・このページはスタイルシートでレイアウトしています。
このメッセージが表示される場合はスタイルシート対応ブラウザでの閲覧をお願いいたします。
または、こちらのCSS/JavaScript未使用ページにお入りください。
この記事[#47 戦士と大地 [セリス]]のCSS/JavaScript未使用ページはこちら

#47 戦士と大地 [セリス]

posted by GEM at 2006年10月22日 23:33

 ちょっと、いいえ、かなり驚いてる。全身から立ち昇って逆巻いてる怒気が目に見えそうなほどで、ちらっと目が合った瞬間なんて心臓が止まるかと思った。クリガンがあんなに怒るなんて……。いつも飄々として、いつも常にスケベで、ついさっきまでだって視線は私とオウカの胸を行ったり来たりしてたくせに……。

 ついさっきの事――

「絶対におかしい。お前何か隠してるだろ?」
 強引に私の腕を引いてオウカとサトゥルヌスから十分な距離を取るなり、クリガンは唐突にそう言った。こいつがこんなに他人の事を気にしたことなんて滅多になかったから私の方が少し戸惑った。さっきからの私の態度にどうにも納得がいかないみたいだなぁっていうのは薄々気づいているけど……その前に!
「ちょっと、痛い! 離してよ!」掴まれた腕を強引に振り解く。「何だっての!? 何も隠してないわよ! 何がそんなにおかしいのよ?!」噛み付かんばかりの勢いで言ってやった。でもクリガンは全く怯む様子がない。いつもならここまで怒ればヘラヘラ笑って誤魔化すか、諦めるのに。
「あのなぁセリス、今のお前じゃあ俺どころかまだ付き合いの浅いジンにだって様子がおかしいって見抜かれるぞ? ましてやお前、俺と何年つるんで狩りやってると思ってんだよ?」
 そこまで言うからには余程何か違和感を感じてるんだろうって事は分かる。それに、確かにあまり話したくない、出来れば隠しておきたい事もある。でも、もっと言えば女の隠し事に首突っ込まないでってところ。
「そんなのこっちの台詞だわ。今のあんたの様子のおかしいことときたらその辺のプロブが『プロブに生まれてよかった! あそこまで狂っちゃったら生物として終わってる!』って胸を撫で下ろすわよ」
「ひでぇなおい、しかもプロブ以下って。じゃあ聞くがな、なんであんな事言った?」
 そんな言われ方じゃ漠然としすぎで本当に何の事か分からない。「あんな事って何?」と聞き返すと、クリガンは腰に手を当てつつがっくりと両肩を落としてうな垂れ、ちらっと私の顔を見て言う。そういう態度は言ってる事が明らかなときにするもんだって思う。
「……オウカの言ったことに対しての事だよ」やっぱりって思っちゃうところが悲しい。全然何の事か明らかじゃないんだもの。
「強引に引っ張ってきたくせにはっきりしないわねぇ! もっとはっきり言ってくれない!? 大体見てて気づいたと思うけど私とあいつってどっちかって言うと反りが合わないのよ。だから違和感があっただけなんじゃないの?」
 クリガンは腰の辺りで戦鎚を左手に持ち直し地面に突いて体重を預けるようにしつつ私を指差し、いたずらっ子に言い含めるように続ける。
「反りとかそんなんじゃねえ。オウカが『スルトの移動速度が鈍ったのは、都合のいいように解釈すれば騎士団が善戦したからかもしれない』みたいな事を言ったときだよ」
 どうやら私が騎士団を庇うような言い方をした事を指してるんだわ。クリガンの言いたい事も、何に違和感を感じているのかもなんとなく分かったけど、そうならそうとはっきり言えばいいのに。素直に認めてあげる気になんてならない。
「……それって私が騎士団の犠牲を庇ったから? だったら庇って何が悪いっての? 私が血も涙もない冷血女とか思ってるわけ? 辺り一面真っ暗だけど、サトゥルヌスの魔法か何かで辺りの光景はちゃんと見えてるんでしょう?」
