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#52 大賢者 [---]

posted by Amadeus at 2007年04月09日 02:31

「なんて、奴なの!? 坊やとかセリスならともかく、私の投げナイフまで一つも掠りもしないなんて!」
 マホロヴァの目が相手を睨みつけている。睨まれている方のリギレスはそもそも最初から一貫して面倒臭そうだ。
「坊やじゃねえ!」
 抗議の声を上げるクリガンがリギレスに挑みかかるが振り上げた戦鎚を振り下ろす事もかなわず、盾で受けようとする前に腹部に強烈な突きを受けてよろける。さらに畳み掛けようとするリギレスの機先を制してナイフを投げるマホロヴァとセリス。何とかリギレスを退かせる事は出来たがナイフが当たることはない。
「当たらないのは腕が落ちただけなんじゃないの?」
「あなたの投げたナイフだって外れたじゃない。それに冗談はよして。デムピアス様の四天王の中で投げナイフは私が一番だって知ってるでしょ? それよりセリス、しばらく見ない間にとんでもない奴を敵に回すようになったのね。お金儲けをしたくて冒険者になるって言ってなかったっけ?」
「お金儲けって嫌な言い方ね、だいたい、なってるじゃない。よく見て、どう見ても聖職者だわ」
「右手に短刀、左手に杖じゃなければね!」言いながらクリガンの傷や体力を回復させる魔法を放つマホロヴァ*1
「あんたがこっちの方が似合ってるって短刀投げてきたんじゃ、ないの!!」語尾にあわせてリギレスとの距離を一気に詰め、クリガンと共に打ち込むが、まるで風が木立をすり抜けるかのように難なく交わし、そのままマホロヴァに襲い掛かるリギレス。
「うわきた! マスターシャドウ!!」
 マホロヴァの姿がすぅっと空間に消える。リギレスは即座に振り返り背後から急襲してきたマホロヴァの短刀を黒い槍で受け止める。
「……あの戦士とか女の相手よりはマシだけど、まだ僕の相手をしていいレベルじゃないね。背後から来るのがバレバレじゃん。おばさんさ、あそこで暇そうにしてる君達のお頭に助けを求めてみない? もう少しぐらい楽しめると思うんだ。僕がね」
「言ってる場合?」
 リギレスの槍に押されまいと必死に耐えながらマホロヴァが言い返すのと同時にリギレスの周りの魔方陣が現れだした。セリスのパージフレアがリギレスを捕らえていた。それは回避不可能の聖職者の攻撃魔法……のはずだった。
「言ってる場合さ。おばさんの方こそあまり余裕のありそうな受け答えはやめた方がよくない? 身の丈を弁えないなら殺すよ?」
 それまでのセリス達の常識を覆される。パージフレアの発動が止まってしまったのだ。
「う、嘘でしょ?」
 マホロヴァの背後からセリスの愕然とする声が聞こえてくる。さっきまではパージフレアはチェリスがディスペルしていたから発動しないと思っていた。しかし。リギレスは自分自身だけでもパージフレアをディスペルしてしまうのだ。
「マスターシャドウ、だっけ? こうかな?」
 リギレスがいたずらっぽい笑みを浮かべてそう言うと、その場で姿が消えた。呆然とするマホロヴァ。
「……信じられない……見ただけで真似できるような技じゃないのに……セリス! 坊や! 危ない!!」
 ドォン!!
「ぬあ!」「きゃあ!」クリガンセリスを衝撃が襲った。姿を消した状態からのリギレスのハボックショック*2セリス達に襲い掛かっていた。
(なによ、ただのインビジじゃない!)マホロヴァは頭の中でそう毒づきつつ、短刀を低く構えてリギレスに向かっていく。
「ぐ、く、クソ! なんだこのガキ……完全に遊ばれちまってる……スルトの方がよっぽどマシだぜ、なあセリス……おい、セリス? セリス!?」
 クリガンはガイアから借りている鎧や盾もあり、尚且つ何とか防御体制を取れていたので直撃は免れていたが、セリスは違った。クリガンの少し後ろの方でうずくまっている。即座に駆け寄り、声を掛けながら容態を確認すると、セリスは左肩に骨まで見えるほどの傷を負い、声にならない声を上げつつ痛みに耐えていた。
「ゲ、マジかよおい! おい!! オウカ!! ちょっと来てくれ!!」
 オウカは呼ばれたことには気づいたがデスメッセンジャーと対峙していてすぐには動けなかった。変わりにガイアが瞬時にセリスの傍らに現れる。
「酷い怪我ですね……クリガンセリスは私に任せてください。そろそろオウカがあなた達の支援に回れるはずです」
「……わかった、頼むぜ」
 迷いことなく振り返り、圧されていたマホロヴァを助けに戻った。
セリス……痛みますか?」
「と、とても、痛い……でも、きっとこれも……なんでしょ?」
「……ええ、耐えてくださいセリス。恐らく数分です」
「わ、わかってる……私はもう二度と」
 その先を続けさせないようにセリスの口の前に指を立てるガイア。憐れむようでもあるが、とても優しい目でセリスの顔を覗き込んで言う。
セリス、悲観しないでください。大丈夫、私とオウカが必ず貴方を……はっ!!」
「……ガイア……何? この感じ……?」

