#44 黒騎士 [フィオ]
posted by GEM at 2006年07月02日 20:44
ジンが頷くと同時に僕は父上の右に走った。ジンは左側に行ったけど、さすが盗賊だね。必死に走ってる様子なんてないのに、足の速さじゃ全然適わない。
ただ、男はジンの動きを軽く上回っている。
「どうしたんですかルクセン、そんなお遊びじゃ私の相手は無理ですよ? 本気でやってくれないとつまらない事この上ない」
男がそんなような事を言った気がするが、父上は答える様子はない。
しかし、とんでもない男だ! 凶悪な獣が研ぎ澄まされた狩猟本能を剥き出しにして襲い掛かかるが如きの父上の槍を余裕でかわし続けるなんて。しかも、それをお遊びって言う。
ふと男の足元に極僅かな光が現れたかと思うと、その光は大きな蜘蛛の巣の模様となって地面に走った。ジンがスパイダーウェブ*1
を掛けたらしい。
「おや? 一対二とは卑怯な……いや、一対三?」
最初は父上の助っ人がジンだけだと思ったみたいだけど、一瞬だけこちらに振り向いたときに僕と目が合って状況を飲み込んだみたいだ。
父上は無言のまま、迷うことなく男の頭にランスを突き出した。さすがと言うより、血の繋がりがある事を呪わしく思う程の容赦のない一撃に寒気を覚えるけど、それはともかく、非の打ち所がない完璧な突きだったと思う。
「む!?」
父上が眉をひそめた。同時に僕も眼を見張った。男の姿が……消えたから! スパイダーカット*2
を掛けた様子もないのに、何故スパイダーウェブから逃れられるんだ? なんて思ったのも束の間。
「フィオ! 行ったぞ!」
とジンの声が聞こえた。次の瞬間、自分がどう動いたかは覚えていない。無意識のうちに右側にランスを突き出していた。
「おおっと!」
そのランスは完璧なタイミングで男の動きを止めた。自分でも分からなかったけど、結果だけ見れば男は僕の右を通り抜けようとしたらしい。
男は僕のランスの攻撃範囲から十分に距離をとって僕の方を見た。かなり驚いている様子だけど、僕も自分に対して驚いていたりする。
「君、中々やりますね」
「……そうかな?」
つい、男の言葉に反応してしまった。自分の動きに酔っているわけじゃない。自分でも何故そう動いたのか理解してないんだから。だから余計に、そう言われると何かコメントを得られるのかと思ってしまう。
「まさかこの私がたったの一突きで動きを封じられるとは。私を見失わなかったあの盗賊の目も大したものですが、君の針の穴を通すようなタイミングの突きは賞賛に値します。君自体は隙まるけだったというのに、突きのタイミングが完璧だったせいで私は立ち止まって距離を取る以外に手がなかった。まぐれなのか、或いは血の為せる技なのか……。いずれにしても実に興味深いですよ。流石は『白』……」
「呆けるなフィオ!」
突然、父上は今まで聴いたこともないような怒号と共に、僕の左脇から男をさらに追撃する。ちらりと視界に入った父上の形相はまるで鬼のようだ。
「ち、父上……?」
ジンも既に父上を加勢する位置にいる。男は父上とジンの攻撃を巧みに避けながら言った。
「これはいけません、どうやら『御当主』*3
の逆鱗に触れてしまったみたいです」男はそう言ってにぃっと笑いを浮かべつつ、相変わらず余裕がありそうな様子で父上とジンの攻撃を避けきっている。
父上が指摘したとおり、僕は一瞬だけ確かに呆けた。男の『白』の後に続く言葉……。僕が想像する事なんて一つしかない。でもそうだとして、なんでこいつがその言葉を言おうとしたのかなんてこれっぽっちも分からない。ジンに習えば『考えるだけ無駄』なんだろうけどね。って、だめだ。また呆けるなって怒られるよ。僕は再び父上、ジンと共に戦った。
ジンが絶妙の動きで男の動きを封じても尚、父上と僕のランスは男に掠ることさえ出来ず、確実に仕留めたと思えるような突きでさえ、まるで雲を突いたかのように手応えがない。
「なんなんだコイツは! もう何度も確実に仕留めてるはずだ!」
ジンの怒号が響いた。周りで見ている騎士も油断なく構えてはいるけど、目で追うだけでも精一杯みたい。それも、ジンが動きをある程度封じていてやっとだ。ジンはともかく、僕と父上が相手をしてもこれじゃあ、周りの騎士じゃ相手にならないだろう。負けるわけにはいかない。
