#42 非常事態宣言 [ジン]
posted by GEM at 2006年05月22日 00:33
頭を抱えて「うーん」と唸ったきり俯いたままのフィオに、セシリアが「大丈夫? ねえ、そんなに深刻にならない方がよくないかな? 今すぐに答えを出そうとしたって無理だよ」と声を掛けた。
「そうなんだどけさあ……」
また、頼りないマスターに逆戻りしちまいそうだ。
「フィオ、今日はもうよそうぜ? セリスも来ないみたいだし、あいつが来ないならクリガンも来ないだろう。事実確認だけをするにしたって、事の発端に大きく関わってるセリスがいないんじゃ、な。それにさ、あいつらの話を聞かなきゃ、まだ他にも俺達四人が見てない何かがあるかも知れないぜ?」
俺が言うと、フィオは俺をじっと見た。
「……なんだ? どうした?」
「ううん、そうだよね。なんかもう、今日は変な疲れを感じるし、この辺にしよっか」
眼の光がさっきまでと違って全然覇気がない。また訳の分からない話が出てきて、ちょっと励ました程度のやる気じゃ対抗出来なかったらしいな。
「よし、じゃそういうこった。お前、この後どうするんだ?」
「素直に帰るよ。飲み直しって思ったんだろうけど、悪いね、付き合えなくてさ」
「そうか、まあいいさ。ルケシオンにでも行けば知り合いの一人や二人いるだろうし、そっちで飲み直すさ。セシリアとミーナは帰るんだろう?」
「うん、何ていうかフィオ君じゃないけど、今日は妙に気持ちが疲れちゃったし」
もしかして誘えないかなぁなんて思ったが、まあこんなもんだろう。また機会はあるさ。
「それにして、セリス来なかったね……」
フィオはえらく残念そうだ。だがまあ、事件発端に大きく関わってる当人が来ないんじゃあ、落胆する気持ちも分からんことはない。俺だったら今日の話し合いは即中止するだろうってぐらい、主要人物だ。
「あ、姉さん? うーん、でも、私が家を出るときには後から来るって言ってたのになぁ。呼んでみようか?」
「ううん、今日はもういいよ。……あ、でも、明日の都合を聞いてみてくれない?」
「わかったぁ。ちょっと待ってね」と言ってしばし口を閉ざしたセシリア。だが、数秒ぐらいで首を傾げてこっちを見る。
「あれ?」
「何?」
「答えてくれないよ?」
「そんなこと俺に言われてもな……」たまにこういう脈絡のない振りをしてくる。「疲れて寝てるんじゃないか?」と適当に言ってみた。
「ううん、姉さんはこんな時間には絶対に寝ないよ」
「は? ミーナの家にいたとき、セリスは寝てたんだろう? 起さなくちゃならんから一旦帰るって別れたんじゃなかったっけ?」
「……ちょっと待って、もう一回呼んでみる」
なんじゃそりゃ。
「あ! いた! おいフィオ!」
突然背後から、何やら緊迫した雰囲気の声がした。俺とミーナ、そしてもちろん呼ばれた当人がそちらを見る。セシリアはちらりと見た後、すぐに視線を戻した。セリスと連絡を取り続けているんだろう。
「え? ああ、ボーラン連隊長、どうしたの?」
そいつはボーランって言う名らしい。
ボーランは銀に黒と黄色っていう、普段見かける騎士とは少し違う鎧で完全武装してガチャガチャと近づいてきてフィオの横に立った。鎧でよく分からないが体格はフィオと同じぐらいで、小脇にアーメットを抱えている。頬の大きな傷跡以外は特に目立った顔つきってわけじゃなく、よくあるルアス人の顔つきだ。
「フィオ、大変だ……。第五騎士団が……」
「ん? 第五がどうしたんだい?」
「……」
黙っちまった。多分、俺達冒険者や他の客がいるから精霊話術で内緒話でもしてるんだろう。
「うそぉ!」セシリアが突然声を出したのと同時に、
「なんだってぇ!」フィオがこれまで見たこともないような真剣な表情で立ち上がりボーランを見ている。
「……な、なんだよお前ら二人して。びっくりするじゃねえか。なあミーナ?」
「う、うん。二人とも、どうしたんですか?」