 ガイアとほぼ同時に気配の異変に気づいたのはデムピアス及び彼の最も信頼する四天王の四人、そしてオウカだった。リギレス、イダザグーラ、そしてチェリスは特に動じる様子はない。
「イゼルバン! そこを離れろ!」
 イゼルバンも分かっていたのか、デムピアスが叫ぶよりも早くイダザグーラとの戦いを放棄してインビジで姿を隠し、その場から離脱していた。放棄された方のイダザグーラも追おうとはしない。笑みを浮かべて姿の見えないイゼルバンを見送るだけだった。
「閣下、ついに狂気の大元が登場、というところですか……?」
 イゼルバンはまるで元々そこにいたかのようにデムピアスの少し前方に現れ、ずっとそこで戦況を見ていたかのように落ち着いてそう言う。
「そういうことさ……僕にとっては……何年ぶりか、なんだけどね」
「……魔女戦争、ですか?」
「ああ」
 いつの間にか、配下の海賊の全てはデムピアスの背後に、そしてカーン、マホロヴァ、ザイオンはデムピアスの前に現れていた。チェリスの召喚していた魔物は、新たに現れた気配と同時に全て消えていた。
デムピアス様、あいつは確か処刑されたはずです。それどころか、私はあいつの亡骸すら確認しています。ですがこの気配は間違えようもない……復活、したとでも、言うのでしょうか?」
 ザイオンがそう言うがデムピアスは沈黙したままだった。その沈黙自体が肯定であろうことを四人とも理解している。
「まあ、今更何が出てきても驚かねえって話だ。なんつってもあの骨の化け物と肩を並べて戦っちまったからな! それにしてもあれだな、結局、戦乱ってか。上等だぜ。俺達がどこにつくのかは知らねえがな」
「カーン、滅多な事を言うものじゃない。ここには僕達以外もいるって事を忘れてないかい?」
「へ、勇み足さ、許してくれ頭」
「カーン、マホロヴァ、君達は救出に回ってくれ、他の者達は僕も含めて陽動と撹乱、場合によっては彼らを全て討ち取る。ただし、言っておくけどこれから出てくる奴とあの子供のような騎士には十分に気をつけるんだ。全員、分かったね?」
「かしこまりました、閣下」イゼルバン、マホロヴァ、ザイオンはそう応え、背後の手下達も各々が了解と言い、カーンは「任せてくれ」と応えてからセリス達を差してさらに続けた。「あっちのパーティーはどう動くんですかね?」
「分からない。何が起こってるのか知らないけど精霊話術が使えないからね、内緒話も出来やしないけど、あっちはあっちで何とかするんじゃないか? 邪魔をすることはないだろう。足手まといになる可能性はあるけどね……」

 異様な気配は肌に感じられるほどにどんどん大きくなってきている。

 同じ時、オウカとサトゥルヌスは唐突に目の前から消えた魔物のことなどは、まるで始めから何もいなかったかのように、新たに現れた気配の事に気を奪われていた。
「こ、こ、この気配……まさか!? あいつが、生きてやがったってのかい!?」
 オウカが声を上げる。サトゥルヌスが応えるともなく言う。
「奴はずっとここにいた。生きていたとか何とかというのはよく知らぬが、ともかく奴は空間軸をずらして、わざと気配を洩らしながら我らの様子を窺っていたのだ。奴を知っているのならもっと早く気づけなかったのか?」
「……私としたことが、ってことにしとくよ。それよりサトゥルヌス、確認したいんだけどさ、私は認めたくないんだけど私の直感はもう一人『いる』って言ってる……。よりにもよって……」
「……何が『よりにもよって』なのかは分からんが、確かに、もう一人、いる」
 オウカの表情が険しくなる。眉間に皺を寄せ、歯を噛み締めている。
「なにやってんだよ……あいつは!!」

