#51 家族 [---]
posted by Amadeus at 2007年04月09日 02:27
必死の形相そのままに何度も死の淵から突き落とされそうな様子のクリガン。そのクリガンを追い詰める小柄な男リギレスは一人の男の生死を握っているとは思えないほどやる気もなさそうに立ち回ってる。リギレスの得物である黒い槍は持ち主の体格には不相応の大きさだが、今のリギレスの表情は槍を持って尚且つ戦っているとは到底思えない。ひたすら仕方なく、殺さず生かさず程度に相手をしているとでも言いたげだ。彼の槍はクリガンの攻撃・反撃をほとんど許さず、ガイアが与えた防具がなければ既に死の淵から旅立っているだろうというほどのものだ。戦士であるクリガンの名誉のために付け加えるならば、クリガンが弱いというのは正確ではない。リギレスが異常なほどに戦い慣れしているのだ。禁呪が槍に施されている事を抜きにしてもその大きさによる重量からくる威力、それを要所で確実に繰り出す無駄のない突き、動きを読ませない最小限の体捌きと手の内のバリエーション、槍を手にしている事が信じられない変幻自在の払い、打ち。完全にクリガンを自分のペースに巻き込みながら、やる気のなさ故に本気で止めを差すつもりもないというところか。
圧倒されるクリガンに、セリスは精一杯の補助を行おうと努力し立ち回っている。しかし、リギレスはただの騎士、つまり槍使いではない。少なくともクリガンやセリスの知る冒険者のそれとはまったく異なる。補助にせよ回復にせよ、セリスが魔法を放とうとするとほぼ間違いなく妨害される。しかも見たことも聞いたこともない魔法によって。その妙な魔法はそれほどたいした威力はないのだが、魔法を邪魔するのには十分な効果を発揮していた。やっとの思いで補助が出来たとしても数十秒後には別のところにいるチェリスに解除されてしまいクリガンは安定した力を発揮出来ずにいる。
さらにクリガンにとって大きなネックとなっているのは、セリスの回復魔法の効果が逆転してしまっているために自身で持参した回復薬のみが体力を回復する手段となっていることだ。その事実はセリス自身にも申し訳ない気持ちを起こさせていて、セリス本人がそれを自覚しているかはどうかはともかく、その申し訳ないという気持ちの分だけ彼女の動きが鈍っているのは確かなようだった。
威力が激増しているセリスのパージフレアはリギレスを一瞬足止め出来るので、クリガンにとっては有り難い後方支援となっている。しかし、チェリスの適切かつ迅速なディスペル及び治癒・回復魔法によりすぐになかったことにされてしまう。聖職者であるセリスにとっての大きな攻撃手段の一つ『プレイア』を放てるほどリギレスに接近することはかなり厳しいため、他にセリスに出来ることといえばリベレーション*1
ぐらいしかない。だが、セリスにとってはスタミナの消耗が激しいため、オウカやガイアの回復がなければ連続して放てるのは七、八発、しかもそれらをすべてリギレスに打ち込めたとしてもチェリスの一度の回復魔法で帳消しにされてしまう状態だった。
オウカやガイアは可能な限りクリガンやセリスの回復や補助も行うのだが、この二人も中々思うようには動けない状態に陥っている。原因はチェリスが数十体単位で次々に召喚するビーズ*2
である。単体では雑魚そのものであり、固体によっては羽を掴んで地面に叩きつけるだけでも消えてしまうようなひ弱な魔物なのだが、複数回に渡って、ただ消えるのではなく新たに分裂して出現するという厄介な性質を持つ。際限なく分裂するわけではないのだが、それでもあっという間に視界を埋め尽くすほどの数に増えてしまう為その処理がとても厄介なのだ。さらに厄介なことに消滅するときに分裂せず別の魔物を呼び出す固体もいる。ドラゴンライダー*3
