#45 狂人 [---]
posted by GEM at 2006年07月17日 06:24
ルクセンが城入り口にて、謎の男の毒を仕込んだ刃に倒れる前。
「懐かしいな、ジークリッド」
円卓に数人の男達が現れ、リーダー格の男は円卓の面々に一通り視線を投げかけてから言った。
その数十分前。
円卓ではスルトという名の何者か(ジークリッドやオウカが神だと言っているが、この場の誰一人として本気で神だとは思っていない。特にジークリッドにとっては第五騎士団を全滅に追いやった憎むべき敵でしかなくなっていた)、及び死神への対応を話し合っており、オウカの言うとおり第八騎士団や魔術師団を一旦退かせたものの、全く防衛しないというわけには行かないだろうということで、何が出来るのか意見を交し合っていた。
オウカは、スルトが死神の力を奪ったと告げた後、「スルトのことは任せておくように。ただし警戒は怠るな」と言い残して去ってしまっており――と言っても声だけが聞こえていたのだが――、それだけの情報ではいくら諸侯が知恵を絞っても消極的な対策しか出てこなかったのが実情だった。
そこへ急の伝令がもたらされた。それはルクセンがフィオ達の到着が遅いので様子を見に行った数分後のことだった。
――申し上げます! 諸賢王のお治めになられます全ての領地が、ほぼ同時に魔物の大群に取り囲まれております! 恐れながら帝都ルアスも同様でございます! ――
この伝令によって円卓は一気に緊張感が増した。氷の城での死神出現の影響なのかどうかは円卓の諸侯の誰にも分からないが、死神出現を契機としてマイソシア全土に何かが起ころうとしている事は疑いはなかった。
それまでは非常事態宣言はルアス、及び地理的に近いオレンだけだったが、この伝令によって全ての町でも非常事態が宣言された。
同時に、制度や体制はあっても実際には発令されることなどないだろうと思われていた、第九騎士団のみに与えられる特殊任務、『領土防衛命令』が発令されることになった。
第九騎士団は他の八つの騎士団とは異なり連隊単位で全ての領土に駐屯しており、本来の任務は各領土において魔物等に備える事を目的としている。しかし、町自体にも魔除けの為の特殊な加護が施されている為に事実上は暇を持て余しているといっても過言ではなく、実際の任務は各領土内での冒険者の支援や、各領土の官舎や精霊話術中継拠点の警備となっている。それでも連隊全員がこれに当たるほどの任務ではないため、冒険者に混じって(第九騎士団は他の騎士団や官僚等とは異なり、冒険者に対して好意的な存在である)狩りに出かけたりもしていた――あまり身分を明かさないが――。そうすることで第九騎士団が最優先で対応できなければならない目的である、魔物からの『領土防衛命令』の実力を常に高いレベルで保っているのだ。
その第九騎士団の団員自体からも「どうせ本来の任務で出動することはないだろう」と言われるほどの命令がついに発動されることになり、現場ではいくらかの混乱は生じたようだった。しかしそれは報告に上がるほどのものではなかったようであり、ものの二十分程で第一次布陣が完了、三十分以内に各領土固有の軍等との連携も含めた防御陣形が形成されると報告が上がった。
現象が先である為に対策が後手となっている感は否めないが、それでも諸侯の間には何とか凌げているという思いがあった。必ず臣民を守り抜くという使命に迷いはなかった。
だが、よりにもよってそんな彼らの集う円卓に侵入してきた男達。
円卓は魔術師団によって特別に守られており、例え正式詠唱のメテオで直撃されても二、三発程度なら耐えられる事が実証されている。また、魔術師団の守りは同時に侵入者対策ともなっており、この魔法防御壁を破って侵入を試みようとしても入り口すら分からないはずだった。
だが、この侵入者達はまるで知り合いの家を訪ねたかのように、当たり前のように円卓の入り口から入ってきた。リーダー格と見られる男にいたっては穏やかな笑みまで浮かべて。
諸侯の誰もが言葉を失ったが、それでも即座立ち上がり入り口に全神経を集中させた。ジークリッド以外の全員が武器――といっても本物の武器を持っては円卓に入れない決まりなので式典等で用いられる宝刀等ばかりだが――を構えた。(カレワラのミドゥア国王のみ、一切の戦いの術を持たぬごく普通の男であり、ジャネットの背後で腰を抜かしているが)