 イダザグーラの脇にリギレスとチェリスが移動している。そして、イダザグーラの横の空間が歪み始めると、三人はその場に片膝をついて跪いた。何かがそこに現れようとしている。

「ガイア……あれは、何?」
 左肩に受けた極めて大きな傷を右手で庇うようにして痛みに耐えながら、セリスは搾り出すようにそう言った。
「あなた達にとっては……マイソシアに戦乱の渦を巻き起こした大罪人、というところですが……」
「戦乱を起こした? ……って、それって」
「彼奴が姿を現すまで、その名を口にするのはおよしなさい、セリス。もはやそれはただの名ではありません。私達と同じ神名なのですから」
 二人とも、歪み始めた空間を凝視している。
「おい、セリス、大丈夫か?」
 クリガンは唐突にリギレスに戦いを放棄され少し唖然としていたが、肌に感じるほどの空気の異変に即座に警戒し、ゆっくりとセリスの脇に寄っていった。
クリガン……ごめんね、ほんとうにごめん。こんなことに巻き込んじゃって……」
「へっ、何を言ってんだ今更。大体お前がそんなことを言うと気味が悪い……お、おい、セリス!?」
 クリガンセリスが申し訳なさそうに言うのを笑い飛ばして気にしていないということを言葉にしつつ、セリスの左肩を視界に捉えた瞬間信じられないものを見たというように声を上げる。しかし、すぐにガイアに制される。
クリガン、今は何も言わないでください。貴方の気持はよく分かりますが……」
「いや、だっておい、傷口が」
クリガン!」
 温厚なガイアが少しだけ声を大きくしてぴしゃりとクリガンを戒めると、クリガンは釈然としないながらも、セリスの傷口をじっと見ているもののそれ以上何も言わなかった。信じられない光景を見ているという意味では、クリガンにとっては目の前の空間の歪みよりもこちらの方が信じられないだろう。

「お、見ろ! ついにお出ましだぜ!」
 もはや息を飲み見守るものだけだったところに、カーンが歪んだ空間を指差して叫んだ。他のほぼ全ての者が緊張した面持ちの中、カーンのみが嬉々とした笑顔を浮かべている。

 カーンが叫んだとおり、歪んでいた空間に唐突に裂け目が生じた。その裂け目が広がると、裂け目の中に人影があった。巨漢、というべきだろう。見事な彫刻が施された胸鎧と腰鎧、腰にはさらにシンプルなベルトが巻かれている。そしてクリガンの腕でさえ細く見えてしまいそうな筋肉の隆起した肢体。頭部には王冠とも鎧とも取れるようなものを載せている。その全身が夥しい量の血と思われる液体で濡れている。眼光はいかにも禍々しくどす黒い赤一色であり、姿形こそ人のそれではあるが、その巨漢を人だと認めるものはここには一人としていないだろう。
「あの人……どこかで見たことがある……」
 セリスが独り言のようにそういうとガイアが頷いて応えた。
「マイソシアで知らぬ者はほとんどいないでしょう。魔女戦争という建前の元に虐殺の限りをつくした男です……」
「……なんだって? ってぇことはまさか、あれは……」クリガンが目を見開いて巨漢を見た。
 オウカとサトゥルヌスが寄ってきていた。オウカはクリガンの声を聞いて、ついにその名を口にする。
「その通り、あいつは、現在空席になっているルアス大将軍、トールだよ」
「まじかよ……つか、あんなにもでかかったか? それにあの眼……いくらあの悪名名高きトール大将軍っつったって、化け物じみすぎてるぜ」
「確かにね、あの頃も頭がおかしいって思ってたけど、あれは当時とは比較にならない有様だよ。あの眼は、もう人間は辞めちゃったってことでしょうね」
 そのままセリスの脇まで来てセリスの肩の傷を気遣い始めたオウカに、ガイアが続けた。
「オウカ、それは恐らく正確ではありません。なぜなら、そもそも完全に死んだ人間は転生か何か以外で再び大地に現れることは絶対にありえないからです。トールは間違いなく処刑されました。と、回りくどく言ってしまいましたが、要するに元々人間ではなかったのです。当時それを見抜けなかったことは、痛恨の極み……セリス? どうしたのですか?」
 ガイアはセリスが泣いていることに気がついた。悲しそうな表情はしていないのに、目からはあふれる様に涙が流れ出ている。言われるまで気づかなかったかのように、声を掛けられてハッと我に返ったセリスは肩を痛めている左手で頬に触れ、涙をその手で触れ、濡れた手を見る。
「わ、分からない……私、どうして泣いているの?」
セリス……」ガイアはオウカと眼が合う。二人はセリスの涙に何か心当たりでもあるのか、なにか眼で合図をしているようだった。

