#50 小悪党 [セリス]
posted by GEM at 2007年02月12日 16:36
上空から落ちてくる岩の槍は、ぐらりと動き始めてから中々標的であるスルトのところに落ちてこない。ものすごい速さで落ちているのかゆっくり落ちているのか……ただでさえ真っ暗な夜空から落ちてこようとしている巨大なそれは、下から見上げても対比できるものが何もないからか、どんな速さで落ちてきているのかさっぱり分からない。
「な、なにアレ? ねえちょっとオウカ? あれ、落ちてきてるわよ? ガイアは一体何するつもりなの……?」
「わかんないわ、さっきからガイアと話が出来ないし。でも話が出来なくなる直前、『少し本気を出すから結界から出ないように』って……嫌な予感が、するね」
「嫌な予感って何か心当たりでもあるの?」
「違うよ、心当たりが全くないから不安なのさ。ガイアがあそこまで怒りをあらわにしたことなんかないんだからさ」
「……ねえ、いくらなんでも逃げなくていいの? 落ちてきてるわよアレ! こんな近くであんなのが落ちて来たらただじゃすまないんじゃないの?」
別にパニックになってるわけじゃないけど、あんなものが落ちてきてるって言うのにこんな至近距離で余裕で見ていられるほど鈍感でもない。素直に言えばものすごく焦っている。私だけじゃない、オウカも努めて冷静であろうとしているように感じる。
「ちょっと待って。ガイアが何をしようとしてるのか出来るだけ読み取ってみるから」
そう言って、より真剣な様子でガイアの様子を食い入るように観察する。見ただけで何か分かるのかしら? って思うけど、分かるんでしょうね。ちょっと首を傾げたりブツブツと何かを呟き……ブツブツとした独り言が聞こえるような大きさになった。
「まさ、か……でも、間違いない……ガイア、本当にそんなことが可能なの? 本当に大丈夫なの!?」
まだ出会って数時間だけど、オウカでもこんな風に動揺することがあるってことにまず驚いたわ。そして『オウカですら動揺するほどヤバイ事態なんだろう』って思えてくる。信じられないって顔で固まっているオウカを覗き込んで言った。
「ちょっとオウカ!? 一人でブツブツ言ってないで私にも分かるように教えて欲しいんだけど。どうなるっていうのよ?」
心ここにあらずというようなオウカ、視線は私の顔を見てるけどブツブツと何か考えているようで私の事なんか全然見えてないみたい。――と思ったら、唐突に私に気がついたのかそれとも何かを思いついたのか分からないけど、いきなり目をまん丸にして慌て始めた。
「セリス、腰を下ろして、早く! 立ってたら危ない!!」
「立ってたらって……逃げた方が」
「結界から出たら何回地面に叩きつけられるか分かったもんじゃない! 結界の中でだって立ってたらすぐに放り出されてお陀仏だよ! もう説明とかしてる時間がない、言う通りにしな!!」
言いながら唐突に腰を下ろし、バックパックから伸縮する杖みたいなものを取りだして地面に突きたてている。私もとりあえず言われた通りに腰を下ろしたけど……一体なに? オウカはスカートを捲し上げて胡坐をかくように腰を下ろし、地面に突きたてた杖を両手でしっかり握り締めている。そして、またさっきまでみたいにブツブツ言い始めた。
「信じられない、あんなことが出来るなんて……。ものすごいエネルギー量になるはず……。私の予測どおりだとしたら、これから発生する衝撃に比べれば正式のメテオだってそよ風みたいなもんだわ……。ほら! あんたもこういうふうにその杖を地面に突きたてな! 結界が杖を固定する! もし全部私の予想通りなら絶対に立ってなんかいられないんだから! しっかり掴まってないとあっという間に結界の外に弾き出されちゃよ!」
「う、うん、分かった」ものすごい迫力と真剣さに圧倒されてまずは言うとおりにスリーピーヒーラーを地面にしっかりと突きたてて両手で掴み、両膝をついた。