やスマイルマン*4
などのかなり強力な魔物を呼び出す場合もある。
チェリスはさらにデスメッセンジャー*5
までも召喚した。極めて厄介で危険な魔物でありよほど腕の立つ冒険者にとっても命の危険すらある魔物である。しかし、そうは言っても所詮は魔物、一対一であればサトゥルヌスの敵ではないのだ。問題は、チェリスがデスメッセンジャーを常に十体程度となるように召喚を繰り返しているということだ。さすがのサトゥルヌスも大いに苦戦を強いられている。
極めつけは、デスメッセンジャーの放つ強力な範囲魔法メテオは、敵対者であるオウカ達だけでなく何故か同じ魔物であるビーズにまでダメージを与えた。十体ものデスメッセンジャーが交互に範囲魔法を放つため、その度にビーズは地面を埋め尽くすほどに増殖する。オウカやガイアが、ビーズが増えるのを防ぐ為に攻撃するのを手控えても無駄だと言うことだった。それにオウカやガイアも身動きすら取れないほどのビーズに纏わり付かれると範囲魔法を放たざるをえず、ビーズは常に三人の視界を埋め尽くしていた。
オウカは数で完全に圧倒されてしまっている状況を何とか打破する為に、チェリスに負けじとデスチャンプスミルやランスウェンディゴ、時にはスマイルマンまで召喚して応戦した。しかし、召喚できる魔物の数は圧倒的にチェリスの方が上だった。ならばとチェリスに威力の大きい単体魔法を直接放つのだが、デスメッセンジャーが身を挺してチェリスを守る。仮にチェリスに直撃しても既に何らかの強力な防御魔法か何かを施しているらしく、少し顔をしかめるだけですぐに回復されてしまう。同じような防御魔法は当然チェリスやガイア達にも施されている為、チェリスは無駄に威力が大きい単体魔法を放とうともしない。むしろそんな必要はないと言えた。目の前を絨毯のように埋め尽くすビーズやその他の魔物で手一杯のオウカ、ガイア、サトゥルヌスとは対照的にチェリスは落ち着いて一手ずつ対応できるからだ。逆にオウカ達はこの状況を打破しない限りいつか圧倒されて負けるのは分かりきっていた。
ガイアには他にも全力を出し切れない理由があった。まだ上空に三つの大地の槍を待機させているのだ。これを放てばいかにリギレスやチェリスであっても無事で済むとは思えず、視界を埋め尽くす魔物全体にもかなりのダメージを与えられるだろうが、この混戦状態では味方への被害も不可避である。おまけにどれほど強力なダメージを与えようがビーズは消滅する際にある一定の決まりに従ってほぼ必ず分裂する。これは見方を変えれば、どれほど強烈なダメージを与えても、少なくとも大半のビーズには結果的になかったことにされてしまうということであり、想定されるこちらの被害から考えれば全く割に合わないのだ。もちろん、何も考えずに放棄すればそのまま頭上に降ってくる。そんなわけで上空の槍を放棄することも出来ず放つことも出来ず、ただそれをそこに維持しているしかない状況であり、穴が開いてしまっている地面も一時的に閉じる為に力を使っており、ガイアにとって頼りない切り札であると同時に大きな足枷となっていた。
極めて不利な状況は好転する兆しは全くなく、セリスとクリガン、そしてサトゥルヌス、オウカ、ガイアはお互いの無事の確認や指示一つすらまともに出来ない。