 裂け目が次第に大きくなってくると、まだ肩幅ほどには開いていないうちから裂け目の向こうの巨漢が口を開いた。
「ガイア、サトゥルヌス、息災か?」
 空気がビリビリと振動するかのような大音声が巨漢から放たれる。
「……貴様の知ったことではない。貴様こそそこで何をしている? 何を企んでいる?」
 サトゥルヌスがオウカの前に進み出て言うと、巨漢はさらに大きな声で笑った。
「ハッハッハッ!! ティタンの奴らは相変わらず頭の固い奴ばかりだな! 挨拶に対して何を企んでいるとはご挨拶もいいところだ! 企む? 俺のことはよく分かってるはずだろう? 俺は、ああだこうだと企むなんてめんどくせえことなんかしやしない。俺は、な」
 念を押すようなトールの言葉に何か含みがあるのだろう事は誰にでも分かった。そう言っている間にも裂け目は広がっていき、ついに全身が裂け目の向こうに見えてきた。両手とも銀色っぽい手袋をしているようだ。右手にはクリガンが手にする戦鎚の十倍はあるんじゃなかろうかという巨大な戦鎚、そして左手には……ぐったりとして両手足を投げ出した老人のローブの後ろ襟を掴んでいる。掴まれているローブは真っ赤になっており、状況から恐らくこの老人の血で染められているのだろう。となれば、恐らくトールの全身に滴る赤い液体もこの老人の返り血だと推測できる。
「……親父……」オウカがそう呟いた。セリスにしか見えないが、オウカの拳がわなわなと打ち震えている。
「……え? オウカ、今、おやじって言った?」
「ええ、言ったわ、セリス。あいつは私の親父よ……酷い……なんて有様……。あの親父が誰かに捕まって血達磨になるなんて、信じられない……」
 ほぼ同時にデムピアスも呟いていた。
「あれが、賢者コリステア……聞いていた印象とずいぶん違うね。ずいぶんと物知りで用心深く、その膨大な知識ゆえか無意識に人を食ったような態度を取る、って話だったんだけど、あれじゃ……言っちゃあ悪いけど昇天間近の老人でしかない」
「頭、あの爺様を助けるんだよな? ありゃあ、もう死んでるんじゃねえっすかね?」
「こういうときに使う言葉じゃないけど、生死は問わない、だよ」
「了解。合図はあるんですかい?」
「僕が出す。まだ動くな。少しあっちのパーティーに行ってくる。くれぐれも勝手な真似はしないように。いいね?」
「了解」
 裂け目が十分に広がったところで、トールが裂け目から出てくる。コリステアはボロ布のように力なく引きずられ、その弾みで弱弱しく咳き込んで血を噴き出した為、少なくともまだ死んではいない、ということは分かる。トールは得意げにその老人の顔をセリス達の方に向け、言った。
「企むなんて洒落た真似は俺はしない、俺はな」再び、わざわざ『企んでいるのは自分以外の誰かだ』とでも言いたげな含みを持たせた言い方をし、頬をニィっと吊り上げて不気味な笑顔を見せた。「いいか、俺はそんな面倒なことせずとも、その気になればマイソシア最強の仙人とかいうこのじいさんでさえこの様だ!」強く言い放つと同時にコリステアの後ろ襟をいきなり持ち上げた。「ぐは! がぁ……」コリステアの呻き声が聞こえてくる。
 ガイアがセリスの傍らで立ち上がり、厳しく正すように言い放つ。
「トール! 何を考えているのです、その方はこのマイソシアの世界を代表しうる叡智を持つ偉大な大賢者、いくら私達であっても、いえ、存在の当初から全宇宙の理を当たり前のように知る私達だからこそ、人の身にして地道にそれらの大部分を知るに至ったその方には一目置いて接するべきだということが分からないわけではないでしょう!?」
 だが、トールは興味なさげに素っ気無く言う。
「それがどうかしたか? 何をどれだけ知ったところで、我らに取って代われるわけでもない。人は、人だ。違うか?」
 まるで興醒めだというように持ち上げたコリステアを手放す。突然手放されたコリステアは地面にドサッと落ち、その場で小さなうめき声を上げ、出来るだけ楽な姿勢をとろうとするかのように身じろぎをした。
「親父!!」
 地面に落ちるコリステアを見てオウカが叫ぶ。その背後からデムピアスの囁き声だけが聞こえてきた。インビジで姿を隠しているのだろう。
「オウカ、僕だ」
「……何の、用だい、大海賊王とやら」
 恐らく怒りを押し殺しているのだろう、トールとコリステアの方を見ながら静かに答えるオウカだが、その声はどう聞いても穏やかではない。
「ご挨拶だね、僕らが来なければやられるのは時間の問題だったんじゃないかい?」
「この私に恩を売りに来たってわけかい」
「まさか。君だって賢者殿を助けたいだろう? 毒づく気持ちも分かるけどね。いいかいオウカ。僕も同じ、賢者殿を助けたい、それだけさ。君達の助太刀をしたのは『ただのついで』だよ」
「ふん、偉そうに。親父を助けたいだって? 何だか知らないけどこの私があんたらなんかと手を組むと思ってんのかい? ましてや親父が賢者だって知ってるとはね。何を狙っている?」
「狙うもなにも、僕だって賢者なんだけど……」
「賢者って言葉は盗人って意味じゃない、頭の悪い海賊だよ」
「……埒が明かないから勝手に話を進めさせてもらうよ。いいかい、僕達がまず切り込む。少なくともリギレスのあの強さ、そしてイダザグーラの速さ、チェリスの無尽蔵の召喚魔法、これを押さえ込んでおかないとトールに集中できないだろ? 特に予告も合図もなしにいく。無駄に言上を述べるほど行儀よくもないしね。僕らのうち手練の二人がコリステアを助けにいくつもりだ。で、どんな局面であれ、事が始まったら君達にはトールを任せたい。何せ、相手が相手だ。僕個人としてはトールの相手をしたいんだけど、僕の仲間は全員生身の人間なんでね」
「……勝手にしな。あんたらがどうしようと、どっち道私はトールを許すつもりはない」
「分かった。とにかく、相手が相手だ。君達は戦力を分散させない方がいい」
「軍師気取りかい? あんたのことは虫が好かないって何度も言ったはずだよ。さっさと戻りな」
「……あぁ。もう少ししたら戻るさ」
「まだ何か用があるのかい?」
デスに、ね」
 デムピアスがそういうと、サトゥルヌスが応えた。
「その名は捨てた。私の名はサトゥルヌスだ」
「じゃあサトゥルヌス、三年越しの話をしたいところだけど、今はただ一つだけ聞きたい。味方だと信じていいのかい?」
「案ずることはない」
「……分かった。心強いことだよ」