いよいよ地面に近づいてきたらしいそれはゴウゴウという唸るような音が聞こえてくるほど回転していて、しかも普通に会話するのは厳しいぐらいの音になってきている。
「マジ!? 回ってるのアレ?! 信じられない!!」うるさい中でオウカに届くように声を張り上げて言うと、応えは頭の中に直接帰って来た。
(あれをそのまま落とされるだけでもタダじゃすまないのに、質量の数十倍のエネルギーを叩き込むつもりだわ。スルトはかなり強力な重力で押さえ込まれてて逃げれないし、おまけにその重力がエネルギーをさらに加速させることになる。いつものガイアからは想像出来ないほどえげつない……。もっともガイアだからこそ出来るんだろうけど)
(……ガイアだからこそ? 私は逆にガイアがそんな強烈なことをするなんて想像出来ないけど)
(あぁ、だからこそってのは正確じゃないね……サトゥルヌスにも出来るのかもしれないからね。要するに人間が制御出来る限界はとっくに超えてるってことさ。いま上空で練り上げているエネルギーをそのままスルトに撃ち込んだりしたら、スルトどころか私らも含めて辺り一帯全てが粉々に吹き飛ばされる。人間でも魔力さえ十分ならそこまでなら出来る。でもガイアはあの岩の槍をエネルギーの依り代としてだけ用いて、打ち込むときにはエネルギーだけを相手に叩き込む。岩の槍そのものは可能な限りダメージを与えずに大地に戻すつもりなのよ……)
(……じゃあこんなふうに体勢を整えなくてもいいんじゃないの?)
(馬鹿言っちゃいけないわ、いくら大地にダメージを与えないようにって言ってもそれなりのエネルギーが大地を揺るがすの。平たく言えば地震が来るんだよ、しかも目の前に震源が発生するんだ。もしここがもっとルアスに近かったら町全体が数秒で全壊しかねない規模の地震がね! 来る!!)
(んな……、はあ!? なにそれ聞いてないわよ!! てゆーかそういえばクリガンは?! クリガンは大丈夫なの?)
(さっきサトゥルヌスが抱え上げて距離をとってたからきっと無事だよ! それより集中して! 喋ってると舌噛むよ!!)
頭の中で直接喋ってるから噛まないんじゃ? って思ったその時!
ドガガガガガガガッッッ!!!!
揺れる、なんて生易しいものじゃない!
何も考えられなくなった! それどころか、視界に映るあらゆるものが何なのかさっぱり分からず、耳には全てが混ざり合った一塊の轟音が洪水のように押し寄せた!
自分の周りの空間が、大地が、空が、いいえ、目に見えない何かが、私をがんじがらめにしてどこかへ力の限り放り投げ捨てようとしているみたいだわ!
生まれてからただの一度だってここまで強く何かを握り締めたことはない、というぐらい、地面に突き立てたスリーピーヒーラーを握り締めた。足なんてとっくに揺れに踊らされちゃって地面を踏みなおすことも無理。とにかく、スリーピーヒーラーにしがみ付いて絶対に離さないことだけが私が生き残る唯一の方法だと直感が理解している。
地面にただ突き立てただけのスリーピーヒーラーは、まるで大地の奥底から生えてきたみたいにしっかりと固定されていた。きっと、結界を維持してくれているらしい精霊の女の子がしっかりと固定してくれてるんだろうなぁとか、余裕なんか全くないのにそんなことが頭をよぎった。よぎったけど、それでも泣いちゃいそうなぐらい怖いのも間違いない。死の恐怖とかそんな生易しいものじゃない、手を離したら挽肉にされちゃうかもしれないっていうもっと現実的な恐怖!!
ただただひたすら、早く地震が収まって欲しいと祈っていた。祈り続けていた――
「セリス……。セリス……? ねえ、ちょっとあんた、大丈夫? 頭でも打った?」
オウカの声が聞こえてきた。天地がひっくり返るような地震の中、その声はなぜかはっきりと聞こえてくる。……は? あれ? 違う、とても静かなんだわ……どうして?