「ジン、落ち着いて! きっとどこかに隙があるはずだよ!」
僕がそういうと、男は高笑いと共に言い放った。
「君、今、隙って言いましたか? ご冗談を! 私は隙まるけですよ? どこを見ているんですか?」
「何だと!? クソォ!」
ちょっと頭に来たけど、あくまでも冷静に渾身の一撃を放つけど、やっぱり当たらない……。全力で一人稽古をしてるみたいなものだから、そろそろ息が上がってきた。ジンもだんだんとしんどくなってきてるみたいだ。
「んー、楽しめると思ったからこそこの役を買って出たんですけど、全然駄目ですね。それに助っ人のお二人はもう疲れてきてるみたいですけど、やはり足手まといと一緒では本領を発揮出来ないみたいですね、ルクセン。それとも、まさかこの程度で精一杯ですか? 恐怖の黒騎士などという大層な通り名など眉唾物だと思ってましたが、所詮こけおどしと言うところですか」
「……」
父上は答える代わりに目にも止まらないような突きを数回繰り出した。男は大きく距離をとってそれを交わした。その着地点にジンがナイフを放っていたけど、それは薄皮一枚であっさりと避ける。さっきから見ていて気づいたけど、僕やジンの攻撃は紙一重で避けるのに、父上の攻撃は距離をとって交わしている。
父上は男を睨み付けたまま言った。
「侵入者風情がここまで出来るとは……。甘く見てしまったようじゃ。殺すには惜しいほどの見事な体術じゃが、本気で相手をしてやるしかないのぉ。フィオ、それとジンと言ったな。おぬしらでは役者が違う。二人とも下がれ」
「え!? 父上、ですが」
「下がらぬか!! 邪魔じゃ!!」
まさか、邪魔だといわれるとは思わなかった。どうやら、本当に足手まといだったんだ……。
「……はい」
僕はスゴスゴと、ジンは不服そうに、二人から距離を取った。父上は僕達が下がると直ぐに一人の騎士に命令を出した。
「魔術師団に連絡! 王城敷地よりの魔法での離脱を一時的にすべて封鎖するように伝えよ! 大至急じゃ!! いまひとつ、円卓の間の近衛騎士に状況を報告させよ!」
「はっ!」
言われた騎士はすぐに駆け出すわけではなく、少し下がってその場から魔術師団に連絡を始めた。
「フィオ、お前の親父ってさ、噂以上の化け物だな。敵に回したらと思うとぞっとするぜ」
ジンが用心しながら僕の方へ寄ってきて肩を叩いた。
「うん……でも、父上一人で大丈夫なんだろうか?」
「さあ? だが、あれだけの連続攻撃を続けても息一つ上がらないような化け物に邪魔だと言われちまえば、悔しいが言い返す自信はねえよ。もっとも、あの男もかなりの化け物だが……いや、化け物の相手は化け物ってことなのかもな。俺も天狗になってたらしいって思い知ったぜ。さあ、もっと下がったほうがいい」
「うん……」
僕とジンはジリジリと二人から距離をとって、ある程度のところでセシリア達を守る位置に走った。セシリアとミーナは目をまん丸にして父上と男に釘付けだったが、ミーナがほとんど独り言のようにつぶやいた。
「……あの男の人、すごい。何度もリョカ様*4
やフィオさんの突きの餌食になったように見えるのに、鎧にランスが触れる音は一度も聞いてないもの」
確かにそうだ。少しでも触れることさえ出来れば、少なくともそれなりの音が響くはずなんだ。戦いであの音を一度も聞けなかったことなんて生まれて初めてかもしれない。
「ルクセン、懐かしいでしょう? 私の体術は貴方が止めを刺したあの男の技ですからね」
男がそういうと、ジンがすぐさま僕に耳打ちした。
「おい、フィオ。お前の親父さん、あの男と知り合いなのか?」
「さあ? さっぱりわからない。でも、あいつがああいうって事は何か因縁があるんだろうね……」
父上が男に答えた。
「……なるほどな。言われてみれば、おぬしのその体術は心当たりはある。じゃが、それだけのことじゃ。あの時と同様、おぬし等如きに遅れを取るわしではない。参る!!」
言うと同時に父上が飛び出した。男は何故か、今度は父上に向かっていった。お互い一気にけりをつけるつもりなんだろうか……?