 それまで睨み合いの状態だったが、ガイアが口を開いた。
「トール、スルトまでこの世界に呼び込み、貴方は一体このマイソシアをどうしたいのですか」
「おかしなことを言うものだ! スルトをこの世界に呼び込んだ張本人こそがこの仙人ではないか! 事の経緯を知らぬわけでもあるまい!」
「確かに、元は貴方がスルトを呼び込んだわけではないことは存じています。しかし、別の時空間に封じられていたトールを、サトゥルヌスがこの世界に現れる一瞬の時空の歪を衝いて導いたのではありませんか? スルトのみではそれほど繊細な業を成し遂げられるとは考えられません。トール、貴方が何を考えているのか知りませんし知りたくもありませんが、これ以上マイソシアを混乱に陥れようとするのはおやめなさい。スルトや貴方の必要以上の介入は明らかに異常と言えるほどの災厄となっています。これでは試練にもならない。ただの虐殺となるだけです。神界の我々がこのような仕打ちを下すのを見過ごすことは出来ません」
「貴方のような方が何を言い出すかと思えば! 我々は互いに不可侵、私が何をしようと止められるいわれなどないではないか!」
 トールに若干の苛立ちが見られる。腕を大きく振り払いながら語尾を強めてそう言った。
「不可侵とかそれ以前の話です。貴方はまたしても魔女戦争の時のように本来死ぬ時に至っていない命まで殺そうとしている」
「馬鹿なことを言わないでもらおう!」今度は明らかに怒りを込めて大音声を響かせるトール。「本来? 知ったことか! ならば俺も同じ、俺は本来こんなわけのわからん辺境に縁などなかった! よく聞くがいい、俺を呼び出したのは、いや、俺をここに引き出しやがったのは他でもない、ここの奴らだ。しかもご大層に呪いまで掛けてな。神であるこの俺を! この辺境で転生を繰り返すようにな!! ガイア、知っているはずだ。ルアス大将軍トールがなぜ処刑となったのか。大将軍の罪などどうでもよかった。あれは大将軍の罪を罰したものじゃない、呪いの所為で為す術もない俺の転生を断ち切ったんだ。ただただ、奴らの都合でこの俺を利用する為だけにな! あんたは知っているか? 人に封じられ死を与えられる恐怖をな」
「……全てを知っているわけではありません。ですが、私は貴方が転生の呪縛から解放されたその瞬間に声を掛けたはずです。貴方が神界に戻れるように力を貸すと。それに耳を貸そうともせず……」
「大きなお世話だ! 大体、この世界の奴らだけで俺をどうこうできると思うか? もうとっくに分かっているはず、そうさ、俺は」
「やめろトール! それ以上言うな!」唐突にサトゥルヌスが叫んだ。明らかに何を言わんとしているのか分かっているのだろう。「それ以上は言うな。どこに喧嘩を売ることになるのか分かっているのか? 使徒長が来るぞ?」
「上等だ、ならばこの世界を神界の戦場としてやるまで!! 最高神が何を考えていようが知ったことか。全て滅茶苦茶にしてやるとも。サトゥルヌス、俺が何の手も打っていないとでも思うか? 俺が必要とする駒は既に俺の手にある」
「やめろトール……やめるんだ……それ以上言うんじゃない。私達の発する言葉は」
「そう、俺達の発する言葉は言霊となる。使徒長をお招きするならその程度のことはとっくに承知だ。そら、お前らを最初の生贄としてやろう。神までいるとは豪勢な話だ! 言ってやろう……」