「ああ、見えてるさ。惨いなんてもんじゃない」クリガンが認めた瞬間に私は即言い返した。
「だったら! どれだけの騎士が……ルアスを守る為に犠牲になったと思ってんの!? これを目の当たりにしてあんな言い方されたらいくら私だって」
「いや違うね」クリガンが私が言うのを強い語気で遮った。「あれは絶対にお前らしくねえ。確かに第五騎士団の犠牲をなんとも思ってなさそうなオウカの言い方はどうかと思ったけどな、言ってる内容は事実から導かれる一つの推論に過ぎん。あの程度の事、いつもならお前が真っ先に言ってそうな事じゃねぇか。だがお前の口からは『血も涙もない言い方』ときたもんだ。俺の知ってるお前なら数千人が死んだなんて話をしてるとは信じられねえような目で間違いなくこう言ったはずだぜ? 『ま、そんなところでしょうね』ってな具合にな」最後のところはわざわざ私の身振り手振りまで真似て言う。で、まだ言い足りないみたいで口を開こうとした私に反論の隙を与えずに畳み掛けてくる。
「今だってそうだろう。そりゃあな、周りの夥しい数の騎士の亡骸を見りゃ心を動かされねえ訳がねえ。確かにお前の言うこともなんにも矛盾はねえさ。だがそれは『俺らの感覚』であって、お前は間違いなく違う感じ方をする人種だった。『騎士が有事の際に命懸けで帝都を守るのは当たり前、目的を果たさず全滅するぐらいなら騎士団なんて意味がない』ってな」
「何よそれ? 私が騎士団に同情したら何が悪いっての? そりゃね、私自身が普段はもっとクールな思考をしてるってのは認めるけど、いくらなんでも規模が全然違うじゃないの。だいたい、いつもと違うとかって話ならこっちだって言わせてもらうけど、あんたがそんなに饒舌な時って絶対に何か言おうとして隠してるのよ。どう?」
「おい……俺がなんか隠してるって、本気で言ってるのか? 俺が何を懸念してるかなんて、もうとっくに分かってて話してると思ってたんだが……」
「え?」まさかこいつにそう返されるとは思ってもみなかった。
「いつも言ってるだろ? おれは後方支援に違和感を感じたまま狩りに出かけるなんてことは一切しねえ。もう何年も俺の背後を任せてきたんだからこの程度は言わなくても分かってんだろうって思ったが、俺の自惚れか?」
 ちょっと悔しかった。確かにこいつは後衛の事をとにかく気に懸ける。出かける前に後衛がちょっとでもおかしいと思ったら原因を突き止めない限り絶対に狩りに出かけようとしないんだ……。こんな奴からの信頼でも、答えられなかったと思うと寂しい思いがした。何も言い返すことも出来ずにいるとクリガンはさらに続けた。
「なあ、お前さ、無理するぐらいなら帰ったほうがよくないか? 何があったんだか知らんが言いたくないなら別にかまわねえさ。他の聖職者に心当たりがないわけでもねえし、別の(聖職者を)探して行ってもいいんだぜ?」
「それは絶対駄目なの! これ以上関係ない人を巻き込まないで!!」何故か自分でもよく分からないぐらいに唐突に口から言葉が飛び出した。言っちゃってから(私何を言ってるんだろう?)なんて思うぐらいに。クリガンは私の掘ったちょっとした墓穴が面白かったのか鼻でフッて笑う。
「俺は巻き込んでもいいのかよ」
「それは、その……ごめん……でもねクリガン、ここに来る前も言ったけど時間がなくて咄嗟に思いついたのがあんたで」
「つーかさ」またしても遮られる。「昼間、(氷の)城でも様子がおかしかったろ。あんときはもう狩場にいたから言わなかったが、あれだってずっと引っ掛かってたんだ。その数時間後に今のお前を見ちまえば尚更ってやつだろう。どう思うよ?」
 強引に腕を引っ張るだけの根拠はあるってことね……。付き合いが長いってのも良し悪し、黙ってたい事だってあるのにあっさり見抜かれちゃう。

 仕方がない、話そう。ただ、絶対に全てを話してしまうことは出来ない。当たり障りのないことを話して、なんとか取り繕おう。そんなことを妙に明瞭に考えてから言った。