ガキンッ!! ガガッ!! ドサ……
二人がすれ違う瞬間、金属同士がぶつかり合う音が響き、それに続いてなにか重いものが落ちる音がした。何だろう? 何が落ちたんだろう?
ジンが言った。
「何だ? 打ち合いの音がしたぞ? あの男、何も武器を持っていなかったはずだが?」
ジンの言うとおり、最初の金属音は武器同士がぶつかり合うときの音に近い。
「……ジン、見て! ルクセン様の足元、男の腕が!」
セシリアがそれに気づいたみたいだ。そう言われて、さっきのドサッという音の正体が分かった。男の右腕が切り落とされている。いや、ランスは切るような武器じゃない……。あの男、化け物どころじゃない、狂ってる! ランスで腕が千切れるほど貫かれても尚、後ろに引かないなんて!
「……つうー! さすがルクセン、腕一本持っていかれちゃうか」
男が父上に振り返った。左手は見たことのない武器を持ちながらも、失った右腕の肩のあった辺りを庇う様にしているが、その手は小刻みに震えている。それに、当たり前のことだけど右肩からはかなりの勢いで出血している。むしろ出血があの勢いで済んでいるのが不思議なぐらいだ。
「やった! さすがリョカ様!!」
ミーナが歓喜の声を上げた。周りで見ている騎士もオオォーッ! と驚いている。
「すげえな。どうやってランスで腕を切り落とすんだ?」
僕はジンのつぶやきに答えた。
「切ってないよ。ランスって先が細くて持ち手のほうが太いでしょう? これで肩なんかに根元まで貫かれたらランスのほうが太いんだから腕の方が千切れる。千切れなくても二度と使い物にならないだろうね。もっとも、かなりの使い手じゃないと腕を千切るほどの突きなんて出来るもんじゃないけどね……」
父上が男に振り向いた。ランスには根元までねっとりと液体が付着している。そこから滴っているのは男の血だろう。そんな父上が誇らしく、同時に恐ろしく思えた。ところが!
「くう……」父上は苦痛の声を漏らしながらランスを地面について片膝をついた。
「ち、父上!?」
「ルクセン様!!」「閣下!!」
僕だけでなく、周りで見ていた騎士達も一様に父上の様子に驚いている。まさか父上の膝が折れるなんて……。僕は居ても立ってもいられなくて駆け出そうとした。
「そこにおれフィオ!」
「で、ですが父上! 大丈夫なのですか?」
「ご報告します!」唐突にさっき父上に命令を受けていた騎士が声を上げた。
「円卓に複数の闖入者あり、リーゼッタ将軍と諸侯のお力により闖入者を退けるも、レビア・フィルレンティ女王陛下が拉致された模様! 城内の移動魔法制限にはあと数分掛かるようです!」
その報告はとてつもない衝撃だった。諸侯が集う円卓に侵入すること自体考えられないのに、あの人達――少なくとも国王陛下、リーゼッタ様、アールマイス宰相、タコルのエイゼンザッハ首相、オレンのミュミル元帥とアンゲリーカ上級大将は、父上ほどではないにしてもマイソシア全土にその名を轟かせる実力の持ち主だ。――がいるところから女王を拉致するなんて何かの間違いだとしか思えない。
「何だとぉ!?」
「そんな馬鹿な!? 円卓は近衛騎士が守っているはずだ! 有り得ない!!」
周りの騎士達がいっせいにざわめきだした。
「……どうやらあっちはうまくいったようですね。では、私も急いで役割を果たさねば。魔法を封じられては厄介ですしね」
男が言った。
父上は苦しそうだけどしっかりとした声で男に言った。
「おぬし、わしをここに釘付けにするために来たのか? わしを円卓の間に戻らせぬために……」