ふと、オウカはビーズの大群の向こう、チェリスの背後が視界に入った。いつのまにかチェリスの背後にもう一人増えていたのだ。その男は右肩から先を失い全身血まみれになっている。印象としてそれだけの血を失えばどう考えても生きていられないはずなのだがその男は平然と笑みを浮かべている。何とかガイアにだけはそのことを伝えたが、二人とも眼前の敵に対応するのが精一杯で、サトゥルヌスに男の出現を伝えることすら出来ない。
チェリスの背後の男がニヤニヤと全体を見ながらチェリスに言う。
「リギレスのあの戦いぶりは見事なものですね。いくら武器に禁呪が施してあるとはいえ、私達には祝福も加護もない。それなのにマジックアイテムで全身を守っている相手によくあそこまで対峙できるものです。あの戦士の持つ黒い戦鎚、我々は触れられるだけでも肉片となってしまうでしょうに。いやぁ実に、全く、見事なものです。それに比べると、やっぱり魔導師ってのは、こう、えげつないのですね、魔物を召喚して自分は高みの見物というところですか……?」
「失礼な言い方ね。魔導師の力は使ってないし、貴方の毒殺よりマシだわ……」
「フッ、私は卑怯な毒使い、卑しい私ごときが貴方の神秘の力を揶揄するのは無礼千万、というところですか。まあ、謝るつもりなどありませんがね。ところで、右腕を失ってしまいました。頼めますか?」
チラッと男のほうを振り向き「……ええ」と応じたチェリスは、騒がしい戦いの音で全く聞こえないような声で何かを唱えた。右手に五センチほどの真っ赤な血の塊のような玉が現れると、それをリギレスの方に差し出す。
「やさしく扱うのよ、簡単につぶれるから。これを傷口にゆっくりと触れさせるだけよ。あとは知ってるでしょ?」
「はい、承知しています」
男は血のような何かが滴るそれを受け取り、言われたとおりに出血を続ける右肩に触れさせた。すると玉は肩の断面に溶け込んでいき、次の瞬間、一瞬で腕がズボッと生えてきた。その腕は血に濡れているが出血はしていない。引きちぎられた傷口すら消えてなくなっている。男は右手を握ったり開いたりを繰り返した。問題なく動く事を確認して満足そうに頷く。
「ふむ……よし、助かりました。それでは私は行きますが、マレッセンから伝言を預かっております。『あまり遅くなるな』とのことです。確かに伝えましたよ?」
「分かってるわよ、リギレスに言ってちょうだい。私はさっさと終わらせて帰りたいんだから」チェリスの応えは特に勘が鋭くなくても心ここにあらずなのが分かる。背後の男もここに来た時から当然気づいている。チェリスが眼前のサトゥルヌス達を注意深く見ているようでありながらチラチラとセリスの方を見ていることを。
「いくら召喚した魔物に戦わせているとはいえ使役主の視線が泳ぐのは感心できませんね……あの娘の事が気になるのですか?」
チェリスの肩がほんの少しだけピクリと動いた。指摘されたことを全否定するつもりはないようだ。
「……別に。確かに昔ちょっとした縁があったけど、それだけのことよ。あなた達のおかげで私はもう、元に、戻れないんですもの、冒険者が一人どうなろうと私の知ったことじゃないわ」
「へえ? ……じゃあ、別にいいですよね」
「……? 何をする気なの?」
「放っておこうと思っていたのですが気が変わりました。火に油を注ぐのが大好きなんですよ」
血まみれの男はニヤニヤしながらリギレスやクリガン、セリス達の方へ歩き出した。チェリスは「最低ね」と一言呟いたが止めようとはしない。
「クリガン! まだ回復薬足りてる!?」
ほとんど怒鳴り声のセリスに、同じく怒号の一歩手前というような大声で答える。
「でけえ声じゃ言えねえがそろそろやべぇ!! なんとか、ぬおぉ!? こ、クソ! なんとか出来るのか!?」