フィオは俺達をちらっとみて「すぐ戻るから」と言ってボーランとか言う騎士と酒場の外へ出て行った。
「何だってんだ? 何があったんだ一体?」
俺は背後にフィオを見送りながら言った。するとセシリアが自分に言われたように語りだした。
「ジン、聞いて……。母さんが、母さんが……」
「は?」俺は再び椅子に座り直した。「母さんって、ルーシアさんだったっけ? でも、お前セリスに連絡してたんじゃなかったっけ?」
「どうしても姉さんに連絡が取れなくて、ベティに連絡したの。そしたら、母さんの意識が……戻ったって……すぐに帰っておいでって……」
セシリアの目から涙がこぼれだした。
「意識が戻った? マジか!?」
「うん……」
「セシリアさん、本当ですか!? じゃあすぐに帰ってあげなくちゃ!」
「うん、うん……うわーん!」そのままミーナに抱きついて泣きはじめた。周りの他の客の目が何故か『俺』に突き刺さってるが、な。別に気にしねえけど。泣かしてねえって一人一人に説いてまわるつもりなんて毛の先程もない。
「母さん、母さん……よかった……。母さん……」
「セシリアさん、よかったですね、本当に……」
ミーナも貰い泣きして目に涙を浮かべている。
だが、そのミーナの心境を思うと複雑な気持ちになるのは俺の勘ぐり過ぎだろうか。自分の父親は三年前に死んだと聞かされたばかりで、同じ三年前の関係者であるところのセシリアの母親はよりにもよってこのタイミングで意識を取り戻す。何やら因縁めいたものを感じる。
そんなことを考えながら、俺はバックパックからミルレスリンクを取り出してセシリアの前に置いた。
「ほらセシリア、すぐに帰ってやれよ。それリンク*1
だから。今日はミーナを泊めてやるんだろう?」
「あ、ありがとう。うん、ごめんね、私帰るね」
「何を謝る必要がある? よかったじゃねえか! 俺も今度祝い持って邪魔させてもらうからよ。さあ、早く帰って母ちゃんに抱きついてこいよ」
「もう、ジンったら、子供じゃ、ないんだから、だ、抱きつかないもん!」涙を拭きながらも笑顔で答えるセシリア。本当に嬉しいんだろう。仲間にいい事があればこっちも気分がよくなってくる。
「いーや、すぐにでも帰って、んでもって抱きついて、思いっきり涙を流して喜んでやれよ。それも親孝行だと思うぜ? 自分の親の顔を知らねえ俺が言っても説得力がないがな」
「ううん、そんなことないよ、ジン。ありがとう……じゃ、私行くから。フィオ君にも先に帰るって、伝えてね」
「おう。分かった。じゃあな。ミーナも今日はいろいろあって大変だったろ。下手に遠慮しねえでゆっくり休ませてもらえよ」
「はい」
「じゃ、早速行くわ。ミーナちゃん、いい?」
「はい、どうぞ」
セシリアはリンクを手にとって開いた。リンクに封じられているらしい魔法が発動して二人はミルレスに……。
「……」
「……」
「……ねえ、ジン。このリンク、発動しないよ?」
「んな馬鹿な。買ったばっかりだぞ?」
「でも、私まだここにいるし……」
「確かに。おかしいなぁ」
「我々は第四騎士団である! この場の者全員に伝える!」突然、店の入り口の方からドでかい声が響いた。時間的に言って酒場の中はまだ最高潮の盛り上がりになるには早く、客も満席と言うほどじゃない。しかしそれなりに客も入っていて早くも『出来上がってる奴』もいる。唐突に威圧的な声が響けば騒然となるもんだ。
「……な、なんですかアレは?」
ミーナが不安そうな顔で言う。
「さあな。わからん。だが今第四騎士団っつったな? それって確か、フィオの……」
「静まれぃ!!」
再び声が響いた。
「ルアス国王陛下より非常事態宣言が布告された! 非常事態宣言下においては全臣民は法に従い速やかに帰宅されよ! 一時間後をもって自宅の外にあるものは全て拘束する! 一時間で帰宅の適わぬ者は速やかに申し出よ! なお、ただいまを持ってルアス帝都より出る事及びルアス帝都に入る事の一切は制限されている! 他領地よりの来訪者には別途待機場所を設けておるゆえ……」