「……分かった、話すわ。私の母さん、知ってるわよね?」
「ん? まあな。ただ知ってるってだけじゃねえ、それなりの因縁もある。今更言うまでもねえこった」
 クリガンの言ってる因縁……それは私とクリガンが知り合いになるきっかけでもあり、当然の返事が返ってきた。
「うん。でね、母さんのね……意識が戻ったわ。だからちょっと集中出来てなかったって言うか……」
「……な……、んな……、……なんだとぉ!?」しばらく何も言えなかったみたいだったけど、よっぽど驚いたのか杖がわりにしてた戦鎚が倒れてもそれを拾い上げることすら忘れ、私の両肩に手を置いた。そして驚きに比例した大きな声で「おい! お前、そりゃ大変じゃねえか! こんなとこにいていいのかよ!?」
「痛いってば!」私は言いながら、加減を知らない馬鹿力で両肩を掴むクリガンの両手を振りほどき、軽く肩を摩りながら戦鎚を拾い上げ、ポカンとしているクリガンに手渡す。関係ないけど、本当に軽いわ、この戦鎚。
「確かに大変なことよ。私も側にいてあげたいもの。でもね、大丈夫。それに今はもっと大変なことが起ころうとしてる。それどころじゃないでしょ」
「それどころじゃないったって……」
「待ってってば、何があったか聞いてくれるんでしょ? その、ほら。なんて言うか、さ……。私って世間ってやつがあまり好きじゃないじゃない?」
「そりゃよく知ってるが、それとどういう関係があるんだ?」
「正直に言うとね、母さんがあのままの状態だったらきっとスルトの事なんか無視したと思う。母さんに辛い思いをさせたこんな世界なんか壊れちゃったって知った事じゃないもの」
 自分でも無茶な事言ってるなって思う。そう思う自分を不思議に思う。冷静に考えて、ちょっと前の私はこんな考え方を『無茶な事』なんて思わなかったはずで、クリガンはちょっと前の私をよく理解してくれている。
「そうだろうな。その方がお前らしいってもんだ」
「でもね、私は結局母さんの為にここに来たの。三年間眠り続けて、やっと目覚めた世界がその日のうちに壊れちゃったら悲しいでしょう? 今世界を終わらせてもらっちゃ困るのよ」
「んー? んー……まあ言ってることは分かるさ。でもよ、それがお前の性格を一時的にとはいえ変えちまうような事とは思えねえな」
「……あのねクリガン。私だって人の子なんだけど? 大袈裟だけど、世界をスルトから守るって意識して騎士団の犠牲を目の当たりにしたら、何とも言えない悲しみがこみ上げてきた。きっと彼らにだって私のように守りたい誰かがいたでしょうに……。確かに今までの私なら何とも思わなかったと思うけど、今は彼らの悔しさや無念さが少し分かる気がするから……。彼らの戦いの尊さ、なんて言うのは今でも大げさな感じがするけど、でも犠牲を無視するような言い方は許せないって……。柄じゃないって思ってんでしょ? でもこれが本当の気持ちなの。だからオウカの冷たい言い方にむかついたのよ」
「……そうか」本当に納得したのか怪しい視線を向けながら口では納得したような応えを返すクリガン。付き合いが長いって言うのはこういうときやりにくい。
「そうなの」
「なんか腑に落ちねえが……戦闘中に集中できないようなもんじゃねえんだな?」
「用心深いんだか心配性なんだか。大丈夫よ、ガキじゃあるまいしちゃんとわきまえてるわ」
「ふーん。でもよ、なんでお前の母ちゃんの意識が戻ったんだ? 絶望的だったんじゃなかったっけ?」
「……うん。医術は為す術なし、民間療法もいろいろと検討したけど殆どが眉唾物、それなりに信用できる療法は当たり前のように『こうなってしまっては……』ってのが落ちだったわ。ガーリン教皇様やカステヘルミ女王陛下も私たち平民は死ぬまで縁がなさそうな方々へお願いしてくれたんだけどやっぱりだめだった。むしろ何故この状態でまだ息をしているのかって……」
「だよな。それが何故意識を取り戻したんだ? しかもこのタイミングだぜ?」