「招待した覚えはないのだがな。魔法防御壁があったはずだが……」
「ジークリッド、何をぼけたことを言っている。余裕があるところでも見せたいのか? 俺だって招待された覚えはないさ。防御壁のことも当然承知している。それを破ったからこうしているだけのこと」
笑顔を崩さず、しかしその笑みは悪魔的なそれとなってジークリッドに向けられている。
ジークリッドはさらに言った。
「……近衛騎士がいたはずだが?」
円卓には、他にも見るからに立派な鎧に身を包んだ数人の近衛騎士がいて、彼らもジークリッドの問い掛けに対する男の返答に聞き耳を立てていた。もちろん、返答は予想出来ているのだが。
男は、或いはわざと騎士たちの神経を逆なでするかのように、興味なさ気に言う。
「ああ……近衛騎士なんていたのか?」
男はさらに別の小柄な男に問いかける。
「え? 邪魔な奴等は殺してきたけど、まさかあれが近衛騎士? 準備運動にもならなかったんだけど」答えた声はいくらか幼さを感じるが、リーダー格以外の男はそれぞれが狼の頭部の帽子と覆面で顔はよく分からない。
この男の言葉がどれほど不敵なものであるかはともかく、リーダー格以外の三人の男は、得物だけでなく防具のあらゆる部位から返り血と思われる赤い液体を滴らせている。
その返り血だけでなく、敗れた仲間への侮辱とも取れる言葉に対して、近衛騎士達はカチャリと得物を握りなおしてジークリッドを見た。だが、ジークリッドは小さく手を上げてそれを制する。
リーダー格の男はジークリッドの様子に嘲笑を浮かべながら続けた。
「だそうだよ、ジークリッド。ルアスの近衛騎士と言えば、ルクセンみたいな化け物を除いてこの世で最強の騎士の集まりだと思ってたんだが、俺の勘違いだった」
ジークリッドは何かを確認するようにカステヘルミとタールディを見た。二人ともそれにただ頷いただけだが、この場面でジ-クリッドが何を聞きたいのか分かっているのだろう。そしてさらにジャネットを見ると、ジャネットも同じように頷き、さらに一言添えた。
「間違いないと思われます、陛下」
ジークリッドはそれに頷き、再びリーダー格の男を見て言った。
「……禁呪を使ったな?」
「まあね。いくら俺達が強くたって、加護のある奴等*1
は殺せないからキリがないだろう? ま、近衛騎士なんだ。いつでも死ぬ覚悟は出来てたんじゃないかい? あ、教えておいてあげよう。禁呪は武器に刻印として施してある。『その道』にも精通した鍛冶職人でも連れてきて鉄に戻さない限り解けない。無駄なディスペル*2
はやめておくんだね、アールマイス」
男はジークリッドのさらに後方で術を唱えようとしたアールマイスに言った。
図星だったのだろうが、それをどうと思うこともないように呪文の詠唱をやめるアールマイス。代わりに男に言った。
「おぬしの前の円卓に集いし諸賢王、そしてリーゼッタとわし……。おぬしら四人でどうこう出来るとでも思っておるのか? 皆、陛下の御為なれば喜んで貴様らの刃に身を投げ、諸共に死する事すらも厭わぬ。勝機などないぞ?」
別の男がすぐさま答えた。この男はリーダー格の男と同じぐらいの体格でごく標準的な成人男性といったところだ。
「勝機? あんたアホか? 何も全滅させるだけが勝利とは限らんだろうが」
「何だと?」
「分からんのかよ。別にあんたらが生きてようが死んでようが知ったこっちゃねえんだよ。死にてえってんなら相手になってやるがな。そら、ボヤボヤしてると俺達の目的が達成されちまうぜ?」
男がそういった途端、ガンディハの勘が何かを感じ取った。
「しまった! ディテクション*3
!!」
その瞬間、一瞬だけ全身黒ずくめの人影がガンディハの横を通り過ぎた。しかし、瞬きよりも早く再び姿が消えた。
ガンディハはその消えた人影の足運びから想定されるところを宝刀で思いっきり切りつけた。否、叩きつけた。重いだけで大した威力のない宝刀では鈍器として用いるしかないのだ。
しかし、ブンッ! という空を切る音が響いただけで消えた人影に当たった様子はない。
「あらやだ、反応自体が遅いわ。つまんないわね」
姿はなく女の声だけが聞こえるが、オウカの時とは違い明らかに何者かがいる。
「ちっ! まだ仲間がいやがったのか! 皆、十分注意されよ!」
ガンディハが叫ぶ。女の声はさらに続けた。