酒場の中は一気に蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
いくらなんでも突然すぎる。いきなりルアスから出ることも入る事も許されねえなんて、やりすぎなんじゃねえのか? それが非常事態宣言だといえばそれまでなんだが。
声が止むとドカドカと数十人の騎士が酒場に入って来た。中には騎士に詰め寄って不満を訴える客もいるが、かなり厳しく帰宅を迫られている。警察でももっとお手柔らかなもんだ。
俺達は酒場のかなり奥にいるからかまだここまでは騎士が来ていない。セシリアに振り返って少し声を落として言った。
「おい、セシリア。今の聞いたか?」
もちろん聞いていたんだろう。表情があからさまに落胆の色に変わっている。
「酷い……酷いよ……。何で? どうしてこうなっちゃうの? 母さんが意識を取り戻してくれたって言うのに、どうしてすぐに会いに行っちゃいけないの? ……冗談じゃないわ、魔法を試してみる。ミーナちゃんごめんね。でも、どうしても母さんに会いに行きたいの」
そうだったな。リンクが駄目だったんだからゲート*2
も駄目だろうが、聖職者や魔術師には自前で発動できる転移魔法がある。だが、聖職者は自分一人だけしか転移できない*3
。
「ううん、私の事は気にしないでセシリアさん。早くお母さんのところに行ってあげてください」
ミーナはセシリアを気遣ってそう言った。だが、多分魔法だって……。
「……どうしよう、駄目だわ。魔法も発動してくれない……」
セシリアが力なく言った。だが、それも道理だ。リンクやらゲートってのは要するにゲートやゲートセルフの魔力をスクロールに封じてあるだけの物。それが無理なら魔法も然りだ。
セシリアはおもむろにバックパックを探ってミルレスゲートを取り出した。こうしている間にも客はどんどん帰らされていて騎士がこっちに迫ってきている。
「お願い! 動いて!」セシリアが祈るように言ったその時。
「無理だよ」
背後からフィオの声が聞こえた。そっちを見ると、フィオとさっきのボーランって言う騎士の他に、入り口ででかい声を上げてた騎士を含む五人ぐらいの騎士を従えている。やたら深刻な顔して席を離れてたが、何があったんだか。
「セシリア、今はリンクやゲートは発動しない。魔法も無理だし、歩いてルアスを出ることすら出来ないよ。外から入ってくる事も出来ないし、精霊話術の通信もたった今封鎖された」
「……フィオ君……、どういうこと?」
「さっき聞こえたよね? 非常事態宣言が布告されたんだ。非常事態宣言下では一般人や冒険者程度の移動は全て制限される」
「そんな……そんな……!」セシリアの声がかすれている。余程ショックなのだろう。
しかし、フィオの様子がいつもと違う。つっても付き合いがまだ浅いからこれが本来のフィオなのかも知れないが。俺はフィオを睨みつけるよう見上げて言った。
「おいおい、非常事態だか何だか知らないが『冒険者程度』ってのは随分じゃねえか。セシリアとミーナの二人ぐらい見逃してやれねえのかよ。同じギルドの仲間だろう?」
俺が言うと別の騎士が何か言おうとしたが、フィオがそれを制してセシリアに言う。
「……見逃すって……? セシリア、何かあったの?」
「フィオ君、お願い、ミルレスに帰らせて欲しいの! 母さんが、母さんが意識を取り戻したって! すぐに帰って母さんに会ってあげたいの!!」
正に懇願というに相応しい悲痛な声で訴えるセシリアだが、フィオは他の騎士と小声で何かを言い交わしてからそれに答えた。いや、答えやがった。
「セシリア、君の母君の事は僕も承知している事、出来る事ならすぐにでも君を帰らせてあげたい……。だが、駄目だ。いいかい? 非常事態宣言は国王陛下の布告、一切の例外は認められない。無理を貫こうとすれば反逆罪に問われる恐れもある。悪いけど、冒険者は所詮一般人なんだよ」
……? なんだこの人を見下したような言い方は?