「生きてるんでしょ? 目を開けたら? もうとっくに収まってるわよ?」
オウカにそう言われて初めて、自分が目を閉じているんだと気づいた。恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、一瞬自分がどっちを向いているのか分からなかった。周りの焼けた木とか岩とかの様子とオウカが向いている方向を見て、どうやらガイア達の方を見ていたはずの私は全く正反対を向いているらしいことが分かった。
周辺はさぞかし大変なことになっているんだろうと思ったけど、目に飛び込んでくる風景は地震になる前と全く変わっていない――サトゥルヌスの魔法のお陰で暗闇の中でもある程度見えているっていうだけだからはっきりと分かるわけじゃないけど――。
「信じられない……あんなに揺れたのに……」
「感心する気持ちも分かるけどそれどころじゃないわ、セリス。ほら立って」
脇の下に手を引っ掛けて少し強めに私を持ち上げるような素振りをするオウカ。実際には持ち上げてくれたわけじゃなく立たせようと促すだけ。
「オ、オウカ、貴方よく平気な顔をして立っていられるわね?」杖に体重を預け、震えて言うことを聞かない足に平手でパンパンッと渇をいれ、やっとの思いで立ち上がってガイアの方を向いた。
「で、今度は何? 大津波でも来るの?」
「あれ見て、ほら」オウカがそういって指差す先。そこには相変わらず目に見えるほど何かが漲っているガイアがいる。そしてその先にはスルトが……?
――!?
違うわ、スルトじゃない! あれは一体……誰?
「……どういうこと?」
「静かに」
ぴしゃりとそう言われると同時にガイアの声が聞こえてくる。
「ご自分から私達の前に現れるとは……相変わらず何をお考えなのかよく分からない人ですね?」激怒している様子なのに不気味なほど感情が感じられないガイアの言い方に対して、男は軽く引いちゃいそうなほど大袈裟な身振り手振りまで交えて、勘違いした三流貴族みたいに答える。
「偉大なる母なる大地の精霊よ、気に病む必要はありません。私の考えている事が分かる者などいやしないのですから」
これが舞台だったら間違いなく石投げてるわ。しかも思いっきり振りかぶって。ガイアは特に何も感じていないらしい。
「スルトをどうしたのですか?」
「あの役立たずならアジトへ送り返しましたよ。何、ご心配なさらずとも別次元です。空間は同じ階層でもここではないので影響は全くありませんよ。しかしまぁ、あのデカブツにもほとほと参った! 破壊神だとか大きな事を抜かしてましたがあっという間に貴方達に打ちのめされて……ハァ。実際、どうなんですかね? 私が知る限り、あいつに限らずほとんどの『神』って奴らはつくづく使えない。そう思われませんか? おっと、もちろん、貴方のように神々しいまでに美しければ鑑賞するという素晴らしい価値があるのですがね」
男は言い終わると同時にウンウンと頷いて満足げに笑顔まで浮かべる。妙な道化師みたいな服の上から見た限り、筋骨隆々というより引き締まったシャープなラインをしてる。小柄でも大柄でもないしそれほど特徴的な顔つきでもない――少なくともルケシオンとかサラセン、マサイの男みたいにちょっとくどい系じゃない――、特徴らしい特徴といえば身振り手振りと話し方というところ。
ガイアもオウカも何かを言いたそうにしつつ絶句しているという感じで男を見ている。確かに、神を使えないとかいう辺り、私も「コイツ馬鹿だわ」って感じで絶句してるけどね。
でも同時に、私は別の事が気になっていた。男は別次元だとか空間だとかそんな事を言った……。ここに来る前までの私ならそのキーワードに何も感じなかったし言っている事もさっぱり分からなかっただろう。だけど私は、ついさっきまで似たようなところにいた*1
。だからこそ直感で思う。この男は一体何者なのかという以上に、オウカやガイアに近い存在なのだって。
ガイアが肩を落としながら小さく溜息をついた。あきれてものも言えないけど無理して言ってみる、という感じで語り始める。
「厄介なことです……。以前の貴方はごく普通に暮らす人々にとって迷惑な存在ではありましたが、世界全体から見れば取るに足らない存在でした。所詮、小悪党達を束ねる頭領にしか過ぎませんでした。昔、貴方がオウカの住む所に侵入しなければ、私は未だに貴方の事を存じ上げなかったでしょう」
「ええ、よく覚えていますよ! あの時は確かに痛い目に遭いましたねえ……。あの女の容赦のない魔法攻撃のお陰で、ニプルランドと平原を行き来出来る唯一のルートにやっと建造されたスノーハイウェイ*2