(でかい声で言ってんじゃん)と思っても言っている場合ではない。
「少しだけ耐えてて! いい!?」
「わか、グアッ!」
盾を上に弾かれ、そのまま突きを放たれ左脇腹に一撃を受けたクリガン。ガイアが用意した特別な鎧を着けているからこそ生きているが、それでも強烈な一撃なのは変わらない。
「大丈夫!?」
「くそったれ!!」
体勢を崩されそうになりながらも何とか建て直しリギレスのほうに向けて戦鎚で地面を叩く。クリガンがそうする度に地面が抉られ、散弾銃を同時に数発撃ち放ったような猛烈な勢いの土砂がリギレスに襲い掛かる。戦鎚そのものは華麗に避けるリギレスだがこれは大きく避けるしかないようだ。
まだ何とかなりそうだと判断したセリスは手早く守護動物の卵を取り出す。
「ミイ! 出て来て!!」
セリスが切羽詰って言い放つとジャイアントキキが現れた。セリスの守護動物ミイである。ミイは何も言われなくてもおおよその状況と用件が分かっているらしくすぐさま言った。
「りんご? 回復薬?」
「両方!!」
ミイはすぐに言われたものを取り出そうとして、止まった。
「ちょっと? 急いでるんだけど?」
セリスが急かすがミイは言われたものを取り出す代わりにこう言った。
「ご主人……。後ろの方は、どなたですか? お知り合いとは思えませんが……?」
「え? 何?」言われて気味が悪いというように眉間に皺を寄せて振り返り、そしてしばし言葉もなく固まった。
セリスが見た男。白い上着は右肩の袖が無く、上着そのものは血で濡れ、ところどころ乾き始めていた部分は『にかわ』の様にどす黒く変色し、右腕はまるで血の池から引き出してきたばかりのように血が滴っている。癖の強い赤い髪で背はセリスとそれほど変わらず、体格はジンに近いだろうか? 薄気味悪い笑みを浮かべつつ、セリスに軽く会釈する。ほんの僅かな時間固まっていたセリスが口を開く。
「うっわキモッ!! あんた誰!? 何者!?」
「初対面の相手にキモッはないでしょう、レディの品格を疑われますよ?」
セリスの眉間の皺が更に激しく波打つ。その男の返す言葉に寒気に近い嫌悪をはっきりと感じ取ったからだ。そして瞬時に、この男は味方ではない、仮に味方であってもこんな奴はいらない、そう判断した。おもむろに片膝をつき、スリーピーヒーラーを腕に抱えて両手を胸の前で組む。形だけなら祈っているのだが素早い動作には厳かな敬虔さは感じられず、男を見上げる目は明らかに敵対心丸出しである。
「プレイアァ!!」
セリスの一連の動作は極めてスムーズで瞬きするほどの間も感じられなかった。これだけスムーズに発動されると、いくらプレイアを放ってくることが分かっていても回避できるかどうかはまた別の問題だ。だが、男は違った。余裕の笑みなのか蔑視の笑みなのか、その笑顔を絶やすことなく、プレイア発動のギリギリのタイミングまでそこにいたにもかかわらず、プレイアが発動した途端にそこから消えていた。
「え!? うそ!?」放った方のセリスが驚いている。どう考えても男はプレイア発動の瞬間にそこにいたはずだと確信しているのだから無理もない。
「残念ですねぇ」と男が言うのと、
「ご主人、後ろです!!」とミイがセリスの正面に回りこんで言うのはほぼ同時。
対して、セリスはただ単に振り返ったりはせず、まるで格闘家のような素早さで振り返りながらスリーピーヒーラーで背後を薙ぎ払った。男は難なく距離を取って避け、笑顔を絶やさずに言う。
「凶暴なお嬢さんだ。ミルレスの新興貴族マグデリア家の第一公女らしく……!!」