「まあそんなところです。貴方が円卓を離れたのでね。貴方がいなければ仲間の作業の成功確立は跳ね上がります。変装したのは仲間の言い出したただの戯れなんですが、それで数秒でも稼げるならまあそれもいいかと、ね。案の定直ぐにばれてしまいましたが……。ただね、私は何よりも貴方と勝負をしてみたかったのです。まあ、見ての通り、高い授業料になってしまいました。円卓に貴方がいれば状況は変わっていたかもしれませんが、お互い後の祭りというところですか」
父上は男の話を聞きながらランスを左手に持ち替えてゆっくりと立ち上がった。遠くてはっきりとは分からないけど、父上は右上腕から出血しているみたいだ。黒塗りのランスを伝う液体は男のものだけじゃなかったんだ。
「セシリア、父上に回復魔法を掛けてあげて!」
僕が言うと、セシリアはやっと自分が聖職者ということに気づいたように魔法の詠唱を始めた。
「さて、私もやるべきことをやらねば」
男はそう言ってこちらを見た。その顔には不気味な笑顔を浮かべている。
「な……なんだ? こっちを見てる?」
「油断するなよフィオ……何考えてるんだかわかったもんじゃねえ」
「おぬしら……」父上がやっと立ち上がり男に声を掛ける。「ギルド・グレシアスか?」
父上のその言葉で騎士達が再びざわめいた。ギルド・グレシアス。通常の冒険者ギルドや商人達の互助会のことではなく、マイソシア全土に暗躍する最悪の犯罪者集団。かなりの規模をもつ集団で、魔女戦争の裏でさえ何やら暗躍していたという噂もあるが、やつらの狙いはいつも謎のままだ。
「ご冗談を。あんな貧相で頭の悪そうな奴らと一緒にしないでもらいたいです。確かに、一部グレシアスの残党も含まれていますが、我々はそんな生易しいものではないのですよ!」
男はそう言い放つと忽然と姿を消した。
「フィオ! 気をつけろ、後ろじゃ!」父上はまるで後ろにも目がついているかのように、背後にいる僕に叫んだ。
「きゃあああ!!」
同時に背後からセシリアの叫び声が耳に突き刺さった。
僕とジンが慌てて振り返ると、セシリアの背後に男がいた。片腕で器用に彼女の体を押さえつつ、首筋に半円ほどにも湾曲したナイフのようなものの切っ先を向けている。
男はセシリアに言った。
「ご無礼をお許しください。そして、どうか暴れないでください。御身の流血は私も望むところではありません」そして僕達に視線を向けた。「君達も下がりなさい。大切な仲間の首から鮮血が噴出すのを見たくはないでしょう?」
「貴様ぁぁあ!」
ジンの頭に血が上ったようだ。手にしているカチハプンと握りなおしている。ジンにしてみればセシリアは特別な存在なんだから仕方ないんだろうけど、いくらジンの速さでも喉に触れている刃物より速くは動けない。僕は慌ててジンを止める。
「ジン! 落ち着いて! とりあえずこいつの言うとおりにするんだ!」
「……!!」ジンからものすごい歯軋りの音がギリギリと聞こえてくる。その瞳はまるで狂犬のようだ。続けてミーナに言った。
「ミーナ……ミーナもとりあえず下がって……」
「セシリアさん……」セシリアに視線を投げかけ、言葉を掛けながら下がるミーナ。
「ちょっと、ねえ、あの。血がつくんですけど?」
セシリアは刃物を突きつけられて震えながらも男に言った。セシリアが言うとおり、男の右肩からの出血がセシリアの白い装備をどんどん血に染めていく。なぜこれだけの勢いで出血して立っていられるのか不思議なぐらいだ。
「大変申し訳ありません、大天使様、私のような下賎の血が御身を穢す非礼をお咎めでございましたら、この後私の命をいかようにもなさってください。ですが、しばらくのご辛抱をお願いいたしたく……」