は広範囲にわたって雪崩に埋没、厳しい気候や険しい地形のお陰で除雪もままならず現在でも封鎖されたまま……。実に懐かしい」
……え? そうだったの? オウカを見るとワナワナと打ち震えている。一応聞いてみた。
「ちょっと、今の話って本当なの?」
「あのガキィィ……雪崩が必要以上に大きくなったのはあいつがあちこちに爆弾を仕掛けたからじゃないか! おかげで私んちも雪崩に埋まったってのに人のせいにするんじゃないよ! 周りの温度がもう少し下がったらここ(結界)から出てぶん殴ってやる!」
ん? 何があったんだか知らないけど爆弾まで仕掛けていたってことは……それだけオウカの実力を理解していたっていうことなんじゃないの? そうだとすると、ガイアの言う小悪党にしてはスケールが大きいような気がするわ――もちろん、ガイアの感覚と私の感覚なんて全然違うでしょうけど――。あの男がそうまでして一体オウカの何を狙ったのかということの方が気になったからそう聞いてみると、
「狙われたもの?! ……私自身だよ」
「え、ま、まじで? 惚れられたの?」
「全然違う、あのガキども、この私を手懐けようとしやがったのさ!」
「! ……そりゃまた、た、たいへん、だったのね……」
結界の中で歯軋りするオウカと呆れ返る私をよそに、ガイアが続けた。
「でも今の貴方はあの頃とは全く違います。次元・空間の存在を知り、私の本気の力を完全に受け流しながらも無傷であり、私が大地の精霊であり同時に地母神であることを知り、この世界を焼き尽くしかねない破壊神スルトを逃がし、さらに神々を『使えない』などとこき下ろす。人が何の助けもなしに僅か数年でこれだけの事を知りこれだけの力を身につけるなど不可能……。答えなさい、貴方の背後にはいったい誰がいるのですか?」
「背後? 貴方が、私に、背後に誰がいるかとお尋ねか? ……ク、クククッ……」
妙に含みのある言い方。それにしても、こいつは一体誰なの? という疑問が次の瞬間に明かされた。
「何がおかしいのです、マレッセン」
マレッセンですって?! 言われた方のマレッセンは肩を震わせ片手で顔を覆いながら笑い声を押し殺している。芝居がかってるけど。
「ちょ、ちょっとオウカ、今マレッセンって言ったわよね?」
「そりゃ言うでしょうよ、マレッセンなんだから」平然と答えるオウカ。何を考えてるの? 三年前から続く陰謀の首謀者の一人らしいって私に教えたのは他の誰でもない、オウカなのに、よくもそんなにあっさりと言えるものだわ。
「……ほっといていいの?」
「いいわけないじゃない、だからああしてガイアが矢面に立ってくれてるんでしょ?」
私はふと思い出した。クリガンはマレッセンの事を知っているみたいだった。ガイアの術か何かで心を落ち着けてもらったみたいだったけど……。
「クリガンは大丈夫なのかしら? あいつ、マレッセンって名前を聞いて激昂してたけど……」
「それは今更考えても仕方ないことよ。あっちから出てきちゃったんだから」
「え?」
「いいから静かに」
マレッセンは自分に酔ってるのか何なのかよく分からない、とにかくひとしきり押し殺した笑いを楽しんでから言った。目つきが、かなり遠くから見ている私でさえ分かるぐらいに変貌している。
「いいですとも、お引き合わせしましょう。私の背後の男は、そう……あ、あんたの背後にいるさ! ギャーハッハッハハァ!!」
「え?」私とオウカはマレッセンの言うことを聞いて何のことを言っているのか分からなかった。だって、ガイアの後ろから二人のやり取りを見てるけど、ガイアの背後になんて誰もいないし、一応私達の後ろも見たけどやっぱり誰もいない。
普通そんな風に言われればとりあえず背後を確認するものだけど、ガイアは何故か全く背後を気にする様子すらなくマレッセンの真ん前までスタスタと歩いて行く。こちらからマレッセンの姿はほとんど見えなくなった。
「ガイア、何を考えてるの?」オウカが独り言のように呟く。まるでそれが聞こえたかのようにガイアが凛とした声で言った。
「狂人マレッセン、哀れな……よりにもよって反逆者トールに魅せられてしまうとは。今の貴方の存在はもはやこの世界にとって災いでしかない……。貴方が生きることを許される場所など、この次元・空間のどこにもない……。ですが!!」
ガイアの声が少し強めに途切れた。完全に同じタイミングでオウカが慌てて呪文のような何かを呟いているのが視界の端に写った。それは何かの合図を受けての行動なの? と思った瞬間。
ドゴォォォンンンンンッッッッ!!