瞬時に男の顔色が変わった。セリスは、男がこちらの攻撃を避けて一呼吸した瞬間(要するに油断した瞬間)を見抜き、いつも太ももに忍ばせている投げナイフを投げつけたのだ。今のセリスの動きは盗賊ほどの身のこなしというわけでもなく投げたナイフもそれほど速かったわけではない。それでも完全に男の呼吸を見切ることが出来たからこそ男の余裕につけこめた。ナイフは男の頬を掠めて闇の中に飛んでいった。
「……見事な投げナイフだ。それに機の読みが上手い」
「私を甘く見ない方がいいわ、海賊仕込なの。あと新興貴族って言うのやめてくんない? 家がでかくてお手伝いさんがいるってだけで貴族呼ばわりだけど、名門の血とか家柄とかそういうのは好きじゃないのよ。で、あんた誰? 今忙しいんだけど」
男をキッと睨みつけスリーピーヒーラーを向ける。ただ杖を向けているだけといえばそれまでだが、迷いが全く感じられない。男が少しでも怪しい動きをすればすぐさま攻撃をしかけるのだろう。男は再び笑みを浮かべる。セリスを刺激しないような振りをしているだけだろうが、一応ゆっくりとお辞儀して丁寧に答えた。
「これは失礼を、私はイダザグーラ・クバラガと申します。用があってチェリスを訪ねましたところ貴方をお見かけしましたので、ついでにお耳に入れておこうかと思いましてね」
「うっとうしいわね、要するにあっち側(敵)なんでしょう? あんたの話なんか聞いてる暇は」
「ご主人、気をつけて! この男からセシリアの匂いがする! とても緊張してる時の匂い!」
ミイがセリスを遮ってひときわ大きく甲高い声で警告する。セリスはさらに目に力を込めて男に問い正す。
「イダザグーラ、だったかしら? あんた……セシリアに何かしたの?」
「あのお方に何かするだなんて滅相もない。我々の元へ『お帰りいただいただけ』ですよ。無論丁重にお迎えいたしておりますのでご安心ください。貴方がどこまでご存知か知りませんが、貴方と妹君では歩むべき道が違う、いえ、違いすぎるのです。その道は二度と交わることはないでしょう。悲しいことでしょうが、これからは彼女の事は忘れて遺産を独り占めなさるとよろしい。寝たきりの母君もそろそろ旅立たれるのでは? いやぁ、私のような下賎の身には遺産という響きは非常にうらやましい限り」
「パージフレア*6
」
セリスは男が話しているのを無視して落ち着いた声で言い放った。あまりにも自然に語りかけるような魔法の放ち方だったためイダザグーラはまたしても虚を衝かれた。この魔法は狙った相手に必ずダメージを与える回避不能魔法だ。
「……やってくれますねお嬢さん。……グゥッ!」
発動まで少しタイムラグがある。逃げたところでどうにもならないと分かっているのか、大人しく発動するまでその場から動こうともしなかった。耐えきる自信もあったのだろう。しかし、すぐに自分が掛けられたパージフレアが自身の知るそれとは異なることに気づいたようだ。
「グッ、クウッ……な、なんだこの、パージフレアは!! グアァァ……、クソッ!」
「今の私のパージフレアは特別なの。少しの間継続的に衝撃を与え続けるわ」苦痛に歪むイダザグーラから注意深く間合いをとりつつ、その顔をまっすぐに見て言う。セリスの表情には笑みが浮かんでいるように見えるがその目は決して笑っていない。「どういうつもりだか知らないけど妹をどうしたのか言いなさい。それとも何発耐えられるか試してみる? 私も驚いてるんだけど、私のパージフレアは『重なる』*7
の」セリスがそういった途端、男の苦痛の表情が消えた。同時に血まみれに腕が微かに動く。
ヒュッ! ドスッ!
