 調べるのなら然るべき知識を持った誰かの協力が必要だ。まさか、実際に誰かをセリスと同じ状態にして蘇生魔法を試させる、なんて真似も当然出来んしな。それにそれを論じるなら別の視点で考える事もできないか? つまり、蘇生された方であるセリスやミーナにこそ何か特別な事情があったりしないか? っていう事だ。どうだ?」
「なるほど……確かにそうだよね、うん。もちろん専門家には協力を要請するつもりだよ。でもジン、今の指摘の『逆の視点』は調べるべきだと思うけど、ミーナとセリスの二人を蘇生したのはセシリアなんだ。二つの現象に同じように関わっているセシリアの方からまず確認するのはセオリーじゃないかな?」
「おぉ? なかなか言うなぁ。ちょっと吹っ切れるだけでえらい変わりようじゃないか? まあ、セオリーってのは確かにそのとおりだが、俺が言いたいのは結果を焦りすぎじゃないか? ってことさ」
「うーん……そうだね。確かに焦りすぎだよね。事実確認しか出来ない状況で問い詰めても仕方ない。ごめんセシリア、気を悪くしたよね。でも、僕も頑張らなくちゃって思ってさ。悪気はないんだ」
「……う、うん、いいのよ。気にしないでフィオ君……」
驚いちゃった。まだ付き合いは浅いけど、落ち着けばこんな大人な切り返しが出来る子だったんだ。
初めて会ったときは、貴族の子だって聞いてたのに全然そんな事なくて――トゥルンバルト伯爵家のご子息ってのはつい先日聞いたことだし――、何ていうか掴み所のない軽い雰囲気の子だなぁって思ってた。でも、今のフィオ君からはリーゼッタ枢機卿様のような高貴で聡明な雰囲気を感じちゃう。いくらなんでも変わりすぎだわ。もしかして、酔った勢いとか?
フィオ君は軽く喉を潤す程度に飲み物に口をつけてから、さらに続けた。
「さっきのジンの話、蘇生を受けた方のセリスやミーナに、本来なら有り得ない蘇生を可能にするような特別な何かがあるのかどうかって点だけど……。ミーナ、試しに聞かせて欲しいんだけどさ、セシリアに蘇生される時に何か特別な感じがしたりとか、あるいはもっとはっきりと自分から生き返ろうとした感じとかってあるのかい?」
「えっと……私は蘇生魔法を受けたのは今日が始めてなので、何かを感じたかと言われても的を得た事を答える自信はないです……。それに、感じるといっても、その、私、死んでたわけですから……。少なくとも、自分から生き返ろうとしたなんて事はないです。どう言っていいのか分からないけど、死神に切り伏せられた後、唐突に私がそこにいたって言うんでしょうか。それも、よくお話しとかである『ここはどこ?』っていう感じじゃないです。気がついた瞬間に全てが分かってて、その違和感をはっきりと自覚している感じでした」
自信なさ気なミーナちゃんの言う事をジンが頷いて引き継いだ。
「その感覚、よく分かるぜ。神官の加護の力で敵から姿を隠されたときってのは意識がある場合とない場合があるけどさ、意識がない場合に蘇生を受けるとまさにミーナの言ったとおりの感じだよ。本当に突然、何の脈絡もなしに俺がそこにいるんだよ。何つーか、俺はそこに生まれたばっかりなのにその時点までの経緯を全て理解してる、みたいなさ。慣れるとどうって事もないんだが、最初は不思議な感じがしたものさ」
「あー、分かる! そうそう、私も同じだよ!」ついつい、私もジンやミーナちゃんの言っている事に混ざりたくなった。「初めて蘇生してもらった時ってすごく不思議だった。神秘的なんだろうなぁって思ってたけど全然そんなんじゃなくって、そこに当たり前のようにいる自分に戸惑うのよね。フィオ君もそうでしょう?」
私が言うとフィオ君はちょっと寂しそうに、でもすぐに答えた。