……あまりにびっくりして悲鳴すら上げられなかった。オウカも目が点になっている。さっきのガイアの術に比べれば規模はかなり小さいとはいえ余震のように地面が揺れている。ガイアとマレッセンの姿は、大地が爆発でもしたんじゃないかって言うほどに巻き上げられた土埃に覆われて全く見えない。
低く唸るような音の余韻にまったく引けを取らない、獣のような声が土埃の中から聞こえてくる。
「ガイアァァ!!」
それはマレッセンでもガイアでもない。聞き慣れないけど恐らくあいつだろうと予想できる声が聞こえてきた。いつものとぼけたようなのんびりした感じじゃない。背筋に寒気が走るような怒りと憎しみに満ちた声……。
「……な、何してるのかしらアイツ」私がアイツとしか言っていなくてもオウカにも十分に伝わっている。
「そんなの、あんただって想像はついてるんでしょう? しかし、まぁ……はぁー……」大袈裟な、心底呆れたって想いが込められた溜息。「クリガンってのは本物の馬鹿かい? 浮遊術の効果はとっくに切れてたんだ。すぐに掛けなおしたからよかったけど、あたしが気がつかなきゃどうなってたか……」
クリガンの心配をしていると言うよりは本気で馬鹿さ加減に呆れ返ってるみたい。私は……心配でもあり恐ろしくも感じている。クリガンに対してだけじゃない、よく分からない、違和感というか……。
土埃が晴れてきてうっすらとガイア達の立ち位置が見えるようになった時、ガイアのかなり厳しい命令調の声が響いた
「クリガン、下がりなさい。まだ私の話が済んでいません。マレッセンには聞かなければならないことがたくさんあるのです。殺させるわけには」
でも、そんな命令に応じる様子は全くない。
「ふざけるな! んなこた知ったこっちゃねえ! コイツだけは絶対に許しちゃならねえんだよ。いいかガイア、もう一度そいつを庇いやがってみろ、今度はアンタにこれを叩き込むぜ?」
つまり……ガイアは、クリガンの怒りの一撃からマレッセンを守ったってことね。自らの命すら厭わず問答無用で襲い掛かるクリガンの怒りは、単細胞の筋肉馬鹿って切り捨てられるような単純なものでも無さそうだし、マレッセンの事を守ってでも何かを聞き出さなきゃいけないガイアも引く気はなさそう。
この状況を笑う男、マレッセン。やたらと甲高い笑い声、顔を不気味に歪ませて頭がおかしくなったかのように笑い、そして言う。
「ハァーハッハッ! なんて滑稽なんだガイア、笑いが止まらないよ! お望みの黒幕なら背後にいるって言っているのに全く気にすることなくこっちに近づいてくるもんだから、問答無用でこのまま殺されるのかと思って肝を冷やしたさ! まさか、私を守ってくれるとはね!!」
「守るつもりなど……守るつもりなどあるものですか!」声を荒げるガイア。気おされたのかマレッセンの笑い声がぴたりと止む。「貴方が人の営みの中で恨みを買う程度の小悪党であれば私がいちいち守ったりなどしません。よくお聞きなさい、貴方は人の営みから大きく外れ、我々の領域の深部に立ち入っています。もはや貴方は否応なく我々の流儀を学ばなければならないのです……。大人しく私に従うのであれば悪いようにはしません。ですが抗うのであれば……私から見れば貴方は滅するべき存在でしかない、いささか不本意ですが貴方の脳に直接確認します。そうなれば貴方の不浄な魂など不要、頭だけ無事なら首から下などなくても構わないのですよ?」