セリスの足元にナイフが突き立てられた。セリスは男が何をしたのか瞬時に理解出来る眼を持っているためか、その場から動こうともしなければ気にも留めない。それよりも(何故私のパージフレアが解除されたの?)ということの方が気になり、そう思った途端にイダザグーラの肩越しにチェリスと目が合った。どうやらチェリスに解除されてしまったということを直感で理解した。同時にイダザグーラが言う。
「もう十分堪能いたしました。しかし……見事な間合い感覚をお持ちですね?」
「何が?!」多少イラついたような声のセリス。
「何が、ですか……いえ、ナイフに全く動じる様子もなかったのでね。ナイフ使いとしては面目が立たないのですよ。お相手するつもりはなかったのですが、あなたがどの程度の実力をお持ちなのか、俄然興味が沸いてきました。確か、あなたと妹君は『イアの化身』と謳われるエリオ枢機卿の最後のお弟子さんとか」
「本っ当に鬱陶しいわね……。 何を訳の分からない事を言ってるの? そんなことより今度こそ妹をどうしたのか言いなさい。いくら後ろのあの女が解除するって言ったって四、五発一気に打ち込めばただじゃすまないわよ!?」
「なるほど、パージフレアは連続詠唱可能でしたね、確かにそれはきつい……。ですが、そう言われて放たれるのを待っているほどボケてはいないのでね」
僅かな時間ではあるが二人は睨み合いとなった。ミイが『二人』から距離をとっている。そして何故かセリスの方を見ている。何か得体の知れないものを警戒するように。
「セリス!! オウカもガイアも手一杯で回復がこっちにこねえ! 回復薬があるんなら早くくれ!! もう在庫がない!!」
クリガンが叫んだ。どうやら本気で切羽詰っているらしい。だがそれにチラリとすら振り向かない。
「ミイ、リンゴをいくつかそこにおいて、クリガンに回復薬を渡してきて」
「……分かりました、マスター」
「え?」セリスが意表を衝かれたようにミイを見るが、元々素早いうえにさらに素早さを鍛えられているミイはとっくにリンゴをそこにおいてクリガンの方に向かっていた。
(あの子、どうしてマスターなんて言ったの? いつもご主人とかセリスって呼ぶはず……ハッ! しまった!!)
ほんの僅かな隙に男は姿を眩ました。イダザグーラがいたところは怪我をしていたわけでもないのに血が溜まっている。
「……イダなんとか! 出てきなさい!!」
「イダなんとかって……私の名前はイダザグーラ・クバラガです。貴方の住んでいるところでは珍しい名前なのは分かりますが、いくらなんでも無礼すぎますよ?」
すぐにイダザグーラの声が返ってきた。どの方向から聞こえるのかはよく分からないが少なくとも近くにはいるらしい。セリスは方向を探ったりなどせず、すぐに杖を自身の正面に構え念じ始めた。
「おや? ホーリービジュアですか? 残念ながら裏の世界の私達はその魔法の範囲内にいようとも効果発動の反応は出ません*8
。ちょうどいい、先ほどのパージフレアはかなり堪えましたからね、ありがたく回復効果だけを」
「ホーリービジュア!」セリスはイダザグーラのいうことなど全く聞かず魔法を放った。イダザグーラの表情は回復効果を受けているとは到底思えない表情に歪んだ。
「んなっ!? 馬鹿な……や、やめ、グッ……アアァァァ!!!」
今、セリスの身には異変が起きているのだ。補助魔法は持続時間、効果共に極めて強力になっており、数少ない攻撃魔法パージフレアは一定時間継続してダメージを与える。そして回復魔法は効果が逆転しており、対象を回復するどころか攻撃してしまうのだ。しかも回復魔法やパージフレアは唱える者の能力や性質によって効果が左右されるが、セリスの能力や性質は回復魔法やパージフレアの効果を最も引き出せるのだ。強力な回復の威力が威力を保持したまま逆転し、攻撃となってイダザグーラに襲い掛かったことになる。
セリスの右後方、チェリスの数歩手前でドスッと音がする。セリスは音のほうに振り向いて言う。視線の先でイダザグーラが片膝をついている。
「ありがたく効果だけを頂くとか言ったわね。私のホーリービジュアは気に入っていただけたかしら?」
「……ど、どうなって……」
ザシュッ!!
四つん這いになって苦しそうにしながら吐くように言うイダザグーラの前にナイフが突き刺さった。さっきセリスの足元にイダザグーラが放ったナイフだ。
「家族に手を出す奴は許さない……絶対に許さない……。いいこと? 三つ数えるうちにセシリアをどうしたのか言いなさい。もちろん言わなくても構わないわ。あの騎士のガキかチェリスに聞くだけだしね」言いながらチェリスの方に視線を向けると、無表情だが明らかに敵意のこもった眼でセリスを見返している。セリスはそのままイダザグーラに対して続ける。「一つ……」
「油断したとはいえ、こ、この私が、このような屈辱を……」
「二つ……」
「クソッ! チェリス、助けろ!!」
「三つ」
ザシュッ!!