男は周りを取り囲む騎士の気配にも気を配るように油断なく視線を走らせながら、何故か小声で丁寧に言った。僕にはよく聞き取れなかったけど、今、セシリアの事を確かに大天使とか呼んだ……。呼ばれた方は刃物を突きつけられても尚きょとんとしている。かなり予想外の言葉だから当然なんだろうけど。
「……はい? あの、もしもし? ……人違いだと思うんですけど……?」
「いいえ、人違いではございません。お父上がお待ちです」
「……やっぱり人違いだと思うわ。ねえ、放して……」
セシリアが再び言った。震え、消え入るような声だけど、同時に出来るだけ男を刺激しないように努めているようだ。
僕もセシリアと同じ事を思った。このことを知っているのが誰と誰なのか分からないけど、セシリアは、母親に該当する性交渉はないにも拘らずある日突然生まれたって言う謎を持つ。ただ、だからといって父親が存在しないということにはならないけど……。
「その娘をどうするつもりかね?」
父上は辛そうにこちらに歩きながら言った。表情は険しいままだ。
「何でも教えてもらえるとでも思ってますか? 答えられませんね。さて、そろそろ行かないと魔法を封じられてしまう。また近々お会いしましょう。こちらのお嬢様は私どもで丁重にお預かりすることを保障いたします」
男はそう言うと魔法を詠唱した。聞いたことのない呪文で、二人の姿はゆっくりとかすみだした。
この状況になったらもうどうしようもない。せめて僕らが出来ることは、この正体不明の魔法の痕跡を調査してこの男がどこに行ったのか追跡するぐらいだ。それもほとんど成功しない当てにならない調査だ。
ジンが額に青筋を立て、拳を震わせながら怒鳴った。
「貴様! セシリアに何かあってみろ、地獄の果てまででも追いかけて貴様を八つ裂きにしてやる! よく覚えておけ!」
「丁重にお預かりすると言ったばかりですが? それに、そういう事は私に触れることが出来るようになってから言ったほうがいい。無駄吠えする犬はうるさがられるだけです。さらにもう一つ。追って来るのは勝手ですが、手の平の上の舞台に立つつもりならば台本を理解する事が肝心です。それが無理ならば天の自席で開幕を待つほうが楽しめるというものですよ。それではこの辺で失礼します。町の周りの下僕どもに進撃命令を出して起きますので、精精お楽しみください」
「何? まさかおぬしら、町の外の魔物を操っておるのか?」
父上が言うと、男はにやりと笑って答えた。
「当たり前です、進撃命令を出すと言ったでしょう?」
男はそう言い残して消えた。セシリアと共に。
しばらく誰も言葉がなかった。ジンは男が消えた場所を睨み付けているけど、不思議なことに狂犬のような眼の光はすぅっと消えていった。むしろ寒気を覚えるような冷たい眼をしている。城でその道の人間を何度か見たことがあるが、ジンの眼はまさに冷徹な追う者の眼となっている。
「あー、君、すまんがあの男の忘れ物を魔術師団に届けて身元を探らせてくれるかね?」
父上は手近な騎士にそう指示してから僕らの近くに来た。
「難儀なことに、なったな」
「父上……お怪我は大丈夫なのですか?」
「あまり芳しくない。救護班はさっき呼びに行ってくれおったみたいじゃからな、しばらく待っておるとするかの……」
父上はそう言ってその場に腰を下ろそうとした。
「いたたた……。フィオ、肩を貸してくれんか?」
「あ、はい」
僕は父上の左から肩を貸しつつ体を支えようと父上の右腰に手を回した。そこにべっとりと手に付着するものがある。
「……!! 父上? これは? まさか右脇腹もやられたのですか?」
「ああ、不覚じゃな。衰えは感じておらぬが驕りがあったのやも知れぬ。それとな、さっきはすまんかった。おぬしらも考えて手を貸してくれおったんじゃろうが、あれほどの相手にわしが誰かと組んで本気を出そうと思ったら、ジンメイぐらいの動きが出来るやつじゃないと、な」