とてつもなく神々しかった。神だから当たり前だとかそんな言葉のお遊びじゃない、絶対的な啓示と断罪がそこにあった。
でも、言葉の厳しさとは裏腹にガイアはクリガンとマレッセンの間に立ち、マレッセンを守る位置にいる。寒気すら感じる剥き出しの殺気に包まれているクリガンには、私がガイアに感じた神々しさは通じないみたい。
「ガイア! あんたにどんな都合があるんだか知らないが、そいつは親のいない俺にとって家族同然だった兄弟子や仲間を虫けらのように……殺したんだ。そいつは、仲間の、仇なんだ、頼むからどいてくれ!」
「んんー? あぁ、なんだお前か、思い出したよ。えらく昔の事を根に持ってるんだな?」マレッセンのその面倒臭そうな言い方はわざわざ神経を逆撫でいているとしか思えないし、そうしているのだろう。「相変わらず狂った眼をしてるな、これで元僧兵とか笑わせるな、狂戦士そのものじゃないか。その不気味なハンマーがよくお似合いだよ」
「黙りなさい!」
「黙れ!!」
ガイアとクリガンの言葉が重なり、クリガンが戦鎚を振りかぶったその時、背後に黒い影がすうっと現れ、戦鎚が振り下ろされる直前に難なく止める。サトゥルヌスだった。クリガンを諭すのかと思いきや、ガイアに耳打ちすればいいような意味深な言葉をわざわざ大きく言う。
「母上、お気づきかと思いますが……」
「分かっています。先ほどから……そこにいます……」
何か、あるいは誰かがいるってこと? 私とオウカは周りをより一層警戒した。でもやっぱり見えている以上の何者かがいるような気配はない。
「何かいるのかもしれないけど結界の中じゃ分からないのかもしれないね……セリス、私達も結界から出るよ」オウカはそういうと、短く何かを呟きながら両手を複雑な形に組み合わせた。途端に真夏の砂漠のような暑い空気が全身にまとわりついてきた。
「スルトがいなくなって温度も十分下がってる。でも油断しないでセリス、私から離れるんじゃないよ」
「分かったわ」
オウカが周りを警戒しながらゆっくりとガイア達の方へ向かう。私もみんなに補助魔法を掛けなおしながら後に続いた。しかし、結界が解かれてもやっぱり何者かの気配を感じる事は出来ない。嫌な予感というか、違和感はずっと感じてるけど……。
「お前ら、なんで邪魔するんだ……これ以上邪魔するならお前ら全員、こいつと同じ仲間の仇だ、今度こそ手加減しねえぞ……」
サトゥルヌスがすぐにクリガンを諭す。
「落ち着けクリガン、敵の気配すら読めぬほど怒りに支配されて前衛が勤まるのか?」
「何だと?」
また、マレッセンが笑った。癪に障る甲高い笑い声混じりに言う。
「面白いな君達! 僕に襲い掛かるかと思えば守り、守るかと思えば恫喝、仲間割れでもするのかと思ったら、今度は骨のお偉いさんの登場だ! しかも! ハッ! おいおい、あれを見てくれ! 美女がさらに二人登場だ! 一人は爆炎女の悪名名高いオウカ様、そしてもう一人は、なんてこった、禁忌そのものときたよ!! ここまでやりたい放題にやっておきながら僕の存在がどうのこうのとよく言えるものだね、ガイア!!」
恐らく怒りからだと思うけど、肩を震わせているガイア。サトゥルヌスは相変わらず表情もなにもないけど、クリガンが振り上げた戦鎚の柄を握ったまま真っ直ぐにマレッセンを見ている。
そして今、奴は私を禁忌と言った。人の気も知らないくせに!!