「所詮って……フィオ君?」とセシリアが言い切るより先に、俺はフィオの前に立って胸倉を引っつかんだ。
「ふざけんなフィオ。ギルメンが頼んでるのになんだその言い草は? だいたい、てめえだって冒険者ギルドのマスターだろうが。何様のつもりで言ってんだ?」
俺は本気で睨みつけて言ったが、フィオは全く目を逸らさずに答える。
「ジン……。君たちに加入してもらった時、僕には第四騎士団第一連隊隊長としての立場もあるって最初に言ったよね? 僕ら騎士団にとって国王陛下の命令は絶対なんだよ。ましてやジークリッド国王陛下はそのままアスク帝国の帝王陛下であらせられる。陛下のご命令は何よりも優先するんだ。そりゃ出来ることなら僕だって、セシリアには直ぐにでも母君に会いに行ってもらいたいと思ってる。でも、無理なものは無理。今は諦めてくれないか?」
明らかにいつもと違うフィオの口調に役人特有の嫌悪感を感じた途端、俺の頭から理性が消え去った。
「ふざけんなフィオ!!」俺はこいつの態度に我慢できず左拳を顔面に叩き込もうとした。が、ボーランとか言う騎士に腕を掴まれた。こいつ、フィオの背後にいたくせに無駄な動きを一切せずに前に出て俺の拳を止めやがった……。騎士団の騎士ってのはここまで反応がいいものなのか? ボーランはフィオと俺の間に割って入るようにして俺を睨みつけてきた。
「そこまでにされよ、冒険者殿。連隊長の胸倉を掴んで殴りかかっても無事でいられることこそがフィオの最大限の配慮なのだ。拳を収めよ。大人しく従わねば……分かるな?」
鬱陶しいという以外の感情は一切ないとでも言いたげな冷ややかな目で俺を見ながらそう言う。ただの騎士とはとても思えない力で掴まれた俺の左手は全く振りほどける気がしない。
それだけじゃない、俺の右手が、さっき入り口ででかい声を張り上げてた別の奴に掴まれた。ボーランはフィオと同じような体格だがこいつはクリガンに近い。アーメットの面を下ろしてるから顔は見えないが、体は明らかに力自慢の体格だ。握力で締め上げられた途端、俺の腕は意に反してあっさりとフィオを放すしかなかった。
「い、いて、イテテテ! 痛えっつってんだろコラ! 放せよクソ!」
「ボーラン、タウラス、それ以上は駄目だ。ジンが怒るのは当たり前の事だし、それはよく分かってる。ジンもどうか気持ちを静めて席に座って、話を聞いて欲しいんだ」
フィオがそう言うとボーランとタウラスとか言う騎士は無言のまま、正に赤子の手をひねるように俺を半ば強引に椅子に座らせやがった。残念だが、掴まれちまったら盗賊の速さなんて何の役にも立たない。座らされてからも左右の肩を二人にがっちりと押さえつけられている。
「ちょ、ちょっと、フィオ君、乱暴なことは止めさせてよ!」とセシリアが涙目で言うのが、フィオはほとんど無視して言った。
「ジン、セシリア、ミーナ。お願いがあるんだ」
「ふざけんな! これが人にモノを頼む時の貴様ら騎士のやり方なのか!? おい! 痛えって! そんなにきつく抑えなくてももう十分動けねえよこのクソ野郎!」
「フィオさん、一体どうしてしまったのですか? フィオさんは仲間にこんなに酷い仕打ちをされる方だったんですか?! 力ずくでジンさんを抑え付けながら話をしなければならないのですか?!」
ミーナが必死に訴えるとフィオは俺を見て言う。
「……ジン、暴れないでくれるよね」
「まずはこの二人をどうにかしやがれ! この裏切り者め!」
「う、裏切り、者、だって? 僕が??」
「ちょっとジン、言いすぎよ」
「言い過ぎ!? セシリア、何言ってるんだ! これが仲間に対するやり方に見えるか?!」そのままフィオに捲くし立ててやろうとフィオを見ると、切なそうな目で俺を見ていやがる。
「……なんだフィオ、その信じられないって目は? お前、自分のギルドのメンバーにこんな仕打ちをして、まだ仲間だとか言ってもらえるとでもムグググ」