 デムピアスは直感で何かを感じ取った。トールが何かを言おうとするより早く、配下に命じる。
「行け」
 海賊達が瞬時に動いた。同じくリギレス達も動いた。応戦する為に。オウカとガイアは魔法を詠唱しはじめ、サトゥルヌスとクリガンはトールに向かって駆け出した。
 だが、セリスはただひたすら涙を流していた。自分自身でも理由が分からない涙を。破けた左肩から見えていたセリスの左肩の傷はいつの間にか完治していた。骨まで露出するほどの傷が跡形もなく。

――――

 戦いは双方本気で相手の命を奪おうとする激しいものだったが、あっけなく終わった。もはや手加減している場合ではないと判断したガイアが上空に待機させていた三本の大地の槍をトールに打ち込んだことで、さすがのトールも無傷というわけには行かなかった。それに、いくらリギレス、イダザグーラ、チェリスの腕が立とうとも、海賊達とて冒険者のように加護もない状態で命のやり取りの覚悟をしているつわものたち。その海賊達に一斉に襲い掛かられれば余裕は一切なかった。
 トールは瞬時に撤収を決めたが、引き際にこういい残した。
「ここはこれで退いてやる。だが、さっきも言ったとおり、こちらが必要とする駒は全て揃った。止められるものなら止めてみるがいい」

 トール達が消えた後、オウカがコリステアの傍らですすり泣く声だけが広い平原に虚しく吸い込まれていた。ガイアの回復魔法やマホロヴァ、ザイオンの冒険者のものではない回復・治癒魔法も、虫の息のコリステアを死の淵から救い上げることは出来なかった。
 コリステアはまさに最後の力を振り絞って、苦しそうにしながらも可能な限りの言葉を残そうとしていた。
――サトゥルヌス、恐らく今は真・神界には戻れないじゃろう。どうか我らに力を貸してやってほしい、それはおぬしが再びもとの世界に戻る手段を探す事にも繋がるはずじゃて。マレリアの事を気に病むなとは言わぬ。だが尊い身でありながら贖罪を申し出てセリスへ仕えると誓われたことのなんと心強いことか。どうか、道標となり導いてやって欲しい。我が後継も必ずや力となろう。
 サトゥルヌスはそれに「わかった」とはっきり答えた。