「セリス、惑わされちゃダメだよ。それに考えてる場合じゃない、ガイアとサトゥルヌスが言ってるのがこいつらかどうか分からないけど、新手だよ」
「え? 何?」
「ほら、マレッセンの後ろに出てくる」オウカが私に耳打ちしたと同時にマレッセンがさっきまでの狂った声じゃなく落ち着いた命じる者の声でいい放った。
「リギレス、チェリス、僕はそろそろ行くから少し相手してやれ。私があっちに着くまで、念のために遊んでやる程度で十分。殺すまでもない。むしろ生かしておいたほうが楽しめそうだ。分かってるだろうが、深入りして噛みつかれるような馬鹿な真似はするな」
そう言っている間に、マレッセンの後ろに音もなく二人の人影が現れた。そのうちの一人はローブのフードを深くかぶった女だけど、驚いた事に私はあの顔をよく知っている。三年前に私を捕らえ、ゼシン神殿に案内し、母さんが植物状態になってからは私やセシリア、そして母さんの事を心配して見舞ってくれたこともあった。でも、あいつ、なんでこんなところに……?
「面白そうだね。殺さない保障は出来ないけど出来るだけやってみるよ。それからマレッセン、スルトをアジトに送ったって言ってたけどさ、女王もアジトにいるんだ。まさかそんなことになるとは思ってなかったから女王には簡易の隔離しかしてなくってさ。まだ大丈夫だと思うけど、急がないと女王が消し炭になっちゃうよ」
「それはまずい、迂闊だったな」
その時、クリガンが動いた。サトゥルヌスに押さえられた戦鎚を手放し、いつもの数倍速い身のこなしで一気にガイアの脇を抜けてマレッセンとの間合いを詰める!
キィィン!
金属と金属がぶつかり合う音が響く。でもマレッセンは一歩たりとも動いていない。リギレスという男が見たことのない槍でクリガンの一撃を薙ぎ払って受けたみたい。クリガンの手にはいつもあいつが懐に忍ばせているクファンジャルが握られている。
「どけ小僧」そうクリガンが言うとおり、リギレスはクリガンに比べたらずっと小柄だった。
「その小僧に片手で軽く受け流されるようなトーシロの口の利き方じゃないね」
声も青年というよりは少年に近い。でも、言い終わった瞬間にクリガンの頭に目掛けて槍が突き出された。クリガンは何とか避けたけどいくらか掠ったような音が聞こえた。リギレスは続けて言う。
「今の僕の突きを眠ってても避けられるなら僕の事を小僧って呼んでもいいけどね。さっきマレッセンが言ったとおり遊んであげるから気が済むまでどんどん掛かっておいでよ。間違って殺しちゃうかもしれないけどさ」
でも、クリガンは聞いているのかどうかよく分からない。リギレスが言っていることを丸無視してクファンジャルをマレッセンに投げつけた。ところが、クファンジャルはマレッセンの頭を素通りして遥か後方の地面に突き刺さった。陽炎のようにその場から消えかかっているマレッセンがにやりと笑う。
「クリガン! 私を恨むのは勝手だが、舞台の上に立ちたいならせめてリギレスと対等に渡り合えるぐらいには腕を磨いておくんだな! 次に会うのを楽しみにしているよ! ハァーッハッハッハッ!!」そう言い残して掻き消えるように姿を消した。
「待てマレッセン! 戻りやがれ殺人狂め! クッ!?」
リギレスの槍が再度クリガンに襲い掛かった。今度は盾でそれを受けるクリガンをみて、というよりその盾を見て興味を持ったらしい。
「見たことのない盾だね? うん、とてもいいものだ、それにその防具も強力そう……。いくら禁呪をかけた僕の槍でも破壊するのは無理そうだなぁ。でもいいや、それなら多少手荒く指導しても死ぬ事もなさそうだしね」
「黙れ小僧!! マレッセンはどこに行きやがっ、ぐっ!? ぐあ!!」