突然、タウラスとか言う名のやたらでかい騎士の手が俺の口を塞ぎやがった。
「冒険者殿。口が過ぎる。相手は騎士団の連隊長であるぞ? ついでに言えばわしもボーランも同じく連隊長だ。非常事態宣言下においては我ら第四騎士団の連隊長以上の者は一般人に対して即決裁判権及び即時執行権を持つゆえ、このまま反逆罪で死刑に処してやってもいいのだ」
「な、ちょ、あなた達、気は確かなの?! たったこれだけの事で死刑って」セシリアがそこまで言うとタウラスは恫喝するような声で一喝した。
「騎士団とは即ちアスク帝王陛下のご意思そのものである! その騎士団の連隊長に恐れ多くも暴力を振るうなど、反逆罪でなければ何であるのか!!」
「……」まるで雷のような迫力にセシリアは縮み上がっちまったみたいだ。タウラスは幾分声を落ち着かせて続ける。
「だから先にボーランも言ったであろう。この男がまだ無事である事こそがフィオの最大限の配慮そのものなのだ」
タウラスがそう言うのに反してフィオが言った。声のトーンが幾分下がり、言い方はきつくないが命令に近い印象を与える。
「ボーラン、タウラス。ジンを放してあげて」
ボーランは怪訝そうに言う。
「フィオ? 気持ちが分からんわけじゃないが、この男またお前に襲い掛かるかも知れんぞ?」
「……とにかく放して。ジンもお願いだからあと少しだけ話を聞いて欲しい……。今何を言っても白けられちゃうと思うけど、僕はまだ君達を大切な仲間だと思ってるから……。君達に何と思われようとも……」
何て寂しげな言い方をするんだか。こっちが悪い事でもしたみたいに思えてくる。
俺は全然納得出来ないが、実際このまま抑え付けられてたんじゃどうにもならない。踏ん張っていた足の力を抜いて、体も楽にして態度で抵抗の意思はないことを示してから、俺を抑え付けている二人を睨みつけた。二人は互いに顔を見合わせて頷くとやっと俺の肩から手を放して、そのままフィオと俺の間の左右に立つ。もう一度フィオに殴りかかれば今度は容赦しないっていう殺気が嫌と言うほど伝わってくる。
こういうとき、単細胞のクリガンなら間違いなくもう一度いくんだろうが、俺だけでこの二人を相手にするのは無理がありそうだ。特にタウラスって奴の一撃をまともに食らったら生きていられる自信がねえ。
「フィオ、聞かせてみろよ。話とやらをよ」
不機嫌さを目一杯込めていった言葉は、客が俺達以外いなくなった酒場に不思議なほど響いた。
「……非常事態宣言は聞いたとおりさ。何があったのかは大きな声じゃ言えないんだけど」言葉どおり声を落として続けた。「騎士団が一つ……全滅した」
「は? 騎士団が、全滅だと? いくらなんでも無茶な話に聞こえるな。仮に殺られたところで騎士団だって蘇生は出来るだろう?」
「もちろん出来るよ。僕は騎士団の蘇生を見たことないけど、聞いた話じゃ冒険者の蘇生魔法より性能は劣るみたいだよ。でも後方支援が冒険者のそれとは桁違いだからまず全滅なんてありえない。一個小隊だけで行動しているならともかく、中隊規模以上で全滅なんて考えられない。劣勢に立たされて退却してきたって言うなら理解できるし、仮に全滅して蘇生が無理でも加護の力で一定時間後に強制的に城に転送されるはず。でも……誰一人戻って来ていない……。本物の全滅なんだ」
フィオの目に涙が浮かんでいる。それだけじゃなく他の騎士も拳を握り締め肩を震わせている。フィオは間を取って軽い深呼吸をしてから続けた。
「しかも、全滅するまで正味一時間掛かっていないんだ。第五騎士団の実行部隊は総勢七千二百人、今回は遠征じゃないから補助部隊はそんなに出てないけどそれでも千人は下らない。だから、八千人以上が一時間以内に死んだんだ。そんな状態じゃ救援部隊を出しても被害を増やすだけになりかねないから、陣営確保に当たっていた第八騎士団は救援を諦めて警戒しながら前線を下げてきている。本国の全騎士団とスムーズに連携するためにね。五十キロほど北方に防衛線を組みなおすらしいよ。このルアスからわずか五十キロしか離れていないところで何か得体の知れないものを相手にするんだ。非常事態宣言が出るのも頷けるだろう?」