 あら。単細胞の筋肉馬鹿にしては成長したってことかしら。
「へえ……あんたでも何のヒントもなしに一連の出来事の因果関係にまで考えが及ぶのね」
「んなこと誰だって思うだろ」
 自分で因果関係なんて言葉を出しておきながら、辻褄を合わせようと考えを巡らせる自分がすごく馬鹿みたいに感じた。出来るだけ嘘は吐かないように、出来るだけ真実だけを話せるように、そう思いながらゆっくりと話す。
「……母さんの精神を殺したのはね、あいつなの」
「あいつって……あの骨(サトゥルヌス)か?」言いながらこっそりとサトゥルヌスを指差す。
「指差さないの」ゆっくりと諌めるようにクリガンの指先に手をかぶせて言った。「そうよ、正確に言えばあいつは、母さんが精神の自殺をせざるを得ない状態に追い込んだってところね」
「まぁ、そういうところはお前らしいと思うけどよ、そんなあっさり言ってる場合なのか? だったら死んじゃいねえとはいえ親の仇じゃねえか。まさか許してやったってのか?」
「許すっていうのとはちょっと違うわ。話すと長くなっちゃうし、なにより私も全て聞いたわけじゃないけど、今分かってることを掻い摘んで話すとこういうことよ」別に誰に聞かれるわけでもないけど、ここで少しだけ声を落とした。雰囲気みたいなものね。「三年前、サトゥルヌスが死神としてこの世界に来るように仕向けた奴がいるんだって。それが分かったのはつい最近のことだってオウカが言ってたわ」
「ん? よくわかんねえな。死神としても何も、サトゥルヌスはどっからどう見ても死神じゃねえか」
「確かにね。三年前に現れたときは正真正銘由緒正しき死神『デス』だったとか言ってるわ。今はさらに昔の記憶を取り戻したらしくて、その時の名がサトゥルヌス、さらにその前にはクロノスとも呼ばれてたらしいわ」自分で言ってて混乱しそうなことだけど、不思議な事にこの男はこういうことは素直に受け止める。単細胞ならではって事かしらね。
「昔の記憶ってのはいつごろの何の話をしてるんだ?」
「私だって同じことを思ったけど、オウカが言うには『ジクが違うから何年前とかって単純なもんじゃない。御伽噺とか神話とかそんなもんだと思っててもそれほど間違ってない』とかなんとか」
「なんじゃそりゃ。御伽噺っつったって、サトゥルヌスもガイアも実際にいるじゃねえか」
「だぁかぁらぁ。わたしだってまだよく分かってないんだから突っ込まないでよ。もっと『とっつきやすい訳の分からないところ』っていうかそんなところで、サトゥルヌスはガイア様の子供とか言ってるし。あの二人似ても似つかないどころか、片や天使か女神かって程の美女、片や対極ともいえる骨人間。でも、姿なんてのはシュウゴウテキムイシキがそう認識しているだけだとか、私達にはどんな姿ででも認識させられらしいけど、今のが気に入ってるし、コチャクは無駄な制約を受けるから見たいように見させているだけ、とかね……」
「シュウゴウテキ……ナニ? コチャク? さっぱり分からんが……」
 私も知らないから答える事は出来ないわね。それにもうそろそろオウカも怒り出すだろうから切り上げなきゃ。
「ちょっと話が逸れちゃったわね。とにかく、母さんの精神が死んだ原因はあいつ。でも、母さんの精神を蘇生させたのも同じくあいつなの。かなりの部分を端折るけど、あいつはこう言った。『三年前の事は自分にも重大な責任がある。償いになるとは思っていないが、マレリアの精神を蘇生する』って。当然私は、さっさとやれって言ったわ。ただし」
「……ただし?」
「ただし……」別に言ってしまっても構わない筈の事。でも、何故か喉元から先に言葉を発することが出来ない。頭の奥の方から言わない方がいいって強力に咎められているようだわ。
「おい? どうしたんだ?」