――クリガン、いきなりこんな爺さんの最後につき合わせてしまってすまんな。今日の記憶を消してもとの平穏な生活に返してやるはずだったのじゃ。だが事情が変わってしまった……。もしおぬしさえよければ、このままセリスを支えてやってくれぬか?
「言われるまでもねえ、あんたこそかっこつけてねえで生きることを考えたらどうだ?」
 そう答えたクリガンに、コリステアはただ笑うだけだった。

――デムピアス、私の死後、即時私の後継者を探してくれ。私の死と同時に覚醒するはずだが、それは同時に、即、命を狙われ始めることを意味する。賢者の知恵を途絶えさせてはならん。後継者は知恵においてわしと全く同等じゃが、いかんせんまだ若い。頼んだぞ。
「……いいとも、任せてくれ。賢者探しのコツは分かったからね。今度は……手遅れにはならないさ」

――ガイア、わしの一生を知っていてくれる唯一の精霊、そして偉大なる地母神よ、我が後継とデムピアスに力を貸してやってくれ、そして皆を導いてやってくれ。
「必ずやおっしゃるとおりにいたしましょう……」

――オウカ、わしの自慢の娘よ、残念だが今生の別れは近い。オウカ、姉らにもよく伝えてくれ、おぬしら三人が我が娘であってくれたことを誇りと思う、皆仲良く達者で暮らせとな。セリスの事は頼んだぞ。そしてどうか許してやってくれ、我が娘よ、今際に我が目に映るのがお前ではないことを。
「何を、かっこつけてるんだか、このクソ親父……あんたがくたばるなんて何の冗談だい……ふざけるんじゃ……ないよ……あんたが死ぬなんて、姉さん達も絶対に、許さないに決まってるじゃないか。親父、もう、もうしゃべらなくていいから、生きておくれよ……頼むから……。頼むから、もうちょっと生きて、一回ぐらい親孝行とかさせなよ、あんた私らの親なんだろ?」
 コリステアとオウカの目に涙が浮かんでいた。コリステアはしばらくオウカを見つめ、何度も頷いていた。しかし、生きるための休息を選ばず、命ある限り言葉を残すことを選んだコリステアはセリスに言った。

――セリス、多くを語る時間もないが、出来るだけ言葉を残そう。数奇な運命に翻弄されることのないよう、しっかりと己の足で立ち、己の足で歩み、己の信じる道を行け。正義に討たれるべき悪行が命を救うときもある、法と秩序だけでは真に生きることなど出来ぬ。明るく照らされるだけでは安らぎは得られぬのじゃ。光と意志があってさえ、世界はなおも、常に緩やかに停滞と闇に自ら向かっているのじゃ。じゃがな、難しく考えるな、全存在の開闢以来最大の苦難に立ち向かうもよし、全てを見てみぬ振りをするもよし、誰も咎めはせぬ。どの道を選ぼうとも茨なのじゃ。己だけが辛いと思うでないぞ。生きている限り関わりを絶つ事も適わぬのだ。おぬしと関わることで一見不幸に陥る者があっても振り返る必要などありはせぬ、遺された者の呪詛に耳を貸す必要もない。よいな?
「よく分からないけど、頂いた言葉のそのままをよく覚えておくわ。大丈夫、私は結構記憶力はいい方だから……。今は分からない言葉だけど、でも、私の事を思ってくれたのはよく分かるの。だから、ありがとうって言わせてね、おじいさん……」

「ではさらばだ。わしは神界において不空成就如来の弟子となるので転生もせぬが命はまた交わることもあろう……皆、達者で暮らせ。残りの僅かな時は、親子水入らずで過ごさせてくれ」
 コリステアがそう言うと、オウカとコリステア以外の者は二人からそっと距離を取った。海賊達はデムピアスだけを残してその場から姿を消した。オウカのすすり泣く声が段々と大きくなっていくにつれ、ガイアとサトゥルヌスはともかく他の者達の胸にはコリステアの言葉が広がっていった。