それは間接的に役不足だと宣告されてるわけだし、それ以前にジンメイ様の動きを見たことがないからなんとも言えないんだけど、とにかくそこには触れず、父上をその場で横にして鎧を脱がせた。
右上腕も右脇腹も少し派手に出血しているけど深くはなさそうで一先ずは安心した。
「……父上、たいしたことはなさそうです」
「ああ、そうじゃな。久しぶりに自分の血を見たからか幾分焦りもしたが、まあ、そういうことじゃ」
「父上、あの男は何者なんですか? 何か過去に因縁がありそうでしたが……」
「ふむ……」
「教えてくれよ。奴は何者なんだ?」
ジンが僕の正面、父上の右側に膝をついて言った。
「ジンよ、アベルの者か?」
「ああ、そうだが」
「そうかそうか……。では、ロバスの名は聞いたことがあるじゃろう?」
「……聞いたことぐらいはな。アベルの盗人集団の頭だ。もっとも、本人達は義賊だと言い張ってるが」
「うむ。あの男の事じゃが……わしの口からはそう易々とは、話してはやれぬ。陛下のご判断にお任せいたすゆえ、御前にて、わしの言葉があったことを述べてから陛下にお伺いするがよい……。わしの事を『ご当主』と呼んだこともしっかりと陛下にお伝えするんじゃ。よいな? 他には……おぬしも既に聞いたことに助言をしてやることぐらいは出来よう……。あの男の話し振りでは、ギルド・グレシアスと無関係ではなさそうじゃ。蛇の道は蛇と言う。ロバスか、あるいはデムピアスなら何かを知っておるやも知れん……。ギルド・グレシアスの事は後でフィオから聞くといい……じゃがな、いずれにしてもまずは陛下の御前に参じてからじゃ。状況が変わった故に、おそらくすぐに開放されることになるじゃろうし、おぬしらにもあの男を追うために協力してもらうことになるやもしれん。なんと言ってもおぬしらの仲間もさらわれたんじゃからな……陛下もご配慮……下さるじゃろう……」
父上はそこまで言って眼を閉じた。
「!! 父上? 父上!?」
「……おかしいな。意識を失うほどの出血には見えないんだが……」
ジンは傷を覗き込むようにしながら不吉なことを言ってくれる。
「ちょ、そんな事言わないでよ、不安になるじゃないか!」
「あ、いや、すまん、フィオ。だがな……」
「フィオさん、確かにリョカ様、じゃなくてルクセン様のご様子がおかしいです」ミーナもジンと同じように考えているみたい。「流れ出るほどの出血でしたからそれも心配ですが、見たところそれほど深いお怪我ではありません。実際、セシリアさんの回復魔法の効果だと思いますが既にほとんど止血状態、意識を失うほどのものとは思えません。何か他に原因があると考えるべきだと思います」
「ミーナまでそんなことを!」
「フィオ、落ち着け。俺は思うんだがな。あの男、もしかすると武器に何か小細工でもしてたかも知れないぞ?」
「ど、どんな?」
「例えば……」
ジンが言おうとしたその時大きな声に遮られ、そちらを見た。
「負傷者はどこですか!?」
衛生兵ならではの呼び声が聞こえる。他の騎士が一様に父上を指してくれているけど、僕も思いっきり衛生兵をこちらに呼んだ。
すでに衛生兵にも臨戦態勢の命令が出ているのか、やって来た三人は戦地用の装備となっている。対人戦闘ではないので野戦で用いるような濃い色使いの服装*5
じゃなくて白衣だけど、要所要所を守る防具を身につけている。
三人のうちの一人が父上を見ると、すぐに顔面から瞬時に血の気が引いていった。
「えぇ!? しょ、将軍閣下でございますか!?」
その言葉に他の二人も目を見張り、すぐさま直立して敬礼した。