セリスのナイフがイダザグーラの心臓があったところの先の地面に突き刺さった。
「……なに逃がしてんのよチェリス。舐めてんじゃないわよ?」
イダザグーラの姿はチェリスの横に瞬時に移動していた。他人を瞬時に思いのままに移動させることが出来るのは魔導士の技だ。チェリスはセリスに睨みつけられている事など全く意に介さずすぐに視線を外す。対してイダザグーラの驚きの眼差しがセリスに向けられていた。
「あ、ありえない、黒騎士をも始末したこの私が、何故、何故こんな小娘ごときに後れをとるのだ……こんなことが……」
そこに、唐突にこの場にいなかったはずの男の声がセリスの背後から聞こえてきた。
「イダザグーラとか言ったかい? 黒騎士がどうのこうのって言ってたけど、調子に乗ってセリスを舐めてかかったのが君の運の尽きってことだね。そりゃまぁ回復魔法で攻撃されるなんてのはアンデッドでもない僕らにとっては思わずゴーストフリックルの冥福でも祈っちゃいそうな驚きだったけどさ、そもそも戦いってのは相手が何をするか分からないものだよ。対して君はちゃんと覚えているようだね、迷うことなく心臓を本気で狙った。そうだね? セリス」
「……え、え? デ、デムピおじさん!? ……どうしてここに? っていうか、今、黒騎士がどうのこうのって……黒騎士ってルクセン騎士団長のこと? それって確かフィオのお父さんだったはずだわ……何か、ルアスで起こってるの?」
振り返って言うセリスの声はそれまでの緊迫した声ではなかった。海賊要塞で育ったセリスにとっては、この男デムピアスとは家族同然だった。デムピアスの方はセリスに対して懐かしさや家族に向ける愛おしさを笑顔に表しているが、同時に冷静に状況をみている。
「長話はさすがに無理な状況だからとりあえず結果だけ言うとね、ルクセンはあの男の毒ナイフにやられたけど、とりあえず助かったみたいだよ。それよりセリス、いいかい? セシリアとあの毒使い、それからチェリスの事は僕達に任せるんだ。君の友達のクリガンの苦戦ぶりはそろそろ見ていられない状況だと思う。もちろん、僕達も彼の手助けをするけど、君も彼の助力に回ってくれるかい?」
「でも、セシリアは私のたった一人の大切な……」
「セリス、僕の言うことを聞いてくれなくなっちゃったのかい? 僕がこれまで一度だって君達に悪いようにしたことがあるかい? それに、ほら、ごらん? 君の見知った顔がいくつも駆けつけてるだろう? 僕だけじゃない、僕達が任せてほしいって言うんだ」デムピアスはそう言ってイダザグーラやチェリスの方を指差す。そこでは、海賊要塞で育ったセリスがよく知っている、あるいは世話になった海賊達が、イダザグーラやチェリスを相手に、或いはチェリスが召喚した魔物を相手に戦っていた。デムピアスはさらに続ける。「本当はね、本当は今すぐにでも全員この場を離れた方がいいぐらいなんだけど、君はもはや部外者じゃない。だから誓って除け者になんてしない。今は冷静に目の前の戦いを制する事を考えるんだ。いいね?」
「……わかった」
セリスは頷きながらそういうとすぐにクリガンの補助に回ろう走り出し、すぐに何かを思い出したようにデムピアスに振り返った。
「デムピおじさん! あっちの骨のことだけど……」
「大丈夫、分かってるよ。ガーリンからデスが再び現れたらしいこととか、様子が三年前と違ったってことを聞いてる。それに今のあいつの立ち回りがすべてを物語ってるからね。少なくとも今は敵ではない、違うかい?」
セリスは何も答えず、デムピアスにぺこりと小さく頭を下げて踵を返した。