「これがあの有名な円卓の諸賢王達だなんて拍子抜けだわ。せっかくチャンスを差し上げたのに生かせなかったなんて、間抜けね。さあ、これで目的達成!」
そういった瞬間。
「ホーリービジュア!」
リーゼッタが範囲回復魔法を唱えた。この魔法は敵味方の区別なく影響範囲内にいる者全てに作用するが、影響を受けた者の足元からは魔法の光が立ち上る。インビジで姿を隠していても例外ではない。
「あ、しまっ」
その声と同時に銃声が数発。そして女の声が途切れた。血しぶきが空間に散り、液体が数箇所の空間から漏れるように舞う。そして床に倒れてからやっと声の主の本体が姿を現した。確かに体つきは女だが顔は覆面で分からない。銃弾は女の眉間、喉、そして左胸に二発命中している。
侵入者の倒れた場所はほとんどジークリッドの背後だった。ジークリッドは自身のすぐ脇を弾丸が通過しても眉一つ動かさず、背後の倒れた侵入者に一瞥すらくれることもない。
「円卓まで忍び込むからにはかなりの使い手かと思ったが……。式典用でしかない威力を落とした豆鉄砲の弾丸も避けられんなど、こちらこそ拍子抜けだ」
エイゼンザッハは銃を腰のホルスターにしまいながらつぶやくように言った。
「エイゼンザッハ、実弾なんか仕込んでたのか?」アルファスが言う。
「細かい事を気にするな。傭兵ってのはこんなもんだ」とエイゼンザッハが答えるのを別の男の声が遮った。
「テジャ!? テジャ!!」
正面から入ってきた男四人のうち、まだ一言も口を聞いていなかった体格の大きな男が、倒れた仲間に呼びかける。その呼びかけに女は当然答えない。だが、リグザがそれに反応した。
「テジャ? それは我が領土の娘の名。禊という訳ではないが、このような不届き者が我が領土の出身であるならば私も一働きせねばな」
リグザはそう言って副首相のマイクに目配せをして瞬時に合図をする。途端に二人は侵入者に向かって襲い掛かった。リグザはテジャの名を呼んだ大きな男に、マイクは別の――テジャが言うところの諸侯にチャンスを与えた――男に襲い掛かり、二人とも一瞬で相手を壁に押し付けて首をへし折った。やられた二人がほとんど抵抗らしい抵抗も出来ないまま小さな呻き声を上げて床に崩れ落ちるよりもはやく、リグザとマイクはさらに残った二人に襲い掛かった。リグザはリーダー格の男に、マイクは小柄な男に。
しかし、今度はさすがに相手もそれを避けた。二人は部屋の両隅に分かれる形となり、見方によっては追い詰められているとも言える。
「さすがだな、円卓の諸君!」
リーダー格の男が言う。
「当たり前ですわ。喧嘩を売る相手が悪すぎたって後悔しても遅いわよ? マレッセン」
そう言ったのはフィルレンティ。リーダー格の男をマレッセンと呼んだ。
「後悔? ハ、ハハハッ! フィルレンティ、あなたの口からその言葉を聞けるとは、なかなか面白い喜劇になりそうだね! リギレス、こっちへ来い」
マレッセンがそう言うと、マレッセンとは逆の隅へ逃げた小柄な男リギレスは、まるで自室の部屋を横切るかのように平然と歩き出す。
「……小僧、なめてるのか?」
マイクは、自分の脇を通り過ぎようとするリギレスの頭部に、鋭い蹴りを打ち込んだ。
「はずれだよ。おっさん、修行が足りないね」
マイクの蹴りは十分な修練を感じさせるものだったし、体術に心得のない者が見れば、その蹴りは確実に当たる以外起こりえない、そんな蹴りだった。
「なんだと!?」
マイクは振り返ってリギレスの方を見ると、この僅かな時間で移動したとは思えないほどの位置にまで移動している。まるで幽霊か何かがすぅーっと移動するかのように現実感がない動き。エイゼンザッハやミュミルも、リギレスが前を通過するときに何故か手を出すのを躊躇った。しかし、アンゲリーカは違った。宝刀を音もなく上段に構え目の前にリギレスが差し掛かったときに迷うことなく宝刀を打ち下ろした。ヴォオン! という、剣の一振りというよりはハンマーが天から降ってきたかのような打ち込みだった。剣圧でアンゲリーカの短く青い髪が大きく揺れる。
「ヒュー……お姉さんの太刀筋は修羅だねぇ……。でも、だったら分かるよね? お姉さんの剣に問題があるわけじゃないんだよ。さっきのおっさんのは別だけどさ」
リギレスは全く避けた様子はなかった。否、事実避けていない。宝剣はリギレスの体をすり抜けているのだ。リギレスはにっこり笑うとそのままマレッセンの方へ歩いていった。