「そうだけど、君達本当に大丈夫!? 今そんなことをしてる場合?!」
こっちはただでさえジンとミーナにおかしいって言われて心配になってるのに、こんな様子じゃあ不安は増すばかりだ。
「も、申し訳ございません、私は通常は城付き衛星班の一般看護兵なのですが、負傷者の事が正しく伝わっておりませんでした」そして、一緒に来ていた別の衛生兵に大慌てで指示した。「おい! 我々では応急処置しか出来ん、第一騎士団の軍医に連絡しろ! いや、軍医総監閣下に直接連絡してもいい! あとリーゼッタ将軍閣下とアールマイス宰相閣下にもだ! 急げ!!」
緊迫した事態をさらに盛り上げるような早口で一気に指示を出す。よく舌を噛まないものだと関心してしまうほどの勢いだ。命令を聞いた方は頭での処理が追いついていないのか「はっ!」っと答えるまで少し間が空いた。
「なあ、あんたはどう思う? 負傷箇所は右腕と右脇腹なんだが……」
ジンが早口の衛生兵に尋ねると、衛生兵は怪訝そうな顔でジンを見た。
「……あんたは? 見たところ冒険者のようだが、こんなところで何をしている?」
城の人間、特に軍属するような人間は皆、冒険者を蔑んで見る風潮がある。この衛生兵も例外ではないようだけど、これぐらいならまだマシなほうだ。
「俺は将軍閣下のご子息の知り合いでジンってんだ。城に呼ばれたから来たんだがな……。そんなことより、どう思うよ?」
「……あんた、気づいてるっていうか、『知ってる』みたいだな?」
「ああ、過去に何度か見たことがある」
「……だったら答えは出てると思うが、確かに傷口の変色具合から考えればその可能性は高い。しっかりと診察しないと分からないが……」
「ちょっと! 二人で何を言ってるのさ! 分かるように説明してよ!!」
思いっきり怒鳴った。僕の父上のことなのに、身内の僕に分からないような何かを話されるなんて不愉快極まりない!
「いや、すまん。さっきも言おうとしたんだがな、フィオ」
「なんなのさ」
ジンと衛生兵は眼を合わせると、衛生兵の方が頷いて僕に行った。
「フィオ連隊長、将軍閣下は毒に犯されておいでのようです。おそらく閣下を切りつけた武器に毒が塗られていたのでしょう。即効性と言うほど早くはないですが、意識を失われていらっしゃる様子から考えますと、毒は既に回り始めている考えられます。傷跡をご覧ください。変色具合がおかしいのがお分かりいただけますか? ……連隊長? もしもし?」
「おい、フィオ、大丈夫か?」
聞こえているけど、何も反応できなかった。頭をぎゅっと締め付けられて喉がカラカラに渇き、心臓の音がうるさいほど僕の耳に響いていた。
衛生兵の増援が駆けつけ一層騒がしくなると、僕はジンに抱えあげられるようにして邪魔にならない場所まで連れて行かれた。
ティルダも大慌てで駆けつけてくれて、副隊長としてじゃなく、親友として僕を励ましてくれた。でも、ほとんど聞いていなかった。
いや、そもそも周りの全てが、まるで夢のようにしか感じられなかった。
騎士たちが一層慌しくなった。あの男が言い残したとおり、町の外の魔物たちが町に向かって進撃を開始したらしい。
それでも僕は、一つのことしか考えられなくなっていた。
生まれて初めて、僕は、心からの殺意を抱いた。
生まれて初めて、僕は、心からの憎悪を覚えた。
あの男に対して。
*1: 対象の足止めをする盗賊の魔法。
*2: スパイダーウェブ(足止めする盗賊の魔法)を解除する魔法。
*3: ルクセンの事
*4: ルクセンの事。
*5: 迷彩というほどではないような色。迷彩を施したような服や鎧はサラセン、カレワラ、ルケシオンでは標準だが、その他の地域では特に命令がない限り装備しない。