デムピアス、そしてその配下である海賊達の登場によりそれまでの形勢が逆転し始めた。元々数が多いだけで単体では雑魚でしかないビーズなど、こちらの頭数さえそろえば一切の脅威とはなりえないのである。さらに、デムピアスが特に信頼を寄せる四人の働きは目を見張るものがあった。その四人とはイゼルバン、カーン、マホロヴァ、ザイオン。イゼルバンはイダザグーラを、カーンは複数の手練の海賊と共にチェリスやチェリスが召喚する魔物を、マホロヴァはクリガンやセリスと共にリギレスを、そしてカーンはどこからどう見ても尋常ではない姿のサトゥルヌスと共に、まるで数年来の付き合いでもあるかのような息の合った攻撃を始めた。唯一、リギレスのみはマホロヴァが増えて多少動きが真面目になってきたようだが、対するクリガン、マホロヴァ、そしてセリスは苦戦の色が濃い。
「あの男……どうみても人の動きを超えている……間違いなく、僕の最速でもかわすだろうな。ハデスの力を借りてもどうだか……。元々勝利するつもりなんかないけど、仮に全体で勝利したとしても、あの男だけは攻略出来ない、か……」
デムピアスはリギレスを見てそう独り言をこぼした。全体としては形勢はじわじわと逆転してきている。しかし、デムピアスの表情は曇っていた。リギレスの強さを認めるような独り言をこぼしながら、同時に、まるでそんなものは今はどうでもいいというような感情の伴わない独り言である。
デムピアスの手先には油断なくゆらゆらと揺れる鞭、パンテラ改。視線は油断なく全体を見渡している。配下の海賊達の介入は完全に戦局を決していて、少なくとも海賊達の指揮を行う立場のデムピアスが焦燥感を顔に浮かべる理由は戦局だとは言えない。それは彼が続けてもらした独り言が語っている。皆がこの独り言の事を知るのはそれほど後の事ではない。
「どこにいるんだ……コリステア……。セイリュウは、コリステアが自分から身を隠したら気配は絶対に感じとれないと言っていた。コリステアが身を隠すところは祠と同じようにジカンもクウカンも異なるのだから気配は一切辿れないってね。でも、ガイアや実の娘のオウカでさえ気づかないほど微かだけど、間違いなくコリステアの気配がここにある、つまり絶対にこの近くにいるはずだ……。考えられるのは、まだ姿を現していないこの禍々しい気配の主と共にいるってことなんだが……しかしいったい、どこだ……どこに……。三年も追い続けてやっと近づいたと思えば、この有様……」
ギリッ
誰にも聞こえようもないデムピアスの歯軋り。
「死ぬな、未だ相見えぬ賢者、コリステア……」
*1: グループメンバーを媒体とし女神を降臨させ、対象の能力を借りて対象の周囲の敵を攻撃する。
*2: ゲーム中に登場する球体に羽と顔がある魔物。単体は弱いが分裂増殖する。
*3: ゲーム中に登場する大型の竜の魔物。騎乗している魔物のようなものも確認されているが、同化してしまっている。
*4: ゲーム中に登場する超大型の魔物。巨大な鎧に魔物が宿ったもの
*5: ゲーム中に登場する大型の竜の魔物。ドラゴンライダーと似たようなもの。
*6: モンスターを浄化させてダメージを与える魔法。実際には相手がモンスターではなくとも効果はある。なお、当然の事ながら、厳密にはどの職のどんな技であれ、また、冒険者であるか否かに関わらず、技の名前をわざわざ唱える必要はない。必要はないがいろんな理由や癖などで技の名をいちいち唱えたり叫んだりする者は多い。口に出すことでこれから発動しようとしている技をしっかりと認識すると言われているが、それを裏付けるような資料などは存在しない。
*7: 効果が累積するという意味。
*8: 冒険者としての盗賊はインビジブルという技で姿を隠せるが、ホーリービジュアなどの範囲回復魔法の範囲内に立ち入ると足元が光る。