「そうね……」
そう短く答えたアンゲリーカはミュミルに向き直って言った。
「元帥、あの者をここで討つことは不可能でしょう。何らかの術を施していて、今現在、彼奴らの本体はここにありません。マレッセンの余裕の態度を見るに、おそらくあの男も同様でございましょう」
「なるほど……。入れ替わったのはついさっきというところか。でなければリグザとマイクの攻撃も避ける必要はなかったはずだからな」
マレッセンは大きな身振りまで交えて、うれしそうに会話に割って入る。
「その通りだよミュミル! あんた達と正面切って戦って勝てるなんて思うほど自惚れちゃいないさ。目的さえ果たせればこんな化け物の巣窟はさっさとオサラバしたいところだね! 死んだ三人は、あんた達の面目もあるだろうから生贄のつもりで連れてきただけの事! 気に入ってくれたか?!」
「……狂人マレッセン・ドグマ。勝手にギルドを名乗る『グレシアス』の総帥だったな。生憎と貴様に馴れ馴れしく呼び捨てにされる覚えはないのだが……まさか嫌がらせに来たわけでもあるまい。聞くだけ聞いてやるから用件を言ってみろ」
「それには及ばないさ『ミュミル』!」わざと呼び捨てを強調するマレッセン。今度はジークリッドを見た。
「ルクセンを行かせたのは失敗だったなジークリッド。あいつの家に伝わる技なら俺達に一矢報いる事が出来たものを! だが心配するな、ルクセンを仲間外れにするなんて野暮はしない。毒使いの事は覚えてるだろう?」
「……ふん、まだ生きているのか」
「いや、死んだ! だからこそいいのさ! 伝説の毒使いクバラガの息子がルクセンの相手をしてるところだろう!」
マレッセンはそう言って大声で笑った。腹の底から愉快でたまらないとでも言うように。ひとしきり笑うのを誰一人止めず見ていた。どうせ触れる事すら出来ないのだから無理もないのだが、比較的気の短いジークリッドとミュミルはそろそろマレッセンに向かって手当たり次第に何かを投げつけそうになっていた。
「左府よ、油断するな。空気がおかしい」
アールマイスが横にいるリーゼッタに耳打ちしたとき、
「さあ、待たせたね諸賢王よ! メインイベントだ! ハァーハッハッハッハーッ!」
狂人と呼ばれるにふさわしい、血走った目を一際見開き、マレッセンが叫んだ。
「これは……!?」リーゼッタが異変を感じ取ったと同時にジャネットの声が部屋に響いた。
「禁呪です! 何かする気です! 皆様警戒を!! 陛下、お下がりください!!」
そしてそのジャネットの声をさらに上回る叫びのような上ずった声でマレッセンが告げた。
「チェリス! ショータイムだ! テジャの骸を触媒とするがいい!」
「チェリスだって?!」
リーゼッタがその名に反応した。
刹那!
テジャの死体が弾け、内臓が一気に飛び出した。そして、赤いグロテスクな木のようにその場に立ち、ゆらゆらと揺れている。腸や大腿の枝、皮膚の葉から血が滴り、両腕はまるで根のように床に踏ん張っている。
「んな!?」さすがのジークリッドでさえ、これには度肝を抜かれ、
「ヒィ!」カステヘルミは短いながらも悲鳴を上げた。
そして、消え入るような泣き声が響いた。
「左府様、も、申し訳……ごめんなさい……」
「チェリス! チェリス、君なのか!?」
リーゼッタが言うがチェリスの姿はなく、チェリスの声はリーゼッタに答えようとはしなかった。
「何をしているんだ! さっさとやれ! 町がどうなってもいいのか!?」
マレッセンの怒号が響くと、屍の木が跳ね上がった。
「危ない! 陛下をお守りしろ!」
全員がジークリッドを守ろうとした。
だが、狙いはジークリッドではなかった。
人肉の木はフィルレンティを絡みついた。
「キャアア! イヤアアア!!」
まだ若いフィルレンティは年相応の女の悲鳴を上げる。
「よおし! チェリス、このままずらかるぞ!」
マレッセンが叫んだ。その声に呼応して、人肉の木はフィルレンティ諸共その場から瞬時に姿を消した。
そして、マレッセンとリギレスも同時に消えていた。
*1: 何度か出ているが、冒険者だけではなくほとんどの騎士や軍人、それに役人等にも加護は施されている。ただし、職に応じてその内容は異なり、最も手厚い加護を受けているのは冒険者と第九騎士団である。
*2: 魔法効果を解除する為の魔法全般の総称として用いられる。
*3: 透明状態の対象を探知する