「いや、僕は蘇生されたことはないんだよ。ほとんど城の中で騎士団を相手にしてたからね」
「……え?」
フィオ君は笑ってるけど、何となく言った私の方が気まずい気分になっちゃった。ジンはそんな私の様子に気づいてるのかどうか分からないけど、さらりと流れを引き取った。
「まあ、それはいいんじゃないか? そのまま一度も蘇生された事がないって言う方がいかにも純騎士らしくて。実際、お前ぐらいの強さになった純騎士が冒険者になった場合ぐらいしか、蘇生経験一度もなしの超絶無敵冒険者っていないんだよな」
「今の僕はそれが褒め言葉なのかどうかよく分からなくなってるんだけどね、ジン。でも、確かに僕はどんな状況になっても生きていたい。あの伝説の白騎士みたいにさ」
「白騎士?」私はその言葉は初めて聴いた。ミーナちゃんも同じみたいで、私達二人が不思議そうにしていると、フィオ君が話してくれた。
「あ、聞いた事がないみたいだね。ジンは知ってるかい?」
「ちらっと聞いた事がある程度さ。もう数百年もの間、白騎士の称号は授与されていないとかそんな話だが」
「その通りさ!」フィオ君の瞳がキラキラしている。「レビアの伝説の騎士にして初代白騎士タイクーン様から始まり、ラーマ様やジョウオウ様、モクレン様、アーサー様、そして最後の白騎士ランスロット様、他にもあと五人ほどの白騎士がいたんだけど、みんな僕達純騎士や聖騎士の憧れなんだよ。でもね、白騎士は同時に二人存在しちゃいけないって決められてるから、白騎士を目指すならば現在の白騎士が失格するか辞退するか、あるいは亡くなられるかしなくちゃいけない。しかも死んだという場合にはそれが公然と知られているかどうかに関わらず白騎士を目指す者が死亡を証明しなくちゃいけないんだ。これが今となってはすごく厳しい条件でね、最後の白騎士ランスロット様が今現在どうなっているのか、もちろん時間的には亡くなっていると思うけど、とにかくどこに行ってどうなったのかは今でも誰にも分からないんだ。生きている間に辞退していないし失格に値する事も何も報告されていない。そのまま数百年が経過しちゃったってわけさ」
子供があこがれの騎士を語るように、一気に語りだしたフィオ君。私には今のフィオ君のほうがいつものフィオ君に感じられる。
「でも、それと、どんな状況になっても生きていたいって言うのはどう繋がるのですか?」
ミーナちゃんが質問すると、フィオ君は待ってましたと言わんばかりにさらに続ける。話が脱線してるわけだけど、今のフィオ君は言いたい事を言わせて上げないと後で恨まれそう。
「それはね、ミーナ。白騎士の称号はレビアの女王に称号を授与されて初めて名乗れるんだけど、授与を受ける為の絶対条件が一度も蘇生を受けた事のない聖騎士であることなんだよ。それだけじゃなくて、もしも無事に白騎士になれても、一度でも蘇生を受けると白騎士の称号を剥奪されちゃうんだ」
「へぇー! なんかかっこいい!! 無敵の騎士様じゃないと駄目って事なのね! でも、白騎士になれると何か特別な事があるの?」
今度は私が質問すると、フィオ君はこれも喜んで答えてくれた。
「うん、白騎士にはあらゆる法が無効なんだ。もう数百年白騎士が現れていないにも拘らず、マイソシア全土が白騎士が存在した場合の事を明文化して法に組み込んでいる。だからもし白騎士がいれば、彼は今でもどこに行ってもあらゆる法を超越した存在になるだろうね。唯一、単独で帝王を罷免できるのも白騎士だけさ」
「罷免ってなに?」
「簡単に言えば辞めさせられるって事だよ」
フィオ君はさらりと答えたけど、そんな事を考えた事もない私にはとても刺激的な一言だわ!