「え? あ、ごめん、えっと」クリガンに促されると、まるで私じゃない何かが私の口を使って喋っているかのように流暢に答えた。「ただし、母さんの精神を復活させる為には私の魔力が必要だった。魔力自体は誰のでもいいんだけど身内の方が断然成功率が高いらしい。当然私は魔力を差し出した。すぐにサトゥルヌスの妙な儀式みたいなのが始まって、程なくして無事母さんの精神は復活したわ。でも、代償って言うかなんていうか……私の魔法はほとんど性格が変わっちゃったの。補助魔法は威力が桁違いに強力になったし、パージフレアはかなり長い時間相手に纏わりついてダメージを与え続ける。で、極めつけなのは、回復魔法は効果が完全に逆転してるわ」
「……効果が逆転!? そりゃつまりアレか? お前にリカバリされると回復どころかダメージ食らうってことか?」
「そうよ。いつまでこのままなのかサトゥルヌスも分からないって言ってた。これで、何故私が補助魔法担当でオウカが回復魔法担当か分かったでしょう? 私だって回復魔法でオウカに劣るなんてこれっぽっちも思ってなかったわ。でも、今は回復魔法を使いたくても攻撃魔法になっちゃうの」
「お前な……そういうことは先に言えよ。お前から回復がありえないって分かってなきゃ、こっちはお前の回復魔法も織り込んで動いちまうじゃねえか」
「ごめん……なんか、こんな事言ったらクリガンが怒って帰っちゃうかもって……。だって、こんな無茶苦茶な話、普通なら信じないでしょ?」
「ま、確かにな。お前がもともと与太話が大っ嫌いだって知ってなきゃ、何を言い出したんだって思うのが関の山だ。だがな、俺とお前の付き合いじゃねえか……他には何も隠してないだろうな?」
「ないわよ。私が隠していたって認識しているものはね。ただ、時間がないからまだ話していないことがたくさんあるわ。例えば、三年前の事を仕組んだ奴らのこととか」
「ほう? そりゃ一体誰なんだ?」
「よく知らないけど、マレッセン・ドグマとかいう奴が関わってるとかなんとか。今はグレシアスとかいう潜りのギルドの総帥らしいわね。これが終わったら絶対に探し出して落とし前つけさせてやるわ」
「……なんだと?」
 私はマレッセンだとか名前すら聞いた事もない。そういう奴がいるらしいという程度の認識しかないから世間話程度にさらりと言っただけで、まさかクリガンに何らかの衝撃を与えるだなんてこれっぽっちも思ってなかった。
「え?」
セリス。今お前、何っつった?」明らかに眼つきが変わった。
「何って……マレッセンの事? それともグレシアス? ねえクリガン、どうしたの? もしかして怒ってるの?」
「マレッセン……。マレッセン! あのクソ下衆野郎!!」怒りを噛み潰すような不気味な唸り声で突然激昂するクリガン。正直、軽く引いた。
「え? ちょと、何事?」
セリス、スルトとかいう奴もマレッセンと関わりがあるのか?」
「え? ええ、あるらしい、けど……」
「……ブッコロス!!」獣のような唸り声。こんなに露骨に怒りを表に出すクリガンなんて見た事がない。
「待ってよクリガン、どうしたの? マレッセンの事知ってるの?」
「後だ。モタモタすんじゃねえ、さっさと行くぞ」
 さっさとって……。自分でちょっと待てって言い出したのに……。一体どうしたのかさっぱり分からない。とにかくクリガンはスタスタとオウカ達の方へ歩いて行く。仕方なく、それ以上は何も言わずにその後に続いた。

「やってやろうじゃねえか……そのスルトとかいうクソ野郎、封印するまでもねえ、コイツで粉々にしてやる」
「……? ク、クリガン?」さすがのオウカもクリガンの豹変振りに少しは驚いたみたい。クリガンはお構いなしに続ける。
「何だよ。時間ねえんだろうがよ。さっさとスルトのとこへ案内しろよ」
「さっさとだって? 何言ってんだか。三分どころか十分も待たせてくれたくせにね。あっちの状況がおかしなことになってたらどう責任取るつもりなんだか。だいたいお前は何をそんなに殺気立ってるんだい? そんなこっちゃスルトに足元すくわれちまう」