俺にとっては全く現実味のない話だ。だいたい八千人以上を本当に一時間で殺せるものか? 毎秒二人以上、休みなく殺してやっと達成できる数字だ。ましてやその七千二百人は騎士団の騎士。
「……相手は一体何者なんだ?」
「とんでもない相手と言うのは聞いたけど、僕達レベルには相手の詳細についての情報は降りてきていない。噂では『炎の神』だとか……。馬鹿げてるって笑えないよね。人間業とは思えないんだから神でも持ち出さないと納得できない」
「なんだそりゃ? 神だと? しかも炎の? そんなの聞いた事ないぜ? そういう精霊がいるって話なら聞いた事はあるがな。それに仮にそういう奴がいるとしたって、なんで神が騎士団とやりあうんだ?」
「その辺も聞いてない。要するに何が起こったのか詳しい事はさっぱり分からないんだよ。僕達第四騎士団は、普段は警察機構の補助的な役割なんだけど、非常事態宣言下では僕達が主体になって警備を行う。それが今の状態なんだ」
「で、お前も警備に就くって事か? それにしたって仲間の二人を出してやるぐらいの事が何故出来ないんだ? お前は連隊長様なんだろう?」
「……実はね、セシリアとミーナを行かせてあげられないのは違う理由なんだ」
セシリアが言う。
「違う理由って?」
「僕達四人、それからクリガンとセリス。この六人に最強の強制力がある登城命令が出ている。冒険者登録をしている者は誰も断れない命令だって事は知ってるよね?」
セシリアが言う。
「え? 登城命令? どうして? 私達、何も悪い事してないわよ?」
「もちろん。登城命令は悪い事をした者を呼び出すって意味じゃないよ」
そんな事はどうでもいい。俺はフィオに言った。
「それにしたって一旦帰らせてやるぐらいの事が出来ないのか?」
「登城命令はそういう性質のものじゃない。召喚命令ならそれぐらいの余裕もあるけど、登城命令は一切の寄り道すらも許されない。例え親の死に目でも拒否できない。これも冒険者登録の時に聞いてるはずだよね? 召喚命令は城の誰かに呼ばれるって事だけど、登城命令は簡単に言えば『今すぐアスク帝国帝王の御前に来い』って命令だから。さらについてない事に、非常事態宣言が出ちゃってる。実はね、非常事態宣言がなければ、急いで用事を済ませて素知らぬ顔で戻って来ても、ばれなければそれでよかったんだ。でも、この状況ではたとえ仲間のよしみで行かせてあげることが出来ても、今度は戻ってくる事が出来ない。町に入る事も制限されてるからね。もちろん登城命令があるから入れてくれと言えば話を聞いてくれるだろうけど、僕達がルアスにいることはとっくにばれちゃってる。とにかく真っ直ぐに登城しなければならないのに、寄り道してからノコノコ戻ってきたら、その瞬間に重犯罪者扱いだよ」
「じゃあクリガンはどうするんだよ? あいつらも呼び出されてるんだろう?」
「僕の同僚がセリスとクリガンの身柄を確保しに向かってる」
「でも、姉さんはどこにいるのか分からないわよ?」セシリアが言った。ついさっき連絡が取れなかったところだ。
「いなければ探すよ。草の根を分けてでもね。それに僕らはその気になれば精霊探知ですぐに居場所を突き止められる。精霊探知で居場所が分からなかった場合の方が厄介だよ。後でかなり厳しい追及を受ける事になるだろうね。精霊探知で探せない冒険者はいちゃいけない事になってるから」
「そんなもん、冒険者のせいじゃないだろうが」
「いや、冒険者は強制的に精霊探知に引っかかるようになってるはずだよ。この辺は一般人より厳しい。冒険者にとっては神官様の加護と同じようなものさ」
そこまで話して一旦皆が沈黙した。それぞれ自分なりに今の状況だとかに思いを巡らせているんだろう。俺も考え込んだが、すぐに考えても無駄だなと思い直し、単刀直入に聞くことにした。