「うっそぉ!? そんなにすごい権限があるの? 出来ない事なんて何もないじゃない!」
「その通りさ。 いくつか例外はあるけどね。まあ、今のはそんなことまで出来るって言う例として言っただけで、実際に白騎士に罷免された帝王なんていないけどね」
「そうなんだ……ねえ、もしかしてフィオ君も白騎士になりたいの?」
「うん!!」
満面の笑みできっぱりと言い切るフィオ君にミーナちゃんがこれまたはっきりと言い切った。
「頑張ってください、フィオさん! フィオさんならきっと白騎士様になれます!」
いくらなんでも根拠がなさ過ぎよミーナちゃん、て思ったのは黙っておこうかな。
「でもさ、フィオ君のお父さんってあの『恐怖の黒騎士』さんなんでしょう?」
「あぁぁぁ……セシリア、声が大きいよ。その名は父上を倒して名を上げようって言う奴とか、騎士に反感を持ってる輩の標的になってるんだから……」
「え? そうだったの? ごめんなさい、知らなくて……」
「まあ、確かに父上は『それ』なんだけどね、あれは称号じゃなくて通り名だから。本当に遠い昔に黒騎士と呼ばれていた騎士がいたなんていう話もあるけど事実かどうか確認されていない。それに、どうやら父上と同じように公的に認められた称号じゃないらしいね」
「その黒騎士さんはどういう人だったの?」
「ここで言う黒騎士はメントの古文書に記されている存在でね、四人はそれぞれ象徴的に色で呼ばれていたらしい。黒、赤、白、青だったかな? さっき僕が言った白騎士は伝説って言われるけど確実に存在した。でもこの四人は本当に伝説の存在だよ。メント文明にまで遡る話だしね。リーゼッタ様ならこの話題で数日間講釈をしてくれそうだけど僕はあまり興味なくてさ」
「なあフィオ、ちょっと話が逸れ過ぎじゃないか?」
ジンが言うとフィオ君は舌を出してちょっと照れ気味に答える。
「あ……いやあ、ごめんごめん。白騎士の事になるとどうしても熱くなっちゃうんだ。えっと、どこまで話したっけ……あ、そうだ、ミーナに蘇生される時に何か特別な事を感じたかい? って聞いたんだね。でも、特に特別な事はなさそうだったと」
「ああ、その通りだ。ま、蘇生についてセシリアを調べるにしてもミーナを調べるにしても、本格的に調べるのはまた後日、それなりの知識を持った人間と共にって事だ。最初に話した墓の幻影の話だってそうだしな。お前らは見えなかったって言うけど俺の目にははっきり見えてた。でも、何で俺には見えてお前らには見えなかったのかなんて、少なくとも俺には原因を語ってやる事なんて出来やしないし、みんなも無理だろう? ってことで、どの話題にしてもすぐには結論は出ないってことさ」
何となく話をまとめてそろそろ終わりにしようって気持ちなのかしら? ジンはもう冷めちゃって残りも少なくなった魚の塩焼きをつまみはじめた。
「うん、大丈夫、もう焦りはないよ」ジンの仕草や言葉にフィオ君も今日はそろそろ終わりって感じたのかしら。同じように手前にあったカリカリに焼いたベーコンと硬い塩気のついたパンを手にした。でも、手に持ったまま何か気づいたみたい。
「あれ? そういえばさ、ジンは墓の幻影が見えたんだったよね? ミーナがやられた時ってどんなタイミングで墓が見えてたんだい?」
「ん? 」ジンは口をモグモグさせながら答える。「ミーナには思い出させて悪いが、斬りつけられて体が崩れ落ちた後ぐらいだな。セリスの方も[アナカム]の矢が腹から突き抜けて体が崩れ落ちた後ぐらいだ。仲間があんなに派手にやられたのを見たことはないが、墓の幻影が現れるタイミングとしてはそんなもんだろ。ミーナはセリスの墓の幻影は見えたのか?」
「あ、はい?」
ミーナちゃんも目の前にあるほとんど手付かずの果物の盛り合わせを、「もったいないね」って言いながら私と一緒に手をつけようとしたところ。
「いや、別に食ってからでいいぜ? もう話も終わりみたいだし」
ジンがそういったけどミーナちゃんは「大丈夫です」って答えて言って答えた。
「私は、その、セリスさんの上に現れた眼と翼に気をとられている間に死神に一気に間を詰められて……死神に『ジンメイの娘か……敵討でも始める気か? 身の程を知らぬ人の子め……』って言われた後いきなり切りつけられちゃったから……はっきりとは覚えてないです。でも見えなかった気がします」
ミーナちゃんが答えた。確かにあれは異様でとても不吉に感じた……。もちろん死神もそうだけど、『あれ』は絶対にこの世のものじゃないって思う。直感だけなんだけどね。
フィオ君もジンみたいにモグモグしながら、もう終わりなんだからって感じであまり考え込まずにさらりと答えた。
「そうかぁ。モグモグ……。ま、不思議な話だって事だよね。僕やセシリア、そしてミーナには墓が見えなかったけど死神は見えた。ジンには死神は見えなかったけど墓は見えた、か。モグモグ……モグ……フゴ?」
フゴ? どうしたんだろう? フィオ君は手前のグラスに水を慌て気味に注いで、口の食べ物を一気に流し込んだ。そして、眼を丸くしてミーナちゃんに言う。
「ミーナ、今なんて言った?」
キョトンとするミーナちゃん。私も同じようにフィオ君を見てる。
「え? 何がですか?」
「どうしたの? フィオ君?」
ミーナちゃんと私がそう言うと、フィオ君も何か困惑気味に首を傾げて言う。
「いやだってさ、今、眼とか翼とかって言ったよね? それって死神の事?」
……あれ? フィオ君?