リギレスの槍が何度クリガンを突いたのか、ある程度離れたところから見守っていたけど全然分からない。ただ、その槍が引かれたとき、クリガンは尻餅をついて倒れていた。
「今度小僧って呼んだら頭を潰すから。ところでどうする? もうマレッセンは行っちゃったしさ、もしも大人しく引き下がるなら手を振って見送ってあげるけど? ぶっちゃけ、殺すまでもない奴らと遊んだって大した暇つぶしにもならないもん」
「な、なめやがって……?」さっきまでより幾分殺気を削がれたのか、クリガンの声が少し正気に戻っている。そこにサトゥルヌスが戦鎚を差し出して言った。
「冷静になれクリガン、今、圧倒的に不利なのは私達の方だ。前衛がこれに気づかなくてどうする?」それははっきりと聞こえる声だった。リギレスにも聞かれると勢いづかれる気がするんだけどそれどころじゃないって事なのかしら?
戦鎚を受け取り油断なく立ち上がりながらも、何のことか分からないって様子で周りを伺うクリガン。そしてそれは私とオウカも同じ。リギレスは私達の様子を見るともなくつまらなさそうにしている。私達を相手にすることは余裕なのか、それどころかほんとうにつまらないのか……。ガイアがサトゥルヌスに同意して続ける。
「息子の言うとおりです、油断しないでください。すぐそこにいながらわざと出てこないのです。こちらからは見ることはおろか手出しすら出来ない所でこちらの様子を窺っています」
「どういうことだ? 分かるように言ってくれねえか?」
「ガイア、一体、何がいるのさ?」
クリガンとオウカが何に警戒していいのか分からないというように周りを見ながら言った。オウカですら分からないなら私にはさっぱり分からないような気がする。気がするけど、依然として、何か私達全員をまとめて絡め取るような変な空気を感じている。そういう意味では私は感じているのかしら? そんな風な漠然とした違和感から周りに気を遣っていると、ふとフードの女が視界に入った。気が強くていつでも偉そうにしていたのに、今の彼女は眉間に皺を寄せて唇をかみ締めているみたいで、悲壮感というのか、思いつめているように見える。
「チェリス……あんた、なんでここに? 魔術師団長のあんたがなんでそっち側にいるの?」
「……」
チェリスは何も答えないしこちらを見ようともしない。代わりに、というわけかどうかは知らないけどリギレスが私を見た。視線が瞬時に私の頭から爪先に動く。そして再び私の眼を見る。でも何故だろう、目が合ってるのに目が合ってる気がしない……。
「さあ、せっかく見逃してあげようと思ったのにまだこうしているって事は引く気はないってことなんだよね? だったらぼさっとしてないでさっさと構えたら?」そして少しだけチェリスを見て言う。「チェリス、僕はおっさんに稽古をつけるから後は頼むよ」
リギレスがクリガンに襲い掛かり、チェリスはその場で呪文を唱え始める。ガイアは私とオウカに補助をするように短く指示するとすぐに手を広げてクリガンに何かの術のようなものを掛け、サトゥルヌスは詠唱を続けるチェリスの方を向き、私とオウカは、ガイアの指示通りみんなに補助魔法を掛け始めた。
しかし……なんだろう? 変な違和感が、ずっと纏わりついてくる。
*1: #35 黒塊を参照。
*2: ゲーム中においても雪崩によって通行できない事になっているレビアと平原を結ぶ街道のようなもの。レビアにはゲートや魔法を用いる以外に行く方法がない。なお、二プルランドとはマイソシアの北方のこと。平原とニプルランドを隔てる極めて険しい山脈によって隔絶されており、陸路で唯一行き来可能だったのがスノーハイウェイである。