「一体帝王が俺達に何の用だってんだ?」
「さあ? わからないよ。でも、昼間の事件と無関係とは思えないよね。騎士団全滅の事も含めてさ」
ボーランが会話に割って入った。
「フィオ、そろそろ城に向かった方がいい。俺達の見て見ぬ振りもこれ以上は無理だ」
「そうだね……ごめんねボーラン、わがままを言って」
わがまま? 何のことだ? 俺はそのままフィオに聞いた。
「ボーランとタウラスは本来、僕達を即刻城に向かわせないといけない立場なんだよ。でも、無理を言って少しだけ待ってもらったんだ。君達には僕の口から説明させて欲しくてね。仲間が混乱するような事は避けたいと思ってたんだけど……混乱させちゃったね。本当にすまない。でもね、ボーランとタウラスの事は許してやってくれない? このことがばれれば二人は降格だけじゃすまないんだ」
タウラスが言う。
「俺達の事は気にしなくていい。勝手にやってることだ。それよりフィオ、そして冒険者諸君よ。登城命令の件、正式に申し伝える。一切の例外なく速やかに王城に出頭されよ。これはアスク帝国帝王陛下直々のご命令である」
「……母さん……」セシリアが机の上に突っ伏した。結局のところどうしようもないって事を理解したんだろう。
フィオがセシリアを気遣って言った。
「セシリア、すまない……。でも、きっとそんなに長い時間拘束されないと思う。もし君の母君に伝言があれば伝えさせるけど、どうする?」
「……母さん、よかったねって……用事が済んだらすぐに帰るからって……」
「分かった」
フィオは頷くと後ろに控えていた別の騎士に小声で指示を出した。その騎士は敬礼すると酒場を出て行った。軍用の伝令ってのは精霊話術みたいにお手軽には出来ないんだろう。
フィオはそれを見送ると再び俺達に言った。
「あ、あとね、僕は確かに連隊長だけど、登城命令と同時に僕の連隊長の立場は一時的に凍結されるから、今の僕の立場は君達とそんなに変わらないよ。せいぜい、第四騎士団技術指導官っていう肩書きが残ってる程度さ。それに第四騎士団の連隊長なんて言うと偉そうな印象だけど、普段はやることがなくて暇なんだ」
裏切り者って言われたのがこたえたのか、聞いてもいないことまで付け足すフィオに俺は黙っていたが、ミーナはそれに答えた。
「大丈夫ですフィオさん。きっと何か訳があるんだと思ってました。でも、もっと分かりやすく教えて欲しかったです」
「はは、ごめんねミーナ……」
「セシリア大丈夫か?」
俺が声を掛けると目を真っ赤にして顔を上げるセシリア。
「うん、大丈夫……仕方ないんだもんね……」
「そういうことらしい。さっさと城に行って用件を聞いて帰ろうぜ」
「うん、ありがとう、ジン」
セシリアは言いながら立ち上がった。俺も続いて立ち上がりフィオに向き合った。
「行ってやるよ。城に行けばいいんだな?」
「うん。僕も一緒に行くからさ」俺にそう言うと、ボーランとタウラスの二人と「ありがとう」だとか「気にするな」だとかっていう言葉を交わしていた。
そこへ、騎士が駆け寄ってタウラスの背後から耳打ちする。
「……なんと……まことか?」
呟くようなタウラスの言葉にその騎士は頷いて答えた。
「どうしたんだい?」
フィオが聞くとタウラスはアーメットの面を跳ね上げてフィオに答えた。
「フィオ、クリガンとセリスという冒険者だが……行方が分からないどころか精霊探知でも居場所を特定できないそうだ」
「なんだってぇ!?」
今日は何もかもがこんがらがっている。全てあの昼間の出来事からってとこだろうが、何の因果でこんな事に巻き込まれてるんだか……。
*1: 使用したパーティーが○○リンクの○○で示された場所へ移動できる。
*2: 使用した個人が○○ゲートの○○で示された場所へ移動できる。
*3: ゲーム中のクレリックゲートセルフという聖職者の魔法。