「殺気立ってるって分かってんなら見境なくなるまでの時間もねえって思わねぇのか? さっさと案内しろ」
 オウカが最後まで言い切る前にまるで脅すように言い放つクリガン。なんて無茶苦茶な言い方かしら! 私なら多分頬でも引っ叩いてやるところだわ。オウカは呆気に取られてるみたいだけど、たぶん次の瞬間には怒り出す、と思った時、
「いいだろう」サトゥルヌスが言った。「だが一つだけ言っておく。前衛は基本的にはお前頼みだ。怒りに身を任せて突っ込みたけば止めはせぬ。が、殺されようものなら私一人では限度がある。ほぼ間違いなく即時退却となるだろう。蘇生はないものと思え」顔が骨だからなのか言ってる事が余計に冷たく感じる。多分、コイツはそういう事態になったら迷うことなく言ったとおりにするだろう。
「……分かったからさっさとしてくれ」全く心を動かされた様子もなくあっさりと言うクリガン
「ふん、死の恐怖すらお前の怒りを覚まさぬのか。或いは死の恐怖を知らぬのか。……おおよそ見当もついておるがな。オウカ、かまわん、もしこいつが死しても次の手を考えるまでの事。母君のところへ飛ばしてくれ」
 ちょっとカチンと来た。誰か腕の立つ戦士の助けが必要だって言うからクリガンに頼んであげたって言うのに。
「何よその言い方! あんた」私はサトゥルヌスに食って掛かった。ところが庇ったはずのクリガンに止められた。
「黙ってろセリス
「うるさいよ!」おまけにオウカも同じタイミングで私を怒鳴りつける。どうやらかなりムカついてるみたいだわ。
「なんなのよこいつらぁ……」私が二人を見て独り言を言っている間に、問答無用と言いたげな怒鳴り声みたいなオウカの声が響いた。
「転移!」

 ――――

 視界が真っ暗になったかと思うと遠くから光の矢が無数に現れ、その矢が全身を突き抜けた瞬間に別の場所に当たり前のように佇んでいる私たち。髪を揺らす事すらない。目の前には南の方向を向いたままのガイアがいた。その視線の先は真っ暗闇で、地平線の先にうっすらと町の灯りのようなものがぼうっと見えるだけ。もちろん辺り一面も真っ暗だけど、サトゥルヌスのおかげで見る事が出来る。さっきまでと違うのは、騎士団の亡骸がないこと。草か何かが焼け焦げたような臭いはさっきまでと同じだけど、人を焼いた臭いがしないだけ精神的には幾分楽に感じる。
「皆さん……遅かったですわね」
 穏やかなガイアの声は直接頭の中に響いてくる。別に声を出しちゃいけないというわけでもないらしく、オウカは普通に声に出して答える。
「ちょっといろいろとね。奴の様子は?」
「先ほどまでと変わりありません。この先五キロ南方をゆっくりと南進していますわ。それにして不可解です。直ぐにでもルアスの真ん中に転移できる力を持っているはずですのに、まるでタイミングを計っているのか、それとも何か事情があってルアスに入ることを躊躇っているか……」
 オウカはガイアの横に立って言った。
「私たちを待ってる可能性だってあるさ。直接の相手はスルトだけど、お互い尻尾出しながら騙し合いしてるようなもんだからね」
 オウカとガイアはかなり詳しい事まで理解してるからか、たまにこういう意味不明な会話をする。少し気分が悪いけどここで「どういうこと?」なんて言おうものならまた時間がないってどやされかねない。数秒だけ皆が沈黙した後、クリガンが唐突に言った。
「……こっからは走っていくのか?」
 ガイアがこちらに振り向いた。オウカが変わりに南を監視しているように見える。多分実際にそうなんだろう。