「いいえ、違いますけど……でも、フィオさんも見たんでしょう? あの眼と翼を……」
「いやいや、それって何の事?」
おかしいわ。『あれ』はフィオ君にも見えてなかったってこと? 私はフィオ君とミーナちゃんの会話に割って入った。
「フィオ君、本当にあの眼と翼が見えてなかったの? 死神は見えてたのに? 私にも見えてたわ。とっても不気味な眼と翼が……」
「ちょっとちょっと! それって何のこと!? 死神の眼って真っ黒だったじゃん? それに翼なんてなかったよ?」
「違うよフィオ君、死神には眼なんてなかったし翼もなかったわ。っていうか、もしかしてフィオ君、ミーナちゃんが何故姉さんに怯えていたか分かってなかったの?」
「僕は……ミーナが怯えていたのはてっきり、死神がセリスの体から飛び出てきたからだと……」
「えぇ?! だって、ミーナちゃんを蘇生した時に私の所に寄って来て話したじゃない。私が無理みたいって言ったらさ、フィオ君も姉さんの方をじっと見て『確かに止めた方がいいね』って言ったでしょう? あれは見えてたからじゃないの?」
「……僕はただ単に……ミーナはセリスを見て死神のことを思い出しちゃってるんだと思って……」
「……」
うっそみたい……。信じられない。同じ場所にいたはずなのに、どうしてみんなこんなにも違うものばかり見てるの? もう何が何だかさっぱり……。ほとんど独り言みたいな言葉が自然に私の口から出た。
「……なんだか、みんなで夢でも見てたみたいな気がしてきちゃった……。じゃあ、あの眼と翼を見たのは私とミーナちゃんだけって事なのね……」
「セシリア、詳しく」
フィオ君の表情が険しくなった。ジンはもう知っているからなのか、「またその展開か」って感じで別の料理に手をつけている。
「うん。ジンには話したんだけどね……。セリス姉さんが倒れた直後、その姉さんが立っていたところに赤い眼と黒い眼、そしてたくさんの翼が見えたわ。二対の眼はじっとこっちを見てた……。とっても、とっても恐ろしい眼だったわ。なんて言えばいいのか分からないけど、グレイヴ*1
の眼の薄気味悪さなんて物の数に入らないって思えるほどだった。翼は、とても綺麗な白い翼で、ゼシン神殿に所蔵されている『異端の御使い』の絵画の翼をそっくり映し出したみたいだった。無数の翼と言うほどじゃないけど、少なくとも十枚五対以上あった気がする……綺麗過ぎて逆に気味が悪いほど幻想的な翼だった」
ジンが不意にミーナちゃんに言った。
「ミーナ、大丈夫か?」
「あ、ジ、ジンさん、だ、大丈夫、です……」
「それだけ震えてて大丈夫なわけがあるか。セシリア、その辺にしといたほうがいい」
ジンの言うとおり、ミーナちゃんは心配になるぐらい震えちゃって、顔からも血の気が引いて蒼くなっちゃっている。私はミーナちゃんをそっと抱き寄せて言った。
「ごめんねミーナちゃん……大丈夫よ。私もジンもフィオ君もついてるんだから。今日はやっぱり家に泊まりにおいで。ね? 一人にならない方がいいわ」
「……はい、す、すいません。わ、私も、無理みたいです……。ごめんなさい……」
「いいの。いいのよ、気にしないで。私だって思い出したら怖くて寝られそうにないもの」
ミーナちゃんのこの有様にも拘らずフィオ君はちょっと気が利かないというか、どうしても今の話を聞き出したいみたい。
「えっと、その、ミーナ、本当に悪いんだけどあとちょっとだけ話させてくれないかい?」ってミーナちゃんに断ってから私に言った「セシリア、そいつはただこちらを見てただけなの? それとも何かを言ってたの?」