 これが始まりの戦いの終わり……のはずだった。

「ふざけるな!! この私があの程度で引き下がることなどと思ったか!!」
「なに!? この声、スルトか!?」
 クリガンが叫ぶ。全員に緊張が走る。しかし、咄嗟に出来ることなど何もなく、精々、デムピアスだけがスルトが現れようとする場所を確認できただけだった。
「あそこだ! 気をつけろ!!」デムピアスが指し示すそこには、スルトの姿が一瞬だけ現れた。だが、その姿は次の瞬間には激しく燃え盛る業火となった。その業火は瞬時に周りの酸素を奪った。同時に強烈な風が吹き荒れ、その風に乗って業火は一気にセリス達を包み込んだ。唯一、デムピアスのみがその炎を逃れスルトの背後と思われるところに瞬時に移動した。しかし、強烈に放たれる熱と暴風でとても近づいてスルトをどうこうできる状態ではなかった。
 ガイアは神格の差と相性*3 によってその業火の中にあっても無傷、サトゥルヌスも若干のダメージを受けることになったが、元々燃えるものと言えば精々身に纏っていたローブのみ、業火の中にあって冷静に状況を確認していた。
 だが、人間であるセリス達は、ガイアの掛けていた術によって瞬時に焼け落ちることこそ何とか免れたが、オウカは動けないコリステアを守ろうとして大火傷を負い、セリスクリガンも息すら出来ずにその場にへたり込んでいた。セリスはそれでも、なんとかファイアダウン*4 を自身とクリガン、オウカに掛け続けた。焼け石に水でしかないが、それでも何とか焼死には至っていない。
「母上、セリス達を隔離してください。近辺の酸素がほとんどない状態では、何をどうしたところで生身の人間は時間の問題です。隔離しても酸素がないことには変わりませんが、この炎は防げることでしょう。その間に私が何とかします」
「分かりました!」
 ガイアはサトゥルヌスの言うとおりに即座にセリス達を魔法障壁で隔離した。炎の脅威からだけは解放されたセリス達は、しかし酸素の圧倒的な不足によって、程なくして意識を失っていた。
「スルト、我が主人への狼藉、許さぬ。このサトゥルヌスが今度こそ本気で貴様を葬ってやろう」
 サトゥルヌスの手にはそれまでの大鎌よりもさらに大きな、そしてドス黒い鎌が握られていた。
「ふん、アダマスの大鎌の本来の姿を現したか!」スルトがあざけ笑うように言う。「その鎌でこの炎を切れるのなら切ってみるがいい! レーヴァンティンがない今はこの程度の威力しかないが、それでも貴様の草刈鎌如きに切り裂けるようなものではないわ!!」
「試して……コリステア!! 貴様、何をしている!! 死ぬ気か!?」
 唐突に、サトゥルヌスの前に、全身が無残に焼け爛れ髪も全て焼け落ちた人の姿があった。それがコリステアと認識できたのは神ならでは、としか言いようがない。
「コリステア!! 何を考えているのですか!! スルトが本気で炎を放ったのです! いくら貴方が賢者や仙人でも、もはや人の出る幕ではありません!!」
 ガイアもサトゥルヌスに続ける。しかしコリステアは言った。
「わしもな、それなりにいろんな煩悩を持ち、それを修行によって捨ててきたもんなんじゃがな、それでもまだ未熟だったということじゃろうて。じゃがな、ガイアよ。認めてしまえば清々しい気分じゃ、なんのことはない、わしも人の親じゃったということじゃよ。……娘の背中は大きく焼け爛れてしまった……あの火傷では、下手をすれば死に至るじゃろうな……。例え娘であったとて、それも人の一生、死に際がなんであれ死ねば同じと分かっておったはずなんじゃが……はずなんじゃが……そうじゃないのじゃな。そうとも、一矢報いねば死んでも死に切れぬ。……許せるわけなどあろうものか!! 覚悟せいスルト!!」
 
 
 


補足
*1: マホロヴァは盗賊だが冒険者としての盗賊ではない。回復魔法を掛ける事も出来る。
*2: ゲーム中においての騎士のスキル。槍で地を打ち対象を中心に周囲1マスの敵に打撃を与える
*3: ファンタジー系にはよくある内容で、例えば火と水は打ち消しあうとかそういう類のものです。
*4: ゲーム中における聖職者の魔法。燃焼状態を解除する。このお話では実際のゲーム中のエフェクト(バケツをひっくり返したような水が対象にぶっかけられる)から解釈し、この状況にもなんとか抗えるものとしている。

 

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WEB拍手
作者がお話を書く活力になります。何卒m(__)m
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