「いいえ、正直に走って行ったのでは迎え撃たれてしまいますからね。スルトがどの程度の力を持つか分からない為、容赦して差し上げられる余裕はないと仮定しています。ですので転移魔法を用いて全力で急襲いたします。もう聞いていらっしゃると思いますが、もしもスルトが思ったほどの力を持たない場合、圧倒してしまって逃げられては元も子もありません。これに備えておく必要がありますので、二の太刀は私とサトゥルヌスはお役に立てません。セリスと共に防御や強化、耐久、反射等の可能な限りの術を施しておきますが、クリガンは反撃に十分お気をつけください。次の転移は少し特殊なことをする必要がありますので私が行います。普通に転移すると私とサトゥルヌスはともかく貴方達三人は到着と同時に燃え尽きてしまいますからね、防御壁も同時に転移させます」
 どうしたんだろう? ガイアの言い方は、まるで演劇でも見ているみたいに笑顔を絶やさずサラサラと話す。私たちが来るのが遅かったから言う事を考えてたのかしら。これから決戦だって言うのに緊張感がまるで感じられない。「ところでクリガン、お貸しした武具は良くお似合いですが、その気の逸り様は心身共に準備万端ということでよろしいのかしら?」
 別にガイアに悪い感情は何も持ってないんだけど……なんか気持ち悪いぐらいわざとらしい。一体どうしたんだろう。答える方のクリガンも何を怒ってるんだか分からないけどムスッとしてめんどくさそうに一言だけ「……早くしてくれ」って答えた。
「それはそれは。少しだけオウカから様子を教えてもらっていましたが……どうやら少しだけ正気を取り戻してもらったほうがよろしいですわね」
「え?」私は思わず声を出した。オウカも同じ事を思ったらしく振り返って「ちょ、ガイア?」と素っ頓狂な声を上げる。そりゃそうよ。散々時間がないって言ってるはず、なんでここに来てさらに時間を浪費するような事を……?
「母上、時が惜しいかと。クリガンとは話はついております。ただでさえこのようなことに母上の手を煩わすことなど」サトゥルヌスまでが私たちと同じ事を思ったらしい。思わず口にしたというのがぴったりな様子だった。でもガイアはまさに母親らしく厳しく言い放った。
「お黙りなさい、クロノス。すぐに済みます」
「……はい」
 たったの一言だけど、厳格で厳しい母親というのはこういう人の事を言うのかと思った。でもだからこそ思う。何故時間がないって言ってるのにすぐに行かないのか……。そんな事を思っているうちに、ガイアはクリガンの前に立って右手をクリガンの頭にかざした。
「……? ガイア、今のは? 俺に何を?」
「大したことではありません、怒りに我を忘れそうになっておられますのでそうならないようにお手伝いいたしました。今の貴方はその怒りのエネルギーを失うことなく力を発揮することが出来ます*1 。本来であればどのような事情でご立腹なのかお聞かせ頂いてお力になりたいところですが、そこまでのんびりしていては事態がどう動くか分かりません。皆さん、早速参りますがよろしいですか?」
 言われるまでもないことだった。私は別に戦いたいわけじゃなくてさっさと終わらせて帰りたいだけだけどね。
「いいわ」何故か答えたのは私だけ。
「では参りましょう。クリガンとサトゥルヌスはスルトの頭上、私はスルトの数メートル後方、オウカとセリスは私から二十メートル程後方に現れます。クリガン、貴方の戦士の資質を信じております、遠慮することなく怒りをぶつけてください。サトゥルヌス。貴方の初激に私の術を乗せます。貴方はマグニチュードと言う単位を知っていると思いますが、この単位で十程度の威力を乗せます。大丈夫ですね?」
「お任せください、母上」
「ブレのないように。打撃が芯を捕らえないといくらかのエネルギーがスルトに叩き込まれずに地震を引き起こすことになります。完璧に決まればいくらスルトであっても瞬時に粉々となり再生もすぐには不可能、精神体レベルでも自立的な行動がほとんど不可能な状態となるため神界に逃げることも適わずもっとも理想的な形となりますが、そこまで期待するのはスルトにも失礼でしょうね」
「心得ております」
「では、オウカ。お願いしたとおり防御壁を」
 さあいよいよ行くのか、と神経を集中させようとすると、またしてもこの男が!