私は何も答えないでフィオ君を見た。ううん、多分、睨んでた。女の子がこれだけ怖がってるって分からないのかしら? ちらっとジンを見ると、何食わぬ顔で飲み物を流し込んでいる。
「あの……ごめん。本当に悪いと思うけど、今の二つだけでも教えてくれないか?」
フィオ君がさらに申し訳なさそうに言うと、ミーナちゃんが小声で「セシリアさん、大丈夫ですから……」って言った。私は一つ溜息をついてフィオ君に答えた。
「最初は姉さんがやられた時に『あれ』が見えたの。何も言わずにじっとこっちを見てたわ。『あれ』は死神が消えた時に一緒に消えたんだけどね。その後落ち着いてからミーナちゃんを蘇生したでしょう? その瞬間よ。再び姉さんの背後に眼と翼が現れたの。ミーナちゃんが蘇生した後に怯えていたのは、その『眼』に怯えていたのよ。私だって一目散に逃げ出したいほど怖かったもの……。そしてね、それだけじゃないの。どういうわけか、姉さんの眼もいつもと全然違って見えた……。あのね、フィオ君、姉さんの事信じてあげて欲しいんだけど……」
「……信じるも何も……仲間じゃないか。大丈夫だよ」
私が言うとフィオ君はそう答えたけど、何故かその顔には「話の内容次第だ」って書いてあるような気がして仕方がない。ジンの時にはそんな事は感じなかったのに……。
「本当に? 絶対?」
「大丈夫だってば。僕はそんなに信用がないのかい?」
そう言われちゃったら、私だって嫌とは言えないというか……。
「うん……姉さんの眼がね……不気味に光ったの。そして私とミーナちゃんの頭に直接声が聞こえてきた。『こんなところにあったのか……。エデンの鍵、必ず潰してやる。今はまだ時が満ちていないが、必ず、必ず潰してやる!! 奴のお陰でスウヒャクサイ*2
という命が消失したのだ……』って……。その声は……間違いなく姉さんの声だった……」
「セリスの声だったって……セリスがそう言ったってことかい?」
「待ってフィオ君、違うの。確かに姉さんの声だった。でも、私がすぐに精霊話術で『今、何か言った?』って聞いたら『何も言ってないけど?』って言われただけだったわ。もちろん、姉さんが嘘を言ったのかもしれないけど、とてもそうは思えなかった。それに、『エデン』とか、『スウヒャクサイ』とかって言うのも何の事かさっぱりだし……。姉さんだってそんな言葉知らないと思うの」
四人の言葉が途切れた。ジンはそろそろ興味のある食べ物はなくなったみたいでチビチビとお酒を飲んでるけど、私とフィオ君はとっても深刻な表情をしていたと思う。ミーナちゃんはかなり落ち着いたみたいだけど、まだ顔色は悪いまま。
「思いつきで言ったのかもよ?」フィオ君が言った。自分でもそんな事はなさそうだって分かって言ってるみたいな素振りだけど、私ははっきりと否定した。
「あの姉さんがそんな意味のなさそうな事をするはずがないわ」
「それもそうだよね……」
フィオ君はうーんと唸って両手でフサフサッと髪の毛をかき乱して俯いちゃった……。
*1: ゲーム中に登場する魔物。
*2: 数百載の事だがセシリアは載を理解していない為の表現。なお、十の四十四乗を載といい、「さい」と読む。(細かい事を言えば「それは日本の数字の単位ぢゃん」って事になるんですけど、そこはご愛嬌ということで^^;ちなみに、今地球上にはざっと六十五億人の人が生活してるそうです。これは六十五掛ける十の八乗なので、十の四十四乗とはなんとも膨大な数字ですね……。)