「待ってくれガイア」
 さすがに怒鳴りつけてやろうとしたら、一足先にオウカが怒りの全てを叩きつけるかのように叫ぶ。
「あんたはいい加減におしよ! さっきも三分くれとか言って時間を無駄にしてるんだ! 臆病風に吹かれたんならとっとと消えな!」
 その迫力に全然怯む様子もなく、むしろ必死になってガイアに訴える。
「そうじゃねえ! ガイア、今、サトゥルヌスに何かやばそうな術を掛けるといったな。それを俺にも掛けてくれ!」
「それは出来ません」全然検討した様子もなく即答するガイア。考えるまでもないほどのことなんだろうけど、ガイアは穏やかな表情で丁寧に付け加える。「武具はその衝撃に十分に耐えられますが、貴方の両腕、下手をすれば全身が耐えられません。例え強力な強化補助魔法があったとしてもです」
「それでもかまわん! 奴らはこの手で叩き潰してやらなきゃ気が済まねえ!」あくまでも食い下がろうとするクリガン。なんと言うかこのままだと付き合いきれなくなる気がして、私はクリガンをなだめようとした。でも、ガイアに止められた。あくまでも丁寧に、言い含めるようにクリガンに説明するガイア。
「貴方の攻撃が成功する確率は八割程度ですので選択肢としては悪くありません。しかし仮に攻撃が成功した場合でも貴方の腕が外科手術レベルで何とか出来る範囲の損傷で済む確立は三割、残り七割はほぼ確実に治療不可能なレベルの全身不随となり一生を不自由に送ることになります。それに、もしも攻撃が失敗した場合、掛けた術のエネルギーが貴方に襲い掛かり間違いなく木っ端微塵です。そのような賭けは出来ません」
「それでも!」
「なりません」少しだけガイアの言い方が厳しくなった。「これ以上は聞きません。まだその話を続けるのなら記憶を消して強制的に帰っていただきます。私はそれほど上手くは記憶を操れません。大切なこと、例えば貴方の大切な息子さんの事等、十や二十の記憶は一緒に失われますよ?」
「……何だか知らねえが脅すつもりか?」
「いいえ、違います。逸り昂ぶる気持ちに水を指すつもりはありません。何か事情がありそうだということは改めて聞くまでもなくひしひしと伝わってきています。ですが、貴方は奴らを叩き潰すとおっしゃいました。そうであれば尚更、今はそのような賭けをするべきではないのではありませんか? スルトと貴方に直接因縁があるとは思えませんから恐らく貴方の怒りの矛先にはマレッセンもしくはその一味がいるのでしょう。よく聞いてください、貴方の両眼にはスルトは彼奴等の一味として映っているのでしょうが、そのスルトですらも彼奴等に操られているだけである可能性があるのです。スルトに情けを掛けるつもりもありませんが、貴方が全霊を懸けるべき時は今ではありません。……違いますか?」静かに流れるように語り掛けるガイア。何と言うか、頭ごなしに否定されるよりもさらに厳しさを感じるのは何故なのか……。
「……分かった。行こう」クリガンにも私が思ったのと同じ厳しさが伝わったのか、何とか諦めたみたい。いつものガイアならここでにっこりと笑ってクリガンの返事に答えそうなものなのに、今は軽く頷いただけですぐに私たちに指示を出し始める。
「では、オウカ。改めて防御壁をお願いします。セリス、私と共に全員にありったけの補助を行いましょう。既に転移は発動しています。これから三十秒後、先ほどお伝えしたとおりに転移するはずです。マイソシアの神々のご加護を祈ります」
「マイソシアの神々の? でもガイア、貴方だって」神様だったんじゃないの? と言おうとしたら、ガイアの人差し指がそっと私の口に立てられた。
「郷に入っては郷に従えという言葉があるのですよ」
「フッ」
「ゴウ? ゴウって何? ていうかサトゥルヌス、あんた今、フッて鼻で笑った?」
「あ、すいません、お気になさらないでください、私たちの古い記憶の中の言葉なのです」
「んー。まあいいわ」
「ええ。さあ、集中しましょう」
 
 
 


補足
*1: 武門シャオリンの極意では修練と精神力で同じ境地に到達する

 

border line image
WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
border line image